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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
グラータ訪問

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グラータ最後の夜


 クレープを食べ終わる頃にはラディウスの体調は良くなって、城へ戻った。


 夜会への着替えはソルセリルからついてきた侍女さんが手を貸してくれた。グラータの侍女さんに頼むと、何をされるか分からない。

 この日のドレスは濃紺にキラキラした石が沢山散りばめられた一着。特に胸元の石は大きくて目立つ。

 ヒールが高くないのが救い。5センチ以内のヒールで!って頼んだから、ちゃんと要望通りになってて安心した。

 ヘアもネックレスもイヤリングも靴も、ドレスに合わせたもの。鏡の前に立つと、

 うわぁ……誰だ、これ……

 と思ってしまった。化粧の技術も凄い。肌の魅せ方もすごいけど……。

 大きく開いた胸元は、キラキラした粉?が付けられて、動く度に輝く。

 ソルセリルでの夜会より、今回の方が気合いが入ってる気がする……。



 とっぷりと日が暮れると、会場に明かりが灯った。

 あの光が消えるまで夜会は続く。

 早く消えないかな、と灯を睨んでいると、ドアがノックされた。

「入るぞ」

 ラディウスの声だ。

「どうぞ」

 ラディウスは黒シャツに白いスーツという出で立ち。外套は襟が大きくて裾が足首まであり、裾の先には銀色の飾りが揺れていた。

 ――似合ってる。


 ラディウスは部屋に入ってあたしを見るなり止まった。

 数秒固まると、すぐ隣にいるヘルムートを睨んで、

「おい、これはあからさまじゃないか?」

「全面的に押し出してみました」

「押し出しすぎだろう……。別の誤解をされるぞ?」

 意味不明な会話をしていた。


 あからさま?

 押し出しすぎ?


 あたしは自身の格好を見た。

 なんだろう?肌の露出のこと?

「何か変なの?」

 尋ねたけど、

「…………ヒカリは気にしなくていい」

 教えてくれなかった。

「それより、とっとと会場に行くぞ」

 ラディウスはエスコートするため、腕を曲げて差し出してきた。

「うん」

 掴まると、一緒に廊下を歩いて謁見室の大扉の前まで歩く。

「ソルセリル国主ラディウス陛下、ヒカリ殿」

 中から紹介の言葉が聞こえると、眩しい光と共に扉が開いた。

 

 会場には結構な人数がいた。

 グラータの貴族が大半なんだろうな。

 いつものように全員をじゃがいもと思いながら、あたしは愛想を振りまく。

 奥の玉座に着くと、アリウェ陛下と上王陛下のゲラート陛下がいた。

 初めて見るゲラート陛下は50代に見えた。そして玉座の下、台座近くに女性が1人立っている。アリウェ陛下と同じオレンジの髪、ブルーの瞳、でも年は少し下。妹さんかな?

「ソルセリル国主ラディウス陛下、ヒカリ殿。今宵はごゆるりと楽しまれよ」

 その言葉を合図に、夜会が始まった。

 

 あたし達はそのまましばらく談笑した。ウェルカムドリンクが配られ、各自それを手にして、あたしとラディウスを囲っている。抜け目ないヘルムートは、こっそりと『飲んでいい』と合図をくれた。

 

「ラディウスよ、ニサエルが驚いていたぞ」

「なにがだ?」

 ラディウスとゲラート陛下は思ったより雰囲気が良く、敬称なしで気軽に名前で呼びあっている。もう少し険悪なのかと勝手に想像していたけど、そうでもなさそう。

「お前が誰かと深く付き合い、心を読める様になった、とかなり衝撃を受けていたぞ?ニサエルの驚愕の表情など、見られるものではない」

「なんの事だ?」

「今日、共に城内を回ったのだろう?その時のことだ」

「さぁ?わからんな」

 ラディウスはグラスを傾けて口を付け、明らかにとぼけた。だって今日のことを忘れるはずない。

 

 ゲラート陛下は気分を害することもなく笑うと、あたしを見た。

「ここまで主張されては、なかなか声もかけづらかろう。ヘルムートの算段か?」

「俺であると思うのか?」

 他国でも鋭く言い返すのはさすがだ。遠慮がない。

「確かに、ラディウスが好んでとる手段ではないな……。恍惚こうこつとなっているなら別だがな」

 そう言われ、ラディウスは口に含んだドリンクでむせた。

 ゴホゴホと咳込んでいるので「大丈夫?」と背中をさする。

 恍惚?って何?

 ラディウスが光ってるってこと?


「そこまで取り乱さんでもよかろう?」

 面白いものを見るように、ゲラート陛下は口を歪ませて笑っている。

「いつものように平然とするか、受け流すくらいでないと、真に受けられるぞ?それとも、真に受けられた方が都合がいいのか?」

「…………ゲラート、言うようになったな。あの青二才だった奴が……」

 軽く睨んでるけど、いいの?グラータの臣下の皆さんが見てるけど……。

「人間の年の功に勝てると思っているのか?ラディウス?」

 なんだかラディウスが圧されてるな、珍しい……。

 

 会話を眺めているとアリウェ陛下がやってきて、

「2人の会話は長くなるので、少し料理でも食べませんか?」

 誘われた。

 ヘルムートが無言で近寄ってきて、あたしの背後に控えてくれる。

 テーブルに移動すると、

「お二人はそのまま談笑を。私が取ってまいります」

 恭しく言っているけど、鑑別した物を持ってきてくれるんだな。

 ヘルムートが去ると、

「随分とグラータを警戒していますね、ヘルムート殿は」

 アリウェ陛下には全部お見通しだった。

「申し訳ありません……」

 さすがに気分が良くないよね……。

「いいえ。我が臣下達の仕業でしょう?ご迷惑をおかけしているようで、申し訳ない。ラディウスから報告を受けています」

 

 そう言えば、初日にゲラート陛下と話した、と言ってたな。臣下の手綱を握れてないだの……。その件か。

 

 そもそもあたしがアリウェ陛下の想いに、返事をしていないのがいけないんだ。曖昧な返事しかしてないから何度も繰り返して誘われる。

 でも今ならはっきりと返事ができる。あたしの思いは決まったから、今日伝えないと。直接言える機会は多くないんだし。

「あの……アリウェ陛下」 

「はい」

「後ほど、お話をよろしいですか?聞いて頂きたいことがありますので」

「――はい、喜んで」


 

 ヘルムートが持ってきた食事を食べて飲み物を飲んでいると、いつの間にかラディウスが踊っていた。お相手はアリウェ陛下の妹らしい女性。

 凄く優雅に踊ってる。あたしじゃ、ああはならない。

「ヒカリ殿、一曲よろしいですか?」

 アリウェ陛下に手を差し伸べられ、あたしはダンスホールに向かった。

 

 前と同じで、ぎごちないステップしか出来ない。

 上達してない踊りを披露することになったけど、アリウェ陛下は笑ったりしなかった。

「この度、グラータに来た成果はありましか、ヒカリ殿?」 

「ええ。とても充実していました。薬についてもグラータの医療体制についても、学ぶことが沢山ありましたよ」

「それは良かった。お力になれて嬉しいです」

「欲を言えば、ケークが食べたかったですね……」

 なぜ食べられなかったのか、理由が分かったのだろう。沈んだ声で、

「――臣下達の非礼はお詫びいたします」

「いえ……。アリウェ陛下は臣下の皆さんから愛されておいでですね」

「寛大な御心に感謝しますが……ご迷惑の方が多かったのでしょう。今日の衣装を見ても、ソルセリルがヒカリ殿を他国に渡すなどあり得ないと、すぐに分かる」

「はい?」

 本気で意味が分からなかった。 

 さっきから皆があたしのドレスを見て反応するけど、何かあるの? 

「あの……皆さんなんの事を言っているんですか?」

 呆然と聞き返すあたしに、

「その衣装の外観です」

 苦笑いで教えてくれた。

「濃紺の色、銀に散りばめられた星……。ソルセリルの国旗です。ヒカリ殿はソルセリルのもの、と強く主張している」


 え?そうなの?


 思い返してみても、ソルセリルの国旗なんて見たことがない。

 城の城門とかに掲げられてたっけ?

 

 でも、これで辻褄が合う。 

 ――これはあからさまじゃないか?

 ――全面的に押し出してみました

 ――ここまで主張されては、なかなか声もかけづらかろう


 ヘルムート……。確信犯なんだな……。


「知りませんでした……」

 俯くあたしに「やはりそうでしたか」と、笑った。

「ヒカリ殿があまりに平然としていので、どちらだろ、とは思っていましたが……」

「どちら、とは?」

「理由を知らずに着ているのか。知っていて、自分はラディウス陛下の元から離れないと主張しているのか……」

「ええっ?!」

 

 そんな大胆な訴えになるの?

 あぁ……だからラディウスが「別の誤解をされるぞ?」って言ってたのか……。

 全部理由が分かった……。


「今後、このドレスの出番は無さそうです……」

「ははっ。しかし強い牽制にはなりましたよ?きっと、ヒカリ殿に話しかけてくる者はいないでしょう」


 そういう意味でも守られる、というわけか……。恐るベし、ヘルムートの算段。


 

 ダンスが終わると、ゲラート陛下達の元へ戻らず、

「このまま少し、よろしいですか?」

 今度はあたしからアリウェ陛下を誘った。



  

 秋の夜風。バルコニーには今回も誰もいない。ホールの声がガラス越しに聞こえてくる中、あたしは、

「前回のソルセリルでの夜会でしたお話……。その続きになります」

 そう切り出した。

 アリウェ陛下は、

「皆まで言わずとも、ヒカリ殿の顔を見ればわかります」

 切なく微笑んでいた。

「どなたかに想いを寄せているのですね?」

 すぐに見破られた。

 あたしって分かりやすいのかな?

「そんなにはっきりと顔に出ていますか?」

「いえ……。なんとなく察することは出来ますよ。私は貴方を想っているから、尚の事……」

 静かにあたしの横に立つと、アリウェ陛下は続ける。

「ソルセリルの方ですか?」

「そうですね……」


 あたしはラディウスを思い浮かべながら、自分の心を打ち明けた。つい最近気づいた恋心なのに、はっきりと深く心に根を張っているのが分かる。今となっては明確なこの想いにどうして気が付かなったのか、さっぱり分からない。


「ある人に恋をしています。自分でも気が付かないくらい、静かに始まる恋なんです」

 きっかけなんてわからなかった。ほんとうに、いつの間にか好きになっていた。 

「恋に落ちる劇的な何かがあったわけじゃないんです。普段の会話とか、なんてことないやり取りを重ねていくうちに、心の中でひっそりと育った想いなんです。『どうした?』なんてさりげないひと言の裏側を深く考えてしまうような、秘密の想いなんです」


 決して思いやりがある言葉ばっかりくれるわけじゃない。

 でもたまにくれる本物の労りや慰めは、あたしを救ってくれる。この間みたいに、簡単に。

 

「――ヒカリ殿はその想い人に気持ちを伝えるつもりはないのですか?」

 秘密を抱える様な言い方が気になったんだろう。アリウェ陛下は自分が痛い様にくしゃり、と顔を歪ませた。 

「今はしません。あたしもソルセリルでやりたい事があるし、彼には結婚願望がないらしいので」

「つまり、ヒカリはずっと恋心を隠して生きていくと?」

「――いつか、その人が気がついてくれたらいいな、とは思います。でも……今は2人の気持ちが重なる時期じゃないんです。だからこのままでいい。『いつか』はくると思うので」

 

 あたしは飽くまで前向きだ。

 積極的に告白して実らせたいとは思ってないけど、ただラディウスに結婚願望がないからって『叶わない』と悲観的になったりしない。

 今はそっと心に留めて、この想いを大きくしたいと思ってる。 

 

「ヒカリにそこまで想われる相手が羨ましい……」

 悲しげに苦笑いを漏らすと、

「はっきりと告げて頂き、ありがとうございます。私は踏ん切りが付きにくい方なので、直接言って頂けて良かった」

 アリウェ陛下はあたしを真っ直ぐに見た。

 ほろ苦さの中にわずかな甘さが覗く顔で、

「ヒカリ殿の想いが届く事を願っています」

 そう言ってくれた。

「ありがとうございます、アリウェ陛下。私も陛下のお幸せを心から願っています」

 あたしも笑いかける。

 友人として、あたし達は笑って見つめ合う。そこに流れる空気はおだやかで、特別なのもだった。

「友であることに変わりはありません。ラディウスの事で難儀があれば、いつでも相談にのります」

 あたしはおかしくて笑った。どこまでも悪友になれそうで、ワクワクと心が弾む。

「ええ。その時は遠慮なく声をかけますね」



 2人で室内に戻ると、ラディウスが迎えてくれた。あたしとアリウェ陛下にドリンクを差し出してくれる。

「いい話が出来たか?」

 薄いゴールドのシュワシュワしたドリンクは、グラスの中で楽しげに弾けている。

「持ってきてくれたの?」

「たまにはいいだろう?」

 アリウェ陛下は一何も言わずグラスを受け取ると、気に中身を飲み干した。炭酸が喉で弾けるのか、少しだけ顔を歪めてる。

 あたしもグラスを受け取ると、一口飲んだ。炭酸のピリピリとした痛さが舌を刺激して喉を流れていく。

 ラディウスは自分もグラスを一つとると、あたし達に向けて掲げた。

「悪友の二人に」

 悪戯っぽく笑う。

 あたし達が男女の仲になり得なかったと、分かった顔をしていた。

「アリウェとヒカリは似たもの同士の共犯者だからな。これから愉快な悪戯を仕掛けてくれるのを楽しみにしている」 

 お見通しって笑顔がなんだか癪で、あたしはさっそく一つやってやろう、とニヤついた。

 ヘルムートが食事で持ってきた皿が、テーブルの上に残っている。皿の片隅に白く残った塩をひとつまみ、指先に取ると、

「ラディウス陛下、あたしとアリウェ陛下から敬愛を込めて」

 ラディウスのグラスに入れてあげた。

 

 途端にグラスから真っ白の泡が溢れ出し、ラディウスもアリウェ陛下も目を剥いて驚いた。

「ヒカリ、何した?!」

 グラスを落とすわけにもいけず、垂れる泡を呆然と見ているラディウスの顔は、なかなかに愉快だ。

「塩を入れただけです」

 平然と言うと、アリウェ陛下はお腹を抱えて笑い出す。

「さすがヒカリ殿!」

 あたしもアリウェ陛下の屈託ない笑顔を見て、噴き出す様に笑った。

「いい友がいてくれて嬉しい!」

 あたし達が笑うから、最後にはラディウスも顔を崩し、

「愉快にはしゃぐ子供だな」

 考えていた通り、あたし達が通じ合った悪友になったのを見て、満足げな表情をしていた。

 

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