対策
「改めて共有しておきたいことをまとめる」
グスタフが剣を納め席に戻ると、ラディウスは改まって全員を見てそう言う。
「一番の黒幕は元アザルス王国の没収貴族だ。アザルスの王族を含め、主導権を握っていた者たちの粛清は終わっている。恨みを持つなら、貴族の地位を剥奪されたそいつらしかいない。
首謀者は多くないと見ていて、今は5人に絞られている。恐らくまだ絞り込みは可能だ。これは調査中だから続報を待て。
次に没収貴族どもの狙いだが、ヒカリである事は明白だ。ソルセリルとの戦争に負け、アザルスが滅んだ原因はヒカリだと考えている。さらにソルセリルに大きく貢献しているのも気に食わないんだろう。もちろん俺も対象だろうが、狙いやすいヒカリが一番の標的だ」
エッダとグスタフは硬い顔でコクリと頷いていた。
あたしはと言うと、黒幕がアザルスと明確に決まって驚きはしなかった。魔力が少なくて魔法が使えないあたしは、簡単に捕らえられだろう。もちろん力を発動させれば問題はないが、暗殺となれば力の発動をする暇もないかもしれない。
「これまでヒカリの暗殺未遂は2回ある。
1回目が砂糖への毒物混入。魔力量が少ない者にしか効果がない毒物が仕掛けられていた。
2回目は実戦訓練でのキュクレスト出現。極めて稀にしか表れないキュクレストが、都合よくヒカリしかいない場所に姿を見せたのは都合が良すぎる。誘き出されたと考えていいだろう。
この2回の暗殺未遂に共通しているのは、機密事項を知らないと計画できない作戦であることだ。一つは魔力量が極端に少ないという鑑定魔法の結果。もう一つは実戦訓練をしてるという事実だ。
鑑定魔法の結果はソルセリルの他に、元アザルス国の者も知っていたと思う。しかし実戦訓練は違う。本当にソルセリルの一握りの者……ここにいる全員にしか伝えていなかった」
あたしはビクリとした。
ここにいる人しか、って……。
でも信用があるから集めたメンツなんでしょ?
「ラディウス、それってどういうこと?ここにいるみんなは信用出来る人なんでしょう?」
「ああ。この中に裏切者はいない」
「なら……どうやって漏れたの?」
ラディウスは表情を引き締めてあたしを見た。
「昨夜ヒカリの家から帰る時、俺は足音を聞いた」
「「「「え?」」」」
これにヘルムート以外の全員が声を上げた。
「昨夜って……俺が帰宅したあとってことですか?」
「ああ。ノボルを見送ったあと、屋敷に帰ろうとした時だ」
あたしは急に心臓が不安に跳ねた。
冷たい水を浴びせられたようにゾクッと冷える。
「聞き間違いかと思うほどの微かな音だったが、確実な違和感があった。感知魔法を発動させたが、魔力がある者を察知することは出来なかった。これが何を意味するか分かるか?」
魔力がある人を感知したかったけど、出来なかった………。なら誰もいなかったんじゃ……?
でもラディウスがここまで真剣な顔をするなら、そういうことじゃないんだろう。
あたしは分からずぶんぶんと顔を横に振った。
「感知魔法に引っかからないほど、隠密行動に長けた技術を持った相手ということだ」
グスタフ、エッダは鋭い表情でラディウスを見た。事の重要性と深刻さが分かったのだろう。
でもあたしと田岸さんはなんとなくしか理解できず、顔を見合わせた。
「えーっと、つまり感知しようとしても、させない技術を持った人があの家の敷地内にいた……。どこにでも侵入できるから探すのも厄介、という解釈で合ってますか?」
田岸さんが疑問形でラディウスに尋ねる。
忍者みたいな人ってことか。
「そうだ。何重にも仕掛けた魔法防御を突破できるなら、相当な使い手だ。恐らくだが、たまに敷地内に潜入して情報を得ていたんだろう。そう考えると実戦訓練のことも説明がつく。盗聴防止魔法をかけた内側で会話を聞いていたなら、辻褄が合うからな」
「なるほど……。陛下の感知魔法を掻い潜れるほどの相手なら、それも可能そうですね……」
エッダが唸るように言う。
あたしはゾッとした。
毒物混入事件がからこっち、盗聴防止魔法がかかっていると言われたから、敷地内であれば大丈夫なんだと油断して色々と話してしまっていた。
そこから情報が漏れたのかもしれない……。
「なら、今後は敷地内であっても話しをしない方がいいってこと?」
不安気に尋ねたら、
「いや、盗聴防止魔法を突破出来ると分かった昨夜の時点で、魔法の対象を敷地内から家の内部に変更している。屋内であれば効果があるから会話は可能だ」
「そっか……」
良かった。ずっと無言でいなきゃいけないわけじゃないんだ……。
家なのに好きに話もできないなんて、凄くストレスだもんね。対策済みなら安心だ。
「その隠密行動に優れている者が内通者だと、俺とヘルムートは考えている。あの家にヒカリを住まわすと決めたのは公式謁見の後だが、内々に進めた話だ。ソルセリル内の貴族にも伝えていない。つまり、内通者はその情報も俺やヘルムートの会話から盗み聞いていたことになる。いったいいつからうちの情報を漏らしていたのか分からんが……。もしかしたらアザルスとの戦争が決まった頃からかもしれん」
「そんな前から?」
「戦争は情報が命だ。俺もアザルスには間者を多数放っていたが、今はほぼ撤退させている。しかし内通者は違って、アザルスが滅んだ今も仕事を継続している。よほどの忠義があるのか、金で雇われているだけか……。いずれにしろ、ここにいる者以外、全て怪しいと考えろ」
全て、か……。
そうなると気軽に会話もできない。気安く自分のことを話さないようにしよう……。
「敵の動きは活発になりつつある。つい1カ月ほど前もノボルが狙われた。おそらくヒカリの情報を聞き出そうとしたんだろうが……。そいつらの似顔絵がコレだ」
ラディウスが言うと、ヘルムートが机に2枚の絵を出した。薄い紙を全員が覗き込む。
かなり精巧な似顔絵で、特徴もよくわかるものだ。
「女の方は目が鋭くて細身で華奢でした。追跡が得意で、逃げても逃げても追ってきます。異様な雰囲気なので、すぐに気がつくと思います。
男は背の高い大柄で、力が強い。同じ男性でも怯むほどですから、ヒカリが襲われればひとたまりもないでしょう」
田岸さんは唯一対面したことがあるので、絵だけでは分からない特徴を教えてくれた。
「この似顔絵の2名は残念ながら取り逃がしました。拷問と追跡を得意とする者ですから、最大限に警戒して下さい」
拷問と追跡……。なんとも恐ろしい言葉だ。田岸さんはそんな人達からよく逃げ切れたな………。
田岸さんはペンダントのおかげと言っていたけど、ヘルムートが魔道具を渡しておいてくれて本当に良かった――。
「もちろん、この2人以外もソルセリルに入国をしてきた者はいるでしょうから、見知らぬ者に不用意に近づいたりは絶対にしないように。
ヒカリ、特にあなたはこれまで通り、家の敷地内から出る時は必ず誰かが付き添います。城内であっても油断は禁物ですよ?誰が内通者か分からないのですから」
「……はい」
後半はあたしにしか言っていないヘルムートは、ぐいっと顔を覗き込んできた。
「今のところ、内通者の目星も具体的な人数も不明だ。だから信用があると分かっている者でしか、その調査ができない。そして、それはここにいる全員で全てだ」
ラディウスはあたし達をぐるりと見回した。
「ヒカリはこれから不特定多数の者と出会う機会が増える。地方に行くこともある。城での打ち合わせも、これまで以上に増える。基本的に防護魔法を発動させて行動することになるが、ここにいる者が代わる代わるで護衛につく。仕事の内容上、特にヘルムートが多いとは思うが、グスタフとエッダを指名することもあるだろう。その時は頼む」
「はい」「承知した」
すかさず2人が答えると、ラディウスは田岸さんを見た。
「ノボルは自身の保身を最優先にしつつ、普段通りの生活をしてくれ。王都内で不審な者を見かけたり、市民の噂を聞いたら知らせろ。民の噂話はバカにできんからな。何かあればヘルムートに風を飛ばせ」
「はい」
ヘルムートがあたしを見て、熱い視線で忠告する。
「ヒカリは家の敷地内だからと言って油断しないこと。これまで以上に警戒して下さい。不審な音や不可思議なことがあれば、私か陛下に風魔法を飛ばすように。それが無理なら、とにかく何らかの救援魔法を使いなさい。魔法も無理ならソエイラの指輪のことは気にせず、力を発動させ下さい。無理に抵抗しなくていいですから、とにかく生き残ることを最優先に行動してください。分かりましたね?」
「……はい」
生き残ることを最優先、か。
そこまでの事態に追い込まれたくはないけど、最悪のケースも想定しなくちゃいけないんだろうな。
あたしはそう考えるながら、護身術の練習を最近していないと思い至る。また再開しよう。
ラディウスは続けて全員に言う。
「あとは内通者の特定たが、これは各々が警戒してくれ。どこで話を聞かれているかわからん。迂闊なことを喋るな。必ず盗聴防止魔法を発動させてから会話をするように。内通者に繋がる情報や噂があればヘルムートに知らせろ」
全員が頷いたのを見て「最後になるが」とラディウスは前置いた。
「アラシャのタハルカには注意しろ。時々間者を送ってきている。城内に侵入させて情報を探ってきたからな。その間者は特定し、すでに対象済みだが、今後も同じことをされかねん」
あたしは間者が始末されたことを知ってドキリとする。どこの誰かも知らないが、もうこの世にいないというだけで胸が締め付けられた。
他のメンバーは動じておらず、アラシャと聞いてかなり苦々しい顔をしているだけだ。
「あの女たらしはまだ陛下に楯突いているんですか?」
エッダが容赦なく言う。グスタフも、
「いい加減くたばらないのか、あのヒゲおやじは?」
容赦ない。
唯一対面したことがない田岸さんは何も言えず、静かな困った顔であたしを見ていた。
「残念ながら健在で、病気にもなっていない。後継を決めたとも聞かないから、当分国主はタハルカだろう」
「チッ」
わかりやすく舌打ちするエッダはなかなか男前だ。
「ヒカリ、確かアラシャに行ったクレールと文を交わしていたな?」
ラディウスから言われ、
「うん。まだ1回しかやり合ってないけど、そろそろ手紙が来るかも……」
「迂闊なことは書くなよ?手紙事態はヘルムートが不審な点がないか検分してから渡すが、用心はしろ」
「分かってるよ」
「あと、そのソエイラの指輪だがな」
ラディウスがあたしの指で銀に光る場所を指しながら言う。
「分かっているとは思うが、ヒカリが魔法を発動させようとしないと起動しない。自動反応ではないから、勝手にお前の身を守ってはくれない。つまりヒカリの反射能力、判断力頼りだ」
「うん」
「相手が手練れとなれば、絶対にヒカリが遅れをとる。ヒカリが相手を認知する前に意識を飛ばられれば、それまでと言うことだ」
「……うん」
「今、ヘルムートとそのあたりの対策をどうするか考えているが、いい魔道具が見つかっていない。だからヒカリは外にいる時、常に防御魔法を展開させていろ。魔力消費が激しくなるが、そこは気にするな」
「………うん」
「あとで防御魔法のやり方をヘルムートから聞け。ノボルも一緒にな」
「はい。分かりました」
外出中は防御魔法を展開……。結構気を抜けない気がする。
でも、そっか。
魔力消費が激しくなるなら、ラディウスと会える機会が増えるな。そこはちょっと嬉しい。
それにしても、ラディウスは結構考えてくれてるんだな……。
――あの方は貴方を選びます。表情も仕草も声も、全てがそう物語っている――。
あの言葉は本当なのかもしれない。
少しは期待してもいいのかな――。




