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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
特訓

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裏事情

裏事情

 ヒカリと田岸はヘルムートに城に呼び出され、日常生魔法について事細かく尋ねられた。

 

 洗濯、皿洗い、台所での火おこし、食物の冷蔵保存……。

 家電のありとあらゆる知識、使用目的などの詳細を洗いざらい聞き出された。


  

 ほぼ1日をかけて情報を得ると、ヘルムートはかなり満足したようで、

「ありがとうございます。とてもいい刺激になりました」

 満面の笑みで2人にそう言った。

 

 夏だというのに、もう窓の外は暗くなり始めている。

 

「ヒカリは少々仕事があります。このまま自分の部屋へどうぞ」

「えっ?!嘘ですよね?」

 ヒカリの疲れた絶望の声が部屋に響く。

「本当です。グラータからまた仔細な問い合わせがきています。休憩も兼ねて部屋でお茶を飲みながら、ゆっっっくりと見てください」

 疲れ果て背中を丸くしたヒカリが、

「今日は全然田岸さんと話せませんでした……」

 ガックリとして部屋を出ていった。

 

 その後。

「ノボルはこのまま、少しお時間をよろしいですか?」 

 そう言われて、田岸はヘルムートに誘われ、ある部屋に通された。


 

 

 最上階、かなり見晴らしがよく、王都が一望できる大きな窓がある廊下。

 夜景がきれいで、火魔法で灯された光りが、王都の街をほんのりと照らしている。

 

 豪勢な扉はそんな階層にあった。

 いかにも要人がいそうな重厚な扉で、ヘルムートがそこを開けると誰であろう、ラディウスが田岸を待っていた。

 

 予想しておらず、かなり驚いて後ろのヘルムートを見たが、彼は黙ってソファを指さすだけだった。

 思いがけない謁見に、田岸は急に心拍が上がる。

 もともと目上の人との会話は得意でない。あまり表情が変わらず落ち着いて見られる田岸だが、こういった少人数での話し合いは苦手だった。それが国主なら尚の事。

 それに、見るからに高級なソファーに座らされるのだ。緊張するな、という方が無理だろう。


  

 田岸はじっとラディウスを見る。顔を見るからに、この謁見は予定されていたものだとわかった。いや、本当はこちらが本題で、先程までの魔法の話がついでなのかもしれない。

 

「ノボル、掛けてくれ」

 縫い止められたかのようになかなか足を動かさない田岸に、ラディウスはそう言った。

 決して威圧感はなかったが、ヒカリから様々な話を聞かされてきた彼にとって、ラディウスの心証は良くない。そんな相手からの急な呼び出し。

 正直言うと、聞きたくなかった。

 田岸はもう一度ヘルムートを見たが、唯一の出入り口である扉の前に立っていて、出られそうにない。

 

 嘆息すると仕方なく部屋を横切りソファの前に立つ。

「ここからが本番の話、ということですか?ラディウス陛下」

 そう言うと、ラディウスは「まぁそうだな」と軽く肩をすくめた。

「突然のことで気を悪くしたか?」

「……いえ。ただ驚いただけです」

「そうか。ヘルムートとすでに長い話をした後だが、しばらく付き合ってもらう。帰りは車で送らせよう。悪いな」

「いえ…………」

 

 この時点で田岸は違和感を持った。

 

 ヒカリから聞いていたラディウスの印象と少し違う。威圧感があって高慢で自信過剰な態度だと、散々ヒカリが言っていた。

 しかし今の発言は違う。田岸の事を気遣い、高慢どころか下手に出ている気さえした。


 ラディウスがソファに腰掛けると、田岸も同様に座った。ヘルムートが静かに主の横に立つと、

「早速なんだが、ノボルに渡したいものがある」

 ラディウスの言葉を受けて、ヘルムートが懐から何かを取り出した。

 

 それは銀細工のペンダントだ。中心に正方形の大きな黒い石があるだけの、かなりシンプルな作り。

 

「これは魔道具でな。かなり強力な防御魔法がかけられている。ノボルにはこれを身に着けていてもらいたい」

 かなり驚いて、思わず目を見開いた。

「俺に、ですか?」

「ああ」

「ヒカリではなく?」

 ヘルムートは主に変わって淡々と説明をしてくれる。 

「ヒカリは自身の力のせいで魔道具での護身はできません。ある意味、ヒカリの力そのものが防御になる、ともいえますが」

 

 田岸は机に置かれたペンダントを手にすることなく眺めた。

 つやつやと室内の火魔法の照明に照らされて輝く黒い石は、それだけで神秘的だ。魔法がかけれているなら尚の事そう見えた。

 

「なぜ俺にコレを?」

「ノボルがヒカリの兄だからだ」

「…………意図が分かりません」

 ペンダントでの護身とヒカリの兄、という2つに繋がるものはなかった。

 

 訝しんだ顔を向けると、

「毒物混入事件の事は知っているな?」

 ヒカリから経緯は聞いていたので「ええ」と頷くと、

「実はあれ以降も、ヒカリを狙ったと疑われる事案がある」

 かなりドキリ、としたが表には出さず、

「…………初耳です」

 短く答えた。

 

「ヒカリ本人にも話しているが、ノボルの耳にはまだ入っていないか」

 ヒカリに話せば田岸に伝わるものだと考えていたようで、ラディウスは意外だという顔をした。

「3カ国との対面があったからな。手紙を書く余裕がなかったか……」


 ヘルムートがまた捕捉してくれる。

「実戦訓練での事でした。遭遇率がかなり低い魔物と交戦しています。300年生きている私が2回しか見たことがない魔物です。ヒカリが偶然出会うにしては、あまりにもできすぎている」

「あと、うちの臣下のグスタフ――軍部部隊長だが――これが少しきな臭い」

 田岸はビクリと体を震わすと、

「ち、ちょっと待ってください!」

 ソルセリルの内部事情の話になったので、慌て話を止めた。

 国の上層部が関わるなど、一般人には重すぎる内容だ。

 

「軍部部隊長って……。それは俺が聞いてもいい話なんですか?」

「ああ。だから話している」

「ノボルにも是非知っておいて頂きたいのです。ヒカリの兄として」

 

 そう言われ、田岸はどこかでずっと思っていた心苦しい事実を打ち明けた。

 

「――俺とヒカリは血の繋がりはないのですよ?」

「無論、知っています。名字が違いますから」

 当然の事実として受け止めているヘルムートがあっさりと言う。そしてラディウスも、

「だが、アザルスにいる頃から兄なのだろう?」

 表情を変えなかった。


「血の繋がりがない肉親は多々見てきています。偽りであった事もあるが、ノボルとヒカリはそう見えない。偽りなら、身を挺してアザルスの騎士からヒカリを守ろうとはしないでしょう?」

 

 田岸は開戦の折、アザルス兵に連れ去られそうになったヒカリを庇った事を言っているのだと、瞬時に理解した。

 

「……あの時の事を知っているのですか?」

「ええ。アザルスの内部には多数の諜報員や工作員、間諜を紛れ込ませていましたから。特にラターナ村は重要な監視対象でした」

「その時から見ていた情報から考えても、ノボルはヒカリの兄だ」

 強く確信を持った言葉に、

「――国家機密の話をするに値すると、判断されたわけですか?軍の部隊長が裏切り者なんて……そんな話をするまでに信用があると思っているのですか?」

「ああ、思っている」

 

 あっさりと肯定され、田岸はなんとも裏切られた気分になった。

 やはりヒカリから聞いていたラディウスと全く違う。

 

 だから探りを入れてみることにした。

 

「――正直言えば、ラディウス陛下、俺は貴方の印象が良くない」

 

 一国の主にかなりの衝撃発言をしたが、ラディウスもヘルムートも一切顔色を変えなかった。

 

「ヒカリから散々と聞かられてきた。陛下と直接会うのは3回目で、言葉を交わすのはほぼ初めてと言っていいが……。こんな方だとは思わなかった」

「心証が良くない事は知っている。ヒカリにあれだけのことをしたからな。身内として許せるものではないだろう」

「…………貴方は自分の過ちや非を認められない人だと思っていたのに――」

「意外だったか?」

「ええ……。そうですね」

「なら、いい誤算だ。違うか?」

 

 同意するのがなんだか尺で、何も返さなかった。 

 確かにいい誤算だが、こうも性格が変わるものだろうか。

 

 そう考えた時、慰霊祭の時のヒカリの長い話を思い出した。

 ラディウスの長年にわたる重荷と孤独。

 あれは全てヒカリの憶測でしかないが、ラディウスは否定しなかった。

 

 ラディウスは自分の代わりに泣いたヒカリを見て、どう思ったのだろう――。


 田岸の中で疑問が浮かんだが、ラディウスが続けた話によって思考は切り替えられた。

「軍部部隊長のグスタフは、当初からヒカリへの印象が良くなかった」

 グスタフ……。数回だけヒカリからその名前を聞いた覚えがあった。剣の師匠の上司で、話がしたい言ったらと家にわざわざ来てくれた、と言っていた。

 

「ヒカリの力の件は勿論だが、国への功績による特別扱いを嫌がっているんだと考えていたんだが……どうにもそれだけではないらしい」

「詳細な理由は分かりませんが、ヒカリに異様に執着している。排除しても構わないと考えている節があるようです」

「……それが実戦訓練で、魔物を仕掛けた理由だと?」

「可能性がある、というだけだ。

 ソルセリル内部の裏切りだけじゃない。他国も絡んでいる可能性が残っている。それも複数国かもしれん。内部の裏切り者と他国が繋がっているのなら、相当に厄介だ」

「今の所、砂糖への毒物混入の犯人は掴めていませんが、どう考えても上層部しか知り得ない情報を持っているのです。他国が絡んでいるなら、相手はかなりの地位にいる人物です」

 

 そこまで聞いて、

「やはり、俺ごときが知っていい内容じゃないでしょう……」

 田岸は頭を抱えた。

「他国の首脳陣、ソルセリルの軍部部隊長が黒幕なんて話……。しかも単体ではなく国同士が繋がっているかもしれない……?」

「まだ確定ではない。俺の単なる推論だ」

  

 ラディウスはそう言うが、急にされた重すぎる話に田岸は頭がくらくらした。

 考えを巡らせようにも、出口がない道路をぐるぐると走らされているようで止まらない。 

「だから、俺にこんなものを与えようとしてるんですか?国家機密を知る人物として擁護しようと?」

「いいえ。最大の理由は違います」

「ノボルがヒカリの兄だからだ」

 田岸は抱えていた頭を上げて2人を見た。

 

 2人はずっと視線を逸らさず、ひたすらに田岸の反応を静かに見守っている。

「相手はノボルがヒカリと何度も会い、手紙のやりとりをしていると知っているだろう。かなり親しい間柄とバレているはずだ。ノボルが人質に取られたり危害を加えられれば、ヒカリが心を痛める。だからだ」

「――つまりは、ヒカリのためだと?」

 2人は何も言わなかった。その無言を肯定ととらえた田岸は、一番の疑問を投げかけた。

「なぜそこまでしてヒカリを気遣うのですか?」

 

 国主が一個人を気遣うにしても、限度がある。しかもその身内にこんな魔道具を与えてまで。

 魔法付与の魔道具はかなり値が張る。街で何度か見かけた事があるので、価格帯を知っている田岸は目の前のペンダントをおいそれと手に出来なかったし、納得出来なかった。

 

「ヒカリが特別な力を持っているからですか?国益になる成果を出したからですか?ソルセリルのこれからの医学を変えようとしているからですか?」

 

 ラディウスはこの質問に素早く答えた。

「全て当てはまっている。ヒカリは最早ただの異世界人ではないし、召喚者でもない。ソルセリルにとって必要な人物だ。だからできる限りのことをしている」

「――それだけですか」

「…………それ以上の理由がないと不満なのか?」

 

 田岸は、ラディウス自身が気がついていないのか、と疑問に思った。

 ヒカリから聞かされてきたラディウスとは明らかに変わった。ここまで自身に影響を与えているのがヒカリだと、自覚していないのだろうか?

 客観的に見れば分かりやすい理由が……。

 それもかなり大きい理由があるように思うのに……。


  

 その時、ラディウスの奥に立つヘルムートと目が合う。

 じっと意味ありげな視線を向ける彼の瞳は、余程雄弁に語っていた。

 

 ラディウスの中に明確な想いがあると。

 そして、それにヘルムートも気がついている。

 だからヒカリが大切に思っている田岸も守る必要がある。

 

 田岸とヘルムートは数秒視線を交わせ、互いの意図を伝え合うと、明確な言葉をかけないまま目での会話を終わらせた。


  

「ラディウス陛下、ヒカリはこの事実をどこまで知ってるのですか?」

「グスタフの件は伝えているが、ヒカリ自身は疑っているに過ぎん。よもや内通者と他国が手を組んで排除しようとしているとは、思ってもいないだろう。

 ノボルにこの話をしている事も一切知らない。魔道具を渡すこともだ」

「伝えるつもりはないんですか?」

「ヒカリは今、仕事で一杯だ。他国からの要人の訪問もある。これ以上のものを背負わすつもりはない」

 目を逸らすことないラディウスのその目にも言葉にも、偽りはない。

 田岸はラディウスを見てそう判断した。

「――分かりました」


  

「あと一つ、確認して欲しい事があります」

 ヘルムートに言われそちらに顔を向けると、いくつかの似顔絵を見せられた。

「アザルス王国――直に国主が変わり国名も変わるので、旧アザルスですが――そこから不審に入国をしてきた者がいます。ノボルがこの者の顔に見覚えがあるか、確認をしてほしいのです」

「……アザルスまでヒカリの暗殺に関わっていると?」

「一番ヒカリに恨みを持っているのはアザルスですから。敗戦直後の仕打ちを見ても明確でしょう」

「旧体制の者は処罰されていないのですか?」

 鋭く尋ねると、

「とっくに終わっている」

 この日一番の冷徹な声でラディウスは真実を田岸に告げた。

 

「王族だけでなく、主導権を握っていた一派の者たちはすでに刑に処された。残っているのは旧王国への強い執着を持つ者だろう。数は多くないと踏んでいる」

「しかし多くないからこそ、小回りが利いて動きが読めず、掴めません」

「……だから俺に似顔絵を見てほしいと?」

「ええ。ノボルは5年はラターナ村にいますね?ヒカリより顔を覚えているでしょう?」

「あまり顔覚えは良くないですよ……?」

「それでもかまいません。ノボルは旧王国を知る重要な人物ですから」



  

 似顔絵を見終わった田岸は、机のペンダントを手に取ると、ラディウスの執務室を後にした。

「ありがとうございました。では、ヒカリと合流して車で送りましょう。きっと部屋で疲れ切っているでしょうから、労ってあげてください」

「ヘルムートさんの仕事では?ヒカリに仕事を与えたのはあなたなのに」

 

 ヒカリが待つ部屋に行くまでの長い廊下を横並びになって歩く。絨毯でふかふかする足元は、一切足音がしない。

 

「私はアメとムチを使い分けるんです。基本アメのノボルとは違います。ラディウス様もヒカリにはアメが多くなりそうなので、私くらいムチを打ってもいいでしょう」

「陛下はアメなんですか?」

 意外に思い、田岸はぽかんと口を開けた。

「ええ。すぐに与えてしまいます。先日もヒカリが各国の観光に興味を示して、見て回りたそうな顔をしていました。

『他国どころかソルセリルもろくに観光出来ていない』と文句を言ったら、何やら考えていましたね……。きっとうちに、視察に行くと言い出すでしょう」

「それは……結構なアメですね。公務としていくのでしょう?」

「恐らく、そうなるでしょう。まずはグラータに行くことになりますが、そこにもラディウス様はついてくる気ですよ?はっきり言えば、必要ないんですが」

 ふん、と荒く息を吐くヘルムートは相当に骨を折っているように見えた。

「…………ヘルムートさんは苦労してますね」

「そう言ってもらえるだけでも、励みになりますよ」

 ヘルムートは口ではそういつつも、顔は笑っていた。

 田岸も苦笑いを浮かべ、ヒカリが待つ部屋へと向かう。

 

 きっと机に突っ伏しているだろう。

 次は日用品ではなくお菓子でも手紙に添えようと、頭の中で店選びを始めた。

  

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