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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
特訓

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44/68

裏事情


 ヒカリはまたもや意識のない状態で帰城した。

 帰りの魔獣車の中でグスタフとヘナンから、風話である程度の報告を受けていたラディウスとヘルムートは、車が城に入ると同時に門まで駆けて出てきた。

 時間帯はまだ日が高く、日向では暑さを感じるほどの気温だったが、ヒカリは外套に包まれ青い顔をしていた。

 

「おい、グスタフ!お前がついていどうしてこんなことになる?!」

 魔獣車から運び出され、医師が控える客間に運ばれて行くヒカリを見送りながら、ラディウスは激しい剣幕で臣下に尋ねた。

 しかし当のグスタフは主の逆鱗に触れても、顔色を変えない。

「どうして、と言われてもな……。さっき報告した通りだ」

「サラマンダーだぞ?どう考えてもヒカリ一人で対処できるはずないだろう?!」

「だが、やってのけた。重傷を負ったがな」

「それは命懸け、と言うんですよ、グスタフ」

 ヘルムートが冷静な声で諭すように言った。声とは裏腹に、目には静かな批判が見える。

 同僚の言葉にも視線にも動じる事なく、グスタフは続ける。

「だが生き残った。ポーションで傷も治ったし、体力回復ポーションも使った。今は疲労で寝ているだけだろう?」

「だとしてもやり過ぎだ!」

「どこが?魔獣の森での陛下と同じだろうが?」

 言い返すグスタフはどこまでも冷静で、ラディウスに苦い過去を思い出させた。

「空から無抵抗のヒカリを落とし足を骨折させ、逃げられないようにした上、魔獣に襲わせて、死にかけるまで追い詰めたじゃねぇか。あれよりはマシだろう?」

「――グスタフ」

「俺はポーションをかけてやったし、火災からも助けてやった。その場で出来る応急処置はしたぞ?」

「グスタフ!」

 ラディウスは声を荒げた。周囲にいた兵士や衛兵、馬丁、下女だけでなく、グスタフの傍に控えていたヘナンも、その声にビクッと震えた。感情的になった怒りの声に、知らぬうちに魔力が乗せられていたからだ。

「あの時とはもう違う!ヒカリはこの国の医学を率いていく人材になりつつある!ないがしろに扱うな!」

「していないだろう?だから治療した、回復させた、炎から助けた。なぁ、陛下よ、何を怒る?」

 

 グスタフはどこまでも冷徹な眼差しを持ってラディウスに問う。

 そこに温かみは感じられない。

 

「確かに、アイツの進めている仕事は今や国をも巻き込もうとしてる。だがアイツの存在価値はそれだけか?陛下にとっては違うんじゃねぇのか?」

「――何が言いたい?」

 ラディウスは、これまでグスタフに抱いたことのない感情が芽生えていた。

 

 目の前にいるのは、本当に自分が知っているグスタフなのか?

 屈託なく笑い、部下に心を傾け、失敗しても躓いても叱責せず、労いの言葉をかけていたあのグスタフなのか?

 ここまで感情の振り幅が狭く、心が冷めていただろうか?

 

「陛下は強い。まさしく鬼の如く、適うものがないほどに。これまでずっとそうだった――。そんなヤツは、かえって強い温か味を欲するのかもしれんな――。たとえば女のような」


 女?

 ヒカリの事を言っているのか……?

 俺がヒカリに温か味を求めていると?

 それが気に食わないからこんな無情な事をしたのか?

 

 ラディウスは自分の中の冷ややかな部分が顔を覗かせたのが分かった。

 グスタフの言葉も表情も、見過ごせないものがあるとソイツが言う。

 今忠告しておけ――。

 何なら分からせてやってもいい……。

 ここでひと暴れするか?

 ニタリ、とソイツが口の端を吊り上げ不敵に笑う。

 

 駄目だ……。

 ここは力任せに従わせるべきじゃない……。

 別の冷静な顔がそう言う。

 まだグスタフの裏切りが明白となったわけじゃない……。

 疑わしい発言というだけで、力を振るうわけにはいかない……。

 

 ラディウスは鋭くグスタフを見ると、

「なんの事を言っているのか知らんが、部下が同じ目にあっても、お前は同じ事をしたのか?」

 怯んだ顔を見せたグスタフは、

「それは……」

 言い淀み、グッと唇を結んだ。

「監督不行届だ、グスタフ。謹慎4日を言い渡す。勅命だ」

 目を細めただけで、何の反論も異論も唱えず、グスタフは一礼するとその場を去った。ヘナンもそれに続いて城内に消えた。 


            ◆


 訓練終了から数日が過ぎ、ラディウスとヘルムートは城の執務室でヒカリの実戦訓練の結果を聞き唸っていた。

 ヒカリはかなり意外な結果を出した。2人が考えでいた以上に戦闘力があったのだ。

 

 まず魔法の使い方。かなり独創的な支援魔法を使った。

 風魔法での矢の速度上昇、風矢と通常矢を併用した連射。こんな発想は今までに無かった。

 空間魔法の使い方も面白い。転ぶ罠にしたかと思えば、足場にして空を駆ける。さらに空間魔法と水魔法を同時展開し、窒息させ隙を作り、その間に攻撃をする。

 

 これにはエッダも唖然としていた。

「ヒカリは使えない魔法が多い上、魔力にも限りがあります。それをよく分かっていて、出来る範囲で何とかしようとした結果、あの戦法になったんでしょう。まさか空を駆けるとは思ってもいなかった。弓使いが上空を牛耳ることができれば、強い。

 消費魔力も意識して戦っていました。全て支援魔法や補助魔法に過ぎないので、瀬戸際まで魔力が保ったのでしょう。身体強化魔法は使えないので、ヒカリの体力•筋力頼りではありますが、よく闘ったと思います」

 エッダはヒカリの行動を客観的に話し、報告した。

「風魔法は属性魔法の中でも速度が1番高い。そう理解しているわけではないのでしょうが……。風魔法の特長を自分なりに解釈し、弓の補助に当てたのでしょう」

 ヘルムートはエッダの見解を聞き、自分なりの感想を述べた。ラディウスは、

「ヒカリの魔法は全て独学なんだろう?」

 ヘルムートに確認する。

「はい。風話や空間魔法、浄化魔法は請われたので教えていますが、他は何もしておりません」

「やはり自由な発想がヒカリの最大の取り柄と言えるかもしれないな……」

 

 異世界人という事もあるのだろうが、ヒカリの発言にも行動にも、ラディウスを始めてとした面々は驚かされてばかりだ。

 

「それに多数の魔獣を相手にした時も、キュクレストに遭遇した時も、かなり冷静でした……。射程と射線を見極め、魔力残量を考慮して風話を送ってきましたから。最後は魔力が尽きていましたが、一人で闘いきった。まさかキュクレストを仕留めるとは思ってもいませんでした」 

 キュクレストは滅多に姿を現さない魔物だ。何に引き寄せられたのか、エッダも半世紀ぶりに姿を見た。

「救援がかろうじて間に合いましたが、結局全身を強打させてしまいました……。申し訳ありません」

「いや、よく手を貸さずに見守り続けてくれた。あの時の怪我自体は大したことがなかったしな……。本人も後日、礼を言いたいと言っていたぞ」

「……そうですか」

「また家に行ってやれ」

 そこでエッダの報告は終わった。

 

 彼女が退室すると、王佐は思案するようにふむ…、と声を漏らす。

「グスタフとヘナンの報告も合わせると、ヒカリは弓の方が得意そうですね。それにしても支援魔法の使い方は面白い……。それに異世界の言葉の短い詠唱も興味深いですね……。魔法は言葉ではなく想像力といいますが、言語も関係しないのですね……」

 ヒカリが時々呟いていた言葉は、どれもエッダには分からなかった。しかし言葉と同時に魔法が発動していたので、呪文らしいとは理解できた。

「今度、どういった意味かヒカリに聞いてみましょう。ノボルでもいいもしれませんね……」

 慰霊祭の時、ヒカリの護衛に就けたキールから、2人が興味深い話をしていたと報告を受けていた。

 その時は「何を好き勝手に話しているのか」と思ったが、こうも実現して魔法を見せられると、魔法師として無視できないものかあった。

「私も色々と参考にしましょう」

「そうか」

「それはそれとして……」

 ヘルムートは興味をもった愉快げな顔から一転し、急に表情を引き締めた。

「――少しは尻尾が掴めましたかね……」

「――そうだな」


 今回の実戦訓練は2つの目的があった。

 一つはヒカリの剣、弓、魔法、それぞれの実力確認。

 もう一つが内通者の炙り出しだ。


 ヒカリの実戦訓練は、ソルセリルのほんの一部の人間しか知らない。国内に本当に裏切り者がいるなら、ここで多少は動くかと考えたのだ。

「滅多に姿を見せないキュクレストが出てきたこと、グスタフの監督者とは思えない行動……。ここに繋がりがあるのかは分かりませんが、今後も目を光らせておくべきでしょう……」

 ヘルムートにとっても、グスタフの行動は意外だった。それまで裏切りとは縁遠いと思っていた彼の性格は、歪んだものになってしまったのか……。それとも最初から歪んでいたのか……。 

 ソルセリルの軍部の中でも大半を占める武装部隊を一挙に取り仕切るのがグスタフだ。そんな地位にいるからには、ヘルムートだけでなくラディウスの信認も厚いということ。そんな彼に何があったのか……。

 

 ヘルムートは先日の言動で、グスタフがヒカリに執着しているように見えた。最初からヒカリのことを快く思ってはいなかったが、特別扱いやヒカリの力そのものへの嫌悪から来るものだと思っていた。

 しかし――。

 

 ――女の温か味を強く欲する、か……

 

 グスタフは、ヒカリの存在がラディウスを変えていくのが気に食わないのか……。だから執拗なまでに手を貸さず、見殺しにしようとしたのか……?


 

 確かに、ラディウスの変化は隣にいてもよく分かった。

 あの日、グスタフと別れた後、ラディウスはヒカリの元を訪れた。客間で力なく横たわり青い顔をするヒカリを、ラディウスは静かな痛々しい顔で見ていた。

 ベット横の椅子でしばし付き添っていたが、動かない手を包み込む動き、指の腹で頬を撫でる所作……。その全てがラディウスの内情を物語っていた。

 

 ヘルムートはもう、だいぶ前から悟っていた。

 もはやヒカリはただの異世界人ではないし、ラディウスを殺し得る脅威でもない。

 この国を新たな道へと導く扇動者であり、主の人生の同行者となり得る人物だと。

 だから、アリウェ陛下がヒカリに誘いをした時、ラディウスがヒカリの婚姻を進めようとした事にかなり驚いた。

 

「アリウェ陛下の背中を押すのですか?」

 グラータ国王との交渉を報告した日、ヒカリが執務室を出ていった後の会話だ。

「何をそんなに驚く?」

 仰天した声を口の中で短く上げるヘルムートを見たラディウスは、そう言った。

「確かにヒカリが今進めている医療体制の話は、治療の根幹を大きく変えるものだ。だが相手は一国の王だぞ?簡単に投げていい話ではない。ヒカリにその気があるのなら、構わないだろう」

「――ラディウス様は、よろしいのですか?」

 ヘルムートは自分の想いにそっぽを向くのか、という意味合いで言ったが、ラディウスには通じなかったようで、

「良いと思うから言っているのだが?」

 そう返事が帰ってきた。

 いや、あえてそう言ったのかもしれない。次に続く言葉が、

「人間同士のほうが気心が知れるというものだろう」

 だったのだ。

 それを耳にしたヘルムートは、

「そこは執着を見せるところですよ」

 思わずこぼしていた。

 ラディウスは無表情に側近の目を見たが、何も言わなかった。


 ラディウスはヒカリを諦める。

 

 その事実はヘルムートにとっても軽くなかった。ここまで主を変えたヒカリは、彼にとってもただの人間ではなくなっていたからだ。

 きっとヒカリであれば、主を根幹から知って理解して寄り添ってくれる。そう考えていた。

 だから、

「ヒカリはしばらく仕事に専念するそうだ。婚姻そのものを今は考えていないらしい」

 夜会の後、ラディウスからそう聞かされた時は胸を撫で下ろした。自身でも驚くほどの安堵を感じていた。

「そうですか……」

「随分と安心した顔をしているな?」

「――そうですね」


 

 それから実戦訓練の話が出て、ヒカリを呼び出した。

 今度は彼女が沈んでいた。

「ヒカリは何かあったのか?」

 焼菓子を受け取った後、ラディウスはヘルムートに尋ねたが、彼もまた心あたりはなかった。

「さぁ……。めずらしく大人しかったですね……」

「夜会で色々とあっからな……。思うところがあるんだろう」

 その場ではそう言っていたが、そらからのラディウスは精彩を欠いた。鋭い判断も、指示を出す勢いも衰え、遅々として仕事が進まなかった。

 ラディウス本人にもその自覚があるようで、

「どうにも締まらん……」

 イライラとペンを机に投げていた。

 重要書類にインクが染み込んでいくのを見ながらヘルムートは、

「ケリをつけに行っては?」

 ペンを持ち上げて言った。

「ケリ?」

「その悶々としたモノを片付けてくればよいではありませんか」

「―――どういう事だ」

「そのままの意味です」

 ラディウスはジトッとヘルムートを睨んでいたが、何も言わなかった。


 一度席を外し執務室に戻ると、主の姿は消えていた。

「ようやく腰を上げましたか……」

 机に散乱したままの書類を整理すると、朝から全く仕事が進んでいない事が分かった。

 しかしヘルムートの心は笑んでいた。

 やっと自ら動いた。

 その事実が酷く嬉しかったのだ。


 数時間後、大遅刻して慰霊祭にやって来たラディウスがヒカリを抱えていたので、目を見張った。その顔は酷く落ち着いて穏やかに見えた。執務室で苛立っていたのが嘘のようだ。

 主の表情を見て、一欠片の真実を掴み取ったのだとヘルムートは分かった。

 ならば、自分がやるべきことも定まる。

「ヒカリも近くまで来なさい。誰か付けます」

「祭り会場に一人置くわけにいかないでしょう」

 そう。もう一人にはしておけない。

 地固めをしていかなくては。

 そのためにはまず、ヒカリを排除しようとしている者を炙り出し、突き止める必要がある。

 

 

 今回の実戦訓練の場で怪しい動きはあったが、これが全てというわけでは無い。国内に裏切り者が他にもいる可能性はある。それにラディウスの言う通り、複数の国家が関与しているとなれば、なかなか大元は見つけられないだろう。

 

 ここからは駆け引きと頭脳戦、情報戦になる。

 

 いかに絡まった糸を解いて、先を手繰り寄せられるかにかかっている。それに糸を掴んでも、途中で切れては意味がない。

 

「――本来、私はそういった事は不得手なんですが……」

 一人、自室の執務室で声を漏らした。

 本来は兄が得意とする状況だ。

「本当にどうして私が残ってしまったのか……」

 ヘルムートは在りし日の兄を思い出し、深くため息をこぼした。

 

 兄の笑顔の下の憂いに気づけなかった。悔やんでも悔やみ尽くせないしこりが、ずっと心の内にある。200年の時が経っても、遠くになることはあっても、消え去ることは決してなかった。

「こういう時、本当にあの人が必要だと思える……」

 ヘルムートはすっかり暗くなった窓の外、満天に輝く星々を見て、そう思った。

 

 

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