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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
隠された感情

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無自覚の片思い


 田岸は誘われるまま門をくぐり、入り口の大扉を抜け広い廊下を歩き、何十段もの階段を上がった。

 兵はどんどん上階へ行き、やがて最上階に辿り着くと、一番奥のある部屋の前で止まる。そこに立つと視線だけで「行け」と促された。


  

 ここまで疾風のように来てしまった。

 戸惑いを感じる暇もなく、冷めやらない緊張に田岸の心臓はまだ激しく鼓動を打っている。

 

 突然の危機に逃亡、かと思えば今は王と謁見をしようとしている。

(本当に……なんて1日だ――)

 軽くめまいがして頭を抱えた。

 しかしいつまでも突っ立ってはいられないので、覚悟を決めると扉をノックした。

「入れ」

 ラディウスの返事を受け、扉を開けて中を覗くと、真剣な顔をしたラディウスとヘルムートが待っていた。


  

 執務室はしん……とした静寂な空間だった。

 直に沈む柔らかな日差しが差し込み、壁に長い影を落としている。

 窓の外からは風の音と呑気な鳥の声がする――。 

 あまりにも平穏な様子に、安全地帯なんだとじわじわと実感が湧いた。

 

「よく逃げ切ったな」

「無事で何よりでした、ノボル」

 安堵したところに労いの言葉をかけられ、ようやく心が追いつき、体の緊張が解けた。

 ボールから空気が抜けるように自然と肺の息を吐き切ると、萎んだ体はがっくりと膝をついてしまう。

 

「こ、怖かった……」

 

 正直に漏れた言葉を、ヘルムートもラディウスも笑わなかった。むしろ、

「それはそうだろう」

 と同情された。

 

「それは死への本能的な恐怖と同じだ。あんな者達から追われれば、したかないだろうな」 

「ノボルの判断は正しかったです。捕らえられていたら、きっと命はありませんでした」

 そのセリフにゾッとして顔を上げた。

「あの者たちは追跡と拷問の手だれです。捕らえられたが最後、情報を吐くまで殺してくれません。もっとも、ノボルに贈った魔道具があれば、そんな事態にはなり得ませんが」

 

 そう言われ、首から下げているペンダントを見た。

「たとえ捕らえられたとしても、ノボルの魔力の痕跡を見つけて辿れますから、救出は可能でした」

「捕まらない越したことはないがな」

  

(これ、相当に凄いものだっんだな……)

 わざわざ謁見してまで贈るだけの品物だったと言うわけだ。

 

「これのお陰で助かりました……。大柄の男を吹き飛ばしてくれたので。あの腕力には勝てなかったと思う……」

「そのためにノボルに贈ったものだ」

 

 ラディウスは立ち上がると田岸の近くまで寄ってきて、

「なにがあった?」

 膝を折って尋ねた。

 硬い表情と声音に、案じられているのだと分かった。

 田岸はそれに心を許し、今し方の出来事を洗いざらいを話した。

 

 2人とも深く眉間のシワを寄せ、

「当然ですが、ノボルの顔も割れていますね」

「しばらくは護衛がいた方が良さそうだな」

「家も職場も突き止められているでしょう」

「だろうな」

 顔を見合って話していた。

「ご、護衛……ですか」

 厳つい《いか》つい騎士を想像した田岸に、

「心配するな。庶民の格好をさせる」

 ラディウスはすかさずそう言った。

「ノボルはこれまで通りの生活を続ければいい。何かあれば今日のようにヘルムートに風を送れ」

「は、はい」

「家も特定されたとなれば、安心できんだろう。今日はこのまま城に泊まってもいいが、どうする?」

 

 急な提案に戸惑った。

 このまま家に帰るのはさすがに嫌だったが、家捜しされないか気にかかる。家にはヒカリとの手紙がある……。

 もし日本語を解読されたら――。

 

「あの、ヘルムートさん。家にはヒカリとの手紙があるんですが、日本語の解読は魔法で可能なんでしょうか?」

「異世界の言葉の解読ですか?」

「ええ。手紙の内容は取り留めもないことばかりですが……相手にとって有益な情報があるかもしれない」

 ヘルムートはしばし唸って、

「大丈夫でしょう。容易なことではありませんし、あの者たちにそこまでの技量があると思えません」

「――そうですか。なら、文通は続けていて平気ですか?」

「ええ。支障ないでしょう」

 

 良かった――。


 残されたヒカリとの数少ない連絡手段だ。

 魔法を使えばもっと安全な方法があるのだろう。風話でもいいが、盗聴の可能性やなりすましを考えると、今のやり方がベストだと感じていた。

 何より、アナログな方が魔力のないヒカリの負担にならない。


 胸を撫で下ろした田岸を見て、ヘルムートは声に出さず笑った。

(全く、この兄妹は――)

 互いに心配し気遣い、離れていても心は傍にある。

 それが見ていて分かる。

 

「手紙の件はいいとして、このまま泊まるか?ノボルの家はすでに隠匿魔法をかけてあるから、手の者に特定されていても中には侵入できない仕掛けになっている。物色されることはまずないぞ」

 

(いつの間にそんな魔法を……)

 

 なら安全ということだが、今は違う環境に身を置き、少し心を落ち着かせたかった。

「一晩だけ泊まらせて頂けませんか?色々と考えたい事があるので……」

「分かった」

 ヘルムートが頷くと部屋の準備のためか執務室を出ていった。

 

 二人きりになった室内で、ラディウスは言葉を続けた。

「ヒカリには今回の事を伝えるぞ。さすがに言っておかないと、あとで怒るだろうかな」

「…………はい」

「明日、ヒカリの家に行ってゆっくり話すといい。隠匿魔法をくぐれるよう、俺かヘルムートが家の前まで付き添う」

「ありがとうございます」

 

 

 田岸は今回の襲撃について考えた。

 あまりにも突然のことだったが、田岸が知らないだけで前々から動きはあったんだろう……。

 毒入り事件もひょっとすると、同じ相手なのかもしれない――。

 

(ヒカリはあんな連中に狙われてるのか――)

 

 そう思うと背中に冷たい水をかけられたように感じた。

 今日襲ってきた者たちは、どうやらアザルスから来たらしい……。

 ということは――

「――後ろにいるのは、やはり旧アザルスなのですか?」

 

 重要な情報だけあって明言してくれるか分からず、半々のつもりで尋ねた。

「正確には、旧アザルスの残党だな。現政権はまずそんな事をしない」

 サラリと返答があり、田岸は拍子抜けした。

 

 ラディウスはさらに語りつづける。

「新王となる者にも忠告はしているが、いかせん多忙な時期だからな。没落貴族や旧政権の懐刀とも言える連中は野放し、とは言わんが、比較的自由に動ける状態にある。恐らくそういった連中だろうと踏んでいる。影や間者の報告からしても、ほぼ間違いないだろう。没落貴族の5人ほどが怪しいと考えているが、まだ絞り込めそうだ。

 そいつらは敗戦の原因がヒカリにあると考えていて、アザルスを滅ぼした俺を恨んでいるんだろう。財産を没収されたあと、どうやって資金源を確保しているのかも調べさせている所だ。恐らく他国かソルセリルの誰かの後ろ盾があるのかもしれんが……。アリシャは怪しいと踏んでいる。あそこの王は昔から――」

 どんどん仔細の説明をされ、田岸は慌てた。

「ち、ちょっと待ってください!そこまで細かく話していいんですか?」

 まるで気にせず機密情報をペラペラと話され、空恐ろしくなって青ざめた。

 

 ラディウスは「何を慌てる?」と平然としていた。

「以前にも言ったろう?ノボルは聞くに値する人間だ」

「そこは承知してます。でも……一般市民にとっては、心の準備がいるものなんです」

「なら充分にその時間はあったろう?前回から何ヶ月経ったと思ってる?」

「――それはそうですけど……」

 ラディウスは身を乗り出すと、硬い顔で言った。

「ヒカリが今回の襲撃を知れば、必ず取り乱す。自身の身を案じてじゃない。ノボルを巻きこんだことに対してだ。その上、今後の事を憂いて、距離を取ろうともするだろう。ノボルはそれを食い止めろ。ヒカリを一人にするのは得策じゃない。家の護りを固めてはいるが、万全ではない。抜け道はいくらでもある。一人になればなるほど、敵の思う壺になるぞ」

 

 あまりにも真剣な声音に、田岸はラディウスを凝視した。話の内容以上に気になることがあり、今言われたこととは別事を考えていた。


  

 ラディウスとヒカリの噂は巷で散々聞いてきた。国民や側に仕えるヘルムートでさえ気がついてる本音を、ヒカリはおろか、ラディウス本人からも、一度も聞いたことはない。

 

 気がついていないのかと最初は思った。

 しかしここまで強く田岸に話していることそのものが、滾る《たぎ》想いを表しているじゃないか、と思った。

  

「なぜラディウス陛下は、そこまで妹の事を気にかけるのですか?」

 田岸は唐突にそう尋ねた。

「ムキになったように語っていますが……。熱くなっている感情に気がついていないはずないですよね?」

 

 ラディウスは我に返ったような驚いた顔をした。

 激しく湧き上がった抑えきれない感情に、自分が一番驚いている、という顔だった。

 

「ヘルムートさんも気がついているようですが、あなたの口から直接、聞いたことはない」

 

 田岸は向かい合って質問しているだけで、詰問するような口調ではなかったが、ラディウスは槍でゆっくりと刺されているかのように表情を変えた。

 突いて欲しくない痛い所を突かれた。

 そういった顔に見えた。

 

 本来のラディウスであれば、言葉で上手くかわす場面だが、この時の彼はそうしなかった。

 気がついているが直視できなかった想いに向き合わなくてはならない。

 そんな覚悟を決めるように、じっと田岸を見つめていた。

 

 その意図が目から伝わってきて、田岸は妹がいる兄としての顔で尋ねた。 

「兄として、国王ではなく一人の男のラディウスとしての返答を聞きたい。なぜ妹をそこまで気にかけるのですか?」


 田岸の熱のこもった視線に圧され、散らばった覚悟をかき集めたラディウスは、固く引き締めた唇を開いた。


「上手くは言えん。俺自身もよく分かっていない」


 自分でも掴みきれていないモノを形にするかのように、拙く説明を始めた。


「ヒカリは変わっている。ふつうのヤツより距離が近いが、話していると平行線だ。かと思えば急に交差して、掻き乱して去っていく。それも勝手に、なんの前触れもなく。それが最初は不愉快だった」

 

 そう。煩わしくてイライラした。

 腹いせをしたくなるほどに。

 

「追い出したはいいが、去っていった跡を見れば、実に後味が悪かった……。これまで積み上げてきたもの、誇っていたもの、自信だと思っていたのもが、ただの砂の城のように見えた。突けばけば崩れ、簡単に原形をなくしてしまう儚い偽物に……」


 ラディウスはいつになく多弁に、滔々《とうとう》と心の内を明かしていた。流暢に話す様は何かを読み上げているかのようだと田岸は思う。

  

「だが、そうだと認めたくなかった。長年かけて作ってきたのもが、そんな儚いはずはないと思った。しかし頑なに思えば思うほど、虚しくなって、憤りを感じるばかりだった――。

 だから自分で壊そうとした。必死に踏みつけ、潰して跡形もなく消そうとした……。そしたらヒカリに叱られた。泣かれもしたな」


 ラディウスは痛みを思い出したかのように顔を歪めた。


「なんで平気な顔をして潰そうとする、とあいつの方が号泣していた。知らぬ間に俺を傷つけてしまったと、勝手に俺の心情を推察して、悩んで、後悔して、反省して怒って、最後には泣いていた……。正直いうと、女に泣かれた事が無かったから焦った」 


 滑稽だろう?という自傷気味な顔でラディウスは田岸を見た。


「俺が動揺して、狼狽していることにも気がつかず、あいつはちょっとしたことでケロッと泣きやんでいた。本当に振り回される」


 ラディウスは敵わない、というように目を細めると朗らかに笑う。 


「――ヒカリは全く予想がつかない。表情もコロコロと変わるから、見ていて飽きない。次はどんな顔をするのか見たくなる、目が離せなくなる――。そんな姿を追っているうちに、ささやかなぬくもりを感じるようになった」

 ラディウスは自分が恋しているとは思っていないように、

「俺はヒカリの表情一つで暖かさを自足して、満足しているだけだ」

 至極客観的な言葉で話を結んだ。

 

 田岸はあまりにも冷静に想いを述べるラディウスを見て、他人事の話をしているのかと思った。

 客観的に見るとどう考えても恋愛感情だが、

「――片思いということですか?」

 との質問にラディウスは肩を竦めて、

「これが懸想なのかも分からん」 

と言うだけだった。

 

 あれだけ周囲を驚かせる程に自分が変わった自覚も、認識もないのだと分かる。

 

 ラディウスは人との心の繋がりや深い絆といったものに疎いと、田岸は感じた。両親が死んでも何も感じなかったらしいとヒカリから聞いていたが、誰かに心惹かれたり、誰かを求めたりしたことが無いのかもしれない。

 

「―有り体に言えば片思いです。相手の言動に一喜一憂したり自然と姿を追っているのは、その証拠かと思います」

 ラディウスは田岸の言葉に空を見て考え、

「そうか……」

 とだけ呟いた。

 

 反応からして本当に自覚していないと思った田岸は、

「いずれ分かりますよ。他の何を犠牲にしても悔いはないと感じるほどの、揺るぎない想いがあなたの中にあるはずですから」 

 全くピンとこない、という顔で、

「そう言うものか?」

 首を傾げていた。

「ええ。そう言うものです」


 きっぱりと言い切ったところで、

「ノボル、部屋の準備が出来ました」

 とヘルムートが執務室を覗いた。


 あまり長々と説明しても仕方ないと考えた田岸は、

「明日、ヒカリの家への案内をよろしくお願いします」

 そう言って部屋をあとにした。

 

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