それぞれから託されたもの
それからのあたしは、家ではヘルムートやエッダから護身術を教わり、城ではヘルムートと子供、種族別の換算表を作って、麻酔の副作用をまとめた。
革職人•鍛冶職人たちとの打ち合わせを繰り返し、ウエスポーチでポーションを持ち運ぶ問題も解決し、鞄のバリエーションを増やそうと話し合った。
コテは鍛冶職人のタバンがかなり思案を重ねてくれ、初回からほぼ完成した状態と言っても過言ではない出来栄えだった。
「凄いですよ、タバンさん!匠の技ですね!感動しました!さすが職人です!」
感銘を受けて思わず握手したら、
「職人冥利に尽きる言葉だな。ありがとうよ、ヒカリ」
クシャと満面の笑みを返された。
「あとは大きさや細かな凸部分があったほうがいいのか――。そこを確認したい。翼人、ドワーフ、獣人で少し関節が違うからな。種族で分けたほうがいいと思うぞ。あとは子供用だな」
「そうですね」
「エルフと人間、鬼人は同じでいいだろう。あと、コテを熱する専用の道具もこさえといた」
とんとん、と隣に置かれた専用器具を示し、あたしはまたもや感動した。
「言う事なしですよ、タバンさん!あたし、タバンさんと出会えて本当に良かったです!」
タバンは一瞬得意げに笑うと、すぐに表情を変えた。遠くを思い出すように、
「妻が失血が原因で死んでな。坑道の中の事故で、到底間に合わなかった……。コレがあれば――ヒカリがあの時いれば、助かったんじゃないかと考えちまう」
思いがけない告白に、あたしは思わず言葉をなくした。
だから嫌がる事なく、こんなにも懸命に作ってくれたんだ――。
タバンはあたしの肩にポン、手を添えると真っ直ぐに目を見据え、
「ヒカリ、なんとか実現してくれよ。回復魔法師なしでの治療はきっと受け入れられる。望んでいる者は多いんだ。特に魔法力が低い者はな……。期待を押し付けるわけじゃぁねぇが――頼んだぞ」
迷いのない明るく笑ったその顔は、あたしの中に焼きついた。
期待は希望だ。祈りのように胸の奥深く大事にかき抱く望みだ。あたしはタバンにそれを託された。ならばその期待に応えたい――。
その思いで、あたしは力強く頷くいた。
「ええ、託されました」
細々とした治療道具、薬の準備が進むと、あとはいよいよ医療体制の具体案を考える段階に入った。
グラータの例を参考に、ソルセリルでの医療体制案を書面に起こしていく。回復魔法師の資格獲得の変更案も、ヘルムートと喧嘩のように何度も会議を繰り返して練っていった。
こうして具体的に話を詰めていくと、ヘルムートとラディウスが何を困難と思っているかがよく分かった。
今の体制はあまりにも魔法師優位で、独占権があった。特権を奪われると考えてもおかしくないと、あたしも唸って首をひねって考えたが、
「ヒカリは深く蟠り《わだかま》を気にしなくてよろしい。グラータを説得した時と同じように、ありのままの気持ちを話せばいいのです」
ヘルムートはそう言った。
「理屈云々は放って置く、ということですか?」
不安げに尋ねると、
「ええ。どう説得しようかなんて考えず、思ったまま、感じたままを言葉になさい。それが一番ヒカリらしい言葉を引き出せます」
ヘルムートはあの時と同じように「大丈夫ですよ」と微笑を浮かべた。
「力を抜きなさい。私はあの時と同じように、隣で見守っていますから」
「助け舟は出さずに、でしょ?」
軽い微笑を右の頬だけに浮かべて言うと、彼はあの柔らかい笑顔を見せた。
「ええ。それが一番ヒカリのためになる方法ですから」
医療体制案と回復魔法師の資格獲得の変更案がまとまると、いよいよ回復魔法師長、診療所所長、治療部隊、製薬部隊の面々と顔を合わせる日にちが決まった。
こんなにも緊張する会議は初めてだ。日本では看護師として現場で働くばかりだったから、プレゼンなんてした事ない。しかもこんな国の根本を変えるような大きな提案をするなんて、プレッシャーで押し潰されそうだった。
会議前日の午後、あたしは田岸さんと護身術の練習に打ち込んだ。実技の結果をみてもらうというよりは、不安や緊張をほぐす意味合いが強かったから、いつもより力が入っていた。だから投げ技とか関節技ばかり受けている田岸さんは、鎮痛剤を飲んで体力回復ポーションをかけながら耐えてくれた。
「休憩しますか?」
今も痛そうに腕をさすっているのでそう声をかけ、2人で家に入り汗を拭った。
以前街で買った茶葉でお茶を入れると、覚えたてのデコレーションカップケーキを並べる。しかし芳しいお茶の匂いを嗅いでも、美味しそうなおやつを前にしても、明日の会議の事が頭をよぎり、心が波立ち騒いで落ち着かなかった。
「ヒカリ、だいぶ緊張してますね?」
強張った顔をしていたのだろう、田岸さんが心配そうにそう言った。
「すでに顔色が良くないですよ?まだ会議まで半日もあるのに……。大丈夫なんですか?」
「正直いうと、食事が喉を通りません……」
昨晩から何を食べても味を覚えていなかった。
看護師国家試験の前日でさえ、こんなにも緊張しなかったのに……。
「ヒカリは存外、プレッシャーに弱いですからね……。人前に出るのも苦手ですし」
「はい……」
「グラータの説得はどうしたんてすか?」
「説得というか……。あの時は急に決まった話し合いで、なんの心構えもしてませんでした。聞かれたことに答えただけで、意気込んで説明するつもりはなかったんです……」
田岸さんはふんふんと話を聞くと、
「なら、ヒカリがするべきなのは説得というよりは自身の思いの丈を語ることでしょう。身構えず、等身大のヒカリを見せればいいと思います」
「――ヘルムートさんからも同じことを言われました」
「ならヘルムートが正しい。唯一、ヒカリの話し合いを聞いている人物ですよ?そんな彼がそれでいい、と言うなら間違いないでしょう」
「……そう、なんでしょうか――」
田岸さんは微笑んで、
「ええ。頭で言葉を組み立てなくていい。ヒカリは本番に強い子だから、大丈夫ですよ」
幼子の父のような言い方にクスリと笑いがこみ上げた。
「明日の夕方、この家で待ってます。ヒカリの好きなハンバーグやスープを作ってますよ。あと、王都で人気のお菓子も買っておきましょう。ヘルムートから鑑定魔法も教えてもらったので、毒見しなくても安全確認は出来ますから。たまには祝い酒もいいかもしれません」
楽しげに言う顔を見ていたら、わずかに心が浮き上がった。急に浮力を得た体は軽くなり、
「うだうだと考えててもしかないですかね……。会議後のご飯を楽しみに頑張ります」
前向きになれた。やっぱり家族の言葉は励まされる。
「ええ。楽しみにしていて下さい」
◆
翌日はあいにくの雨だった。窓の外はしとしと音がし、部屋の中もひんやりと冷たい。いよいよ秋から冬になりつつあると思いながら上着を羽織り、城へ向かうため準備をした。
定刻通り魔獣車に乗り込み、ぬかるんだ土道を走る振動を受けながら、思ったより気持ちは静かだと感じていた。冷雨が打ちつける窓に反射する自分の顔を見ても、青ざめてはいない。
田岸さんの言葉がよほど効いているのかな……。
案外あたしは単純らしい……。
城に到着すると、泥がはねないように慎重に地面を歩いた。大門をくぐるといつもの更衣室へ行こうと歩みを進めるべく、方向転換する。すると、
「ヒカリ」
呼ばれて振り返ったら、ラディウスがいた。彼もちょうど登城したようで外套を羽織っている。
姿を見るのは田岸さんを送ってくれた扉越しの数秒、あの時以来。
打ち合わせで何度も城には足を運んでいたけど、タイミングが合わなかったのか全然姿を見ていなかった。もしかしたら今日会えるかもと期待はしていたけど、こんなに早々にと出会えるとは考えていなかった。
「いよいよ勝負の日だな」
あたしに歩み寄ってくると、いつもの笑い方で隣に立ちそう言った。
その表情に、
あぁ……ラディウスだな、と思う。
歩みに合わせてふわり、と彼の香りがする。
グラータでは毎日隣にあった姿、声……。
急に切ないくらいに胸が高鳴る。思わず触れそうになる手を抑えつけて、体の横に戻した。
そんなあたしの葛藤には気がつかず、
「緊張していないのか?」
話しかけてくる。
あたしが今どんな気持ちでラディウスを見ているか、気がついてないんだよね……。
「緊張はしてるけど……思ったより落ち着いてる」
「そうか。確かに顔色は悪くないな」
ぐっと近くなった体に思わずドキリとした。
そんなに覗き込まないでよ……。
見るたび、声を聞くたびに、胸が息苦しいほど甘美に締め付けられてるのに……。
でもそれは苦しみを伴わない苦しさで、いくらでも耐えられる苦しさだ。嫌いじゃない。
ラディウスは屈んでいた姿勢を直すと言葉を続けた。
「残念ながら俺はヒカリの演説を聞けないからな。あとでヘルムートから報告を受けるだけだ」
そうだよね。
王様がいたんじゃ、誰も本音の意見を言えないものね。
「ヘルムートさんからもそう聞いてるから、知ってるよ。他の仕事があるんでしょ?」
「ああ。だが、今日の会議もヒカリなら大丈夫だろう」
何気ないひと言なのかもしれないが、ラディウスが言うと、田岸さんとは違う心強さを感じた。だから、
「――みんなそう言うけど、ラディウスはなんの根拠があってそう思うの?」
もう少し励ましの言葉が欲しくなって、つるりとそう聞いてしまった。
ラディウスはなんの迷いもなく、
「お前がヒカリだからだ」
当然の回答をするように、平然と言ってのけた。
あたしの体は浮き上がるような感覚に包まれる。
「ヒカリでなければここまで辿り着けていない。ヘルムートが関心を寄せることもなかったし、グラータが情報開示をすることもなかったろう。全部ヒカリだから出来たことだ。お前の力が皆を動かしてきた。今日もきっとそうなる」
そんな嬉しいことを言ってくれた。
仄かにしか灯っていなかった勇気の火が急に火力を得たように燃え始める。とたんに、何でも出来そうだと思うほどの気力が湧いた。
ほら、やっぱり惚れたほうが負けなんだ。
ラディウスには敵わない。
あたしは強い後ろ盾を得て、喜びを頬に浮かべた。
「ありがとう、ラディウス。元気出た」
彼の顔に似合わない大きな手をとって、そっと握った。こんな風に自分からラディウスに触れたことはないし、手を取ったことも一度も無かったが、この時は躊躇なく出来た。
ラディウスの指は驚いたようにピクンと動いたが、逃げたりはしなかった。握り返そうか悩むように指だけがもがいて、やがて心を決めたように力が込められる。
乾いた暖かな体温が、あたしと繋がる。
互いに言葉はかけなかった。
ただ繋がった温かさだけで全てが通じ合ったかのように視線を交差させて、見つめ合った。
「じゃぁ、行ってくるね」
「ああ」
「朗報を待ってて」




