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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
隠された感情

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会議


 火照って真っ赤になった顔の赤みを減らすため、ずっと手うちわで扇いでいた。見かねたヘルムートが風魔法で涼しい風を送ってくれ、

「だいぶ良くなりましたよ」

「……本当ですか?」

「ええ。しかし、さっきの表情を私一人が見たとあれば、ラディウス様から睨まれそうですね……」

 なんて言うもんだから、あたしはまた体温が上がりそうになった。

「せっかく引いたのに!」

 軽く睨んだら、

「存外、ヒカリは照れ屋なんですね。覚えておきます」

 愉快そうに笑っていた。



 仕事モードに気持ちも顔も切り替えるのに、相当な時間を要した。かなり早めに登城しておいて正解だった……。


 

 資料を読んで最低限伝えたいことを確認すると、すっかり王佐に顔になったヘルムートが「最終確認ですが」と前置きしてきた。

「何度も繰り返しになりますが、ありのままの言葉と思いを述べてください。貴方がソルセリルへ来てまだ9ヶ月ですが、あまりにも多くの功績を残しました。それもこれも、全てこの日のための下準備です。ちゃんと土台は整っています。貴方を支援し後押しするのは、何も私やラディウス陛下、アリウェ陛下だけではありません。顔も知らない多くの国民が貴方の味方です。城に声は届かずとも、ヒカリが道を外れず進んでいれば、いずれその者達の声を直に聞ける日がきます。体制を変えてくれてありがとう、と笑って言われる瞬間を想像して望んでください。貴方の努力はちゃんと見られています」


 あたしは改定案をまとめた紙面の文字を眺めた。

 ここの場に来るまでか多くの人から、ありのままのヒカリでいいと、そう言われた。

 だから緊張はしても、不安はない。


「ありがとうございます、ヘルムートさん。あたし、出来ると思います」

 笑って言うと、ヘルムートも笑顔を返してくれた。

「妃殿下となる方の重なる功績を、私が見届けます」




 

 定刻になると、あたしは会議室の扉を開けた。

 すでに見慣れた回復魔法師長、診療所所長、治療部隊、製薬部隊の面々が座っている。

 彼らに本日の議題は伝えていない。反対だから不参加、とされるのを避けるためだ。

 

 全員が談笑していたようで、皆あたしとヘルムートに笑顔と共に会釈をしてくれるが、これはすぐにでも消えるだろう……。

 あたしは軽く微笑んで「集まっていただき、ありがとうございます」と挨拶した。

 いつもの定位置に立つと、グラータの時のようにいきなり本題を始めた。

「今日のお話は、皆さんをかなり不快な気分にさせると思います」

 いきなりそう言われ、全員が眉間に皺を寄せた。隣に座る高官仲間をチラチラと窺っているが、互いに同じ反応をしているので、誰もが寝耳に水と分かったようだ。

 

「しかし、きちんと最後まで話し合いをしたいと思っています。決して目を背けず、皆さんにも考えていただきたいのです。私が今までやって来たこと、提案してきたことは、全てこのための土台作りでした。私の最終目標は遠い道のりで、生半可なものではない、何度も壁にぶつかり逃げ出そうと思うだろうと、ヘルムートさんからもラディウス陛下からも、アリウェ陛下からも言われています。しかし不退転の覚悟で取り組む心づもりでいます」

 あまりにも強い決意表明から始まった会議に、全員の顔色が変わった。どうやら小娘のお遊びではないらしい、と分かったのだろう。

 

 あたしは全員に医療体制案と回復魔法師の資格獲得の変更案を配布した。

 一番上の議題を見たとたん、全員の表情が変わり空気が豹変した。雨が振りしきる屋外の方がよほど温かいと思えると程に冷えこむ。吐息が白く見えるようだった。


  

「あたしは回復魔法師なしでも治療ができる、そんな医療体制を整えたいと考えています。どこにいても、魔法が使えなくても、みんなが治療を受けられる。そう言う医療体制です」

 ずっと以前から思っていた考えを初めて口にしたが、緊張も高揚もしなかった。

 そこには静かな決意があるだけで、あたしは至極冷静だった。

 胸中を絞めているのは寸分の揺るぎもない決意だ。

 

「――ヒカリ殿はずっとこれを思っていたのですか?心臓マッサージだの心肺蘇生法だの話してくださったあの時から?」

 回復魔法師長のミッシナイが静かに尋ねた。胸の奥底にずっとあった疑問をそっと取り出したかのようだった。

 獣人族で鹿姿の彼は神聖な雰囲気がある人物で、当初から一歩引いたところであたしを見ていると思っていたが、やはり思うところがあったのだと、その丸い目を見て思った。

「ええ、ミッシナイさん。あなたの視線は他の誰よりも客観的で冷静でした。やはり、ずっと懸念を抱いていてんですね?」

「そうですね……。そして、それは間違いではなかった」

 存在感がある大きな角はそれだけで迫力があり、言葉とともに会議室内を凛とした空気にした。

  

「この回復魔法師なし、というのは原始的な医療の切開や縫合といった治療方法のことですか?」

 これは診療所所長のナサエル。

「はい、そうです」

「それで空間浄化魔法を開発したのですね……。野外での治療を考えて……。しかし原始的治療法には器具が必要だ。包帯、切開専用の刃物、糸……。何より相当の苦痛を伴う」

「ええ。それらの器具と道具は制作済みです。疼痛に対してもグラータから鎮痛剤、麻酔、麻薬の調剤方法を頂けました。各種族別での使用量も換算済みです。資料の後半を見ていただければ、載っています」

 ナサエルはチラッ、とページをめくったが、とても見たとは言えない仕草だった。 

「――そこも考慮済みですか……」

 先手を打っていることが恨めしいのか、陰湿な目を向けてきた。

「グラータに薬開示をさせたのは真実だったのですね……」

 製薬部隊隊長ゲイドが強く突き刺すような視線を向けている。

「長年、どんな交渉をもっても揺るがなかったグラータがついに開示に同意したと、もっぱらの噂になりましからな……。それから程なくして、小児に対する鎮痛剤の試験投与の話が回ってきた。関連しているのでろうとは思っていたが――。差し支えなければ、どうやってグラータを説得したのか伺ってもよろしいか?裏接待でもなされたか?」

 ゲイドの蔑むような目と表情、ヘルムートが静かな怒気を孕ませた空気をまとったのを感じて、かなり揶揄されているか侮辱されていると分かった。

 裏接待なんて、あたしが女でなければ出てこない発想では?

「それは私が魅力的という褒め言葉ですか?」

 冷たくそう返すと、ゲイドは口を固く結んで眉をひそめた。これくらい言えば怯むか泣きだすとでも思ったのかもしれない。

「それは女性軽視とも受け取られる発言ですよ、ゲイドさん。立場ある人の発言とは思えません。訂正して下さい」

 他の高官からも非難の眼差しを感じたのだろ、素直に「申し訳なかった……」謝罪してくれた。

 

 気を取り直すと、あたしは改めて紙面を見るよう促した。

 あたしの提案はこれだ。

 

外科的治療と魔法による治療の併用を推奨。

•回復魔法師は有事の際、重傷者の治療を優先させる。

・軽症、中等症の人は回復魔法レベル1〜3の人が外科的処置、ポーション、回復魔法を使って対応する。

•外科的処置の際には鎮痛剤、麻酔を使用。場合によっては麻薬の使用も考慮する。

•平時においても上記3つの体制は変わらない。

•衛生兵、回復魔法師への一次応急処置の教育。

・衛生兵の役割を決める。 腰に救命の印のついた嚢を下げ、現場での応急処置や後送を担当。

•トリアージの導入(重症、軽症、死亡に分ける三分類)

・戦病(傷そのものよりも熱射病、栄養失調などの感染症や病気)の予防

・野戦病院を作る。前線の近くに仮設の診療所を開設する。


 

 本題に入ろうとしたところで回復魔法師長のミッシナイが挙手し、

「各部署の副長を呼んでもよろしいか?これは相当に議論する余地がある案件です。多くの意見を募ったほうが良い」

 彼の提案は受け入れられ、副長が急遽招集され、合計8人が集まった。


  

 最初から話をし直すと、さっそく意見が飛び交いはじめる。

「これは相当に厳しい内容でしょう……」

「原始的な医療が受け入れられますか?」

「この衛生兵、回復魔法師への一次応急処置の教育というのは……専門の学校をつくるということですか?」

「野戦病院を作るというのも……。有事の際にそこまでの機動力が得られますか?常に備蓄し備えて置く必要がある。その場所の確保もいりますぞ?」

「これらは回復魔法師資格を全等級の者にも与える、といのが大前提だ。まずはそこから話し合わなくてはならんのでは?」

「外科的治療を行う者の育成も問題です?判断を誤れば死亡してしまう……。その場合、誰が責任を取るのか?治療を行った本人か、監督不行き届きで高位の魔法師か?」


 喧々囂々な不満を聞きつつ、あたしはじっとその内容を聞いた。

 一通りの不平不満、疑問点が出たところで、一様に皆があたしに視線を戻したので、やっと口を開いて説明を始めた。

「多方面からの意見をありがとうございます。外科的治療については、あたし自ら開放創を止血後、ポーションと麻酔の併用で治療しています。回復魔法等級2のあたしでも治癒可能でした。後遺症もありません」

「しかし、それはたまたま治療出来ただけで、失血が多ければ間に合わない可能性もあるのでは?」

 誰かからの鋭い質問が飛ぶ。

「その場合は患部を焼灼止血します。それ専用の器具も考案済みです」

「焼灼止血?!」

 ほぼ全員が驚いて目を見開いた。中には苦痛を想像したのか、顔を歪める者もいた。

「驚かれるのも無理はないと思います。痛みも苦痛も伴う方法です。しかし、命には代えられない」

「その火傷の後はどうするのですか?」

「治療後、等級2以上の方に治癒していただきます。場合によっては足を切断するなどの手段も必要かもしれません。より専門的な知識と経験が必要になります」

 驚きで息を呑む音がする。しかしあたしは構わずに続けた。

「命が助かるなら、あたしは躊躇なく切断すべきと考えます。無事に家族の元へ返してあげられるなら、手段はいといません」

 あまりにもきっぱりと言うので、

「心が痛まないのですか?その決断を即、下せますか?もし本来必要がなかったと言われたら、苦痛与えた責任を取らなくてはいけないのですよ?」

 沈痛な声がした。

「切断をためらい死亡した場合、あなたはな泣き崩れる家族を前にしてこう言えますか?『切断すれば助かりましたが、私が決断できなかったので間に合いませんでした』と」

「それは――」

「死亡したらもう手遅れです。痛みや苦痛に対しての対応は麻酔と麻薬で解決します。精神的苦痛はどうにも出来ませんが……そこはまた別の対応が必要です。それに、医療の現場では生死を分ける判断は常にならせています。こそに責任を取ろうとしない者は医療者ではありません」

「まぁ……それは――確かに…………」

「ヒカリ殿は切断しても回復させれば良いと考えているのですね?その場で命を失うよりは良いと……」

「はい。あたしは切断して治療して命を救う事はできても、体の一部をなくしたという心は救えません。だから回復魔法が必要なのです。この世界には魔法があり、あなた達等級1や2の回復魔法師がいるのですから」

「高位の等級の者は切り札だと?」

「もちろんです。そのための緊急時のトリアージであり、平時から治療区分をするのです」

「しかし、いくら功績を残し続けたヒカリ殿の提案でも、回復魔法師の全等級を資格化するのは――」

「課題が山積みすぎる……」

「何より、庶民の読み書きの問題から考えればなりませんよ?」

 大半の者が渋る顔をした。


  

 皆本音は言わないが、基本的教育方針からの見直しになるので、前途多難だと思っているのだ。医療部隊だけで済む話ではなくなる。何より回復魔法師としての品格が下がることを危惧しているのだろうと思えた。

 

「千里の道も一歩からですよ?ここで膝を突き合わせてうんうん唸っていては、何も進みません」

「そうは言いますがね、ヒカリ殿……。これは回復魔法師だけの問題ではないのですよ?教育機関との話し合いもなる……」

「ラディウス陛下もなんと言われるか……」

「そもそも、回復魔法だけで今までやってこれたのですよ?」

「ソルセリル建国前からずっとこの方法ですからね……」

「ラディウス陛下も、そこに関して何か発言されたことは無かった」

 これまでのやり方をなぞろうとする考えがちらついて見え、あたしは思わず、

「それでは問題があるから、こうして議論しているのです。今までのやり方ではなく、これならを考えてください。まずはここでの承認がなければ何も動きません!」

 言い切ったが、あたしの声は会議室に沈むように響くだけだった。

 

 誰も賛同しなければ共感もしない……。

 

 あたしはあまりの腰の重さにふつふつと苛立ちが募っていた。ここで癇癪を起こしたりすれば、これ以上に空気が悪くなるけど……どうしても抑えられない思いがあった。


  

「ラディウス陛下をここへお連れして賛同が得られていれば、皆さん有無を言わさずにこの2つに納得していただけたのですか?」

 全員が渋い顔をした。

「そう言うわけでは――」

 ボソリと言う言葉に被せて、あたしは負けじと続ける。

「そんなはずないですよね?みなさんもあたしと同様、医学の道を歩む人たちです。それぞれが刻んできた轍があるはずです。それを無視して陛下の声一つで決めるなんて、できるはずがない」

 

 あたしは大きく息を吸うと、背筋を伸ばして全員の顔を見た。

「あたしが異世界でやっときた外科的な治療。魔法師の皆さんがやってきた魔法ありきの治療。やり方が違うだけで、どちらも『助ける』という道の先は同じはずです。

 薬もポーションも原始的な医療も、何度も繰り返して失敗し、犠牲になった人がいる上で成り立っているものです。長い長い失敗と成功の先に今がある。医学の道は決して平らな道ではない。先人たちの犠牲と努力と、多くの人の願いと追求の末に、成り立ってきた道なのです。それを生かさずにどうします?」

「崇高な理由だけで出来ることではないのですよ?」

「当たり前です。世の中、全てが崇高で尊ばれる理由でできているわけではありません。しかし、医療は命に直結する現場です。崇高で尊ばれる理由が根本になくてどうしますか!」

 

 今や会議室にいる全員があたしを静かに見ていた。その目は様々で、好奇の目を見張って観察している者もいれば、濁りのない子供の様な目、冴え冴えとした目、眩しげに見つめる目もあった。

 

 あたしはその視線を一身に浴びながら、タバンさん、デーハラート、メルトーナ、ヘルムート、田岸さん、アリウェ陛下、ラディウス……それぞれの顔を思い浮かべていた。

 

「あたしは今日、ここで皆さんと話をするまでに、いろいろ人から言葉をかけられました。それは期待となってあたしの中に振り積もって、到底下ろせない高さまに積み上がっている――。その重さで潰されそうだと思うこともありますが、あたしが潰れては全て地面に転がってしまう――。そんなは事したくない……」


 全員があたしを信じでくれた。それに応えたい。


「期待は希望で、誰かから託されるものです。祈りのように胸の奥深く、大事に抱かれているものです。叶いますように、期待が裏切られませんようにと、望みをかけて、待ってくれている人達がいる――。その人達を失望させたくない。信じてくれたなら応えたい。

 色々と言いましたが、あたしにも前途の成功がありありと見えているわけじゃないんです。わたし一人の力では到底なし得ないことだから、皆さんの協力が不可欠なんです。どうか、力を貸してください」

 

 感極待ってまた泣かないように、あたしは気を引き締めた。泣き落として説得した女々しいやつと思われたくない。


 しんとした会議室であることは変わりなかったが、当初よりは冷徹な雰囲気が薄れている。

 率直な主張に納得がいかなそうな顔もあったが、とりあえず反論はやんだ。

 このまま沈黙が続くかと思われたが、一人の獣人がスッと手を挙げた。

「ならば、私が協力いたしましょう」


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