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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
グラータ訪問

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ケーク


 朝。

 さわやかな鳥の声で起床すると、さっそく朝食のワゴンが運びこまれた。

 凄くいい匂いが部屋に立ち込めるし、お腹もグゥグゥと鳴ったが、サッサと着替えるとラディウスの部屋に行った。

 

 ラディウスは既に着替えていて、優雅にお茶を飲んでいる。

「おはよ。早いね」

「ヒカリが遅いんだ。俺はもう済ましたぞ」

「ええっ?1人で食べるの?せっかく来たのにぃ」

 不満声を漏らすと、

「そこまで不機嫌な顔になるか?」

 ちょっと驚かれた。

「ソルセリルではいつも1人だろうが」

「そうだけど……。こういう時なら一緒に食べるのかと思うじゃん」

「……そう言うものか?」

「そう言うものだよ」

 仕方なく、机に残らされたパンや果物、卵、野菜をかき集めてお皿に盛った。

 あたしが来るってわかってるんだから、取り分けてくれればいいのに……。

 フォークで野菜をつつきながら、

「そうだ。3日目の午後か最終日にさ、街を見て回れない?」

「王都をか?」

「うん。他国の街の雰囲気を見てみたくて」

「街なんてどこも変わらんだろうが」

「そんなわけないよ。国によって全然違うんだから!」

 力を込めて言うと、「そうか……?」ちょっと引かれた。

「市場で売ってる物を見たり、ソルセリルにない物もあるかもしれないし。木を使った工芸品とかあるんじゃない?興味ある」

「ふん……。見ていて楽しいとも思えんが……。ヘルムートと相談してみればいい」

「ラディウスは行かないの?」

「興味ないからな」

「……ふーん」

 そっか。

 昔から来てるから見飽きてるのかな?

 


 朝食を済ませると、ヘルムートとともに治療棟へ向かった。案内役は治療棟責任者のマリダーネさん。恰幅のいい男性で、おなかが苦しそうだった。

 治療棟に来る患者さんを見せてもらったけど、回復魔法師は出際よく患者さんを見て振り分け、患者さんも慣れた様子で言われた部屋に向かっていた。クレーマーは居らずみんな素直に従っていて、かなりスムーズに治療が終わっていた。

「重症は滅多にきませんが、雨季に入ると増えますね。毒虫も毒蛇も活発になりますから。これから冬に入るので、患者は少なくなります」

 

 治療棟の薬在庫は小学校のひとクラス分の広さがあった。きちんとラベル分けされた薬達がずらりと木製の棚に収められている。木棚は人間の身長より遥かに高く、幅もある。長年使われてきたと分かる深い光沢と艶は趣があって、この部屋に重厚感を与えていた。グラータならではの薬管理方法だ。さすが木材の国。

 麻薬はちゃんと施錠アンド魔法で鍵が付けられていた。

「紛失すればかなりの職員の首が飛びますので、管理は徹底しています」

 やっぱり扱いは日本と同じか……。

 

 診療の流れから患者の帰宅までの一連の流れを見学するとあっとう間に昼になった。

 昼食はヘルムートと城で食べ、午前中のことを意見交換した。

「やっぱり受付で振り分けするのが一番の違いですよ。原因を診断してから診察。この流れは外せません」

 あたしは力説した。

「そうなると、やはり等級の壁を取り払った回復魔法師の登録と採用が必須になります。規律改正から始めないといけませんね……。回復魔法師達の説得、国民への周知、等級で給与を変えるのか……色々と考えなくてはいけません。第一に、資格獲得のための試験内容も再考慮する必要があります。もし回復魔法師達を説得できたら、試験内容や採用方法についてもヒカリにお願いしますよ?」

「ええ?!そこまでするんですか?」

「当然です。どんな能力や人材をヒカリが求めているのか、それが大切なのですから」

 うーん。採用担当までするのか……。

 日本でもやったことないよ……。

「でもとりあえず、回復魔法師達の説得からですもんね……。試験云々は話がまとまってから考えます……」



 午後。

 薬剤部の責任者デーハラートが案内役。この薬剤部は体育館よりも広かった。さすが、国すべての調剤をしている場所だけある。

 治療なしで薬だけ取りに来る人もいるので、こちらは年中忙しいらしい。

「一般的な調剤はこちらで、鎮痛剤や麻薬の調剤室は機密保持のため、一部の職員しか入れません。調剤方法も一定の経験と試験に受かった者にしか教えていません」

 そこは密閉された空間で、外からも中の様子が見えないよう隠蔽魔法がかけられていた。

 中に入ると防護服やマスクを着用した仰々しい格好で調剤が行われていた。

「薬草の影響を受けないため、この様な格好で作業しています」

 そこは納得。誤って吸入して作る側が痺れてちゃ意味ないもんね。


 あたしは調剤をやらせてもらった。

 デーハラートは最初不機嫌そうだったけど、調剤を進めていくと、ちゃんと知識と経験があると分かってくれたようで、途中から丁寧に指導しくれた。

「今の薬草はネモフィレを入れる前のほうがいいです。溶解が早くなります」

「そうなんですね!ソルセリルで挑戦した時、なかなか溶けなくて困ったんです。なら、こっちのニガリ草はどうやったらダマになりませんか?液体にすると底に沈殿するんですけど……」

「それはサリヤ草を入れたと同時にしっかりと撹拌すれば解決します」

「なるほど!」

 あたしはざざっとアドバイスをメモに走り書いた。

「あの、次に鎮痛剤なんですが――」


 その調子で鎮痛剤、麻酔、麻薬とすべての調合をした。ソルセリルで問題だった点、解決したかった点を全て聞けて、あたしはかなり満足した。

「デーハラートさん、本当にありがとうございました!すっかり疑問が解けました」

「ヒカリ殿は理解が早くて驚きました。要領もいいので、見ていた私も勉強になりましたよ。是非グラータで調剤師として活躍していただきたい」

 にこにこと言われたが、すかさずヘルムートが、

「お褒めの言葉をありがとうございます。ラディウス陛下にも、大層なお言葉をいただいたと報告しておきましょう」

 営業スマイルで返していた。


 休憩のため、一旦城に戻り自室で書き留めたメモの整理をした。ラディウスの会談もそろそろ終わるからとヘルムートは出ていったので、のんびり寛ぐことにした。

 生成した水をお湯にして、ソルセリルから持ってきた茶葉でお茶を作って飲みながら、半日を振り返る。

 グラータの製薬技術はすごかった。ソルセリルにない器具も多く、あれば便利だなと感じるものが多数あって、思わず書き留めてしまった。ヘルムートもじっと見ていたからきっと興味があったんだろうな。

「ソルセリルでも作れるか、ヘルムートさんと会議しなきゃ……」

 そこへ、

 トントン

 ノック音がした。

「はい」

「ヒカリ様、ご休憩をしてはいかかでしょうか?」

 にこにこのメイドさんが入ってきた。

 

 でた。

 

 もう何度も見たこのメイドさん、朝食やお茶を運んで来てくれるのだが、毎回しつこいくらいに勧めてくる。アパレルの店員か、というくらいに粘っこいから、どうにも苦手だった。

 

「グラータにしかない焼き菓子をお待ちしました」

 ワゴンの上にはこちらの世界で初めて見るカップケーキがいくつも並んでいる。それもフルーツや生クリームまで乗って。こんな豪勢な焼き菓子は召喚されて初めてお目にかかった。

 

 製菓技術もあるの?グラータは?!

 

 きらきら宝石のように輝くタルトは甘い匂いを漂わせ、キラキラと輝いてあたしを誘惑してきた。

 物凄く、ものすっっっごく美味しそうだった。

 あたしは相当に自身と格闘した。よく漫画やアニメで天使と悪魔の小さい自分が意見を戦わせるシーンがあるけど、頭の中ではまさにそれが繰り広げれていて、相当に口論していた。

 本当にもう、タルトに穴が空くんじゃないかというくらい釘付けになったけど、あとからヘルムートになんて言われるかを想像して耐えた。

 

 メイドさんは格闘しているあたしの心が見えるようで、

「ヒカリ様?お一つどうぞ?」

「こちら以外にもございますよ?お持ちいたしましょうか?」

 と甘い言葉をかけてくる。

 あたしはとうとう限界を迎え、

「ちょっとラディウス陛下に用事がありますので!」

 と心で泣きながら部屋を飛び出した。


 

 ラディウスの部屋には誰も居らず、あたしは先ほどの美しいタルト達を思い出しながら、ずっと帰りを待った。

 かれこれ40分は待った頃、ようやく、

「――ヒカリ?」

 ラディウスが帰ってきた。

「遅いよぉ!ずっと待ってたのに!」

 あまりにも泣き声で言うもんだから、何かあったのかと心配され、

「どうした?変な薬でも盛られたのか?誰か来たのか?」

 ラディウスは駆けてきた。

 でもタルトで頭がいっぱいなあたしは、

「タルトの誘惑がぁ……。頑張って耐えたの……」

 両手で顔を覆った。

「タルト?誰だ、それは?」

「人じゃなくてお菓子……」

「菓子?」

「美味しそうだったのぉ……」

 食べ物の話と分かると、心配顔が吹き飛んで一瞬で冷めたものに変わり、物凄く呆れられた。

「…………ヒカリ、どれだけ食い意地が張ってるんだ?」

「だってタルトだよ?!こっちに来てケーキなんて初めて見たのに!」

「ケーキ?ってなんだ?」

「生クリームとかスポンジ生地とかフルーツとか!甘くてふわふわなの!」

 英語ばかりでちっとも伝わらず、

「全く分からん……」

 困惑していた。

「ラディウスの所にはお菓子来ないの?」

「来るか」

「見れば分かるのに……」

 がっくりと肩を落としていると、

「いつもの紙切れに書けばいいだろうが。えいご?とやらで説明されても分からん」

「あっ!そっか!」

 あたしはさっそく紙にケーキやタルトを描いて見せた。美術2でもこれくらいなら描けるもんね。

「ほら、これがケーキ」

 ラディウスは確認するとすぐに、

「あぁ、ケークのことか。これならソルセリルにもあるぞ」

「ええぇっ!?」

 

 嘘?見たことないけど?!

 王都でも田岸さんに聞いても知らなかったのに!

 

 あたしの大声に、ラディウスは耳が痛くなったのか顔を歪めていた。

「いきなり大声を出すな!」

「だって!一回も見たことないよ!王都にもなかったのに!」

 頭痛がするのか、こめかみを押さえながら、

「それはそうだ。城で要人が来た時にしか出さないからな。庶民には出回ってない」

 口を尖らせていた。

 

 庶民には?ってことは……。

 

「ラディウスはたまに食べてるってこと?!」

「…………俺は好きじゃないから食わん」

「ううっ……!いらないなら頂戴よっ!」

 泣きついて言うと、

「――次の機会があれば呼んでやる……」

「本当だよ?!ラディウスの貸し、それで返してよ!」

 想像していた貸し返しとしては随分軽かったのか、

「そんなことでいいのか?!」

 驚愕していた。

 でもケーキがどうしても食べたいあたしは、

「いいの!」 

 あまりにも強く返事をして懇願したせいか、「分かったから落ち着け……」と顔を引きつらせていた。

 そこへノック音と共にヘルムートの声がして、

「ラディウス様、先ほどの――」

 いい差して固まった。数秒フリーズした後、

「……ヒカリ、なぜラディウス様に迫っているのです?」

 聞かれた。

 

 タルトに夢中で全然気がついていなかったが、あたしはソファの端までラディウスを追い詰め、さらに手が触れそうなくらい体を寄せていた。

 食欲って恐ろしいな。

 

「ケークをねだってただけです」

 すっ、と身を引くと誤解を解こうと弁明した。

「ケーク?」

「侍女がヒカリの部屋に持ってくるんだそうだ。相当に欲していたから、明日の夜会できっと出るぞ」

「えっ?本当?!」

 期待を込めてラディウスを見ると、

「食うなよ」

 釘を差された。

「そこまで興味を示したなら、絶対に何か盛られるぞ」

「そうです。ソルセリルで出してあげますから我慢なさい」

「夜会でも晩餐でも菓子全般に手を付けるな」

「明日の街散策で何か甘味を購入していいですから。2個までなら許してあげます」

「城内でも口に入れる前にヘルムートに鑑定してもらえよ。勝手に食うな」

 2人から交互にそう言われてしまう。

 

 さすがに興奮が冷めて、

「そこまでお菓子のことばっかり言わないでよ……」

 テンションが下がった。

「菓子のことになると、ヒカリは顔つきが変わるからな。自分でも作ってるくらいだ」

「お菓子だけじゃなくて、ちゃんと食事も作ってる」

 それより、あたしはさっき聞き捨てならない言葉を耳にした。

「ヘルムートさん、明日街に出掛けられるんですか?」

「ええ。夜会の前なら時間が取れますから」

 やった!

 お土産が見られる!

「あの、こっちの世界の通貨って1種類ですよね?」

「ええ。共通通貨しかありませんから」

 良かった。あたしのお金が使える。これで心置きなくお土産選びが出来るというのもだ。

「少し自由時間ができて嬉しい!」

「あぁ、ちなみに私はアリウェ陛下や経済部の方と話し合いがあるので同行できません」

「えっ?あたし1人で行くんですか?!」

 驚いて目を見開くと、

「……なぜ俺を忘れる?」

 不満そうな声がした。

 声の主をゆっくりと見て、一度瞬きした。

 予想してなかった人物だったので、端から頭になく除外していた。

「え?ラディウスが行くの?」

「他に誰がいる?」

「だって、興味ないって言ってたから……」

「ヘルムートが行けないなら、仕方ないだろう?」

 

 不服そうな顔をしてるけど、行くな、とは言わないんだ――。

 そう言う所は少し優しくなったな。


 ラディウスが少しづつ変わっているのを実感して、

「うん。なら一緒に行こう?」

 少し嬉しくなる。

「……ああ」


「ヒカリは念のため認識阻害の魔道具を付けてください。ラディウス様も変貌を使いますから、外観は変わります。だからといって油断はしないように。買い食いは鑑定を受けてからにして下さいね」

 

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