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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
戦の残響

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エーナンテイト・セルム・ロドルガッツ


 本格的な冬になり、ソルセリルは一面銀世界になった。雪国出身じゃないあたしは最初こそ喜んでたけど、1ヶ月、毎日目にすれば流石に慣れて、真っ白な世界が日常になった。

 

 田岸さんも同様で、毎朝の除雪から始まるので「出勤が手間だ」とぼやいていた。火魔法で片がつくから、日本みたいにスコップを持って腰を痛めながらやる必要はないけど、面倒は面倒だよね。温風魔法じゃ弱いらしくて、ダイレクトな炎がいいみたい。この時期の火魔法使いは副業で大忙しいで、嬉しい悲鳴になると教えてもらった。



 あたしはと言えば、週5回は城でヘルムートと会議、ラディウスと週3は食事していた。

 回復魔法師になるための講義場所、書くことができない民達への試験対策、問題の出し方。だんだんと詳細が決まってきて、なんとか形になると、あとはマルタとハレイドとの会議日程を調節するだけとなり、しばらく暇を持て余すことなった。


  

 この暇な時間は久々で、次の日から数日間のフリーが決定した、夕食の席のこと。

 

 食後に大きく伸びをして、

「やっと休みだぁ〜」

 と言葉が溢れた。

 開放感溢れるあたしを見たラディウスは、

「嬉しそだな」

 食後のお茶を飲みながら笑った。

「だって、ここ1ヶ月半ずっと仕事だったし……。たまに半日休みがあったけどさ」

「しかしその甲斐あって、かなり詳細な部分まで内容を詰めれましたからね。あとは回復魔法師資格の受験希望者に、講義や試験をするだけです」

「人生で一番働いた1ヶ月半だったよ……」

「マルタとハレイドとの会議日が始まれば、また忙しくなりますからね?」

 釘を差され、

「分かってます……」

 思わず少し睨んでしまった。

 

「ヒカリがヘルムートにそんな視線を向けるのは初めてだな。どうだ?俺の多忙ぶりがよくわかったろう?ヘルムートは容赦ないからな」

 面白がってるようにしか見えないラディウスは、ニヤニヤしてあたしを見て言う。

「一応、女性には優しめにしています」

 ヘルムートがそう言った通り、手加減されているのは分かる。もう無理!っていう量でもなく、これ以上は続けられない!って勤務時間でもない。あたしの性格も理解した上での、絶妙な時間配分なのだ。そういうところはすごいと思う。

 

「それで?明日から家でのんびり過ごすのか?」

「それしかないでしょ?外出するにはお付きの人がいるもの。エッダもグスタフさんも、急な予定変更とか無理だろうし、ヘルムートさんもラディウスに付き添って仕事でしょ?」

 食後の果物を食べながら軽くボヤいた。

 

 あたしは勝手に外出できないから、選択の余地なんてない。

 遠出どころか王都にさえ気軽には行けない立場だ。守ってもらってるから文句なんて言えないし。

 

「たまには作り置きでもして、ぼーっとしてるよ」

 紅茶みたいな味のお茶を啜りながら、明日の朝起きて何をしようかな、と計画を練ろうとしたら、

「それなら、ヒカリもラディウス様の視察に付き合えばいいのでは?」

 ヘルムートが突然に提案してきた。

 

 あたしとラディウスは驚いてヘルムートを見た。

 2人揃ってコップを手に持ち固まる。

 

「明日はロドルガッツ地方の視察です。王都より南下した場所にある、ソルセリル国内でも3本の指に入る街です。この時期は青颯華せいそうかというドルガッツ地方でしか咲かない花が見頃ですよ。ヒカリは色々な場所に行って見聞を深めたいのでしょう?ちょうどいいではありませんか」

 

 ヘルムートが提案をするのはよくあるけど、出掛ける案を推すことはまずないので、2人でしばらく固まったままじっと凝視してた。

 

 ヘルムートは「どうかされました?」とあたし達を交互に見ている。

「……いや、ヘルムートにしては珍しい提案だな」

「そうですか?」

「それって、あたしついて行っていいやつですか?仕事なんでしょう?」

 

 父の出張に付いてく家族みたいになってないかな?相当空気読めてないやつ……。

 

「大丈夫です。視察と言っても大した内容ではありません。毎年この時期に入ってくるだけの、恒例行事みたいなものなんです」

 

 あたしがちらっとラディウスを見ると「そうだが……」とやっぱり渋ってる。

 こういう反応も珍しい。あまり行かないほうが場所か、仕事内容的に良くないか……。

 

「ラディウスはためらってるし、やっぱり行かないほうがいい気がする……」

 遠慮しようと思ってそう言ったが、ヘルムートは頑なに「大丈夫です」を繰り返した。

 そこまで押してくると、逆に怪しい……。

 

「ヘルムートさん、何か企んでます?」

 険しい顔で彼を見るが、

「企むなんて、そんな滅相もない」

 手を振って笑って言ってるけど、笑顔が黒い気がした。

 そろそろヘルムートのことも分かってきたぞ……。

 

 ラディウスはなんとなくヘルムートの考えが読めているようで、

「エーナンテイトに会わせるつもりか?」

 不愉快そうに尋ねた。

 エーナンテイト?って誰。

「私は見聞を深めたいというヒカリの希望に沿った申し出をしたまでです。ついでにエーナンテイトに会うことになりますが、飽くまでついでです」

 笑って返す一番の腹心を見て、

「――ヘルムート、本当にあざとくなったな」

 しみじみと言っていた。

 主に言われた彼は、

「抜け目がなく頭の回転が早い、ということですね。お褒め頂いて光栄です、ラディウス様」

 深く頭を下げていた。

  



「ねぇ?あたし、本当に明日同行していいの?」

 ラディウスに次元魔法で送ってもらうのが定番になり、この日も例外なく家まで送ってもらった。玄関先まで来て明日の事を確認するが、繋いだ手を離したくなかったのもあり、わざとここで質問した。

 

「それはかまわん。ヘルムートの言うとおり、毎年のこの時期恒例の視察なんだ。表立っては主要河川の状況確認や春の雪解水による水害対策を行うことだが、それはほぼ口実に過ぎん」

「口実?何のためにそんなことするの?」

 ラディウスは言いにくそうに顔をしかめて、

「エーナンテイトの性格上の問題だ」

 分かりにくい回答をされた。

 

 どういうこと?性格に難あり、ってこと?

 

「エーナンテイトって怖い人?」

「怖くはない。見た目はゴツくてデカイから威圧感があるが。エーナンテイトの前ではちゃんと防御魔法を展開させていろよ。ヒカリの防御魔法もだいぶ板に付いてきたから、ちゃんと効果を発揮するはずだ」


 そうなのだ。毎日ヘルムートと一緒にいて、防御魔法が揺らいだら指摘され続けた。その成果が出て、結構安定した防御魔法を常時展開できるようになった。

 成長してるな、あたし。


「もちろんそうするけど……。そこまで警戒しなきゃいけない人なの?」

「――ある意味な」

 だから、何その含ませた言い方……。

「ある意味って?」

 尋ねたけど「明日会えばわかる」と逃げられた。

 しかもそのまま「おやすみ」と手を離されドアも閉められてしまう。

「なんなの?」


        


 あたしは不穏な雰囲気を感じて、ちょっとした袖の下を持っていくことにした。

 

 ラディウスの反応からしてあんまり会いたくない相手なのかと思い、空気が悪くなった時用にお菓子を持っていくことにする。

 あとは新しく開発した水筒に、あたしとラディウスのホットのお茶を準備。小腹が空いたら、と思ってスコーンも入れておいた。

 こういう細々としたものが意外に雰囲気を変えたりするんだよね。


             ◆

 

 翌日、約束の時間に城に行くと、すでにラディウスとヘルムートは到着していた。

 ラディウス達は公務だから正装のきちっとした服装。片やあたしは、シンプルだけど失礼に当たらない程度のスカート姿。カミラ陛下チョイスだから間違いない一着。本当に助かる。


 

 魔獣車はあたしとラディウスの二人乗り。ヘルムートは珍しく魔獣に乗って移動していた。


  

 目的地のロドルガッツ地方はソルセリルの南部に位置していて、移動するにつれて気温は上がってきた。雪も減って、到着する頃には地面が見えるようになる。

「同じソルセリルでもこんなに気候が違うんだ」

 もこもこ上着を脱いで言うあたしに、ラディウスは、

「日本はここまで気候が変わらないのか?」

「いや、北海道と沖縄は全く違うけどさ……。数時間の移動でここまで目に見えて変化を見ることなんてないから、驚いたの」

 


 魔獣車で2時間もしないうちにロドルガッツのお屋敷に到着する。

 大きな敷地に入り、立派な庭園を横目にしつつ綺麗な柱と階段があるホールに魔獣車が停止する。

 先にラディウスが降りると、ドラマみたいにあたしの手をとってエスコートしてくれた。

 

 下乗すると同時に大きく伸びをし、

「着いたぁ〜」

 厚い上着がないので体が軽い。それもあって、解放感を味わうために深呼吸した。

 冷たい空気が肺に入り、すうっと清々さが体を巡る。

「お疲れ様でした、ヒカリ」

 魔獣から降りたヘルムートが車に近づいてきて、声をかけてくれる。ラディウスは、

「ロドルガッツ邸に入るぞ。ヒカリ、防御魔法はいいな?」

「ずっと張ってるよ」

 目の前でずっと見てたはずなのにあえて聞くってことは、やっぱり警戒しなきゃいけないのか。

 ラディウスはあたしの返事に頷くと、「行くぞ」と玄関である大扉を見た。


  

 あたし達が揃って中に入ると、30人ほどの侍女、執事が左右にズラッと並んで頭を下げて出迎えられる。

 開店したてのデパートみたい……。


 いちいち頭を下げなくていい、と魔獣車の中でラディウスに言われていたから、あたしはひたすらに真っ直ぐに前だけを見て歩いた。

 一番奥に1人の男性が立っている。

 この屋敷の主と分かる堂々たる立ち方、服装。歩みを続けて近づにつれ、その躯体が分かってきた。グスタフより大柄、肩幅もあり身長も高いから、ものすごく威圧感がある。

 

 あと5メールという距離までくると、ロドルガッツ氏は

「双黒……」

 あたしを凝視してそう言うと、急にツカツカと近寄ってきた。

 巨漢が目の前に迫るので、あたしは思わず足を止めてビクビクっと肩を震わす。

 

 ロドルガッツ氏は強面の顔に似合わずニカッと笑うと、

「いや!噂に聞く黒の創薬師か!」

 急に手を伸ばすとあたしの両手を掴み、

「これはこれは!ラディウスが世話になっとるな!」

笑ってぶんぶん!と大きくあたしの手を振って握手してきた。

 その力の強いこと。あたしの顔からお腹まで腕を上下させている。しばらく会っていなかった親戚のおじさんみたいなテンションだ。

 それにしても肩がい、痛い……。

 

「おい、エーナンテイト!」

 乱暴な歓迎に、ラディウスはガシッとエーナンテイトの肩を鷲掴みにして、

「ヒカリは人間だぞ!そんなに力を込めたら肩が外れるだろうが!」

 制してくれた。

 

「おおっ、そうだったな。すまんすまん」

 ぱっ、と手を離してくれたが、急な運動を強いられたあたしの肩は驚いたようで、余韻でジンジンしている。

「い、いえ……」

 肩を押さえていると、ヘルムートがポーションをくれた。

「ごく軽度の治療効果があるポーションです。念ため飲んでおいて下さい」

「ありがとうございます……」

 

「私はエーナンテイト・セルム・ロドルガッツと申します。ロドルガッツを治める領主です。以後お見知りおきを、ヒカリ様」

 急に恭しくしく頭を下げたかと思うと、また口調が変わって、

「にしても、ラディウスがおなごを連れてくるとはなぁ」

 なんて言う。

 

 ラディウスって呼び捨てるんだ。

 ソルセリルに来て初めてのことだ。

 

 ラディウスは呼び方を気にする風でなく、

「話は中に入ってからでもいいか、エーナンテイト?」

 邸宅へ入ることを促した。


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