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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
隠された感情

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田岸の危機


 ヒカリ達がグラータから帰国してしばらく経ってからのことだ。

「グラータから陛下が帰国したようだ。黒の創薬師と共に」

「薬の開示をされたと聞いたよ!」

「あのグラータからか?」

 王都でももっぱらの噂になっている話は、当然田岸も耳にしていた。

 話を聞くたび、

 (ヒカリはまた一つ、手柄を立てたらしい)

 と密かに頬を緩ませた。


  

 最近の手紙には国だの国王だのの言葉がしょっちゅう綴られているから、まるで現実味がないのだが、こうして周囲が噂をしているのを聞くと、ヒカリから届く手紙の内容は真実なのだと実感する。

 

「妹さん、どんどんと人気になるわねぇ」

 田岸がヒカリの兄と知っている職場の人からは、よくそう言われた。


  

 黒い創薬師の話が広まる前から、職場の人々は田岸とヒカリが兄妹であると知っている。謝罪謁見の折、騎士に強制連行されたあの時、事情を説明していたからだ。

 

「あの時も驚いたけどねぇ。いきなり騎士様に引っ張っていかれるんだもの!何か重犯罪を犯したのかと肝が冷えたよ!」

「ケロッとした顔で帰ってきた時は、逆に怖かったけどな」

「ノボルは顔に出ないから、余計だろう」

「そんな事に驚いてたら、次々に妹さんの噂を聞くようになって……」

「有名人の身内が仕事場にいるなんてな!」

「兄としても色々気がかりがあるだろう」

「妹さんに何かあれば、助けてやりなよ!多少仕事に穴を空けても大丈夫だからね」

 職場では皆が面白がりつつも、温かみのある目でそう言ってくれる。

「兄妹なんだから、支えてやんな」

 

(ここはいい人ばかりだ)

 

 ヒカリが功績を上げても、周囲は根掘り葉掘りと田岸に質問する事は無かった。逆に、

「妹さんは苦労してないのかい?」

「心労が募らないよう、気を配ってやれよ」

 そう心配してくれる。

 ただでさえ慣れない魔族の国で、人間はほとんどいない中、最初はどうなる事かと不安だったが、今はそんな心配は微塵もなかった。

「ありがとうございます。妹は元気にやっているようなので、心配しないで下さい」

 すっかり馴染んだ職場で、田岸はいつもそう言っていた。


  

 この日も職場でヒカリの話題が出た。グラータから帰国してすぐのことだから仕方ないが、

「グラータのお偉いさんからから言い寄られたんだって?」

「ラディウス陛下と睦まじく踊ったってのは、本当なのか?」

 など、まだ田岸が知らない事まで尋ねられるのには困った。

「まだ妹からの便りはないので、俺も知りません」

 そう言うと一様にがっかりしていた。

「もう少し便りを密にしておくれよ!」

「ノボルからの情報をカミさんも当てにしてるんだぞ?」

「そう言われましても……」

「とにかく、いい知らせがあったら教えておくれね!」

 ダン、とドワーフの御婦人から背中を叩かれ、田岸はよろめきながら苦笑いするしかなかった。


  

 そんな会話をした後、いつものように仕事を終えた田岸は帰路についた。

「やぁ、ノボル。仕事は終わったのか?」

 声をかけてくれるたのは近所の肉屋の狸獣人のオヤジ。

「ああ」

「妹さんとは会ったのか?最近見かけないなぁ?」

 兄妹の仲の良さは職場近くの者なら誰でも知っている。

「最近、また忙しいらしくて」

「そうか。また店に寄ってくれよ!妹さんにうちの肉を勧めておいてくれよな!」

「分かったよ」

 片手を上げて返事を返すと、通い慣れた道を歩いて自宅へと戻る。


  

 家に着くと、習慣となった郵便受けの確認をした。

 中には手紙が一通入っている。

 差し出し人はヒカリだ。それを見ると、田岸はすぐに封筒を裏返した。シーリングスタンプはきちんと押されてはいるものの、触れると少し粘着力が弱く、封が浮いていた。

(また開けられたのかもしれない……)

 

 最近届く手紙はいつもこうだった。

 

 自分が手にする前に、誰かの手に渡っている――。

 そんな気がしていた。

 

 ヒカリの提案通り日本語で書いていて良かった、とつくづく感じる。内容は取り留めもないことばかりだが、盗み読んでいる相手にとっては朗報と成り得るかもしれない。

 とは言っても、異世界の文字を解読する術があるのやも知れず、今後も手紙のやり取りを続けていいのか、田岸に判断はつかなかった。

 

(今度ヘルムートに会うことがあれば聞いてみよう……)

 

 田岸は家に入ると、ハサミで封筒を切って中身を確かめる。

 

 いつものように日本語で書かれた便箋が数枚入っていた。

 約束通りグラータでお土産を購入したので、直接会った折に渡すとしたためられている。その他の事細かな話は、また家で話そう、と締めくくられていた。

 

(また色々な事があったんだろうな……)

 

 田岸は手紙を封筒に戻すと、リビングにある箱の蓋を開けた。同じ様な手紙が重ねられていて、その束の一番に上に手紙は置かれる。

 

 どんどんと溜まっていくヒカリとのやり取りの跡は、田岸の心を温める。 

 アザルスで出会った時は、実妹と歳がほぼ同じというだけの理由で気になっていた。しかし関わるうちにだんだんと感情移入し、今となっては家族当然とも思える程になっている。

 血の繋がらない家族。

 人によっては受け入れがたい関係性かもしれないが、その認識はヒカリと田岸だけにあれば十分だと思っていた。

 しかしここの人達は何ら問題視せず、2人を兄妹と受け入れてくれた。それは庶民だけの考えでなく、特級階級であるラディウスやヘルムートも同じだった。

 

 田岸は首からかけているペンダントに触れた。アザルスにいる頃から見られていたと知った時は驚いたが、今はそれで良かったと思える。ヒカリとの関係性を疑うことなく受け入れてくれたこと、家族と認め接してくれていることに感謝していた。



 そしてペンダントを受け取った時の内通者、不審者についても思い出す。

 あの日ヘルムートから似顔絵を見せられて以降、その者たちを見かけたことはない。警戒はしているが、これといった変化は手紙の事くらいだった。

 

(でも、変わらず気は引き締めておくほうがいいんだろうな……。手紙の事も伝えた方が良いのかもしれないが――)

 

 いかせん、田岸にはヘルムートに気軽に風を飛ばせるほどの関係にない。だからといってわざわざ城まで赴くのも気が引けた。

「アポなしってのは、さすがにな……」

 社会人としてもどうかと思え、まずはヒカリに伝えた方がよいのか、と考える。

(今回の返事の中に書こうか……)

 そう決めて便箋を探すと、残りが1枚になっていた。

 仕方なく家を出て文房具店に足を運ぶ。


  

 まだ夕方だ。人通りは多く、夕食の買い出しにきているご婦人方が目に映る。皆、カゴには食材がたんまりと入っていた。

 田岸は自身の夕飯も何にしようかと考えながら足を進めていると、

「ノボル!」

 威勢のいい声に振り返る。よく野菜を買う露店の狼獣人だった。

「今日はジニンとラーサが入ってるよ!買ってくかい?」

 ソルセリルの商売人は皆元気だ。ほぼ全員の語尾に「!」がつく勢いがある。ハツラツとしていて、日本の朝市のような活気があった。

「あとで買うよ。ちょっと先に文具店に行きたいから。なんなら取りといてくれててもいいけど?」

「よしきた!」

 ニパッと笑うと、小さな箱に野菜を詰めてくれた。「こんなもんでいいか?」

 田岸が箱を確認し、「あとそっちの――」言いさしたところで、視界の隅に一人の女が入ってきた。

 何気にそちらに視線を向けると、田岸はたと動きを止める。

 

 ――あの女、似顔絵の……。

 

 数カ月前に見た顔がそこにあった。目が異様に鋭いので印象に残っている。

 

 女を見つめたほんの数秒。

 気配を察した女が田岸を見た。

 

 バチッと目が合った瞬間、田岸は凍ったように視線が止まり、直感的に「やばい」と思った。

 女は「ああ、あれか」と気づいた。

 

 その瞬間、本能的にさぁっと血の気が引いた。細身で華奢な女のどこにそこまでの恐怖を感じたのか分からないが、鋭い眼光にはそれだけの迫力があった。

 

 女は田岸に向かって歩いてくる。

 じっと視線を逸らさない眼力、迷いなく一直線に進んでくる姿、何より一切変わらないその表情……。

 それを見て「逃げないと捕まる」と確信した。

 田岸は女から目を離すことなく、

「女将さん、悪けいど無理になった」

 素早くそう言った。 

 体を走る態勢に変えながら「ごめん」と言い残してダッ、と駆け出す。


  

 田岸は人にぶつかることを気にもとめず、とにかく走った。

 往来の中に飛び込み、露店の前に並ぶ列に割って入り、角をいくつか曲がって路地を走り、姿をくらまそうとした。

 しかし感知センサーが付いているかのように、女は迷うことなく田岸を捉え続け、人々の間を縫うように進み、驚くべき速さで追ってきた。まるで腹をすかせた肉食獣が餌を睨み続けるのに似ていた。

 だんだんと息が切れて脇腹が痛くなってくると、さすがに焦った。 

(プロの追跡者か?) 

 ハァハァと荒い息を繰り返し次に逃げるべき道を考えていると、前方に別の男が立っていた。田岸の事をじっと見ている。

(あいつも似顔絵で見たやつ……!)

 挟み撃ちにされそうになり、とっさに狭い路地に逃げた。明らかに人が減った路地を見て、相手に誘導された道を走っているのかもしれない、と考えたが、他に選択肢はなかった。

(これは……相当にマズイかもしれない………)

 走りながら田岸は覚悟を決める。 

 こうなったら手段を選んではいられない。

 

「ヘルムートさん!聞こえますか?!」

 いきなり風話を送ると叫んだ。相手の都合や状況など一切考えなかった。

 数秒後、『ノボルですか?』いつもの凛々しい声が帰ってくる。

 田岸は焦りを抑えきれない乱れた声で告げた。

「似顔絵の連中に追われてます!相手は2人!背の高い大柄な男と目つきが鋭い女!」

『――今どこを走ってますか?』

 瞬時に状況を把握したらしいヘルムートは、静かな声で尋ねた。

「王都の……商店街………。路地を入った…所」

 切れ切れの息の中に言葉を織り込んで、なんとか答えた。

『すぐに大通りに戻りなさい。車を見つけたら御者に〈白い鳥が逃げた〉と言って下さい。行列なんて無視して構いませんから』

 わけが分からなかったが、返事もせずに次の角を曲がりUターンする。案の定、挟み撃ちを企て待ち構えていた大柄な男が眼前にそびえていた。

 なんとか突っ切ろうとしたが、すれ違いざまにガシッと二の腕を掴まれた。男の田岸でさえ怯む強さだ。なんとか振り払おうと抵抗を試みると、ペンダントが一瞬眩く光り、大柄の男は吹っ飛んだ。

 田岸は呆気にとられたが、すぐさま大通りに向けて足を動かし、走り続けた。

(車、車、車!)

 視線を左右に走らせると、夕方の買い物客と帰宅ラッシュが重なり行列が出来た停留所を見つける。

 ヘルムートに言われた通り行列を無視して最前列に割り込む。あちこちから罵声や文句が聞こえたが、一心不乱の田岸には、どれも言葉として認識できなかった。

 先頭に躍り出ると、怪訝に顔をしかめた御者に向かって、

「白い鳥が逃げた!」

叫んだ。

 突然の叫びに列に並んでいた人々はきょとんとしたが、御者だけは表情を変え、

「乗りな」

 田岸に手を差し伸べて引き上げてくれた。

 御者の隣に転がるように座ると、魔獣車はすぐさま動き出し、跳ねるように道を進んだ。


  

 車は王都の道を勢いよく走った。驚く人々が轢かれないようさっ、と左右に割れていく。

 石畳でガタガタと大きく揺れて走るので、舌を噛むのではないかと口を固く結んでいた田岸だったが、

『車に乗りましたか?』

 ヘルムートの風話の言葉に「はい」と短く答えた。

『そのまま車は城まで来ます。到着したら門兵に同じ隠語を言いなさい』

 そこで風話は切れた。

 田岸はとにかく振り落とされないように近くの柱に掴まり、じっと耐えた。 


 5分もしないうちに魔獣車は城に到着した。門の前で下ろされると、御者は何も言わず顎をクイッと動かし扉に向かうよう促した。

「ありがとう」

 礼だけ言うと、ヘルムートに言われた通り門兵に隠語を伝える。兵も御者と同じで表情を変えると、「来い」とだけ言い、中に通してくれた。

 


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