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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
特訓

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43/68

実戦訓練(剣)


 翌朝、メイドさんのノックの音で目が覚めた。

 いつの間にか太陽は高く昇っていて、眩しいくらいの朝日が室内を照らしていた。

 メイドさんは新しい服と朝食を持って来てくれた。昨晩から何も食べていなかったから、美味しそうな匂いが鼻をくすぐるだけでグゥ~とお腹が鳴ったので、顔から火が出るかと思った。でもメイドさんはノーリアクション。……守秘義務とかあるなら、ぜひ黙っておいて欲しい。


 今日はグスタフ、ヘナン師匠との剣の実戦訓練。

 剣は現地で渡されるから、どんなものかは分からない。普段は練習用の剣だから、実戦用はきっと重さが違ってくる。魔法で身体強化はできないから、あんまり重くないといいな……。


 朝食を終えて服を着替え、部屋を出ようとした所、ラディウスが顔を見せた。

「やる気充分のようだな」

 髪を一つ結びにしているのを見て、ニヤッと笑われた。

「昨日の今日だし、精神的な集中力は途切れてないよ」

「それは勇ましいな。体調もいいのか?」

「平気」

 あたしの顔色を見て嘘はないと判断したのか、

「ヒカリに良いものをやろう」

 ラディウスは革で出来たウエストポーチを取り出した。美容師が腰に着けているような小さめのタイプだ。

「中に体力回復ポーションが3本、治癒ポーションが1本入っている。あと指輪を収納できる場所もある」

「えっ?これって前にヤサルトさんと話し合ってたやつ?」

 

 ヤサルトは革職人で、騎士や兵士達用に、持ち運びに便利な鞄を一緒に考えたのだ。そろそろ試供品が出来る頃とは思ってたけど、凄くいいタイミング。

「一部の兵士も今回の討伐任務で使っている」

「そうだったんだ」

「使用の感想をまた話し合いたいそうだ」

「分かった。しっかり使ってみる」

 腰と腿にベルトがあるから、走っても屈んでもしっかりと固定出来る仕様になっている。これなら実戦的だ。あたしは早速装着してみた。うん、片手で蓋も開けやすい。

「ヒカリ。風話でも報告も怠るな」

「うん。じゃ、行ってくるね」


  

 外にでると、すでにグスタフとヘナン師匠は待っていた。 

 魔獣車はグスタフ、師匠と3人乗り。グスタフが座席を一つ占領しちゃうから、あたしと師匠が一緒に座ることになる。

「昨日意識なく城に帰還したと聞いたが、今日の参加は問題ないのか?」

 グスタフはいつものように腕組みしてあたしを見下ろし、尋ねた。

「はい。大丈夫です」

「言っておくが、手助けはせんぞ」

「そのつもりなので、お構いなく」

 あたしの返事が意外だったのか、グスタフは軽く目を見張っていた。

「……思ったよりは根性がありそうだな。まぁ、実際に見てみんと分からんがな」 

 まるで値踏みするような視線にさらされ、居心地が悪くなる。

 

 彼とは家に転居して間もない頃以降、会っていない。ラディウスを打ち負かしたあたしを好きじゃないとはっきりと言っていたし、きっと今でもそうなんだろう。それに、力の使い方についても意見の相違がある。

 あたしは人に向けては使わないと宣言、グスタフは遠慮なく使うべきだと言った。

 そう言う経緯で、あまり互いに近しい気持ちにはなっていない。


  

 魔獣車に揺られながら、しばらく居心地悪い視線に耐えていると、

「剣は慣れたか?」

 短く聞かれた。

「いえ……。練習用しか使ったことがないし、動く相手は師匠だけだったので……」

「昨日の弓も同じじゃねぇのか。練習では動く相手なんていないだろう」 

「ええ。でも弓は元いた世界でも少しやっていたので、勝手が分かりやすくて。剣は触ったこともなかったので……」

「ヘナン、こいつの上達はどうなんだ?」

 すぐ横にいる部下に尋ねると、師匠は淡々と答えた。

「剣筋はまだまだ弱い。切れ味も打突力にも欠ける」

「まぁ、お前は細っこいからな」

「しかし、それを魔法で補おうとしている。まだ未完成だが、発想は悪くない」

「……そうか」

 初めて褒め言葉を聞いたあたしは密かにジーンとしていたが、師匠の言う通り、魔法を剣術に乗せるのはまだ苦手。慣れない外を2つ同時にしなくちゃいけないからだ。

 弓は弓道経験が生きて、魔法を乗せる時に集中できるが、剣は剣術と魔法の2つを同時進行で操る必要がある。どうしてもどちらか、あるいは両方が拙くなってしまう。

 だから、弓よりも剣の訓練の方が気が重かった。

「ヘナンがそう評価するなら、多少は期待してみよう」 

 ヘナン師匠の言葉を聞いたグスタフは、あたしの力量に少し興味を持ったのか、目の色が変わった。

 理解し難いと思っていたあたしの正体を突き止めたいとでもいうような好奇の目だ。

「今日はゆっくりと見させてもらう」



 森に到着すると、早速剣を渡された。

 練習用の剣と重心の位置が違い、握った瞬間に軽い、と思った。それに剣先が細く、柄が太い。

 軽く素振りをして、いつものように剣に水を纏わせてみる。こうすると斬撃の威力が高まるから、腕力を補える。同時に衝撃を吸収するから防御にもなるのだ。


「ラディウス、森に着いたよ。これから中に入る所」

『そうか。無理はするなよ』

 かなりシンプルな風話のやり取り。

 でもかけられた言葉は温かくて、寄り添われている気がした。

「よし」

 気合を入れると、早速森の中に入った。

 

 昨日と同じ森なのだが、入り口が違うせいかツタが多く垂れ下がり、湿度も高いからアマゾンのジャングルを思わせた。

 足を踏み入れて5分もしないうちに、猪、狼魔獣の2匹と遭遇する。

 別魔獣が同時に出てくるのか……。 

 空間魔法で足止めし、水を纏わせた刃で真っ二つにする。

 うん、これくらいならなんてこと無い。


 

 さらに10分ほど進むと、今度は猿魔獣が出てきた。昨も上空から見たけど、対峙するのは初めてだ。

 猿魔獣は動きが素早く、尻尾の威力がかなり強い。まるでカンガルー並みで、自身の体を軽々と支え飛んで跳ねて、予想外の動きをした。動きを止めようにも素早すぎて、空間魔法のスピードが追いつかない。

「水壁」

 あたしは水魔法で水壁を作ると防御を固め、猿魔獣の攻撃を待った。しかしあたしの間合いが分かっているか、全然近づいて来ない。ずっと周りをチョロチョロしている。おちょくられているようで、だんだんとイライラしてきた。

 剣先が届かないので、

「水刃」

 水の刃を飛ばして遠距離にいる猿を攻撃してみる。

 少しかすめたけど、それだけ。

 それなら……。

 あたしは水魔法で細かな水刃を空中にいくつも作り出し、放った。数撃ちゃ当たる作戦は成功し、足と尻尾に命中してスピードが落ちる。その隙に空間魔法を展開、拘束、剣で真っ二つにした。

「ふぅ……」

 

 攻撃魔法になるから消費魔力が大きい水刃。あんまり使いたくなかったけど、こんなにも序盤で頼ってしまった……。やっぱり剣の方が苦手だ……。

 

 反省してると、また猿魔獣が出てきた。しかも3匹。 

 これはマズイ……。1匹でもあんなに苦戦したのに……!

 

 あたしは空に逃げた。少し距離を取りたかったのだ。が、そこにグスタフが立ちはだかる。大きな翼を広げて妨害してきた。

「上には逃げるな」

「邪魔はしないんじゃ?!」

「そうとは一言も言ってない。ゆっくりと見させてもらう、と言っただけだ」

 

 そんな……!手助けは期待してなかったけど、妨害は考えてなかった。

 

「お前は剣術の訓練をしているんだぞ?剣が届かない場所に逃げてどうする?」

 

 それはそうだけど……。

 どうしよう……。

 ラディウスかヘルムートに伝えた方がいいのかな……。

 

 あたしは躊躇した。訓練だし、グスタフの言い分にも一理ある。だからラディウスに助けを求めるのは気が引けた。

 

 下にいる猿魔獣を見る。

 まだ5メートルほどしか昇ってないけど、ここまでは来られないらしく、歯を見せて威嚇している。

 今は上を取っているあたしの方が有利。

 スピードの速い風魔法で、風の斬撃を浴びせようか……。

 でも、水魔法の方が適性があるあたしは、風魔法での攻撃が苦手だ。

 消費魔力が大きいけど………水刃で遠距離攻撃するしかない。

 

 あたしは剣先に水を薄く纏わせると、剣を振ると同時に放った。連続して雨のように水刃をお見舞いすると、かなりのダメージを与えることに成功し、猿魔獣の動きが鈍る。そのまま地上に降りて、剣の斬撃でとどめを刺した。

 

 ――なんとか出来た。

 

 ソエイラの指輪を見ると、すでに石はブルー。魔力残量は半分しかない。

 まだ午前中なのに……!

 これ以上、攻撃魔法は使えない。午後になる前に魔力が尽きてしまう。ただでさえ苦手な剣術。魔法の補助が無いのはかなり心許なかった。

 魔法を使わないとなると、剣技のみで挑むか、あたしの力を纏わせて戦うしか方法がない……。

 魔力の温存を考えるなら、断然後者がいい。出来るだけ水壁で防御して、力を使って確実に仕留めよう。

 あたしは覚悟を決めると、さらに奥に進んだ。


 

 また程なくすると、魔物と遭遇した。

 今日は歩くとすぐに出会うな……。

 

 人型魔物は男性の姿で、身長が低く細身。でも筋肉質であることはすぐに見て分かる。上半身裸だから。

 目が合うとあからさまに威嚇して「ギャーー」と唾を撒き散らせながら大きく吠えた。そして炎槍を形成するといきなり投げつけてくる。かなり好戦的だ。

 あたしは水壁で防御し、相手の出方を見る。次々と炎槍を作っては投げつけるを繰り返すので、森は煙を上げ始めた。

 このまま火事になるのもまずいが、炎で酸素が減っては呼吸ができなくなるが困る。

 

 水壁に炎槍が当たるとジュ……と音がするが、槍を消すには至らない。

 相手の魔法が強いのだ。

 あたしはまた空間魔法で上空に上がったが、ほんの数メートルで先ほどと同じく、グスタフが立ちはだかる。

 

 火事になっても逃げるなってこと?!

 

 背後に炎槍を受けて、水壁がジュ…、ジュウ…と蒸発していく。炎の威力を上げているようで、蒸発の音が大きい。

 苦い顔でグスタフを見るが、涼しく受けながされた。

 

 仕方なく地上に戻って男と対峙する。剣を構え、水を纏わせて薙ぎ払うが、向こうの炎槍の数が圧倒的に多く、あっという間に辺りはメラメラと燃え始めた。

 あたしは暑さと息苦しさで混乱し始めた。

 

 どうする……?このままじゃ逃げ場も無くなる……!

 

 そこへ、

『ヒカリ、状況はどうだ?』

 ラディウスの風話が届いた。

『森に入って連絡がないが……』

「ラディウス?!ちょっと今手一杯!」

 あたしは炎槍をかわすことに集中しており、叫ぶように言い返した。

『まずい状況か?』 

「炎使いの魔物と交戦中!」

『炎?』

「上半身裸のやつ!」

『サラマンダーか?!』

 驚いて息を呑むのが分かった。

 サラマンダー?って火を吹くトカゲじゃないの?

 あたしの記憶違い?

『今そいつとやり合ってるのか?!』

「そうだって!」

 いよいよ黒煙で息が苦しくて、あたしは空間魔法で自分の鼻と口を覆うと浄化魔法をかけた。なんとか清浄な空気が肺に入ってくる。

『サラマンダーは獰猛だ!基本的には遭遇しても闘わないんだぞ?特に1対1では!グスタフは何してる?!』 そうなの?

「飛んで上から見てるけど?!」

『ヒカリも逃げろ!とにかくサラマンダーの視界から消えるんだ!』

「上空に逃げようとしたよ!でもグスタフさんが――」

 そこでサラマンダーが一際大きな炎槍を形成したので、言葉の先を失った。炎の色が青い……。

 

 ――あれはマズイ。

 

 あたしはとっさに水壁を5重に形成した。

 そこへ青い炎槍が飛んでくる。水壁にぶつかるとブクブクッ、シュー……と蒸発する音がした。明らかにこれまでより温度が高い。水壁の中の気温も上がり、今度は暑さで息が苦しくなる。

 ずっとラディウスが何か言っていたが、あたしは聴覚を遮断していて、目の前の戦いに集中していた。話す余裕も聞く余裕もない。

 水壁は青い炎槍の攻撃であっという間に3層破られた。 

 残り2層……。 

 あたしは覚悟を決めた。

 水壁が破れたと同時に力を剣に纏わせよう……。

 そして距離を縮めたら、サラマンダーに力をぶつける。

 考えている間にも青い炎槍は飛んできで、

 ブクブクッ……バリン!

 

 一層が破れ、残り1枚……。

 男がまた炎槍を形成する。今度は青白色……。かなり高温だ……。大きく振り被って、むちのように上体をしならせている。

 凄い勢いで飛んできた炎槍は壁に激突し、バリン!と防御が砕かれる。衝撃で空気が震えた。でも覚悟してたから、すぐさま横に飛んで炎槍をかわす。転がるようにして木陰に隠れたら、

「エルマージ」

 指輪を外した。

 革鞄に納めると、すぐに力を発動させ剣に纏わす。昨日と同様、上半身だけに力を集中させた。

 

 サラマンダーは隠れた木を目がけて炎槍を放ってきた。周囲が火事になっていて暑く、煙で視界が悪い……。

「ゴホっ……」 

 空間浄化魔法が消えたので、煙で呼吸も苦しい、目も痛い……。

 でもそんなこと言っていられない。

 

 あたしはサラマンダーに突っ込んでいった。炎槍は剣で薙ぎ払う。力を纏わせているから、難なく槍は回避できるけど、とにかく熱い……。数回薙ぎ払い続けるとなんとかサラマンダーに5メートルまで接近出来た。

 ここまでくれば剣先からでも力が届く――。

 

 そう思ったがしかし、サラマンダーの武器は炎槍だけではなかった。なんと手に本物の槍を持っていたのだ。

炎ばかりに気を取られていたあたしは、ここまで接近しないと全く気が付かなかった。

 サラマンダーは槍を構えるとあたしの左肩めがけて刺突しとしてきた。

 熱く鋭い痛みが肩を貫く。

 あたしは思い切り叫んで後ろに倒れた。

 サラマンダーはその隙を逃さず、すぐに次の刺突を繰り出す。本能的に剣で槍を薙ぎ払うと、剣が見事に折れた。折れた剣先が宙を舞って飛んでいく。

 サラマンダーは反撃に一瞬怯んだが、すぐに3回目の刺突で攻撃してきた。

 あたしは武器を失っているから、簡単に腹部を刺された。

 かなりの腕力で刺されたので、槍は腹部を貫通して地面に突き刺さり、あたしは地ごと縫い止めた。

「ゴボッ」

 吐き気と共に吐血して、血の味が広がる。口腔から溢れた血が口角から流れた。

 血が点々と地面の葉を濡らす。

 

 サラマンダーは歩みを進めて来ると、地面に刺さった槍を抜こうとグイッと引いた。しかし深々と地面に突き刺さった槍は少し動いただけだった。

 あたしはこの隙を逃さなかった。

 刺さっているなら、この槍もあたしの体の一部……。

 腹部の槍を伝わせて、力をサラマンダーにぶつける。

 力強く槍を持っていたサラマンダーは、ビクンと痙攣すると瞳孔を開く。瞳がゆっくりと暗転し、あたしの力に犯されて立ったまま絶命した。ゆっくりと体を傾けるとドサッと地面に倒れる。

 

 ――終わった……

 

 そう実感すると、周囲が炎に包まれていることにやっと気がついた。視界一面が炎に覆われ、いつの間にか火の海になっている。

 随分と熱くなっているのに、全く気が付かなかった。黒煙も炎も凄いが、あたしは槍で縫い止められているから動けない……。

「ごほっ、ごほっ、ゴボッ」

 咳をするとまた吐血した。

 

 魔獣の森で猪にやられた時ほどじゃないけど、あの時と違って今回は動けない……。

 ラディウスがくれた治療ポーションも頭をよぎったけど、そもそも腹部に刺さっている槍をどうにかしないと意味はない。そして、あたしは自分で槍を抜けない……。

 

 何度死にかけるんだろ――。

 日本にいた頃は、こんなにも大怪我をしたことなかったのに。


 火が地表や木々を急速に伝わっていく。

 煙や炎が空高く立ちのぼり、あたしからは空の色が見えない……。

 パチパチと木が、葉が、燃えて爆ぜる音がする――。

 どうしよう……。指輪を取り出して風話で師匠かグスタフに助けを求めようか?

 でも煙と炎であたしが見えないかも……。

 

 つらつらと考えていると、

「おい」

 声がしたので視線を動かすと、グスタフがあたしを見下ろしていた。救援に来たとは思えない静かな冷たい目だった。

「助けて欲しいか」

 

 この状況でわざわざ確認するの……?

 

「このまま死ねば、力はお前から消えるぞ」

 それはそうだけど……。

 あたしは死にたいわけじゃない。

 そう言いたくて、顔を動かした。口を開く前に、

「それは嫌、か」

 あたしの目が強く死を否定していたのだろう。グスタフはそう言うと、槍に手をかけた。

「引き抜いた衝撃で死ぬなよ。取り去ったらポーションをかけてやる」

 頷くと、腹部からズブリ……と槍が引き抜かれた。

 あたしはまた吐血して、視界が暗転しかける。すかさずポーションをバシャッとかけられた。

 瞬時に怪我は完治し、遠のきかけた意識が現実に繋ぎ止めらる。

 しかしズキンズキンと痛みの余韻が血管を這って、腹部から全身を駆けた。まだ吐き気がする。頭も痛い。

 でもその痛みがあたしの意識を引き止めていたので、なんとも皮肉だ。


  

 無理やり回復させられた体は、昨日と同じく、強い疲労感を訴えていた。また指先も動かせない。

 グスタフはあたしを抱えると、翼を広げて空に舞って炎から逃れた。上空でも頬に炎の熱さを感じる。清浄な空気の風も同時に感じ、息が楽になる。

 あたしはそっとグスタフの顔を伺い見る。その顔は、やはり表情が無かった。

 

 この人は本当に味方なんだろうか……。

 

 ラディウスに対しては臣下としての恭しい態度を感じるが、あたしに対しては敵意にも似た冷たさを感じる。

 そう。殺意ではなく敵意だ。

 主のラディウスを負かしたからとか、力の使い方で意見が合わないからとか、そんな理由だけでここまでの敵意になるんだろうか……。他にも何かありそうな気がする――。


 グスタフは魔獣車まで帰ってくると、あたしに水を差し出した。

「口の中の血を拭っておけ。そのあと体力回復のポーションを飲め」

 あたしは震える手をなんとか伸ばし素直に水を受け取ると、口をすすいだ。鉄の味が消えて吐き気も幾分かよくなる。

 そしてウエストポーチからポーションを取り出し、1本をグイッと飲み干した。昨日からお世話になりっぱなしだ。

 やることを終えたら、そのままぐったりと地面に横になり、ポーションの効きめが出るのを待つ。

 このまま寝てしまってもいいかな……。


 安心できる場所まで避難できたので、かなり力が抜けた。自分の体が地面と一体になったかのような重だるさ……。呼吸も浅く速い。まるで高熱にうなされた時みたいに……。とてもじゃないが、起き上がれない。

 知覚は半分眠ってしまい、ぼんやりとしか音は入って来ない。自然と瞼が閉じて微睡んでいると、

「おい、起きているか?」

 グスタフの声で意識が引き戻される。

 重い瞼は開くことを拒否したので、わずかに薄目を開けた。

「陛下がお前と話したいと言っている」

 グスタフはあたしの腰にあるウエストポーチに手を入れるとソエイラの指輪を取り出し、適当に指にはめてくれた。途端に、

『ヒカリ!聞こえるか?』

 ラディウスの焦燥感ある声が飛び込んできた。

「うん……」

 虫の羽音のほうが大きいのではないか、という程度の声で返事した。

『おい、聞こえてるのか?』

 どうやら届かなかったらしいので、頑張って、 

「聞こえてる……」 

 唇を動かした。弱々しく、紛れもなく生気がないと分かる声音だった。

『――また怪我したのか?』

 ラディウスの声に緊張が走ったのが分かる。

「うん……。でも………もう治った…………眠い……」

『おい、とにかく話し続けろ!眠るなよ!』

「それは……無理――」

 だって、こんなにも眠い……。

『意識を保て!ポーションは使ったのか?!』

 

 なんでそんなにも慌ててるの?

 グスタフから経緯を聞いてないのかな?

 それにいつからこんなにも心配性になったんだっけ?

 

 色々と疑問は浮かんだけど、どれも口に出来なかった。もう瞼も開けていられない。

「ちょっと…………寝る……から――」

 詳しいことは後にして――。

 

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