実戦訓練(弓)
実戦訓練(弓)
訓練当日。
早朝、城から迎えが来て、あたしは討伐場所となるゲバルトの森に魔獣車で向かった。
この森は魔獣の森より安全で、普段は薬草やキノコ、山菜採りにみんなが入っていくような森らしい。魔獣も魔物もいるけど、普段は森の奥地にしか出ないから、比較的安全に入れるのだとか。
「夏のこの時期は、毎年のように討伐隊が組まれている。新人の訓練にもってこいだから、新兵やその指導者が担当する仕事だ」
つまり、エッダやグスタフといったお偉いが担当する仕事じゃないってことか。
「エッダも新人の頃やったの?」
「まぁな」
「討伐数を競ったりするの?」
「いや、オレはやってない。一部の奴らはやっていたがな。任務内容にもそういった目標数はない」
「なら、どうやって任務成功ってわかるの?」
「感知魔法だ。魔獣や魔物の気配が森の奥に引っ込み、時間がたっても感知されなければ終了になる」
なるほど……。
「今回はヒカリ個人の技術確認だ。そこまで気負わなくていい」
「分かった」
あたしに課せられる事は多くない、という事なんだろう。
「ただやたらに森を枯れさすなよ?」
「そこはわきまえてるよ」
討伐隊の皆さんは、すでに数日前から現地入りして任務に当たっている。
あたしは本当にちょっと参加するだけ。しかも6時間程度しか働かないという待遇。討伐隊の皆さんは昼夜関係なく戦うのに。
弓は森の中ではかなり不利だ。森は木々が視界を遮り障害物となるため、長距離射撃よりも近・中距離での奇襲が主となる。使う弓自体も威力と速射性を両立した弓が好まれる傾向にあるが、そこは魔法の世界。みんな身体強化魔法や風魔法で補っているらしい。スタミナ回復の急速回復魔法なんてものもあるらしく、長距離戦も可能。
一方で限定的な魔法しか使えないあたしは、身体強化魔法も急速回復魔法も出来ない。純粋に自分の体力、筋力が命綱。しかも指輪の魔力残量とにらめっこする必要がある。
この日のために、色々と便利そうな魔法を考えたけど、うまく使えるかな……。
森に到着すると、エッダは少し距離をとってあたしを見守れるように離れた。
当然、他の兵士はいない。エッダが離れてしまえば、あたし一人きりだ。
「ヘルムートさん、目的地に着きました」
『では、さっそく始めてください。怪我などしたら早急に知らせるように』
「はい」
風話で簡単なやりとりを済ませる。長距離風話は電波が悪いラジオみたいに時々雑音が入るから、いつもより聞き取りにくかった。
あたしは早速弓を取り出してあたりを見回す。
夏だから葉は生い茂ってかなり視界が悪い。魔力感知も使えないから、魔獣や魔物がどこにいるなんて分からない。
まずは地形を確認しよう。
あたしは周囲を歩き回った。背の高い木が多く、岩場もなければ坂道もない平坦な地面。幹の太さはそこまでない。たまに開けた場所に出るけど、弓を射るには枯れ木が邪魔をする位置にある。川はないからぬかるんでいる場所は少ない。
ざっと見て分かったのはそんな所だ。
あたしは耳を済ませる。視界が悪いから耳の方が頼りになった。
森に入ると、魔獣や魔物達の魔力の圧を少し感じる。いつ襲われてもおかしくない状況で、緊張感が高まる。
カサッと音がして見てると、小型のウサギのような魔物が様子を窺っている。目が緑だ。おびえたようにサッと木の葉の中に消えた。
次にお目にかかったのは、あたしを殺しかけた猪もどき魔獣。これはすぐに害獣と分かったから、素早く弓を構えた。射線が通る場所を見極めて、素早く放つ。魔獣だけあって、通常矢は弾かれた。
やっぱり威力がいるか。
猪魔獣は突進してきたけど、風の壁を作って防御した。ダン!と文字通り猪突猛進に防御壁に激突している。その隙に足に結界魔法をかけて四肢を拘束すると、
あたしはまた通常矢を射た。
「剛射」
今度は風をのせてスピードアップを図る。近距離では簡単に頭に命中し、猪魔獣は倒れた。
まずは一匹。
次に現れたのが狼タイプ。かなりの剛毛で、ハリネズミみたいにトゲトゲしていた。図体も3メートルはありそう。
真っ赤な目を細めて威嚇されると、皮膚がピリピリした。でも力は使わず、あたしはそのまま威嚇の痛みを受ける。
狼魔獣は涎をダラダラと垂れ流して大声でガウガウ吠えた。どうやら唾液には毒があるのか、地面の落ち葉がジュ……と嫌な匂いを出して溶けた。
触れちゃダメだな……。
狼魔獣はグッと姿勢を低くすると突っ込んできた。かなり足が速い。風壁を作ったけど猪と違って図体がデカいから、ぶつかった程度じゃよろめきもしない。そのまま爪を立てると風壁にヒビが入る。
ただの壁じゃダメだ。もっと強度を増さないと。
バリン!と音を立てて魔法が破られたけど、あたしは慌てることなく全方位の二重壁をイメージして、
「風壁」
唱える。
またたく間に円形のシールドが形成された。思った通りの風壁ができて安堵していると、また狼魔獣はガリガリと爪を立てる。
あの魔法が使えそう……。
あたしは狼魔獣の口と鼻を目がけて空間魔法を張り、
「水槽」
水で中を満たした。
途端に呼吸が出来なくなった魔獣は苦しみ、ゴボゴボと泡をだしている。
その隙に、また風を乗せた剛射を射る。頭のド真ん中を貫き、狼魔獣は倒れた。
「ふー……」
思ったより冷静に戦えている。良かった。
また少し森の中を歩くと、次に現れたのがオーク。アニメでしか見たことない豚顔魔物。
うわぁ……。臭い……。
本物の豚はもっと綺麗好きなのにな。
オークは人間とさほど身長が変わらなかった。
斧を持っているから、近距離攻撃に注意。
オークは「グオーッ」と雄叫びを上げると、斧を振りかざして走ってきた。あたしはオークの足元に幾つもの空間魔法を置く。思った通り、あたししか見ていないオークはそれに引っかかって転倒した。
その隙に矢を放つ。
見事背中に刺さりビクン、と巨体が跳ねたが、それだけだった。
致命傷にはならない矢をつけたまま、オークはまた斧を振りかざす。
再び小さな空間魔法で転倒させると、今度は風を収束させて矢の形状にした風矢を放った。通常矢よりも深々と刺さるけど、これも致命傷にはならず。
仕方なく狼魔獣と同様に、水を溜めた空間魔法で窒息させ、通常矢と風の矢の2連射を近距離から放った。
見事心臓を射抜いたのか、オークはやっと倒れた。
ふぅ……オークって頑丈で単純なんだな。
そんなことを考えていると、仲間のオークが3人もやって来た。先ほどの雄叫びに誘われたらしい。
これには焦った。
相手が複数となると不利だ。
あたしは、
「足場」
唱えて、空間魔法で空中に足場を形成すると空に逃げた。
オークは飛べないからこうすれば安全。
でもそのまま逃げるつもりはない。
枝や葉が邪魔にならず、射線が通る位置を決めると、
「拘束」
一度に3匹の足を空中魔法で固定し、動きを封じる。
そのまま「風矢、3連射」唱えて瞬時に放つ。3本の風矢が高速で飛んでいき、オークの頭に命中する。
それを3回連続で行うと、オークは全員倒れた。
「はぁ……」
空の足場の上で一呼吸つく。持ってきた水筒の水を飲んで、束の間の休憩をとった。
事前に考えていた魔法は通じた。田岸さんの漫画とゲームの知識がかなり役立っている。
「本当に、今度良いものを贈ろう……」
こんな調子で魔物と魔獣に次々と対峙した。さすが繁殖期とあって、数が多い。一番倒したのはオークで、次が獣型魔獣。オークはメスっぽいもの見かけたけど、圧倒的にオスが多かった。
2時間もすると、
「ヒカリ、そろそろ休憩だ」
エッダから風話がきた。
指示された場所に戻ると、有難いことに食事を作ってくれていた。パンとスープ、鶏肉らしきお肉が湯気をたてている。
凄い!温かいごはんだ!
野外だから携帯食料かと思っていたので、かなりテンションが上がった。
「これ、全部エッダが準備したの?」
「オレ以外の誰がここにいるんだ?」
「そうだよね。ありがとう、エッダ。まさか温かいご飯が出てくるとは思ってなかった!」
あたし達は座って昼食をとった。ちゃんと襲われないようにエッダが防護結界を張ってくれたから、安心して休憩できた。
「ヒカリ、午後はこれを使ってみろ」
エッダから渡されたのは粉。
「何、これ?」
「魔獣を呼び寄せる粉だ。視界が開けた所で撒け」
「えぇ……。もっと数をこなせってコト?」
「ああ。ヘルムートからの指示だな」
あの人は鬼か?
「今のところ、ヒカリが同時に相手した最高数は4だ。魔獣なら、夜になると20匹出てくることもザラにあるからな。一対多数の経験もしておくといい。戦闘方法は任せる」
「…………分かった」
食事を終えると弓と矢のチェックをして、また森に入った。
言われた通り、視界が開けた場所を見つけて辺りを確認する。
地面は乾いてるけど、砂埃がする。ゴツゴツした小さな石が沢山あって転びやすそう。
枯れて今にも倒れそうな木が何本もある。雷で火事にでもなったのか、枯れ木はどれも煤けていた。
よし、ここにしよう。
足場魔法で空に上がると、早速粉を撒いた。風が少ないので粉はサラサラと足元に降っていく。鯉の餌見たいな独特な匂いがした。
これでいいのかな?
魔獣が集まってくる間に作戦を考える。
今度はどうやって戦おうか。
多数相手なら『水槽』は不向きだし、転倒させる小賢しい罠も効かない。一番はあたしの力を矢にのせて放つことだ。それも複数本。
でもなぁ。矢の数に限りがあるから、矢が尽きれば終わるんだよね……。
力を使うなら指輪を外さなきゃいけないから、すべての魔法が使えなくなるし……。
今日は弓に力をのせる方法は無理かもな……。あれは一体に狙い定めて射ることに向いている。
今日は徹底して魔法を使うことに集中してみるか……。
そんなことをつらつら考えていると、魔獣が群れになってやって来た。
狼魔獣、猪魔獣、犬、トカゲ、キリン、猿もどき……。
「お、多くない……?」
初見の魔獣もかなりいる。
うーん……。毒を使う狼とキリンが面倒そう。
「送風」
あたしは毒霧対策として、魔獣達の周りの空気を風魔法で操作した。彼らがいる空間だけをぐるぐると空気が循環するようにして、毒が吐かれても自分たちに返っていくように仕掛ける。
よし。やるか。
あたしは弓を構えると上空から一方的な攻撃をした。
とにかく風矢を連続連射し、雨のように浴びせ続ける。
風矢は最高4連射まで可能とわかった。5連射もできるけど威力が落ちる。
連続攻撃はかなりの魔力量を消費した。あっという間に指輪の色が黄色になる。
立っている魔獣がほとんどいなくなると、あたしは攻撃を止めた。
見下ろすと、ほぼ全ての魔獣が死んでいる。
立っているのは2、3匹。
「これくらいなら剛射でいけそう……」
矢に風をのせて狙いをつけて射る。
あっという間に全滅して、あたしは大きく息をついた。
良かった……。なんとか指輪の魔力が保った――。
毒霧はなさそうだったから、地上に着地する。
ざっと見ても30匹は死んでいた。
「疲れた……」
エッダに風話で知らせようと、
「エッダ、今終わっ……」
言いかけた時、一際大きな躯体が森の端で不気味に揺れた。
ナメクジのようにゆっくりと近づいてくる。見かけは蛇の魔獣。でとムカデのように沢山の人の腕を持っていた。しかも先端に人間の顔があり、真っ赤な目をしている。
「な、何……これ」
もはや妖怪じゃん!
森にはこんなモノまでいるの?!
固まっていると『ヒカリ!』エッダの慌てた声が風話でに入ってきた。
『そいつはキュクレストだ!おまえじゃムリがある!逃げろっ!!』
そんな事言われても、キュクレストはすでに獲物をあたしにロックオンしている。その証拠に人の腕をガサガサ動かし、猛スピードでこちらに向かって来ている。
「うわ!キモっ!」
あたしは「足場!」すぐに上空に逃げた。
キュクレストはあたしから目を離さず口を開けると、長い舌を出して槍のごとく突いてきた。その速さといったら、まさに目にも留まらぬ勢いで、とっさに風壁でブロックしたけど見事に破壊された。
『そいつの舌は鉄の硬さがある!ヒカリの防護魔法じゃ無理だ!』
「ええっ?!」
『上だ!もっと上空に行け!キュクレストの舌は5メールしかない!』
5メートルでも長くない?
あたしは足場を作るとどんどん登って、10メートル上空に陣取った。
キュクレストは獲物が逃げて悔しいのか、蛇の尻尾を
ダン!ダン!ダン!
地面に打ち付けて砂ぼこりを巻き上げている。
「あの尻尾もぶつけられたら強打だな……」
きっと打撲程度ではすまないだろう。
あたしは指輪の魔力残量を確かめた。
まだ黄色だけど、いつ暗転して尽きるか分からない。枯渇する直前に点滅する機能とかないのかな……?
「ヘルムートさんに聞いておけばよかった……」
そんな後悔をしても遅いけど。
あたしは考えを巡らせた。
足場魔法は長く保たない。今こうして維持しているだけでもぎりぎりだろう。
魔法が使えないとなると、残るはあたしの力だ。
指輪を外さなきゃいけないけど、空中でそんなことをしたら地面に真っ逆さま。
でも、今のあたしは一人じゃない。
「エッダ。あたしに考えがあるの」
『考え?』
「これから指輪を外すから、あたしはそのまま落ちる。エッダの風魔法で上手くキャッチしてくれる?」
『きゃっち?ってなんだ?!』
「あぁ……受け止めてほしいの。できるでしょ?」
『出来るが……ここからじゃ遠い。近くまで行くからもう少し待て!』
風話が終わると、下にいるキュクレストを見下ろした。
ずっとダン!ダン!地面を叩き続けている。地面にヒビが入っているから、相当な力と分かる。
「おっかない……」
指輪を確認すると、黄色が先ほどよりも薄くなっていた。
そろそろ限界なのかも……。
「エッダ!指輪の魔力が尽きそう。もういい?」
『あと少し……近づかないと……!オレの魔法距離は…長くないんだ!』
走っているらしいエッダは、声を途切れ途切れにさせながら言った。
指輪の色がさらに薄くなる。
「エッダ、もう保たない!あとはよろしく!」
『おい!ヒカ』
そこで風話は切れ、足場も消えた。
あたしは真っ直ぐ下に落ちていく。
「エルマージ」
指輪を外すとズボンのポケットに入れた。
力を発動させ、上半身のみ包み込む。こうすれば下半身にある指輪は破損されない。
あとは上手く矢に力を乗せるだけ……。
落下しながらも慌てず、弓をかまえた。
腕を伝って力が弓に伸び、矢じりまで包み込む。
「一か八かやってみようか……」
弓をキリキリと円形になるほど引き絞る。
呼吸を止め、土埃で霞むキュクレストをとらえ続けた。
そのまま心身が一つになるタイミングを待つ――。
まだ……まだ……
キュクレストの姿が一瞬、ハッキリと見えた。
――ここ
発射のタイミングが熱して、弦を離して矢を放つ。
矢は真っ直ぐにキュクレスト目がけて吸い寄せられるように飛んでいく。
風向が悪くて少し軌道が逸れた――。
でも平気。あたしの力を乗せてるから、体のどこかに少しでも触れればいい……。
矢はキュクレストの沢山ある腕の一本に刺さる。その瞬間、キュクレストはビクン!と全身を硬直させ、瞳孔がサァと開いた。そのままゆっくりと巨体を傾け、地面にドォン……!と倒れる。
一瞬の出来事だったけど、全てがスローモーションで見えた。
倒せた……。
そう思った瞬間――
目の前は地面だった。
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