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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
グラータ訪問

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グラータ入国



 朝から魔獣車を走らせ、予定より早い昼前にグラータ城へ到着した。

 

 グラータ城は長く長く森を走ったあと、急に姿を現した。ラベンダー色の国旗がハタハタと城壁に立てられ、千葉の某夢の国みたいな外観の城がそびえる。

 広大な敷地には手入れの行き届いた庭に、花が咲き乱れていた。

 

「はるばるよくお越し下さいました、ラディウス陛下、ヒカリ殿」

 到着すると、アリウェ陛下が早速城の前で迎えてくれた。

「大した道のりではなかったよ、アリウェ陛下」

 ラディウスは疲れも見せずそう言った。

「それは何より。ヒカリ殿はいかがでしたか?」

 アリウェ陛下はあたしに向き直り、柔らかく微笑む。

 爽やかな笑顔だ。

「初めての旅路で疲れていませんか?」

「ええ。アザルス王国からソルセリルに移動した時ほどではありませんでした」

「確かに、旧アザルスからではかかる日数が違う。疲れが溜まっておられないなら、少し休まれた後、さっそく治療棟と調剤部を案内するよう手はずを整えますが、どうされますか?」

「本当ですか?では、お願いしたいです」

「分かりました」

 

 やった!

 さっそく見学ができる。本格的な視察は明日からだけど、少しでも内部を見学できるのはありがたい。

 

 どんな施設だろうとわくわくしていると、

「ああ、まだ挨拶をしておりませんでした」

 アリウェ陛下はそう言うとあたしの右手を取り、

「お久しぶりです、ヒカリ殿。お会いしたかった」

 熱い視線で微笑み、腰を折って手の甲に口づけした。

 あまりにも優雅で映画のワンシーンのような行動に、思わず息が止まる。

「あ、ありがとうございます……」 

 こういう扱いには慣れていないから、顔がすぐに赤くなってしまう……。

 アリウェ陛下はクスリと笑うと、

「まずは昼食にしましょう」

 と、あたし達を城の中へと誘った。

 あたしは右手が異様に熱く感じて、心臓がバクバクした。

 ラディウスといる時より緊張するかもしれない……。


 

 豪華なシャンデリアがある広い部屋で昼食を摂ると、

「そろそろ治療棟と調剤部へご案内いたしましょう」

 メルトーナが姿を現した。

「お久しぶりです、ヒカリ殿」

「メルトーナさん、こんにちは」

「初日は知った顔がすぐに見れたほうが良いかと思いまして、メルトーナを呼んでおきました」

 

 ありがたい気遣いだ。

 あたしはアリウェ陛下に笑いかけ、お礼を言った。

 

「お元気そうで何よりです、ヒカリ殿。本日は私が案内をいたします。明日は治療棟と調剤部、それぞれの責任者が来ますので、今日だけは私でご容赦ください」

「いえ、とんでもないです!よろしくお願いします」

 さっそく腰を浮かせると、

「では、私も同行いたします」

 ヘルムートも立ち上がった。

「え?ヘルムートさんも?ラディウスはいいんですか?」

「陛下は何度も訪れた事がありますから。ゲラート上王陛下ともお話をされるようですし、私は興味のある治療棟に行きたいと思います。よろしいですか、アリウェ陛下?」

 ヘルムートはにっこりとアリウェ陛下を見ている。

「ええ、もちろんです」

 アリウェ陛下はそう言ったけど、周りの側近達やメルトーナはピクリと眉を動かしていた。

「ヒカリは初めての国外ですから。勝手をしないように見張っていますね」

「……そこまで子供じゃないですよ」

「いいえ。余計な事を口走る癖はあるでしょ?」

 ユタルとネイブル連邦国の時の事を言っているのだと分かり、

「…………もうしません」

 苦い顔で返事した。

「とにかく、グラータの方々にご迷惑をおかけしないよう、しっかりと傍にいますから。安心して下さい」

 まるで幼子の母親のような事を言うので拗ねそうになったけど、周囲の顔を見て、あたしに言っているんじゃないと分かった。

 グラータの人達は笑顔のままだが、どこか冷たい空気が流れている。アリウェ陛下は困ったように顔を歪ませている。

 それでピンときた。

 『ヒカリを決して一人にしないから、隙を窺っても無駄だ』、との牽制なのだ。

 

 さっきの情熱的な『挨拶』が引き金だったのかもしれない。あたしも顔を赤らめたりしたから、脈アリと思われたのかな……。

 やっぱり下手な行動は取らないほうがいいかもしれない……。


 

 

 ヘルムートにピッタリと付き添われ、あたしはまず治療棟に向かった。

 ここは名前の通り患者の治療をする場で、かなりのベット数があった。入り口に近い方が重傷患者、奥にいけば軽傷患者。最奥は薬剤室で、中央の廊下から左右の全ての部屋に移動出来る造りとなっていた。日本のオペ室みたいな構造だ。

「入り口で回復魔法師が患者の重症度を判別し、部屋を指示します。応急処置をし、回復した者はそのまま帰宅しますが、経過観察やしばらく養生した方がよい者は別の棟へと移されます」


 

 次に調剤部。

 こちらは治療棟のすぐ隣にある調剤のみを行う専門の棟で、国内ほぼ全ての調剤をしているらしい。そのため広大な広さがあった。

「緊急薬は主に治療棟にあります。不足した場合に備えて、治療棟のすく隣に立っています。城内にも調剤室がありますが、あちらは城で働く者や王族の方々のための調剤をしています」

 

 国民と城内を分けているのか……。

 仮にも毒を混ぜられないようにしているのかな。

 

「治療棟も調剤部も昼夜を問わず稼働しています。そのため、ここの職員用に寮も近くにあるのです」

「へぇ……。かなりの人数が働いているんでしょうね」

「ええ。明日は治療棟と調剤部の見学になりますので、ご質問などあれば遠慮なくどうぞ。私の働いている療養棟にも、3日目には来て頂けます」

「ありがとうございます。沢山勉強させていただきますね」



 この日は移動で疲れたでしょうと、見学はここまでで。部屋に案内されて、夕食までのんびりと過ごすことになった。

 ラディウスとはまた部屋がお隣。ヘルムートは数部屋離れてはいるが、近い場所に滞在することになった。

「入浴後、少し打ち合わせをしましょう。ラディウス様とも話し合っていきたいことがあるので、また部屋を覗きます」

 


 晩餐には上王陛下も顔を出した。

 アリウェ陛下と似てオレンジの髪、ブルーの瞳。鼻や顔立ちは母親似なのかな?そう言えばお妃様がいない。既に鬼籍なのかな……。

 

「ラディウス陛下、ヒカリ殿。滞在日数は少ないが、どうかごゆるりと過ごしていただきたい」

 上王陛下はよく笑う朗らかな方で、お話は楽しかった。雰囲気は親戚の叔父さんといった感じ。晩餐会と聞いて緊張してたから、かなり気が楽になった。

 

「この国では木材加工が盛んです。他にも他国にはない果物がありますから、是非お召し上がり下さい」

 確かにテーブルには見たことないフルーツが並んでいた。

 ジャムにしたり缶詰にしたら良さそう。コンポートとかもいいな。そう言えば、こっちでは加工フルーツってジャムしか見たことない。砂糖が希少だからかな?


 

 食後は部屋のお風呂に入った。ここも湯船があったのであたしのテンションは上がった。備え付けのシャンプーらしきものも凄くいい香りで癒された。

 

 部屋にあったネグリジェを着て風魔法で髪を乾かすと、寝る準備は完了。

 あとはヘルムートと明日の打ち合わせを終わらせればいい。

 

 だだっ広い部屋は静かで、周囲が森のせいか鳥の声がよく聞こえた。鳥の魔獣とか多いのかな……。

 

「ヒカリ、準備ができていますか?」

 ノック音と共にヘルムートの声がした。

「はい」

 返事をするとドアが少し開き、ヘルムートがひょっこりと顔を覗かせる。

「良ければラディウス様のお部屋へ。あとついでに言っておきますが、ノック音だけ、声だけでむやみに扉を開けないように」

「え?」

「魔法で声変更していたらどうします?ノック音だけなんて論外ですからね」

「そ、そこまで警戒しますか……?仮にも他国の城ですよ?」

「ヒカリは警戒心がなさすぎます。他国の城()()()です」

 怖い顔で言われた。


 信用しちゃいけないの?国賓なのに?


 あたしはネグリジェの上に箪笥にかけてあった羽織を肩にかけ、部屋を出た。

 廊下にはヘルムートが一人立っているだけで、しんとしている。花瓶に生けられた花が仄かに発光していて、ぼんやりと廊下を照らして幻想的だった。


  

「ラディウス様、ヒカリを連れてきました」

「入れ」

 ラディウスは寝間着なのか、濃紺のシルクっぽい服装だった。

「悪いな、夜分に」

「いいよ。まだ眠くないし」

「今後の事を少し話し合っておきたい。こっちに座れ」

 すぐ隣の椅子を指さされ、あたしはそこに掛ける。

「さっそく注意すべき点だが――」

 話し出そうとしたところで、ラディウスが急に言葉を引っ込めた。

 あたしをまじまじと見て、眉根を寄せている。随分と失礼な顔だ。

「何?」

「……ヒカリ、なんだかヘンな匂いがするな………」

「なっ、どういう意味?!」

 

 急な発言にあたしは頬を膨らませた。

 お風呂入ったばっかりのレディに失礼じゃない?!

 

 文句を言おうとしたら、

「待ってください」

 ヘルムートが真剣な顔であたしに近づいてきた。そして、

「ヒカリ、少し失礼しますよ?」

 軽くあたしの匂いを嗅いで、顔をしかめた。

「な、なに?そんなに臭い?」

「そうではなくてですね……」

「ヘルムート、鑑定魔法を使ってみろ」

 ラディウスに言われ、ヘルムートは何かの魔法をあたしにかけた。すると髪と羽織が桃色の霧を発しはじめる。

「な、何?!」

 慌てるあたしに、

「ヒカリ、羽織を脱いで」

 鋭く言われ、ささっと脱ぎ去るとヘルムートに渡した。ヘルムートは窓を開けてバッサバッサと大きくはためかせる。そしてさらに詠唱すると、桃色の霧は消えた。

 呆然とそれ見ていると、部屋に戻ってきて今度は、

「部屋に備え付けてあった洗髪剤を使いましたか?」

 尋ねられた。

「は、はい……」

「それですね……」

「どこまでも本気、というわけか」

 なにやら納得している2人はため息交じりにそう言っている。

 全然分からない。

 

「なにが?説明してよ」

 2人の顔を交互に見ながら言うと、

「ヒカリ、この話し合いが終わったらもう一度洗髪して下さい。ただし、今度はソルセリルから持参した物を使ってもらいます。滞在中は城の備品を使わないように」

「え?」

「服にも洗髪剤にも、魅惑剤が使われています」

「み、魅惑剤……?」

「俗な言い方をすると惚れ薬だ」

 ラディウスからおもしろくなさそうな顔で教えてくれた。

「惚れ薬?そんなモノまであるの?!」

「さすが調剤大国ですね……」

「これは人間用だな。俺達には効かん。おかしな匂いと感じるだけだ」

 

 あぁ……だから顔をしかめてたのか……。

 

「恐らく、部屋にある物ほぼ全てに仕掛けられているのでしょう。あとで解除しますので、部屋に入りますよ?」

「は、はい」

「それと、部屋で出された物は一切口にしてはいけません。茶菓子だのお茶だの水だの、とにかく全てです」

「水もですか?でも喉が渇く……」

 そう言うとヘルムートは「水魔法で生成なさい」と怖い顔をした。

「とにかく理由をつけては飲食を勧められるでしょうが、とにかく断りなさい。何が入っているか分かりませんよ?」

「ええ……」

 不満顔をすると、さらにずいっと顔を覗かれ、

「グラータの本気が分からないのですか?部屋のあちこちに惚れ薬を盛られ、隙あらばヒカリを一人にしようとしてきます。今日の見学でもそうです。私が牽制をかけたにも関わらず、部屋に仕込みをするのですよ?本気でソルセリルに帰りたいなら、言いつけは守りなさい」

「――はい、お父さん」

「誰がお父さんですか」

 あたし達のやり取りを見ていたラディウスは笑っていた。

「誰かがヘルムートに窘められているのを見るのは気分がいいな」

 愉快そうな顔にあたしは渋面を作った。

「……ラディウス、楽しんでるの?」

「まぁな。見ている分には愉快だぞ?」

 ほくそ笑んでいるラディウスにヘルムートはすかさず、

「ゲラート上王陛下に直接お話をされたのではなかったのですか?」

 詰め寄った。

「したぞ。ゲラートも呆れていたがな。アリウェも強く言えず、ほとほと困っていると嘆いてた」

「はぁ……嘆くくらいなら、しっかりと臣下の手綱は握ってて頂きたい……」

「ゲラートは早く孫の顔が見たい言っていたぞ。だからだろう?」

「国内で貴族を募ればよいのもを……」

「幼い頃から婚約者はいらないと豪語していたアリウェだからな。今さら自国の貴族に言い出し辛いんだろう」

 なにやらアリウェ陛下の結婚相手の心配までしている。

 親戚の叔父さんみたいだ。

 


「ヒカリはとにかく、明日はヘルムートと1日行動を共にしろ。俺はアリウェと国の諸々の話し合いがあるからな」

「ラディウス一人で会談するの?平気なの?」

「なんだ?その平気、というのは?」

「いや、また口論ばっかりにならないの?」

「なってもいいんだ。アリウェとはそう言う間柄だ」

「しっかりと話だけはつけてくださいよ?」

 釘を刺され「分かっている」と萎えた顔をしていた。 ここに来るまでも散々言われたのかもしれない。


 

 そこからさらに、滞在中の細かな話をした。

 小1時間ほどの話し合いが終わるとすっかり夜も更けて、強い眠気に襲われる。

 

 でもまだ髪を洗わなきゃいけないんでしょ……?

 目が冴えそう……。

 

「洗髪って明日の朝じゃだめなんですか?もう眠いんですけど……」

「魅惑剤には魔力が込められています。あまり長時間吸ったり皮膚に触れていると、過敏症を起こしますよ?ヒカリは特に魔力量が少ないですからね。当てられます」

「えぇ……」

「気分が悪くなったら言って下さい。ポーションを使ってもかまいません。あと、さっそく、明日の朝食から気をつけるように。着替えたらラディウス様のお部屋にいらっしゃい。こちらで食べた方が安全です」

「はーい」

「返事は短く!」

「はい、お父さん」

「私はヒカリの父ではありません」

 

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