散会
名乗りを上げたのは初対面の虎族だった。
黄色と黒の縞模様の毛色、虎の威厳ある顔つき、立派な躯体。
立ち上がるとそれはそれは迫力が凄かった。
「私、ハレイド•アラールと申します。回復魔法師副長を務めております。ヒカリ殿にはお初にお目にかかる」
「はい、はじめまして」
「ヒカリ殿の医療体制案にぜひとも協力したい。我が領地の小隊と回復魔法の等級の者でよければ、協力いたしましょう」
思ってもみない言葉に、
「本当ですか?!」
思わず感情が高ぶった。かなりの喜色満面だったと思う。
「はい。実は、ヒカリ殿には恩義があるのです。この場をお借りして、その恩を返したい」
「恩義……ですか?」
記憶を探ったが全く心当たりがない。そもそも今日が初対面だ。恩を売った覚えはなかった。
目を泳がせていると、
「息子が怪我を治していただきました」
と笑った。
あたしはもう一度記憶を浚う《さら》。
虎族の子供……アラール家…………なんか聞き覚えが――。
息子を助けた……。
すると一気にグラータへの出国の出来事を思い出した。
「あぁ!トレニアード君!」
お忍びで友達に会いに行こうとしていた、一丁前なご子息だ。
「彼のお父さんだったんですか?」
会議の雰囲気から一転して、ほぼ素になったあたしに笑ったハレイドは「その節はありがとうございました」と頭を下げた。
「骨折を治していただき、頭を悩ませていた人間への不信感も取っ払っていただきました」
「それはラディウス―陛下がやったことです」
思わず呼び捨てにしそうになり、一瞬言葉が詰まった。
いかん……。ついいつものクセで敬称を忘れてしまう。
「その陛下を説得されたのがヒカリ殿なのでしょう?とても美しい蝶と花畑の魔法を見せてくれたと、かなり喜んでいました。後ほど陛下にもご挨拶しなくては」
それを聞いた周囲の人が小さくざわついた。
「あの陛下が?」
「子供のためにやったのか?」
「わざわざ幻想魔法を使って?」
「妻の誘拐未遂以降、息子は大層な人間嫌いになってしまいまして……。何をしても払拭できず、ほとほと困っていたのです。しかし陛下のお言葉で心を入れ替えたようで。ヒカリ殿がいつの間にか骨折を治していたことも、驚いていました。『全く痛くなかった』と」
「鎮痛剤が効いて良かったです」
「今度陛下にお会いしたらあの幻想魔法を教えてもらうんだと、挨拶の練習もしています。妻に見せたいようです」
「そうですか……。後遺症もなくお元気で何よりです」
「はい。ですから、その恩をお返ししたい。後日、領内の回復魔法が使える者を調べておきます。ヒカリ殿が考える具体的な方法をお聞かせください」
「ありがとうございます!」
あたしはハレイドの大きな手をガシッと掴んで、固く握手した。肉球がプニッとしてて気持ちいい。
ハレイドは「爪で怪我をされますよ?」と驚いていたが、あたしは全然気にしてなかった。
「元の世界では、感謝をこうして表すんです。本当に――本当にありがとうございます」
声を震わせていると、
「そういう事情でもよいなら、私も立候補したい」
凛々しい翼人女性が立ち上がった。
白鳥のように白い羽は艷やかで目を引いた。それ以上に見目麗しい顔立ち、緑の瞳が精悍さを引き立てている。
「私は製薬部隊副長のマルタと申します。私も身内が非魔法付与薬にお世話になっているのです。あの薬のおかげで、魔力量が少ない者への関心が集まりました。日陰者だった彼らに政府の目が向けられるようになり、特別に薬を安価に買える法案や、処遇改善が行われ始めました。全てあなたのおかげなのです」
え、なにそれ?
初耳の話に、あたしはヘルムートを振り返った。
彼は何も言わず、静かに頷くだけだった。
あたしはここへ来る直前に言われた言葉を思い出す。
――貴方を支援し後押しするのは何も私やラディウス陛下、アリウェ陛下だけではありません。顔も知らない多くの国民が貴方の味方です。体制を変えてくれてありがとう、と笑って言われる瞬間を想像して望んでください
あれってそう言うことだったの?
なんだか随分と知らないところで事が進んでいる……。
ヘルムートから具体的に聞いた方がいいのかな?
「ヒカリ殿」
あたしはその声でマルタを振り返る。
「私に領地はありませんが、回復魔法師達の有志を集めることは可能です。あと、衛兵となる者も募れると思います」
一番欲しいのは人手だから、凄く助かる。
「本当ですか?」
「はい」
美しい微笑でマルタは続ける。
「後日打ち合わせをいたしましょう。レハイド殿と同じ日付を選定いたします。少々お時間をいただきますが、ご容赦下さい」
「いいえ!とんでもない!」
あたしはまた手を取って強く握り、上下にブンブンと振った。思ったよりアグレッシブな動きにマルタは驚いていたが、面白そうに「随分独特な動きですね」と笑っていた。
「お二人とも、ご協力に感謝します」
立候補者はこの2人だけだった。
8人中の2人……。決して多くはないが、最初なんてこんなものだろう。
立候補してくれた2人が、職場で肩身が狭くならないか心配だが、みんなそこまで子供じゃないか……。
今後も経過報告を同じメンバーでやっていくことで話はひとまずまとまり、この日の会議はお開きとなった。
◆
「さっそく、ヒカリから陛下に報告をしてください」
会議中、本当にひと言も喋らなかったヘルムートが、控室に入った途端にそう言った。
「でも今、他の仕事をしてるんじゃ……」
「どうせ気になって何も手についていないに決まっています。これまでもそうだったではないですか」
ヘルムートは時々、ラディウスにすごく気安い。
「そうやってどんどん残業が溜まるんです。結果、私も帰れなくなる。今日分だけは何時になろうとも終わらせて頂きますが」
そして時に厳しい。
「……ヘルムートさんって、時にラディウスに容赦なく厳しいですよね……」
「誰に対しても平等、と言って下さい」
あたしはヘルムートに背中を押される形で、最上階の執務室に移動した。
いつもならなんとも感じないのに、ラディウスがあたしを想ってくれていると考えると、途端に気まずくなってしまう。もちろん、ラディウスはそんなこと知る由もないから、気にしなくていいんだけど……。
扉の前に立つと、急に緊張してきた。
今朝、不意に手を取った行動を思い出し、
よくあんなことできたな、あたし……
今更恥ずかしくなった。考えてみれば、周りには従者の人がいたと思う。
恋は盲目って本当なんだ……。
「ヒカリ、早くノックを」
ボーッと突っ立っているので、見かねたヘルムートが声をかけてきた。
扉を3回叩くと、
「入れ」
いつもの声がしてノブを回す。
ラディウスはちゃんと仕事してた。仕事机まで歩み寄っていくと、あと半分くらいなっている。
あれ?
いつもより捗ってるけど……。
「終わったのか?」
じっと無言で書類を見て何も言わないから、ラディウスから話しかけてきた。
「うん。今し方。2人が協力してくれることになったの」
「2人、か……。思ったより少なかったな……」
ラディウスの予想ではもう少し多いと考えていたらしい。
「回復魔法師副長のハレイドさんと、製薬部隊副長のマルタさん」
「ハレイドか……」
ラディウスは瞬時に怪我のことを思い出したらしく、
「息子の件の礼、と言うわけだな」
すぐに納得していた。
「そう。あとでラディウスにもお礼を言いに来る、って言ってたよ」
「そうか。会議は滞りなく進みはしたのか?」
あたしはヘルムートを見た。
滞りなく、と言えるのか分からないが、少なくともまとまりはしたと、あたしは考えている。
「議題内容の共有は出来ました。各隊長、副隊長まで参加しましたから。全等級者の資格獲得に向けて、まずはヨセハイド地方の回復魔法が使える者を選定していく予定です。そのうち何人が資格獲得を希望するか――。まずはそこですね。希望者にはまず医療知識をつけてもらう必要がありますから、その講義が必要でしょう」
「ハレイドさんとマルタさんとの打ち合わせを今後重ねていく予定だよ。日にちはまだ決まってないけど」
「なるほどな……。当分、ヒカリは忙しくなるな」
「うん。どんな知識を身につけて欲しいか考えないといけないから、各隊長とは内容を詰めないといけないかな」
「……そこは協力を得られそうなのか?」
「うーん……多分?」
首を傾げると、「恐らく大丈夫でしょう」とヘルムートは自信満々に返した。
「彼らにとっては、かなり胸に響く事を言われてましたから」
「ほう?」
ラディウスは興味を持ったようで、両手を顎の下で組んで面白そうに目を輝かせた。
「陛下が何と言われるか、これまでの体制のままで良いのでは、と2つの提案に全員が後ろ向きでした。そこでヒカリが、『陛下がこの場にいて可決すれば納得するのか!』と喝を入れていましたよ?それぞれが刻んできた轍を無視して陛下の声一つで決めるなんて、できるはずがないだろう、と」
「専門職としての責任感を忘れず妥協するな、という意味か……」
満足したような顔で笑っていると、
「他にも色々と言っていましたよ?『命に直結する医療現場なのだから、崇高で尊ばれる理由を根本におけ』とか、『期待は希望で、誰かから託されるものだから、その人達を失望させたくない』とか……。いいヒカリ節が出てました」
ヒカリ節……?って何?
「発破をかけたわけか……。ヒカリはそういうのが得意だな」
「別に得意なわけじゃないよ………」
あたしは誰かの背中を押せるような大層な人間じゃない。ごくごく平凡普通の人だ。ずっとそう思ってる。
しかしラディウスは違うようで、
「ヒカリにはそういう才能があるんだ」
と何故かラディウスの方が嬉しそうに言った。
「これまでもそうだっただろう?ヒカリの言葉は人を鼓舞させる。そいう才気があるんだ」
迷いのない目を向けられ、あたしは思わず引き寄せられた。
「以前、日本では一生懸命になったことも、目標をもって日々生きたことも、意欲をもって何かに取り組んだことも無いと言っていたな?きっと自覚がなかっただけで、元いた世界でも同じ事をしていたはずだ。もっと自信を持て」
体がカッとするほどの幸福感が押し寄せて、思わず頬が緩んだ。
あぁ……もう…………。
あたしはいつもラディウスのやさしい言葉に参ってしまう――。
「うん……。ありがとう」
嬉しさが高まりすぎて言葉が出てこず、ありきたりなお礼だけ呟いた。
ヘルムートはほくそ笑みながら、
「上に立つ者としては必要な才気ですね」
後ろで言葉を溢していた。
医療体制案の発案者として、という意味の他に、未来の王妃として、とニュアンスも含まれているのが分かり、あたしは困り顔を向ける。
そこまでの覚悟はまだないって……。
そりゃ国王を好きになるなら、そういう心づもりがいるんだろうけどさ――。
「今後も話し合いが続くだろう。何かあればヘルムートに言えよ」
「分かってる」
そこで会話は落ち着き、あたしは帰城しようと考えた。その時、このあと田岸さんと食事する約束を思い出し、
「そうだ。夕食、ラディウスとヘルムートさんも一緒に食べない?」
誘っていた。
「食事?」
「田岸さんが仕事の節目だからって、ご飯作ってくれる予定になってて。あたしの家でやるんだけど、良かったら2人も来ない?ここまでお世話になったし」
ラディウスは突然の提案に驚いていたが、
「まぁ、構わんが……」
「私はこのあとも色々とあるので、遠慮します。また別の機会に参加しましょう」
急遽、3人だけのお疲れ様会が開かれることになった。




