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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
戦の残響

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厄介事


「青颯華は青い花でな、草原一面に咲くのはなかなか壮観だ。青といっても全て同じ青ではなくて、濃淡様々な色をしている」

 

 上空を飛びながら、ラディウスが説明をしてくれる。


  

 地上より寒い空。

 西の空へ太陽は落ちていき、日が暮れそうな時間帯なこともあり上空は凍てついていた。ラディウスが火魔法と空間魔法で影響がないようにしてくれてるから、快適だけどね。


「ラディウスはその景色、見たことあるの?」

「昔な。それこそエーナンテイトに連れて来られた時だ」

「じゃあ、相当な昔?」

「40年は前だな」

 

 40年……。

 ラディウスの外観年齢は20代半ば。

 鬼人の成長速度ってどうなってるんだろ?


「当時見た時は壮観な景色の他にも、青颯華の変わった花弁の形に興味があった」 

「花弁?それってどんな形?」

 

 幼いラディウスが興味を持つなんて……。

 よっぽど印象に残ったんだろう。

 

「口での説明は難しいな……。さっと風が吹いたような形――か?」

「……分かんない」

 全く想像できなかった。

「だから難しいと言ったろう?」

「なんかもっと上手い例え方があると思うけど……。食べ物とか道具とか……」

「似たものがあればそう言ってる」

「ラディウスの言葉の品揃えが悪いわけじゃない?」

「――バカにしてるのか?」


 

 飛行時間は5分ほど。

 目的地は上空からでもすぐに分かった。ラディウスの言うとおり、一面青い場所があったのだ。

 高度を下げるにつれて、様々な青色の花弁が見えるようになる。地球でいうネモフィラのような光景で、濃淡の青がグラデーションになっていて見事だった。

「凄い……!これ、自然に群生してるの?」

「そうだ。人工交配は難しい種類でな。気候も独特な環境が必要だ。ソルセリルでもこのあたりでしか咲かないんだ」


  

 ラディウスは小高い丘の上に降りてくれ、そこから一面の青颯華を見回す事が出来た。

 

 誰もいない青颯華の群生地は、息を呑むほど美しかった。遠くまで蒼に煙るような光景。沈む日を眩しく照り返す花は幻想的で、じっと見つめてしまう。

 

「――ソルセリルって綺麗だね」

「――そうだな」

 

 ひとしきり遠くの青颯華を眺めたら、今度は屈んで近くで青颯華を観察した。

 確かに青色は花の個体で異なる。

 花弁は5枚で、その形は撫子のように先端が細かく深く裂けていた。繊細で可憐な花だ。

 

 じっくりと見つめるあたしに、

「どうだ?ヒカリはどう表現する?」

 ラディウスが尋ねてきた。ちょっとウキウキしている。

「これ、日本に古来からある撫子に似てる」

「似たものを見たことあるのか」

「そう。撫子は紫がかった赤色だけど」

「ヒカリが花弁をどう表現するか見ものだったのに。なんだかずるいな……」

「ずるいってのがよく分かんないけど……。撫子がダメなら、細かく先端がギザギザした花弁っていう」

「いや、それならさっと風が吹いたような形のほうが想像しやすくないか?」 

「そうかな?」

「ならノボルに説明してみるか。どっちが分かりやすいか競おうじゃないか?」

「……ラディウス、やっぱりそいうの好きじゃん。前も田岸さんと唐揚げを賭けてたし」

 ラディウスはそれとは違うだろう、と顔をしかめる。

「今回は何も賭けてないぞ?」

「そうだけど……」

 

 そんな言い合いをしていると、どんどん日が地平線に近くなり、空を赤く染める。深い憂愁を秘めた色と光、花の青と夕日の赤が混ざり、絵画のように切り取られた光景になる。

「お喋りしてたら日が暮れてきちゃった……。もう少し見てたかったな……」

 残念そうにそう言うと、

「また来年来ればいい」

 ラディウスが上着を羽織らせてくれながら、嬉しいことを言ってくれる。

「どうせこの時期には毎年、ロドルガッツに来るんだ」

「でも、ラディウスが落ち着いたら、エーナンテイトは視察いらないって言うかもよ?」

 さっきの会話を思い起こし、あたしは言った。

「……なんだ、それは?」

「ラディウスにはいい叔父さんがいるってこと」

 ラディウスは何やら叔父と話したらしい、と思ったようだけど、

「そうか……」

 とだけ言い、追求はしてこなかった。



 暗くなり始めた頃、ヘルムートとエーナンテイトの元へ戻った。

 2人は魔獣車を呼んでくれていて、すぐに帰城できる体制になっている。

「無事に見れましたか?」

「ええ。凄く綺麗でした」

「なら良かった。また来年見に来てくれ。俺のとっておきの場所を教えよう」

「今日の丘よりも綺麗な場所があるんですか?」

「ああ。知る人ぞ知る穴場ってやつだ」

「地元の人が知ってるやつですね、楽しみにしてます!」



 エーナンテイトに手を振ってサヨナラを告げると、すっかり日は落ちて寒くなる。両腕をさすって魔獣車の準備が整うのを待つ間、 

「ヒカリ、一つ提案があるのですが」

 ヘルムートが、何やら改まった顔で話しかけてきた。

「ヒカリの呼称を改めたいのです」

「呼称?」

「いきなりどうした?」

 あたしだけでなくラディウスも知らなかったらしい。

 同じように問い返している。

 

「ヒカリの功績はすでに一人の国民としの分を超えています。ロドルガッツ殿も『ヒカリ様』と呼称していたでしょう?私もいつまでも呼び捨てるのはいかがなものかと考えていたのです。ですから、今後はヒカリ様とお呼びします。私のこともヘルムートと呼び捨てて下さい」

「……そういうものですか?」

「そういうものです」

「なら、他の皆さんの事も?」

「ええ。私と同じ扱いで構いません」

 本当にそういうものなのか判断はつかなかったけど、先まで考えるヘルムートのことだから、お妃という最終地点を考慮してるのかもしれない。

 ラディウスは結婚願望ないのに……。

「えーと……。他の貴族さんから見ても違和感ないのなら、別に構わないんですが……」

「そこはお気になさらず。むしろ『ヒカリ様』の方がやりやすいはずですから」

 

 やりやすい?

 その理由もよく分からない……。

 

「なら、今後はその呼び方で……」

「はい、今後ともよろしくお願いします、ヒカリ様」

 どうにもむず痒いけど、こればっかりは慣れだよね。


 

「それで、ロドルガッツの観光はどうでした?エーナンテイト殿が街を案内できなかったと悔やんでいましたよ。時間が足りなかったから、また来てほしいと強く要望してました」 

 ヘルムートがガラリと話題を変えた。

「街は結局見てないものね……。上空からなら少し見えたけど」

 聞いていた通り、ソルセリル3番目に入る大きさというだけあって大きな街だった。

「またゆっくりと見たい街だったな。色合いが綺麗で、建物が統一して建てられてたから、観光にもおすすめそうだったし」

「今の医療体制の一件が落ち着けば、いくらでも行けます。ゆっくりと各領地をご覧になればいい」

「ええ、そうします。エーナンテイトもいい人だったし、ゆっくりとお話したいです。ラディウスの子供の頃を知ってる数少ない人だから」

 それを聞いてまた渋面になるラディウスは、

「子供の頃の事なんか聞いて面白いか?」

 また怖い顔をした。

「うん。知らないラディウスが知れるから楽しい。エーナンテイトと青颯華を見に行った時のことも聞きたかった」

「あれも大した内容じゃないぞ?」

「エピソードの強さはどうでもいいの。話そのものを聞きたいんだから」

「そういうものか?」

 好きな人のことは何でも知りたいものだしね。

 


 そんな会話をしていたら、魔獣車に乗り込む準備が整った。

 やっと四方を囲まれた車の中に入ると、さっそくモコモコ防寒着を着る。温かさにホッとして座席に落ち着くと、

「あぁ、そういえばエーナンテイトで思い出した。2人で何を会話してたんだ?湿っぽい顔になっていたが、何を聞いた?」 

「あー……あれは……」

 

 『声』がどうのと言っていた件だ。

 どうにも病っぽい話だったけど……。

 

「ラディウスはまだ『声』が聞こえるのか、って聞かれたの。あたしは何のことか分からなくて、知らないって答えたけど」


 途端に、スッと表情が消えた。

 不機嫌でも無愛想になったわけでもなくて、ただ笑っていないだけの顔。 

「その事か――」

 言われたくなかったことを勝手にバラされたんだと、察しがついた。

 

 ラディウスは車窓に視線を逸らす。決して窓の外に興味を引かれたわけじゃないと分かる空虚な目は、景色を映してはいない。

 

 やっぱり触れて欲しくない話だったのか……。


「……話したくないなら、無理に言わなくていいよ?」

 ラディウスはわずかな時間で答えを出し、

「ヒカリはいずれ目の当たりにするだろうと思う」

 機械のような1本調子で言った。

「そろそろ来てもおかしく時期だからな。……兆候がないわけじゃない」

 

 兆候?

 もう心当たりがある症状があるってこと?

 

「ヒカリにも迷惑をかけるかもしれんが、手に負えんと判断したら放っておいてくれればいい。もう長いこと、どうにも出来ていないからな」

 そんなことを言う。


「エーナンテイトからは『逃げないでやって欲しい』って言われたよ」

 ラディウスは小さく舌打ちし、

「また余計なことを……」

 ふくれっ面をする。


 舌打ちの真意を図りあぐねて、チクリと針が刺さった。

 それはどっちの意味?

 勝手にバラされて不機嫌になった?

 それともあたしに知られたことが嫌だった?

 

「ラディウスはあたしに知られたくなかった……?」

 勇気を出して口にした。

 

「――そういうわけじゃない」

 そう言いつつも、変わらずあたしから視線を逸らしてる。

「厄介な問題だから、巻き込みたくないだけだ」


 巻き込みたくない、か。

 迷惑はかけたくないってあたしへの負担を心配してくれてるんだ。

 それを聞いて安心した。

 

 あたしは笑うと、

「そう思ってくれてるなら良かった」

 会話の内容と矛盾した言葉に、ラディウスは怪訝な顔であたしを見る。


「聞いてもはぐらかされるかなって、少し考えてたの。エーナンテイトは躊躇ったように話してくれたから、ラディウスは言いたくないかも知れない、あたしに話したがらないかも……って思った。

 もし話してくれなかったら……寂しかった」

 

 ラディウスは何も言わずあたしを見続けた。

 あたしも視線は逸らさず、笑いかける。

 

「でもちゃんと教えてくれたから、嬉しかったよ。出来ればラディウスの口から聞きたかったし、信頼してくれてるんだと分かったから、安心した。話してくれてありがとう」


 ラディウスは思ってもみなかった反応に、驚いているようだった。

「礼を言うのか?それに――具体的なことは何も言ってないぞ?」

「それでもいいよ。大変そう、ってことだけは分かるから」

「手に負えないことに巻き込まれるのが、嬉しのか?」

「そうだね。少なくとも、道連れになるくらい近い距離にいれるのは嬉しいかな」


 魔獣車の狭い空間は、どんなに工夫しても体のどこがが触れ合ってしまう狭さ。そんな近い距離で、互いの顔から目を逸らせずにいた。そこを見ていると、内部から溶かすものがあって、勝手に作っていた囲い――見栄とか体裁とか、好きな相手によく見られたいとか、そんな厄介な感情――が消えていく気がした。

 

 ラディウスの目は銀の虹彩がいつもより光っていて、僅かに潤んだように見えた。抑えようとしている何かが溢れてきそうで、でもそれを堪えているような表情だ。


「戸惑うことはあるかもしれないけど、逃げたり放置したりはしないよ。愛想を尽かすなんてこともない」


「――俺は助けさえ求めないかもしれない。周りが見えなくなるからな」

 

「分かった。いつもと違うラディウスになったら、『そな時なんだ』って思うことにする」

 

「――手を差し伸ばしても、本当にどうにも出来ないかもしれないぞ?」

 

「今から気を揉んでもしかないってことでしょ?いいよ。その時に出来そうなことを考えるから」

 

「――下手をすると、ヒカリを傷つけるぞ……」

 

「ポーション持っとくよ。あと鎮痛剤と、念のため麻酔も。……良かった。グラータでの薬がここでも役立つ」

 ラディウスは顔を歪めた。見ていたいのに目を開けてられない、そんな顔だった。

 

「――ヒカリは変わってるな」

 またいつかのセリフを言われる。

 

「こんな厄介な奴の面倒事に巻き込まれるのが嬉しいなんて……。治しようがない問題と知りながら立ち向かう覚悟を決めたり……自分が傷ついてもいいから付き合おうなんて――普通は思わないぞ……」

 

 声がだんだんと曇ってきて、潤む瞳を隠そうとするかのように自然と俯いてしまう。今までで一番大きな困難と理解できない思いを、呑み下そうとしているようだった。 

 あたしは黙って、ラディウスが感情を受け入れるのを見守った。

  

「本当にヒカリは……何もかも変わっている――」

 震えを帯びた声は、ラディウスの声じゃないように潤んでいた。 

「こんなにも敵わないと思った人に出会ったことはない――」

 ずっと思っていたのに言えなかった本心を吐露してしまったかのように、絞り出た言葉だった。

 

 言ってしまった言葉は引っ込みがつかないと諦めたのか、ひどくゆっくりと、ラディウスは顔を上げる。

 もう何もつつみ隠すものはないと言わんばかりの観念したような、でもそれが嬉しく苦しいというような歪んだ顔で、ラディウスは笑っていた。


「お前に会うため、俺は今まで死に損なってきた気がする――」 


 

 あたしも同じような事を考えていた。 

 召喚された時、あんなにもあっさりと日本から気持ちが離れてしまったのは、こちらに出会うべき人がいたからかもしれない。


 あたしの中には、永遠にも通じる力強い一つの思いがあった。決して目に見えず、他人にも理解させることが出来ないそれは、確かにあたしのど真ん中に太く存在する。これがあれば何も揺らぐことはないし、倒れることはないと分かる確固たる芯だ。

 きっと、多くの人がこれを愛とか幸せと呼ぶんだろう。

 

「ラディウス、あたしはこっちに来て良かったと思う。後悔とか未練がないのは、こっちでやるべきことがあって、出会うべき人がいたからだと思う」


 ラディウスの顔に似合わない大きな手に、自分の手を重ねる。

 

 この体温が心地良い。

 この手が好き。


「あたしはソルセリルが好きだよ。ラディウスが治めるソルセリルが好き。ラディウスが好き。だから見限ったりしないし、逃げたりしない。巻き込んだなんて思わなくていい。あたしは選んでここにいて、ラディウスの隣にいるの。それだけは忘れないで」


 突然の告白にラディウスは強く目を揺らした。その揺らぎはそのままラディウスの心の揺れを表しているかのようだった。


「助けを呼ばなくても、気がつくようにするから。ちゃんとあたしが行くから……必ず行くから――。だから、待ってて」

 

 あたし達は何秒かなんて分からないくらい見つめ合った。視線を混ぜ合わせることが信頼と愛情の証しであるかのように、眼を逸らさなかった。

 

「ああ……。分かった、信じよう――。ヒカリだから信じられる――」


 強くゆっくりと握り返された手。

 

 この体温があれば大丈夫。どんなことを見ても、知っても、動揺なんてしない。


 

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