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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
グラータ訪問

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気がついてしまえば


 トレニアードの背中を見送ると、あたしは改めてラディウスの魔法を見た。

 

 色とりどりの魔法の花が足元に咲き、飛び交う蝶が羽を動かす度に鱗粉が煌めく――。


 昼間だけど、この周りだけは新月のような清らかさがある。魔法の淡い光が透明感があって夢見るような多彩な美しさを放っていた。


 

「――綺麗だね」

 幻想的で神秘的。

 


「ヒカリはこういうのが好きだな」 

「うん、凄く好き」


 

 自然と蝶に手が伸びる。実体のない蝶は透明に素通りしただけで、触れても消えなかった。


 

「ねぇ、これってすぐに消えちゃうの?」

「ああ、直に消える」



 こんなにも綺麗なのに、もったいないな。



「写真に残せればいいのに」

「前にもそう言っていたな」

「うん?」

「慰霊祭の時だ」

「そうだっけ?」


 蝶は陽の光に負けてしまったかのように、だんだんと姿を薄くした。

 花も徐々に光を強くして、太陽の光とあわさって薄くなる。

 ――もう消えちゃう……。



 名残惜しくて、あたしはじっとその光景を見つめた。

 目に焼き付けておきたかった。

 伸ばしたままの指に、蝶が止まる。

 魔法の蝶は最後に挨拶をしているみたいで、あたしは思わず微笑んだ。



「綺麗だったな」 

「……――そうだな。綺麗だ――」 

 ラディウスのかすかな呟きは、風に乗って耳に届いた。


 

 ラディウスでも綺麗って思うことあるんだ。

 自分の魔法に酔いしれてるのかな?

 それはそれで面白いけど。

 

 視線が自然とラディウスを捉えると、目が合った。

 


 ラディウスはあたしを見ていた。


 

 凄く優しい目をしている。銀の虹彩が魔法の輝きにキラキラと反射して、眩しかった。

 それの瞳があまりにも真っ直ぐで、温かくて……。

 吸い込まれるようで、ひどく心が惹きつけられる。 

 まるで時間が止まったみたいに、あたしはラディウスから目が離せなかった。ラディウスもまた、あたしから目を逸らさなかった。



  

 鼓動は速くないし、劇的な心境の変化があったわけじゃない。世界が煌めくとか、景色が違って見えるとか、息が止まる程にときめく瞬間があったわけでもない。

 でも確かに心の中に、ひっそりと静かに()()は存在した。

 


 ラディウスへの切ない痛みにも似た尊い想いが。

 


 ()()を自覚した瞬間、あたしはすんなりと想いを受け入れることが出来た。


 まるでずっと目の前にあった探し物を見つけた時のように、「なんだ、こんなところにあったのか」と納得する気持ちに似ていた。


 

 そっか。

 あたしはラディウスに静かな恋をしてたんだ……。



  

 気がついてしまえば、あとは簡単だった。

 ストンと納得して、落ち着いて、笑って、終わり。

 恥ずかしいとか、照れるとか、今までの自分の行動を振り返って恥じ入るとか、そんな気持ちは全然なかった。

 そこには仄かな温かさが灯るだけ。

 


 だから、  

「2人してこんな所で何をしているのです?」

 ヘルムートが探しに来ても、あたしは動じなかった。

 

「随分と戻ってこないと思えば……こんな魔法を出して……」

 訝しんだ顔で近づてくるヘルムートを見て、ラディウスに小声で、

「トレニアード君のことは内緒ね?」

 と微笑んだ。

「なぜだ?」

「このままそっと友達の所へ行かせてあげたいし、このあと、きっと家でお叱りを受けるだろうから。あとは家の人には任せよう?」

「そうか?」

「うん」

 あたしはラディウスを手招きして誘った。

「ほら車に戻ろう」 




 魔獣車に戻ると、あたしとラディウスはまた取り留めもない話をした。さっきの幻想的で神秘的な光景のことは、2人とも持ち出さなかった。


 

 程なくしてソルセリルの国境を越え、グラータに入国する。宿に着くともう日が沈んでいて、早々に夕食となった。

 ラディウスと同じ机で食事するのは初めてで、なんだかおかしな気分だ。意外だったのは肉が苦手ってこと。魚よりも肉をパクパクしてそうな顔なのに……。そして野菜はちゃんと食べてた。これも意外。


 お風呂は大浴場で、ソルセリルの集団に女性はほとんどいなかったから、あたしはだだっ広い浴場をほぼ占領できた。

 ソルセリルでは基本的にシャワーだから、お湯に浸かるのはかなり久々で感動する。やっぱりお風呂に浸かると人間になった気がして、体も心もポカポカになった。


 ソルセリルの家も悪くないんだけど、欲を言えば湯船が欲しいんだよね……。

 ラディウスへの借りを返してもらう時、浴槽って言ってみようかな……。

 そんな考えが浮かんだ。



  

 大満足して部屋に戻ると、部屋の窓から星がドンと見えた。

「うわぁ、すごい……」

 日本ならかなり高いお部屋になるだろう、満天の星が見渡せる部屋。

 

 王様一行だからこんないい部屋にしてくれたのかな?だとしたら、国賓ってのも悪くない。

 

 ベランダに出られそうだったので、あたしはカチャと扉を開いて夜風を浴びた。お風呂に浸かった後だから、湯冷めしないようしっかりと着込むことも忘れない。


  

 グラータはソルセリルより南にあるから、ソルセリルの夜ほど冷えていない。

 半日しか移動してないけど、こんなにも気候が違うんだな……。

 

 白い息が出ないので星が見えやすい。あたしはぼーっと空を眺めていた。

 

「風邪を引くぞ」

 

 急に右隣から声がして横を向くと、ベランダにラディウスがいた。


 そうだった。部屋は隣だったんだ。

「まだ寝ないの?」

「こんなに早く寝たことはない」

 

 そこまで早い時間とは言えなかったけど、ラディウスにとってはまだまだ夜じゃないってことなのかな。

 

「いつも遅くまで仕事してるの?」

「仕事ってわけじゃないが、本を読んだり色々とな。ヒカリは外に出て何してる?」

「別に……。星を見てただけ」

「星?」

「こっちの世界の夜空は、知ってる星が一つもないの。やっぱり違う世界なんだって、思い知らされる」

 空を見上げてそう言うと、ラディウスは静かに、寂しささえ感じる声で、

「……元の世界が恋しいか?」

 あたしを見た。


 

 なんでラディウスがそんなに寂しそうな目をしてるんだろう?


  

「ううん。そこまでは……。薄情かな、そんなこと言うと」

「……そうなのかもな」

 まさか肯定されるとは思わなかったから、

「そこは、『そんなことないぞ』って言うところでしょ?」

 笑って言い返す。

 

 冗談の様に返したあたしに反して、ラディウスは至極真面目に言った。

「未練がないということだろう?それくらい、やりたい事をやり尽くしてたんじゃないのか?」

 その言葉に、なぜか心はチクリと痛んだ。


  

 あたしは日本で必至に何かをやったことがあったかな?

 

 ソルセリルに来た後の方が余程懸命に、熱心に仕事をしている気がする。容器の開発も塗り薬も、麻酔や麻薬の調剤も、医療体制のことも、剣も弓も……。

 図書館に籠もって調べ物をしたり、誰かを説得して目標を達成しようとしたり、そんなことは一度もしたことがなかった。


  

「あたしは怠惰だっただけだよ――」

 ラディウスは何も問い返さず、じっとあたしを見つめた。

「一生懸命になったこと、一度もなかった。看護師してたのも、資格を取ってしまえば一生仕事に困らないからで……。本気で誰かを救いたいとか、そんな崇高な理由は何もないの――」

 

 家族がいなかったから、一人でも困らずに生きていける方法を選んだだけ。

 

「目標をもって日々生きるとか、意欲をもって何かに取り組むとか、そんなことしてこなかった。日本に――元の世界に戻ったほうが、あたしは人生が面白くないのかもしれない」


  

 日本の方が生活は便利で自由だった。

 やりたい事を探せば、きっと何でも出来たんだろうけど……。それこそ、地球の反対側に行くことも可能だった。

 でも受け身で怠惰で消極的だったあたしは、何もしてこなかった。


  

「なら、ヒカリが生きていく世界はこちらなんだろう」


 ラディウスは暗い告白を、面白がったり、冗談めかして扱ったりせず、そう言った。


「今の方が、余程ヒカリらしく生きれていると俺は思うぞ。生まれた国のためでも、慣れ親しんだ世界のためでもなく、この世界――ソルセリルのために生きている」

 

 ラディウスは慰めるわけでなくそう言ったのだと分かる。

 落ち込んでても、思ってもいない言葉をかけてくれるほど優しい人じゃないと知ってるから、この時のセリフはひどく心に刺さった。


 

「――そう、かな………」

「ああ。だから胸を張れ」

「うん……」


 あんなにも萎えていた水を得たように、心がもう力を取り戻している。

 


 あぁ……ずるいな…………。 

 こんな簡単に立ち直らせてしまうなんて……。


 惚れたほうが負け、というのは本当らしい。 

 ラディウスには参ってしまう。  



 寒かったはずのベランダの空気が変わる。

 ガラスのように透明で冷たくて、塵一つなく澄んでいる。


 満点の星。

 清らかな夜の大気。

 風の音しかしない静寂に満ちた世界。


 今この世界にはあたしとラディウスしかいない。

 そう思えるほどに、2人きりであると感じた。

 こんな時間はなかなかないから、息を吸った。

 大きく、何度も。

 そうすれば今この瞬間を体の中に取り込んで、一生忘れないでいられる。

 そんか気がした。

  

 

「そろそろ部屋に入れ。人間はすぐに風邪を引くだろう?」

 何も言わず棒立ちになっているあたしを気遣ってか、ラディウスはそう言ってくれた。 

「ラディウスは平気なの?」

「鬼人は病にかかりにくいからな」

「そう……。でも夜更かしはしすぎないでよ」

 あたしは扉に手をかけて、

「おやすみ。また明日ね」

 初めての夜の挨拶をした。


 最後に見納めと思い、顔だけベランダに向けて星々を背景に立つラディウスを見る。


 また明日ね。

 そういえるのが嬉しい。

 明日も朝からラディウスに会える。


 自然と微笑みが溢れた。

 何もかもが温かくて、うれしくて――

 

 あたしはラディウスに小さく手を振って、部屋に戻った。


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