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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
隠された感情

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兄妹の約束


 朝起きていつものルーティンをしていると、突然にラディウスと田岸さんがやって来た。なんの前触れもなかったから、あたしはノックがしてドアを開け、2人を見た途端、固まった。

 

 あり得ない組み合わせだったし、家に来たことない田岸さんがどうしてここにいるのか、なんでラディウスと一緒なのか、さっぱり分からなかった。

 口を開けて呆然とするあたしに、

「……ヒカリ、おはよう」

 田岸さんはそれだけ言った。

 

 声は本物らしいと思ったけどまだ信用できなくて、ラディウスの瞳を覗き込んだ。容姿はいつものラディウス、銀の虹彩もいつも通り。こちらもホンモノっぽい。

 

「疑いは晴れたか?」

 警戒の眼差しを見たラディウスはそう言い、

「詳しくはノボルから聞け」

 それだけ言い残して去っていった。


 

 あたしは田岸さんを家に招き入れると、朝食の準備中だった机に案内した。

 まだ田岸さんも食べてないと言うから、2人分に変更して調理をし、皿を目の前に置くと椅子に腰掛ける。

「朝からすいません……。昨日色々とあったことを報告したくて、ラディウスに連れてきてもらいました」

 

 出来立ての朝食を前にしても浮かない顔のままで、田岸さんはそう言った。滅多に見せない表情に、吉報でないことは簡単に知れた。

 だからあたしも自然と暗い声になって、

「――教えて下さい」

 そう言った。



 話は数ヶ月前の実戦訓練まで遡り、昨日1日の出来事までを話してくれた。

 知らない事ばかりで、次々に並べられる裏事情を聞くたびにいちいちオヘソの当たりがギュッと縮こまった。

 

 田岸さんのペンダント、手紙を盗み見られていたこと、旧アザルスからの間者のこと、突然の拉致未遂のこと、田岸さんの家の護りのこと……。そして、それら全てを把握して手を打っていてくれたヘルムートとラディウスの事……。


  

 たくさんの事実を一度に聞かされ、あたしはすっかり気分が沈んで俯いてしまった。

「すいません……。心配をかけさせまいと話してこなかったから――」

「本当ですよ」

 怒ったように口調を荒くして、あたしは机の一点を見つめたまま正直な気持ちを吐いた。

「たくさん隠し事をしすぎです。手紙に書くことも出来たはずなのに……」

「……そこは返す言葉もない――」

 しょげて丸めた背中はいつも姿勢のいい田岸さんには似あわず、ひどく小さく見えた。

「心配させたくないなら、都度教えて下さい。その方が衝撃が少なくてすみます」

「分かりました……。手紙のやり取りは日本語で続けて大丈夫だとヘルムートから言われたので、そうしましょう」

「――本当に、次からはちゃんと教えて下さいよ」

「ええ、約束します」

 田岸さんは堅く静かな声で反省を示した。 

 本当を言えばまだ言いたい事はあったけど、これ以上は言葉攻めになるから止めた。変わりに大きく息を吸って、腹に残った不満や文句を息と共に吐いた。

 お腹がぺちゃんこになるまで吐き出すと、田岸さんはじっとあたしを見て真剣に言う。

「今回の拉致はヒカリにも起こり得たことです。旧アザルスの者が捕まるまでは、決して油断しないようにして下さい。一人になったり、人と距離を取ろう思わないで下さい。ヒカリが孤独を選べば、それこそ相手の思う壺です」

 

 この家にいれば少なくとも安全は確保されるし、死ぬことはないだろう。それは分かっていた。

 でもあたしの周りの人は違う。田岸さんのように拉致されて、情報を聞き出そうとされるかもしれない。極力外に出ず、人と関わることなく過ごせばそのリスクは減るが、その変わり医療体制の確立は遅れ、やって来た薬の開発やグラータからもらった知識も技術も生かす場をなくす。

 それは本望じゃなかった。


 

「大丈夫です。少なくとも一人での外出はしないし、仕事以外でここを離れる時はエッダか他の騎士さんがいてくれるので、平気です。魔法も使えるように指輪の魔力もチャージしてもらってるし、最悪、自分の力があります。あたしに触れたら死ぬぞ、って警告はできますから

 落ち着いて具体策を伝えたけど、田岸さんの顔は晴れなかった。

「ソルセリルに内通者がいるなら、ヒカリの性格も把握していると考えたほうがいい。魔法は使っても力を人には振るわないと相手にバレていれば、その警告は無意味です」

「――だからって、本当に殺すなんてできない」

「……それはそうですが………。脅迫するまで追い詰められないことを願いますが、いざという時は剣でも魔法でもぶつけるべきだ。ヒカリが死んでしまっては元も子もない」

 切羽詰まる表情だったが、あたしは返事が出来なかった。

 

 ――そこまで追い込まれたら、あたしはどうするべきか。

 

 抵抗はもちろんするが、相手を殺してまで逃げることが出来るかと言われれば、なんともいえなかった。重傷は負わせられるが、きっと助かるように急所は外してしまう気がする。

 そう言う意味で、あたしには覚悟が足らない。

 拉致や反逆、拷問や殺しをする人とは圧倒的に違う。それが人としては正しいと知っているが、その差が運命を分けるだろ。

「極力、そんな事態にならないよう注意します。生き残れるように知恵を絞るし、逃げるために相手に重傷も負わせます。それ以上は――たぶん出来ないけど」

 

 これまでほとんど危機を感じない生活を送ってきたであろう田岸さんは、顔を歪めただけだった。

「魔法なしでも抵抗できる術を身につけて下さい。護身術でも短剣の使い方でも、何でもいい。内通者の可能性が低い人――エッダやヘルムート、ラディウスからでもいいから、とにかく一つでも教えてもらって下さい」

「……分かりました。武術なんて得意じゃないけど、あとでヘルムートさんに言ってみます」

 弱々しい笑みを頬に溜めると、

「俺も練習に付き合うので、またここへ来ます」

「え?」

「一度敷地に入ってしまえば、次からは結界を抜けることができるとラディウスから教えてもらいました。このペンダントに魔法をかけたヘルムートがその効果を追加付与してくれたので、可能だそうです」

「……そうなんですか?」

「ある程度の護身術を教えてもらったら、また手紙に書いて下さい。ヒカリの実力の程を知っておきたい」

「でも、田岸さん仕事にもあるのに……」

「以前からヒカリのために用事があるなら仕事は穴を空けていいと、散々同僚から言われていますから。心配しないで下さい」

 かなり理解がある職場のようだ。いい人たちに囲まれているんだな、と嬉しくなった。

 

 そんな気持ちになっているあたしとは裏腹に、田岸さんは真剣な表情を崩さず続けた。

「俺にできることは多くない。だから出来ることがあるならやらせて欲しい。――実妹のように別れるのだけは嫌ですから」

 

 ひどく痛みを伴う最後のひと言に、あたしは何も言えなかった。

 そんなことを言われたら、断ることなんて出来るはすがない。

 

「――わかりました。今日さっそくヘルムートさんに会うので、伝えます」

「今後はヘルムートとも風話のやり取りをしようと思っているので、改善点や思うことがあれば意見しますよ。考えていたより気さくに連絡をとっていいらしいので、助かります」

「そんな話もしたんですか?」

「ええ。昨日は城に泊まったので、その折に色々と……。今日はこのまま帰りますが、夕方には風話をする予定です」

 そうなんだ……。

 もしかして城で会うこともが増えるんだろうか?

 職場で身内と会う気まずさを想像して、なんだかむず痒くなった。

「すっかり冷めてしまいましたが、朝食を頂きましょうか?」

 田岸さんはいつもの優しい雰囲気に戻るとそう言った。

「ヒカリのグラータでの活躍を聞かせてください。職場で巷の噂話が本当か散々聞かれるので、真相を確かめないといけない」

「噂?」

「ええ。色々と囁かれていますよ?」

 

 あたしは苦い顔になった。

 また黒の創薬師が怖い実験をしていると思われているのかな……。

 グラータへの訪問理由は確かに薬剤絡みだから、そう言われても仕方ないけど……。

 

 しかし田岸さんから出た言葉は全く違った。

 

「国民はラディウスとヒカリが恋仲と、もっぱら噂しています。いよいよ公式に発表があるのでは、と皆期待していますよ?」

 あたしは予想打にしなかった内容に、思わずお茶を吹いた。

「な、なんですか、それは?!」

 いつの間に恋バナになったの?

「創薬師云々の噂じゃないんですか?!」

「それもありますが、皆の関心はラディウスの恋愛事情ですね。かなり主張の激しいドレスを着たと聞いていますよ?」

 そこまで具体的に話が出回っているの?

 ラディウスが危惧していた『別の誤解』がまさにされている。

「あのドレスはそういう意味じゃないんですよ……」

「なら、ゆっくりとそのあたりを聞かせてください」


 

 今日は休みという田岸さんに、あたしはグラータでの話を聞かせた。

 いつもの雰囲気になって、朝食がブランチになるくらいまで楽しく話をすると、すっかりと気持ちは落ち着いていた。

 


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