帰国
ひとしきり3人で笑うと、あたしはダンスに誘われる。
「一曲お付き合い頂けますか?イセ・ヒカリ殿?」
ラディウスが軽く手を取って顔を覗き込んでくる。銀の虹彩が悪戯っぽく輝いていた。
「ええ、喜んで」
2人でダンスホールに移動する。
曲に合わせて体を揺らしながら、ヒソヒソと会話が始まった。
「さっきはよくもやってくれたな?」
「ああいう悪戯を望んでたんでしょ?」
「望んでない。想像してただけだ」
顔が近い。体の距離も近い。頬が緩む、口角が上がる。
腰に回された手を意識してしまう。
やっぱり、他の人と踊るのとは違う。
でも、その思いが顔に出ないように隠した。
「さっきの悪戯はお気に召した?」
「手がベタベタするから気に食わん」
「そう?子供ウケはいいのよ?シュワっと泡が噴き出すところが」
「この場に子どもがいるのか?」
「いるじゃない。ラディウスから言わせると、あたしもアリウェ陛下も子供なんでしょ?」
「――確かに、無邪気に楽しんでいたからな。人間としてはいい大人のはずの紳士淑女が」
「楽しかった?」
「……2人を見ている分にはな」
ゆっくりターンしてダンスする人びとの間を縫うように移動していく。
悔しいけど、ラディウスとの初めてのダンスは楽しい。今までで一番心が踊る。脚が跳ねる。心が温かくなる。
「そういえば薬開示の借りの話だが、本当にケークだけでいいのか?小さすぎやしないか?」
そうなの?
なら、城に行く度にケークを準備してもらおうか……。
でも太りそう。
他に欲しいもの……欲しいもの……。
ふとある物がよぎった。
この仕事中に時々いいな、と考えたモノがあると思い出した。
「なら、あたしの家にお風呂を作れない?」
「風呂?」
予想外の言葉にラディウスは眉を動かした。
「浴槽が欲しいの。日本では毎日入ってたから、習慣なんだよね」
「湯浴みを毎日するのか?」
「あたしはね」
少し考えると、
「まぁいいだろう。ヘルムートに言っておく」
夢の実現がされそうで、あたしは微笑んだ。
「楽しみにしておくね」
「それはさておき、さっきの悪戯のお返しがいるな?」
にやりと意地悪く顔が歪んでいる。
え?お返し?
不敵な顔に、あたしは思わず笑顔が引きつる。
「………何するつもり?」
ラディウスは楽しげに目を細めると、ゆったりした揺れから、足のステップ増やした。
速い動きに足がもつれそうになり、必至に動きについていくが、あたしの足はステップと言うより小走りみたいになる。
「ち、ちょっと……速いって」
「そうか?」
壁際に来ると華麗にターンして方向転換。そのままくるくるっと回され、勢いに乗せて腰を少し浮かされジャンプした。かと思えばまたゆっくりと肩を揺らし、たまに止まって、また速いステップ。
「ちょ、ラディウス!」
動きに振り回され、操り人形の気分になってきた。
ヒールが低い靴で良かった。こんなの、高い靴で踊ったら絶対に捻挫してる。
「こんな動きしたことないからっ!」
「だろうな。いい困り顔をしてるぞ?」
凄く楽しそうに笑ってる。
悔しい……。
「またどこかで悪戯するからね……」
「ああ、いいぞ。俺も仕返しを考えておこう」
悪戯合戦になりそうだ。
さっそくアリウェ陛下の力を借りなくてはいけないらしい。
ダンスが終わると、軽く息を切らしながらヘルムートの元へ戻った。ラディウスはまだ歓談があると、1人行ってしまう。
「なかなか激しい踊りでしたね」
苦笑いで言われる。
「……もう………疲れましたよ……」
「そのようで」
2人のノルマは達成したから、このまま休憩していよう。
壁の花になるべく、あたしはそっと移動した。
アリウェ陛下の言うとおり、ほとんど話しかけられることはない。遠くからの視線は感じるけど、近づいては来ない。このドレスのデザインのおかげなんだろう。
あたしはこっそりとテーブルに並ぶデザートの数々を見た。ソルセリルで似たような物を作ってもらおう。自分でも作れるかな。材料さえあれば出来そうだし、耐熱グラスを作れないか硝子職人に聞いてみよう。
ソルセリルに帰ったら忙しくなる。コテの作成、鞄に拡大魔法をかけるやり方を試さないと。
あとはソルセリルでの医療体制を具体的に考えないといけない……。基盤はグラータのやり方を取り入れたいな。大元ができたら、次はいよいよ回復魔法師たちの説得だ――。これが一番の大仕事になりそう。
つらつらそんな事を考えていると、
「そろそろお開きだ」
ラディウスが帰ってきた。
「随分難しい顔をしていな?疲れたか?」
「それもあるけど、ソルセリルに帰ってからの事を色々考えてたの」
「仕事の事か?」
「うん」
ラディウスは呆れたように息を吐くと、
「頼もしいが、ソルセリルに着くまでは少し気を抜いていろ」
そう言ってくれた。
あたし達は最後にグラータ王室の一行に挨拶し、夜会会場を去った。
◆
翌日は案の定、昼近くまで寝ていた。でも出発時間には間に合って、最後にラディウスの部屋で朝食を食べた。最終日だけは朝食をお皿に取り分けてくれてたから、食いっぱぐれずにすんだ。
「お世話になりました、アリウェ陛下」
魔獣車に乗る前、見送りに来てくれたアリウェ陛下に改めてお礼を述べ、会釈する。
「いえ、ソルセリルの新しい医療体制が確立するのを楽しみにしています」
「その折にはお知らせいたします。お返しもしたいので、招待状をお送りしますね」
「その時はありがたくソルセリルを訪問させていただきましょう。あと、お土産にはケークを持参いたしますから、楽しみにしてて下さい」
「ふふっ、ありがとうございます」
あたし達は握手した。
次に会うのは、医療体制を確立させたあとの、祝いの席。
その時まで、しばらくお別れ。
「またお会いしましょう、アリウェ陛下。お元気で」
帰りの魔獣車はヘルムートも同乗して3人だった。
これはアレだよね……。
質問攻めが待ってるんだよね……。
案の定、道中は缶詰についてアレやコレやと尋ねられ、喋りすぎて凄く喉が渇いた。グラータで購入したコップがここでも活躍する。
「空間浄化魔法の使用ですか――。あとは真空?にすればいいんですね?」
「真空にする必要は、必ずしもないんですけど……。腐る原因が分かっていれば、対策は簡単ですから」
「今まで思いついた事も無かったですね……」
唸りながらも、ヘルムートはずっと笑っていた。
「缶の中に入れる物を選別する必要がありますね……。あとは缶自体の構造や素材も検討しましょう……」
どんどんと考えをまとめ、あっという間に計画を練り上げると、
「缶詰はさっそく試作してみます」
ヘルムートはかなりやる気だった。
「これでヒカリの功績がまた一つ、増えるわけか」
ラディウスは楽しげに言った。
「これって功績になるの?」
「当たり前だ。長期保存可能な食料となれば、有事の際だけじゃなく、遠征にも使える。他国へ輸出も可能だからな、相当な金額が動くぞ」
「ああ……そう………」
世界が変わろうとも、お金は大事だもんね。
帰路はスピードアップ魔法を強めにかけていたから、その日のうちにソルセリルに戻ってこられた。ラディウスも城に行くことなく、そのまま帰宅となったから、2人一緒にお屋敷の前で降ろされる。
「じゃあな、ヒカリ。また城で会おう」
ラディウスはそう言うと、さっさとお屋敷に入っていった。
あたしは一人、林を抜けて帰宅した。久々の家はガランとして、静かで、一人暮らしなんだと実感する。
飲み会で大はしゃぎして帰宅した後の寂しさと同じ気持ちが心を支配する。孤独と心細さが満ち潮のようにゆっくりと押し寄せてきて、心もとない気分になった。
さっきまでラディウスと一緒に居たのにな……。
「ご飯の準備しなきゃ……」
誰に言うわけでもなく、独り言で気を紛らわせた。日本にいればテレビでもつけて耳だけでも賑やかにできるのに。
食材庫に行って台所で包丁を動かす音を聞く。好きなものを作って、うまく出来て、完成した料理を目の前にしても、気は晴れなかった。
グラータでは食事を一人でしていなかったから、さみしい。
「ふぅ……」
無意識にため息が出て、あたしは改めて自分の想いを知る。
ラディウスと過ごした時間が楽しかったんだな。
文句をいいつつ、言われつつも、あたしは笑っていたと思う。
だから今、彼がいなくて物足りない。
目を向けても姿がないくて心細いと感じている。
告白なんてしないと思っていても、勝手に募って重なって、大きくなってしまうこの想いを、いつまで閉じ込めておけるだろう。いつか溢れて止まらなくなってしまうんじゃないかな……。
深まった秋の夜。家の中は肌寒い。でもそれ以外にあたしの心は寒かった。
しばらくラディウスに会えないから、この青ざめたような心を抱えてなきゃいけない。
「やっぱり、惚れたほうが負けなんだな」
呟くと、あたしはフォークを手に取って食事を始めた。
目の前にラディウスがいることを想像しながら。




