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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
特訓

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42/73

底の残像


 風が吹き込んでいる。

 温かい風で気持ちがいい――。

 

 ……………………。

 

 何かが聞こえる気がしたが、今は風に当たっていたかった――。

 体がフワフワして、まるで水中にいるかのように心地がいい――。


 …………カ…………い…………リ……。


 何か聞こえる――。


 …………ヒカ…………お…………ヒカリ……。


 あたしを呼んでるの――?

 ここから離れないといけないのかな?

 こんなにも気持ちがいいのに……。そう少し温かさを感じていたい……。


 ヒカリ…………いっ…………かっりし……!


 随分と叫んでいる気がする――。

 その声があまりにも一生懸命な気がして、目を開けようとした。

 でも体は酷く消耗しているのが、全然いうことを聞かない――。夜勤明けで熟睡している所を、無理やり起こそうとしている感覚に似ていた。意識は瞼を開けようとしているのに、体がそれを拒否している……。

 瞼が駄目なら指はどうだろう……。

 多少は動かせるけど、まるで自分の体じゃないように痺れていた。あまりにも感覚が曖昧で、あたしは不安になってきた。

 

 なんだかおかしい……。早く起きてよ……。

 ほら――

 指を動かして……瞼を開けて…………。

 

 強く覚醒を望むと、半睡の状態が破れ、徐々に声が声として耳に入ってきた。

「ヒカリ……!ヒカリっ!」

 

 あたしはようやく瞼を開けることに成功した。

 でも焦点が合わず、まるで眼鏡をかけている人が裸眼になったかのようにボヤケている。

「ヒカリ?分かるか?聞こえるか?!」

 必死に喋っていたのエッダだった。

 

 分かるよ――

 

 そう言おうとしたけど、唇が動かない。縫い止められたようにくっついている。

 だから今度は唇に意識を集中させた。

 するとベリッと音がしたんじゃないかと思うくらいに重く、ゆっくりと開いた。

「――エッダ……」

 自分では声を出したつもりだったけど、それは声というより空気が漏れただけの音でしかなかった。

 

 さっきから全然、体が思うようにならない。

 あたしは瞼をぎゅっと閉じて、数秒してからまた開けた。

 ブレた視界が少しマシになって、エッダの顔が飛び込んでくる。

「ヒカリ!しっかりしろっ!」

 いつものクールな顔が随分と様変わりし、険しい。

 

 そんなにも必死なんて……。

 

 あたしは指先を動かした。さっきよりも痺れはマシになり、握ることができる。自分の手の平の温もりを感じると、思い出したかのように急に感覚が蘇った。

 握っているのはたしかにあたし右手だった。

 声もちゃんと声として聞こえるようになると、始めて焦点が合ってエッダの瞳を見ることが出来る。

「エッダ……」

 今度はちゃんと自分の声に近いものとして発することに成功した。

「ヒカリ!分かるか?聞こえるな?」

 あたしは頷くと、

「分かるよ……」

 そう答えた。

「ヒカリの意識が戻った!……あぁ…………ああ……分かった」

 誰かと話しているらしいやり取りを聞く。

 思考はまだ微かにベールがかかったようだったけど、どうやら気絶していたらしい、となんとか理解した。

 あたしはズボンのポケットを探る。

 中で硬いものに指先が突き当たり、手で確認する――。

 良かった……指輪だ……。ちゃんと入っていてくれた。

 落下中に落としたらどうしようかと思った……。


「ヒカリ、このまま車まで連れて行く。吐き気はあるか?」

「……ない」

「痛むところは?」

「……多分、ない……」

「よし。なら移動していくぞ」

 エッダは風魔法であたしの体を搬送してくれた。

 ずっと心地良いと思ってたのはこれか……。

 温風に包まれているようで、すごく温かい……。

 目を閉じるとまた心配をかけるから、なんとか瞼は開けていたけど、本当は微睡んでいたかった。

 

 どれくらいの時間、その欲望と戦っただろう。抗うために手足を動かして、自分の体の感覚を取り戻していると、やっと森を抜けて魔獣車に到着した。

「起き上がれそうか?」

 あたしはなんとか腕を持ち上げられるまでになり、ゆっくりと頷く。

 エッダは風魔法を解除してあたしを地面に下ろすと、立ち上がるのに手を貸してくれた。重力は恐ろしく重たくあたしにのしかかってきた。

 こんなにも体は重かったかな……?

 やっと魔獣車に乗り込むと、すぐに座席に横たわる。こんなに疲れたのは生まれてはじめてだった。

「ヒカリ、ポーションを飲んでおけ。少しは体力が回復する」

 手渡された瓶をかろうじて持ち、口に運ぶ。

 ポーションを飲んだのは始めてだったけど、匂いのわりには甘かった。一本を飲み切ると体がポッポと温かくなり、また眠気に襲われる。

「エッダ…………少し…………ねる……」

 それだけ言うと、すぐに瞼は落ちた。


            ◆

  

 次に目覚めると、知らない天井が見えた。

 顔を横に向けると、見覚えのない広い部屋が見える。豪華な部屋で、あたしはカーテン付きのベットに寝ているらしかった。そして天井と思ったのは天蓋ベットのフレームとカーテンで、まるでプリンセスが使うようなエレガントスタイル。布団はふっかふかで、クッションは大きくてもふもふ。

 どう考えてもここは城だ。

 ゆっくりと体を動かしてみると、随分と軽くなっている。腕を持ち上げてみるけど、重力も感じない。試しに上半身を起こしてみると、軽い。手も指も痺れが無くなっていた。

 凄いな。こんなにも良くなるなんて。ポーションのおかげかな?

 

 そんなチェックをしていると、いつからいたのか、物音に気がついたメイドさんが無言で立ちあがった。人がいるなんて思わなかったから、あたしは心臓が飛び出るくらいに驚いた。

 彼女は一言も発せず、部屋を出て行ってしまう。

 あたし、メイドさんとろくに喋ったことないんだよね……。まぁいいけどさ……。

 

 窓を見るとカーテンが閉められているから、きっと夜だ。あたしはどれくらい寝ていたんだろう?

 とにかく喉が渇いていたから、部屋を見渡して水差しを発見すると、のそのそと起きて飲みに行った。動きには全く支障がない。

 立ち上がって気がついたけど、着替えさせられたのか、ネグリジェを着ている。ラベンダー色で胸元、袖、裾がレースとフリルで女子力全開だ。

 

 一杯を飲み切ったところでノック音がした。

「はい」

 返事を知るとラディウスとヘルムートが入ってきた。2人は入り口のすぐ近くで足を止めると、その場で話し始めた。

「やっと起きたか。どうだ、調子は?」

「平気。体が軽くなってる」

「体力回復のポーションです。ヒカリは随分と消耗していましたから。異世界人にも効果があるようで良かった」

「ええ。ありがとうございました」

「今日はこのままゆっくり休め。この部屋に泊まりだからな」

「う、うん……」

 

 10メートル以上離れて会話を繰り返す。

 さすがに違和感があるんだけど……。

 なんか遠くない?

 

「あの……2人とももう少し奥に入ったら?」

「独身女性の寝室に、夫以外の男性が入るわけにはいきません」

 

 あぁ……そう言えばそんな決まりがあるんだっけ?

 でも、それを言うなら一軒家の中はいいの?

 それに以前マンションでは騎士もズカズカ入ってきてたけど……?違いが分かんない…………。

 

「明日は討伐への参加は見送りますか?まだ任務自体は続きますから、数日ずらす事は可能ですよ?」

「いえ、大丈夫です。一晩寝れば平気です」

「そうですか。ならば、予定通りにいきます」

「はい」

 ヘルムートは一度部屋を出ると、廊下にいる誰かと離しているようだった。メイドさんかな?

「ヒカリ、ちょっとこっちへ来い」

 ラディウスに呼ばれ、入り口まで行くと、

「手を出せ」

 両手を差し出すと、その上にソエイラの指輪が落とされる。

「魔力は補充済みだ」

「ありがとう。よかった……。服が変わってたから、どこにいったのかと思ってた」

「ちゃんと回収してある。当然だろう」 

 指に指輪をはめる。もう見慣れたエメラルドグリーン。石は部屋の照明に反射して緑に輝いている。今や指にコレがないと、少し落ち着かない気がした。 

「――ヒカリ」

「ん?」

「今日はよく耐えた。偉かったぞ」

 初めてラディウスに褒められた。しかも微かに微笑んでいる。

 あたしはそれに驚いて、数拍息を忘れていた。

「――う、うん」

「明日も期待しているが、今日のような無理はするな。あと、ちゃんとポーションくらいは持っていけ」

 小さな容器を渡される。ラディウスの指先があたしの手の平に触れると、そんなわけないのに、ジュと熱を感じた気がした。

「魔力がなくても体力回復くらいは出来る。討伐に限らず、外出する時は持っておけ」 

「分かった……」


 

 2人が退室すると、あたしはでっかいソファに身を沈めた。もう体は疲れていないはずなのに、座ってしまうと重く身体が沈み込んだ。ソファがふかふかだったからじゃない。

 

 右手にはめた指輪を見る。

 ラディウスの魔力で満たされた証のエメラルドグリーン。その輝きを見ていると、つい先程見たラディウスの笑顔の残像が思い起こされた。

 それは瞳を閉じても目の裏にいて、陽光を受けたかのように細かく輝き、眩しく光った。そして何度瞬きしても、ぎゅっと目を閉じても決して消えずに残り続けた。

 

 あたしはその理由が分からなくて、急に頭が酷く回らなくなったと感じた。

 ただ、頭は理解できていないのに心だけはその残像に嬉しく震えていて、酷く優しい気持ちになる。

 こんなことは初めてだ。

 

「いったい何なの……?」

 

 慣れない魔法を連発したせいか。

 気絶して身体が変わってしまったのか。

 プリンセスみたいな部屋にいるせいか。

 ネグリジェなんて女子力が上がる物を着たせいか。

 

 どれも違って、どれも合っている気がした。

 

 気持ちをまるっと呑み込むのが困難で、あたしは考えるのを放棄した。

 心の奥底にグイグイと押し込んで、

「たま今度ね。ゆっくり考えるからさ」

 と蓋をする。 

 そうでもしないと、苦しかったのだ。


 嬉しいのに苦しいんだ……。

 

 あたしはさっさとベットに潜り込むと、目を閉じて寝ようとした。

 夢を見てしまおう……。

 そうすれば少しは晴れた気持ちになるはずだ……。


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