罰と真
城での図書館でヨセハイド地方のこと、国民の識字率を調べた帰りだった。
「ヒカリ、少々良いですか?」
顔を覗かせたのはヘルムートで、
「このまま陛下の執務室まで行きましょう。大事な話があります」
そう言われた。
「大事な話?」
メモの束をカバンに入れてヘルムートについて行き、最上階のいつもの豪華な扉の前で足を止めると、
「今日は少し手狭です」
そう言って扉を開けた。
中にはラディウス、エッダ、グスタフ、田岸さんがいて、お茶を囲っている。
思ってもいないメンツに目を瞬せていると、
「呆然としてないでこっちに来い」
ラディウスから言われた。
「何事なの?」
ヘルムートは大事な話って言ってたし、何かあったのかな?
急に不安になって緊張していると「ヒカリはここへ」とヘルムートがラディウスの隣を勧めてきた。
そこってヘルムートが座るんじゃないの?
そう聞けないまま背中を押され、彼のいつもの定位置にあたしが座らされる。
「え……あたしここでいいの?」
後ろに立つヘルムートに尋ねると「はい」とニコと笑われる。
――王妃云々のことを考えているな。
裏が読めた気がして、微笑みが急に腹黒いものに写った。
こうやって少しずつ外堀を埋めていくつもりなのかな……。ラディウスには結婚願望ないのに。
「今日は重要な相談と話し合いの為に全員に来てもらった。ヒカリ以外にはこれまでの経緯を話しているが、あらためてもう一度言うぞ」
ラディウスはあたしに向き直ると、
「まずはグスタフのことだ」
彼を示した。
約4ヶ月ぶりに会うグスタフは、これっぽっちも変わらない眼力ある茶色い目であたしを見ている。
接触しない方がいいと提案した手前、こうして面と向かうとかなり気まずいものがあった。
それにしても、あれ以降ずっと距離をとるよう配慮してくれたのに、いきなりどうしたんだろう?
直視していいのか分からず伏し目がちでいると、意外な事を言われた。
「グスタフの容疑が晴れたから、ここへ呼んでいる。ヒカリ、そこまで縮こまらなくていいぞ」
縮こまってた訳じゃないんだけど……。
それにしても、何か疑われてたっけ?
「あの……容疑って何?」
「グスタフがソルセリル内通者じゃないかという疑いだ」
あまりにもはっきり言うので、あたしは目が点になった。そこまで疑っていたとは知らなかった。
「そうなの?」
「ああ。白黒はっきりさせるためにグスタフと話をしてな。他国と通じていたり他の王に忠誠がないと分かった。グスタフは内通者じゃない」
ソルセリルとラディウスを裏切ってはいなかった、ってことか。
ならなんでサラマンダーの時、あたしにあんなことしたの?
「ヒカリに大怪我を負わせたのは、グスタフの身勝手な理由だ。俺を裏切ったわけでも、ヒカリを殺そうとしたわけでもない。そうは言っても、謝罪はすべきだ」
グスタフは神妙な面持ちで立ち上がると床に膝をつき、大きな背中を丸めて頭を下げた。
「ヒカリ、あの時は申し訳なかった。俺は勝手に募らせた不安や不満をヒカリのせいにして憂さ晴らしをしようとした。危機にもすぐに手を貸さず傍観を決め込んだ。武人としてあるまじき行為だ……。なんなりと処分を言ってくれ」
いきなり土下座をされ状況に頭が追いつかず、
「し、処分って?」
情けない声で繰り返した。
「部隊長の剥奪なり降格なり邸宅の没収なり……。なんでもいい。甘んじて受ける覚悟だ」
「えっ、いや……でも………。そんなことラディウスが許さないでしょ?」
問いかけたというより、止めてほしくてラディウスを見たのに、
「俺は何でも構わん」
なんて言う。
「ヒカリの気が晴れるなら好きに処分を言い渡せばいい。瀕死の重傷だったからな。それ相応の処分がいい。焼き印か指の切断か火刑か……」
怖い怖い!!
「なんで痛々しいのばっかりなの?ソルセリルの刑罰って体罰なの?!」
「大体はな。他なら国外追放か島流しだな」
「流罪って……。江戸時代じゃん……。そんなことしないよ。それにグスタフさんはラディウスの臣下でしょ?国外追放なんてできないじゃん」
「なら体罰か?」
「たがらそんなことしないって!」
「おすすめは小指か薬指切断だぞ。剣を握る者にって左手の小指か薬指は大事だからな」
そんな恐ろしいことを顔色変えずにサラリと言う。
「そんなおすすめ知りたくもない……。レストランでメニュー決める、見たいな軽いノリで言わないでよ………。体罰も流罪も国外追放もしません」
きっぱり言うと、ラディウスは「ほらな?」とグスタフを見た。
「ヒカリは処罰を望まないと言ったろう?」
事前にそんな会話をしていたらしい。あたしが断ると分かってても、グスタフが納得しなかったんだろう。
グスタフは苦虫を噛み潰したような顔をすると、
「――だが、それじゃあ体裁がとれん。何より俺が納得いかねぇ」
武士っぽい事をいう。
あたしはどうにか飲み込んで欲しくて、
「もうラディウスから謹慎処分を受けてるじゃないですか?」
そう言った。グスタフは少し眉根を寄せると、
「あれは陛下からの処罰だろうが。俺はヒカリからの処分の事を言っている」
「べ、別々なの?」
「国のトップからの処罰と、被害を受けた本人からの処罰ってことですよ、ヒカリ」
田岸さんが口を添えた。
被害者からの制裁……。
確かにサラマンダーとやりあった時は怖かったし、死ぬかもと思った。大怪我をしたし、ポーションがなければ死んでいただろう。上空に逃げる妨害も受け、思うように戦えなかったのは本当だ。
「あの時困ったのは事実です。あたしなりに考えた魔法や、限りある魔力で戦える戦法を崩されたのは嫌でした。槍は痛かったし、こっちに来て何度死にそうになるんだろうと思いました」
「……――すまない」
「ラディウスとは話をしたんですよね?」
「ああ……」
「グスタフさんの身勝手な理由は分からないけど、ラディウスと話をして、ラディウスが納得してるなら、あたしには何もできません。ラディウスを裏切ったわけじゃないなら、尚更です」
「だが、お前は俺に腹を立てたんだろう?憤ったんだろ?ならそれを当の俺にぶつけるべきだ。それが筋ってもんだろう?」
「……そうですけど。でもあたしが同じように剣で腹を突けと言って、グスタフさんは納得出来ますか?」
「できる。それでヒカリが納得できるならな」
「指を切れと言われても?それで剣が扱えなくなっても?」
「ヒカリの心がその程度で晴れるならやる」
武人らしく背筋を伸ばす姿は、グスタフの武道と向き合う姿勢そのもので、あたしはこっそりと感服した。
時代劇に出てくる武士を見ている気分になって――義•勇・仁・礼・誠なんて心も知らないあたしが――高潔な志の彼を恥ずかしめるなんてできなかった。
「なら尚更あたしには何も出来ません。そんなことをされても、あたしが痛いです。失くなった指を見る度、不快な思いになるのはあたしだから、やめて下さい」
「瀕死の重症を負わせた当人を許すのか?」
グスタフから言われたけど、あたしは頑なに「処罰はないです」を繰り返した。
グスタフとはしばらく押し問答になり、埒が明かない。
お互いが譲らず、グスタフは「頑固な奴だな……」と一向に納得できない顔をして、ずっと床から立ち上がらない。
「ヒカリからなんらかの処罰をもらわねぇと、ここから動かねぇぞ」
そんなことを言いだした。
「それは俺の迷惑になるからやめてくれ」
ラディウスが迷惑そうにグスタフを見ると、
「なら陛下からヒカリに言ってくれ」
交渉役を頼まれたラディウスは、面倒だと分かる大きな嘆息をつくとあたしを見て、
「どうするんだヒカリ。グスタフはこう言っているが?」
「どうって言われても……」
「ケークを今後一生、毎月持ってくる、とかでもいいんだぞ?」
凄く適当な提案をして来た。
「魅力的だけど、それはさすがに太りそう……」
「なら温泉を掘り当てるまで帰ってくるな、とかか?風呂が好きなんだろう?」
温泉!ソルセリルにあるの?
一瞬テンションが上がったけど、掘り当てるとなると話は別だ。
「掘り当ててくれたら嬉しいいけどさ……。地質調査とか掘削はどうするのさ?大体ソルセリル国内に火山はあるの?そんな変な指示出さないよ……。もうさ、ずっとラディウスに忠誠を誓ってくれればいいよ」
これが一番話が早く終わる気がした。
信頼も信用もないあたしに何か返してくれなくていいから、きちんと心を許している人のために忠義を尽くしてほしい。
「処罰というよりあたしからのお願いになりますけど、それでいいですか?」
グスタフは不思議そうに言った。
「それは陛下のためになることであって、ヒカリの利益にはならんだろう?」
「それはそうですけど……。そもそも、信頼も信用もないあたしに何か指示されても不愉快でしょう?きちんと信頼関係がある人との間で、有意義な関係を築いて欲しいです。ラディウスは国主って立場上、心の内をさらけだせる人が少ないんです。グスタフさんは数少ないうちの一人だから、今まで通りラディウスの側にいてあげて下さい」
グスタフは驚きとも名づけようのない、不思議な感情が芽生えた顔をしてあたしを見ていた。
数秒そうしていると、
「――忠誠を誓うだけでいいのか」
確かめるように呟く。
「だけ、なんてことないです。普通に生きてたら、そんなふうに思える人に出会わないもの。しかも一生尽くすなんて、安々とできることじゃないですよ」
日本で暮らしてたら『忠誠を誓う』なんて言葉、なかなか言えるもんじゃない。
「そこまで信頼をもって尊敬と誠実さを捧げたいと思う人がいるなんて、羨ましいと思います。だから、ちゃんと自分の真の心のまま、貫いてください」
グスタフは泣きそうな悔しいような、でも嬉しい、そんな形容しがたい表情をしていた。
始めて人らしい表情の変化を目にして、やっぱりグスタフもそれらしく心を揺らすんだな、と当然のことを思う。
グスタフは腰の剣を抜き去ると正面に据えた。銀色の刃が明るく冴え、美しかった。
「ヒカリがそれで良いのなら……」
正座から片膝だけ立てると、低く頭を垂れたる。
この場にいる全員が――ラディウスでさえも――その姿を固唾を呑んで見守った。
武人の誓いは何度も見られるものではない。
公の場でもないただの執務室で、厳かで神聖な誓いを立てる武人の姿を尊び、忠義の言葉に聞き入る。
「ここにいる全員の前で、ラディウス陛下への生涯変わらぬ忠誠を誓おう――」
重々しいセリフはちょうど上がった雨雲から差す陽光によって、より威厳あるものに映った。
天でさえもグスタフの忠誠を見ようとしているかのようで、あたしもそれ相応の態度で返さないと失礼だと思え、背筋を正し、
「ええ、よろしくお願いします」
出来るだけ凛として返す。
「その生涯をラディウス陛下ただお一人のために捧げて下さい」
グスタフはより一層頭を下げ、深い敬意と感謝を示した。




