街の散策
この日も朝食はラディウスの部屋で食べた。
昨日より早く起きたから、部屋に入ると朝食のワゴンがちょうど運ばれて来たところだった。
パンや卵のいい匂いが漂ってお腹が鳴りそうになる。
「やった!今日は間にあった!」
「今朝はちゃんと起きれたな」
既に身支度を整えたラディウスは、あたしの顔を見るなりそう言った。
「あたしだって、学習能力くらいあるんです」
ソファにかけると、
「明日も間に合うのか?今夜は夜会だぞ?まだ踊って疲れ果てないようにな」
そうなのだ。
これまでの夜会は2回ともダンスで疲れ果ててしまい、昼まで寝ていた。もちろん慣れない夜会への参加に緊張して、精神的疲労が募ったのもある。
今回もそうなるだろうが、なんと言っても主催は他国。これまでのように寝坊なんてしたら置いて行かれてしまう。
あたしは夜会の事を考えると気が沈んだ。
またダンス……。
これがどうしても憂鬱で慣れない。2回の夜会を経験したとはいえ、ステップも足取りも全く自信がなく、上達した実感はまるでなかった。
「はぁ……。また踊るのかぁ……」
深いため息をこぼし、
「今回も2人以上と踊らなきゃだめ?」
答えは分かっていたが、聞かずにはおれなかった。
ラディウスは呆れ顔で、
「当然だろう。最低限の作法だ」
と怖い顔をした。
そうは言うが、これまでの夜会でラディウスのダンスシーンは見たことがない。
実は踊ってないんじゃ……と疑いの眼差しで、
「ラディウスはいつも踊ってないよね?」
尋ねると、
「踊っているぞ?ヒカリが見ていないだけだろう?」
あっさりと返された。
「えっ?嘘っ?!」
あたしがダンスしてる間にちゃっかり済ませているの?
「これまではソルセリル主催だったからな。1回でも良かったんだ。だがここではそう言うわけにはいかない」
「なら、2回踊るのね?」
「あぁ。しかたなく」
そっかぁ。あたしは誰と踊ろうかな……。
今までは賓客と踊ればいいだけだったから頭を悩ませなかったけど、今夜はそうはいかない。なにしろあたしが客なのだ。声をかけられる側。
「やっぱりアリウェ陛下とは踊らないと駄目だよねー。あとは?上王陛下?」
「さすがにゲラートは除外してやれ」
ちょっと哀れみの目をしていた。
アリウェ陛下のお父さんなら、そこまで高齢じゃいと思うけど……。
ダンスする年齢とか決まってるのかな?独身だけとか?
「なら今回知り合った人かなぁ……。幸いにも男性が多いし」
メルトーナ?マリダーネ?デーハラート?相手には事欠かないけど……。さすがに全員は勘弁して欲しい……。
「……案内役は全員男だったのか?」
「うん。職員には女性もいたけどね。責任者は全員男性だったよ?」
「随分と男尊女卑なんだな……」
へぇ。そういう考えはあるんだ。
それにしても最低2人のノルマをどうやり過ごすか……。それが問題だ。
「アリウェ陛下以外はやや気まずいな……。凄く勧誘されそうで……。施設案内中も誘われたからさ、いちいち断るのが面倒だったんだよね」
「はっきり言われないとグイグイ押し切られるぞ?」
「知ってる……」
グラータに来る前の会議でもそうだった。メルナートはスイッチが入るとまくし立てるように攻めてくるから苦手だ。
あれをあしらう方法が分かれば、メルナートでもいいんだけど……。
「上手い断り方ない?ラディウスはそういうの得意そう……」
「はっきり突っぱねれば済む」
「……ラディウスらしいね」
でも参考にならない。
ダンスの相手は同性でもいいって分かったけど、女性の知り合いがいない。ここは観念して、やはり一番会話をしたことがあるメルトーナ?それとも話題が尽きなそうなマリダーネ?
ヘルムートは……さすがに駄目だよね……。
うだうだと悩んでいたら、
「――なら、俺と踊ればいいだろう」
言われて固まり、ゆっくり瞬きを1回した。
「え?自国の人でもいいの?」
「いつ駄目だと言った?」
知らなかった!
てっきりおもてなしの意味を込めて、自国以外の人を選ばなきゃいけないとばかり考えていた。
「それ早く言ってよ!なら解決じゃない!ラディウスとアリウェ陛下で完了!」
「他にも声をかけてくるやつはいると思うぞ………」
「足痛いとか言って断るよ」
「………そんな簡単に済めばいいがな」
朝食を済ませるとヘルムートを連れて、城外にある療養棟に案内された。
ここはメルトーナが案内役をしてくれた。
「ここの利用者は多くありません。飽くまで一時的な経過観察の場ですから」
療養棟は2階建ての一軒家くらいの大きさ。10人が一度に利用可能。つまりベット数は10床で、診療所と言っていい規模だった。
「たまたま毒蛇の後遺症で腕に痛みがある患者が、麻薬を利用中です」
さすがにベットまでいくのは憚られるので、日本でいうナースステーションで話を聞いた。
麻薬は長期投与する目的ではないため、使用中のみここを利用するらしい。依存性が出ないよう投与も少量に抑え、第一選択は鎮痛剤が利用される。投与終了の目安は患者の疼痛の程度らしいが、これを評価するのが難しい。今は睡眠時間や食事量、表情などを指標にしていると教えてくれた。
「なにせ、本人の痛みは分かりませんからね。初回と今の痛みがどれくらい違うのか、判断しずらいのです」
「疼痛スケールはないんですか?」
メルトーナは「は?」と口を開けた。
「なんですか、それは?」
「えっとですね……」
あたしは適当な紙にニコちゃんマークを描いた。一番右がニッコリ、一番左が泣き顔。その中心に表情が段階的に変わるニコちゃんを描く。
「こんな風に表情を図示するんです。今の痛みがどの表情に当てはまるか指さしてもらう。耳が聞こえない人、子供も簡単にできます」
「おおっ、なるほど!思いつかなかった!」
感嘆の声を上げると、メルトーナは、
「これも異世界で使っていたのですか?」
「ええ。誰でも客観的に評価できるので」
「確かに」
「この絵と睡眠時間や食事量を合わせて総合評価すると、いいと思いますよ」
「ありがとうございます、ヒカリ殿」
メルトーナが昼食場まで見送ってくれると、すでに食事中のラディウスと合流した。
「ここからは俺も行く」
「え?そうなの?」
「どうせヒカリと後に落ち合うんだ。ついでに城内見学した方が早い」
そう言うけど、ラディウスは散々見たとこがあるんじゃ?先代の頃からの付き合いなら、城のことも知っていそう。
そう伝えると、
「俺が見学するのはヒカリだ。要人の前でどんな態度になるか見ものだな」
「……あたしをなんだと思ってるの?おかしなことはしません」
ほくそ笑むラディウスにツン、と言い返す。
「本当に余計な事を言わなければいいがな」
合流したラディウスとともに、午後は城内の調剤室を見学した。さすがに昨日見学した薬剤部より狭いけど、城で働く人も相当数いるから、教室くらいの広さはある。
「主にケガをした騎士や兵士の利用が多いですね」
グラータの幹部が一人、ニサエルが案内してくれた。
結構高齢で、上王陛下の頃から仕えている古株らしい。そのせいか、ずっとラディウスを睨んでいた。きっと幼い頃のアリウェ陛下に色々としたいたずらを見てきたんだろう。そりゃ嫌われる。
「毒の専門もおりますが、多くは等級3から5の回復魔法師が所属しています。薬在庫の隣は非常食や保存食を保管する場所ですね。日光が入らない場所なので、傷みにくい」
チラッと中を見ると干し肉らしき物や缶詰、固そうなパンがあった。
「缶詰じゃないですか。こっちに来て初めて見ましたよ!」
「え?ええ……そうですか」
声を上げるあたしに驚いたニサエルは目を点にしていた。缶詰なんかに食いついたのがおかしかったのかな?
缶の素材はアルミ?なわけないか……。色も銀色じゃないし。
「保存食は定期的に処分しないと腐りますからね。管理がやや面倒なので他国ではあまり見ないでしょう?特に缶詰が面倒です」
「え?」
驚いて振り返ると高齢の幹部さんと目が合う。
缶詰が面倒……?
「なんで缶詰は面倒なんですか?」
当然の疑問を聞いてしまったのか、幹部はまた驚いあ後、小馬鹿にしたように一瞬笑った。ほんの一瞬だったので気のせいと思うことにし、あたしは気が付かないふりをする。
「缶詰は中身が見えませんから、傷んでいるのか判断し辛い。制作日を記載して管理しなくてはならんのです。半月ごとの作業ですから手間のほうが勝る」
半月?!
短くない?
「缶詰で半月?他の非常食も同じくらいなんですか?」
そう尋ねると、
「ええ。干し肉て1ヶ月待つかどうか、ですね」
そんなことも知らないのかと、ニサエルは失笑とも言える顔で笑った。
こっちの保存食ってそういうものなの?
真空技術がないからかな……。
「そう……なんですか………」
腑に落ちない、という言い方にニサエルは、
「ヒカリ殿の世界ではどれくらい保つのです?」
「長いものは10年保ちます」
そう答えるとかなり目を見開いていた。
「「「10年?!」」」
ラディウスもヘルムートも一緒に。
「もちろん、食材にもよりますよ?」
補足したけど驚きが勝った3人は、あまり耳に入っていないようだった。
「それは本当に腐ってないのか?」
ラディウスから疑いの目を向けられ、
「腐らないよ。今度田岸さんにも聞いてみればいいじゃない」
多分、ソルセリルでも長期保管の非常食は作ることはできる。空間浄化魔法を使って無菌にして、空気を抜くイメージで真空にすれば完成するだろうな。
頭ではそう考えていた。
「…………ヒカリ、今何か考えただろう?」
あたしの表情を見たラディウスが、心を読んだ。
「――なんで?」
「そんな顔をしていた。そろそろ付き合いが濃くなってきたからな。それくらい分かる」
言い当てられたが、素知らぬフリをした。
また余計な事を言うな、って叱られるもんね。
幹部の人が興味を持って質問してこなければ平気――のはず。
そう思って顔色を窺うと、彼はあたしじゃなくてラディウスを驚いて見ていた。
なんで?
「ヒカリ、その話はあとで詳しくしましょうね?」
その声にヘルムートを振り返ると、テンションが上がったと分かる笑顔があたしに向けられていた。
しまった…………。
あの笑顔は好奇心の顔だ。ここが他国とか関係なく、あとで質問攻めにあうことが決定した。
あたしはとっさにラディウスを見て助けを求めたが、
「責任をとれ」
そう言われただけだった。
謎の以心伝心をするソルセリル組を見ていた幹部さんは何も聞かなかったが、ずっと驚きを隠せない表情をしていた。
あっとう間に城内案内は終了し、ヘルムートはそのまま幹部とともに話し合いに行ってしまう。
残されたあたしとラディウスは、街散策に行く。
一旦部屋で庶民っぽい服に着替えると、すでに変身したラディウスが廊下で待っていた。
いつものザンバラ髪じゃなくて、明るい茶髪の好青年、って印象のハンサムさん。庶民の服装も相まって人間っぽく見える。
「ねぇ、いつも思うんだけど、その外観ってどうやって決めてるの?」
銀の虹彩であることを確認した後話しかけると、
「昔出会った奴が多い。その方が違和感ないからな」
ふーん。想像だとボロが出るのかな?
「前の女性も?青い髪の」
「――ああ」
「なんであの時だけ女性になったの?」
あれ以降、ラディウスの女性姿は見ていない。
喋ると男とバレるから、やめたほうがいいけどね。
あたしの質問に、
「……教えない」
素っ気なく返事を返すに留めたラディウスは「行くぞ」と、サッサと歩き出してしまった。
なんか後ろめたいことでもあるのか?
まだ日が高い王都は人びとの往来が激しかった。これから夜会だから、夕方には城に戻らなきゃいけない。時間はせいぜい数時間。
グラータの王都は居住区域が限られているせいか、ソルセリルの王都より余程人でごった返し、店も密集していた。
木細工の箱、刳物 《くりもの》、木製食器、アクセサリー、壁掛けの装飾……。
木材を使った加工品が沢山売られていて、凄く面白かった。あたしがちょろちょろ左右の店を見て回るから、
「おい!あまりウロウロするな!」
いつかのエッダの様な事を言われ、袖を引っ張られた。
「お前、いつもこうなのか?」
やや疲れた顔をしたラディウスがぐっとあたしの腕を掴んだまま、不機嫌に言った。
「エッダはこんな奴のお守りをしてるのか?」
「お守りじゃないよ!」
「十分に子供のお守りだろう」
それからずっとあたしの腕を掴んで、たまにグイッ、と引っ張るから、後ろに転びそうになったのは1回や2回じゃない。
本当にエッダと同じだ。
それがおかしくて、
「最初の頃のエッダと同じことしてる、ラディウス」
笑うと、
「なにがおかしい」
また不機嫌に言われた。
「だって、懐かしくて。最近は王都の街にも慣れたから、袖を掴まれなくなったの」
「一応成長している子供なのか……。いや、知らない場所に来て同じ事になっているなら、成長とは言わんか」
「子供じゃないよ!」
田岸さんとエッダのお土産を見つけるため、露店や店を転々と見て回った。
散々悩んで、田岸さんには収納箱と襟に刺繍が入った長袖シャツ、エッダには木製のイヤリングを買った。
その頃なるとラディウスはぐったりとベンチに腰掛けていた。休日、奥さんの買い物に付き合わされるお父さん見たいな項垂れ方。
「疲れた?」
「………なんでヒカリは平気なんだ――」
「なにが?」
「この人混み、熱気……。気分が悪くなってきた……」
人酔いかな?
「ラディウス、いっつも城に籠もってるからじゃない?人酔いしたんでしょ?」
「なんだ、それは?」
「普段、混雑した場所に行かないから、人の匂いとか熱気とか接触に疲れたんだよ。頭痛い?吐き気はする?めまいは?」
「頭痛だけだ……」
「なら痛み止め飲む?持ってるよ」
鞄から取り出すと、自分用に買った木製コップに水を生成して注いだ。
「ほら」
差し出すとじっと見て、
「これはヒカリが作った鎮痛剤か?」
そんな事を言うから、
「……何?効果を疑ってるの?」
思わず白い目をしてしまう。
「そういう意味じゃない」
コップを受け取り薬を口に入れると、
「ヒカリもヘルムートから言われてるだろう。人からもらった物を簡単に口に入れるなと」
クイッと飲み込んだ。
「グラータが作った薬なら警戒しようと思っただけだ」
「…………そう」
少しは信用してくれてるってことかな。
なら許してやろう。
「もう少し人が少ない所で休憩する?あっちはお店が少ないから良さそうだよ?」
奥の広場を指さすと、ラディウスは素直に立ち上がった。
広場は木製ベンチがあるだけで、特に何もない場所だった。小さな子供が両親と地面に絵を描いて遊んでいる。
「あまり森に近づくなよ。虫が出てくるぞ」
「なら空間魔法張っとけばいいじゃん」
あたしは結界を発動させると2人を包んだ。これで虫対策はオッケー。
ベンチに腰掛けると、あたしもふーっと一呼吸ついた。
改めて王都を周って思ったのは、緑道公園のようにグラータの周囲は森に囲まれているという事。雨季や夏は大変なんだろうな。
「ヒカリは人混みには慣れているのか?」
ラディウスはゆったりベンチに腰掛け、どこを見るともなく見ていた。
結構グロッキーなのかな?顔色が良くない。
「日本ではあれくらいの人混み、普通だから」
「……ニホンはそんなに人口がいるのか?」
「うーん……たしか1億人くらい?」
「はぁ?!」
青い顔から一転、ラディウスは目を見開いていた。そんなにも多いとは思ってなかったらしい。
「これでも減ったんだよ?」
「………………信じられん」
世界人口は80億人だけどね。それは言わないでおこう。
「ヒカリは随分とにぎやかな所から来たんだな……」
想像できない数字なのか、国主として考えたくないのか、さらに疲れた顔をしていた。
余計な事言ったかな?
「まぁ、そうなのかな」
「よくそんな世界からたった一人選ばれたな」
しみじみと言われたけど、本当は80億人分の1だからなぁ。確率はもっともっと低い。
「……選ばれた理由は知らないけどね。本当に、なんであたしだったんだろう――」
呟いた言葉に憂いを感じたのか、ラディウスは重い口調で、
「…………運が悪かったと思っているか?」
呟いた。
あたしはグラータ入りした宿での会話を思い出す。 あの時もベランダで似たような話をした。
暗い気持ちになったけど、
――ヒカリが生きていく世界はこちらなんだろう。
そう言ってくれた言葉が今も温かく残ってる。
「そんな風には思ってないよ。グラータの国境を越えた日、宿でした会話、覚えてる?」
「ああ……」
「あの時ラディウスが、ソルセリルのためにヒカリらしいく生きていると思うって、言ってくれたでしょ?胸を張れって。あれ、凄く嬉しかったし、慰められた。だから運が悪かったなんて思ってないよ」
ありがとうね、ラディウス。
あたしの好きなひと。
「今はあたしに出来ることと、やりたい事をやろうって思えるから、後ろ向きに考えてないの。ラディウスのおかげだよ。だから感謝してる」
そう言うと、真面目な顔がゆっくりと驚きに変わっていった。
「――感謝?」
「そうだよ。慰めてもらったから、感謝してるの」
思ってもみないことを言われたと、はっきり顔に書いてある。
そんなに驚く?
まじまじとあたしを見ると、ラディウスはふわりと笑った。
珍しい優しい笑顔。
イケメンが映える笑い方に、不覚にもときめいた。
「――ヒカリは変わっているな」
またあのセリフを言われる。
「……なんで?」
「俺なんかを褒めるからだ」
褒める……。
褒めたのかな?
「感謝と褒めるは違うんじゃない?」
「同じだ。俺にとってはな」
だからそんなに嬉しそうに笑ったの?
あんなズルい笑顔で。
でも喜んでるならいいか……。
「まだ城に戻るには早いな……。さっき買った菓子でも食べて時間を潰したらどうだ?」
ラディウスは空間収納魔法が使える。そこからクレープっぽいデザートを出してくれた。フルーツと生クリームが入ってるやつ。鑑定魔法もラディウスがやってくれてるから、食べても安全だと分かっている。
あたしはそれを受け取ると、一口食べた。
生クリームは地球と少し違うけど、充分に美味しい。
「これで夜会ででる菓子には目を奪われるなよ」
「記憶には留めたいから、凝視はするよ」
「……本当に食い意地がはっているな」




