高揚の余韻
目覚めると、昨日のことが頭をよぎった。
そんなはずはないのに、まだ繋いだの手の感覚が残っているようで、思わず握ったり開いたりを繰り返してしまう。
今日も会えるかな……。
城で資料を作ったりヘルムートと話し合いをするため、あたしはいつものように辻車に乗る。
言われた通り敷地の外に出たら防御魔法を発動させた。慣れればもっと薄く、身体に沿うように展開できるらしいけど、まだまだコツも掴めないあたしは数センチはあるバリアを張ることしかできない。皮がブヨブヨした不格好なミカンみたいに、厚みも均等に出来ない。
あたしが今まで使っていた風壁や水壁とはまた違う防御魔法の種類だから、これは相当に苦労しそう……。
城に入っていつものように図書館に籠った。
が、調べ物に集中しているといつの間にか防御魔法は切れていて、発動に意識を集中させると本の内容が頭に入ってこない。メモの内容もミスする始末。
非効率だ……。
そう思って、潔く仕事の本を閉じた。
魔法の本を探すべく、あまりいかない本棚へと足を向ける。
えーっと……。
『魔法の基礎』……。このあたりにありそう。
一冊の本を手に取ると防御魔法の項目を見つけ出す。
『防御魔法は魔力を凝固させ、障壁として展開する基基礎魔法。物理攻撃や一部の攻撃魔法を跳ね返すことが可能。
防御魔法は基本の防壁であっても、使用者の技量によって強度や効率が大きく異なる。単に守るだけでなく、拳にまとわせて攻撃手段に転用する手段も存在する。「守りの風殻」のように、あらゆるものを弾く絶対的な防御力を持たせることも可能だが、魔力消費が激しいため推奨はされない』
ふーん。絶対的防御、ね……。あたしの力みたいなものかな。
この本が的確かと思い、席にその本を持っていくと、じっくりと読み進めていった。
『しかし「守りの風殻」であっても防ぎきれない魔法が存在する。それは家系による特殊魔法である。先天的に持つ特殊魔法の一部には非常に稀な魔法が存在し、後天的に得る防御魔法ては敵わないことがある。それを念頭におき、防御を展開させるべし』
先天的にもつ特殊魔法魔法……。スキルのことだよね?
特殊スキルは防御魔法をもってしても防ぎきれない場合があるんだ……。
ラディウスでも敵わないってことかな?
今までそんなことがあったのか、また聞いてみよう。
本来調べたい内容からかなり脱線したので、あたしは改めて目次を確認した。
元の世界と違って索引とかスマホ検索できないから、地道に項目を探すしかないのが苦しいところ……。
なんとか内容をまとめると、防御魔法の基本は魔力を固めて壁状にすること、単純な一層よりも複数層で構造を固めること、蜂の巣状の構造を取り入れた方が少ない魔力消費で高い強度を確保できることが記されていた。
魔力消費が少ないなら蜂の巣状が良さそう……。単純に壁をイメージするよりも具体的な形があった方が、ブヨブヨミカンにならないかも。
試しにその場でやってみた。蜂の巣構造はよく建築とか梱包で使われているのを知っていたから、イメージするのは容易い。
展開させた防御魔法はあたしの周囲を覆うように形成される。ブヨブヨミカンでなく、見栄えは良くなった。消費魔法も……少しマシに思える。
――問題はこれを維持できるかってこと。
こればかりは反復練習しかないんだよね……。まずは不格好でも常時発動を続けられるようにしていこう。
あたしは本業の調べ物を再開した。
たまにひと息をついた時、防御魔法を確認。揺れていたら再構築、を繰り返していく。誰か注意してくれる人がいればいいんだろうけど、そんな暇人は城内にいないので、自己チェックを繰り返すしかない。
だいぶ肩が凝ってきたところでお昼になった。
大きく伸びをしてリフレッシュしたところで、
『ヒカリ』
ヘルムートからの風話が入る。
小声で「はい」と返事を返すと、
『切りが良いところでラディウス様の執務室まで来てください』
「分かりました」
緊迫感ある声じゃなかったから、単なる用事かな?
本を閉じて定位置に戻すと、あたしは通いなれた最上階まで階段を上がった。この日は天気が良くて、窓越しに日が差し込むと暖かい。
階段を登りきると、執務室の前で団体を目にする。
中心には貴族を引き連れたラディウスがいて、
「どうした?」
向こうはあたしが来た理由を知らないらしい。
彼の声にその場の全員が足を止め、こちらを振り返った。
5人くらいいる貴族の皆さんは、あたしを好奇の目で見ている。謝罪謁見以来に姿を見る皆さんだ。もちろん、誰の顔も名前も覚えていない。
あたしはラディウスしか見ないように努力した。あまりにも彼らの視線が刺さり、針の筵になった気がしたからだ。
「ヘルムートさんに呼ばれたの」
「ここにか?」
「そう」
「ヘルムートならまだ会議室で所用をしている。しばらく自室で待っていろ」
ラディウスはそのまま貴族の方々と執務室に入るらしい。扉のノブに手をかけている。
「そうする」
逃げる口実が出来たのがこれ幸いと鞄を握りしめると、そそくさと踵を返した。
足早に城の自室に入ると、
「ふー……」
息をつく。
どうにも貴族は苦手だ。
魔法師達との会議にも貴族はいるけど、あんなに圧迫感がある視線は送ってこない。上から下まで値踏みするような視線はすこぶる居心地が悪いし、ラディウスとの関係を疑っているのがよく分かる。
王妃に値するか、その場合、利用する隙があるか。
そういう打算的な考えが透けて見えるようで、信用できない。
「利用価値がないって思われたら、どうなるんだろ……」
さすがに排除はされないんだろうけど、言葉の裏の意味をいちいち考えなきゃいけないのは億劫だ。
「ラディウスの隣にいるって楽じゃなさそう――」
国主の傍らにいるには、愛だけじゃ無理。
その事実を否応なく突きつけられた気がした。
あたしはふかふかベッドに倒れ込んだ。
集中して考えてたらいつの間にか防御魔法は切れていて、不甲斐なさにさらに気分が沈む。
再発動させ、しばらく寝転がって窓の外の雲をぼーっと眺めた。
冬の空は気まぐれで、さっきまで差していた日は陰り、重たい灰色の雲で覆われている。今にも雨か雪が降り出しそうだった。太陽の光が遮られた鉛色の空は、見ているだけで心が重くなる。
「外、寒そうだな……」
独り言を呟くと、
「お寒いようでしたら、収納庫を覗かれてはいかがですか?」
突然声をかけられた。
びっくりして跳ね起きると、あたしの専属メイドさんがいつの間にか近くのテーブル横に立っている。
物音一つしなかったから、全く気が付かなかった……。
昨日あんな話をしたばかりだから、心臓はバクバク音を立てて痛いくらいだった。
もしメイドさんが刺客だったら、今のは絶対に殺されてた――。
あたしがひと言も発せず硬直しているもんだから、メイドの子はさすがに悪いことをしたと思ったのか、
「も、申し訳ありません……」
頭を下げた。
「驚かすつもりはなかったんですが………」
あまりにもしゅん、とするので、
「あ……いや………。音も無かったからびっくりして……。部屋に入ってきたのさえ気が付かなかったよ………」
正直にそう言った。
「よければ、入ってくる前に扉のドアを叩いて欲しいかな………」
「はい……承知しました」
終始俯いて床を見つめる彼女は、外見だけで言うと15歳ほどに見えた。鬼人と教えられたこの子とこんなにも会話をしたのは初めてだ。挙動からして、話し下手らしい。
純血の鬼人って言ってたけど、色々と苦労があるのかな……。
「あのさ……、良かったらあなたの名前を教えてくれない?あたしの専属女中さんなんでしょ?ラディウスからそう聞いてるんだけど」
「イリサと申します……。どうぞイリサとお呼びください……」
イリサか。
「分かった。あたしはヒカリです。よろしくね、イリサ」
コクリ、と頷いたイリサのサラッとした赤毛が揺れる。キューティクルで輪っかが見えるくらいのサラツヤのボブヘア。くせっ毛のあたしには羨ましいヘアスタイル。
「イリサの髪、凄く綺麗ね。羨ましい」
フルフルと顔を左右に振ると、また髪が揺れる。
「色艶も良くて、綺麗な髪だよ。伸ばせばもっと綺麗かも。あたしは癖っ毛だから、そこまで短くできないんだよね」
どう反応していいのか困ったのだろう、イリサはじっとしてしまった。
うーん……イエス・ノーで答えられる会話のほうがいいかな?
そう考えていると、扉がノックされ「入るぞ」ラディウスの声がした。
「うん」
ラディウスとヘルムートが立っていて、いつものように部屋には入ってこない。
あたしはベッドから起き上がると、ヘルムートに、
「何か用事でした?」
尋ねた。
「このまま城で午後の会議になるので、共に昼食をどうかと思いまして、そのお誘いです」
「ああ、そういうことですか。いいですよ。どこで食べるんですか?」
「ラディウス様のお部屋へどうぞ。このまま共に行きましょう」
「はい」
あたしは言われるがまま部屋を出ようとしたら、
「あ、あの……ヒカリ様」
イリサから呼び止められる。
「お寒いのでしたら……収納庫の上着をお羽織り下さい」
「ああ、そうだね。ラディウス、ちょっと待ってて」
室内へ踵を返し収納庫を開ける。
リリナのカミラ陛下とショッピングした時の冬物がそのまま収納されているから、そのうちの1枚を手に取った。
良かった、ここに置いたままで……。こういう時便利。
「机に置いた鞄はまた取りに来るから、そのままでいいからね」
「分かりました」
2人と一緒に部屋を出て移動する。
あたしはてっきりラディウスの執務室に行くのかと思ったら、
「こちらです」
と私室の方へ連れて行かれた。
執務室より広くて部屋数が多い。
ベットが見えないから、別の部屋にあるんだろう。あたしの部屋よりも少し広くてバルコニーもある。そして窓が大きい。調度品は執務室と似たような雰囲気だけど、私室のほうがデザインが落ち着いている。
ここに入るのは初めて。
「ここで食べるの?っていうか、あたしはラディウスの私室に入っていいの?」
「何言ってる?グラータでも入ってたじゃないか」
ラディウスから指摘されて思い出してみれば、確かに……。来賓として共にいたから私室って感覚は少ないけど、言われて見ればそうだよね。
「城にいる時は大抵ここで食べている」
「お屋敷で食べることの方が少ないの?」
「時期によってはな」
ラディウスはスタスタとソファに行くと、ドサッと腰掛けた。
あたしが真向かいに座ると、
「防御魔法、ちゃんと発動させてるな。しかも蜂の巣型じゃないか。そう言う知識はあったんだな」
足を組んでのんびりと言われた。
「さっき本で調べたの。この方が魔力消費が少ないって書いてあったから」
「ええ。確かに防御も高いですし、魔力消費も抑えられます。理にかなっていますね。あとは常時発動が出来るか、のみです」
「そこなんですよねー。調べ物してると、つい解けてて。出来るだけ起きてる時は発動させて慣れるようにします……」
「いい心がけです」
先生っぽくヘルムートが褒めてくれる。
「イリサとも多少は打ち解けたんだな」
「えっ?そう?少し会話しただけだよ」
今日が会話最長記録だし。
「イリサは普段からあそこまで言葉を発しないぞ?頷くか首を横に振るだけだ。自ら口を開くとこもほとんどない」
「私も自主的に話しているのは初めて見ましたね」
「そうなんだ……」
なら、関係はかなり前進したってこと?
「でも音もなく部屋に入ってきたのはさすがに驚いたよ……。全然気が付かなかったから……」
そういうと、2人とも僅かに眉をひそめた。
「無音か……。イリサの出自を考えればできそうではあるが――。用心しろよ」
うーん……。まさしく『殺されてもおかしくないほど気が付かなかった』と思った手前、返事は曖昧になって、「あぁ……うん……」
と濁した。
「あと、さっき俺と共にいた貴族連中だがな。あいつらもヒカリに対しては好意的じゃない。視線で気がついたと思うが」
予想的中。嬉しくないけど。
「でしょうね……」
思い出して苦い気持ちになる。
「いずれ理解させるから気にするな」
「そうですね。取り急ぎ、ヒカリは私との午後からの会議の心配をしたほうがいいでしょう。懸案事項が山積みですからね。帰宅は遅くなると思ってください」
「うぅ……。はい…………」
ドヨン、と重暗い返事を返すと、
「なら夕食も一緒にとればいい。どうせ俺も遅くなるからな」
「あぁ……そう?ならそうしようかなぁ」
平気そうな口調で言ったけど、内心ではめちゃくちゃ喜んでた。
この分なら、またラディウスに送ってもらえるかも。
このあと昼食が運ばれてきて、部屋でお喋りしながら食べた。グラータの時みたいになんてことない会話をして、たまに言い合いっこして、笑って。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、ヘルムートと会議室に移動する頃には気持ちも顔もホクホクになっていた。
「随分と楽しそうでしたね。睦まじくてなによりです」
並走しながらそう言われた。
さすがに昨日の執務室でのことは知らないはずだけど、ヘルムートだからな……。
「その高揚した気持ちのまま、仕事も頑張ってください」
それから容赦ない問答をすることになった。




