慰霊祭
急な展開に、あたしは大いに慌てた。
「ちょ、ラディウス?!」
地面がどんどんと離れ、風が強くなる。
抱えられてるけど、自分ではどうにも出来ない状況に恐怖が湧いてきて、以前空から落とされた記憶がフラッシュバックした。
思わず、
「やめて!落とさないで!!」
思いっきり腕にしがみつく。
「おいっ、暴れるな!均衡が崩れるだろう!」
「だ、だって……」
「落としたりしない!少し力を緩めろ」
あたしは身を縮めると、少しだけ手の力を解いた。こわごわ下を見ると、城の天辺より高い位置を飛んでいる。高所恐怖症なら失神レベル。
真下を見ると背筋が冷えて寒気がしてくるので、できるだけ遠くを見ることにした。
上空から見ると城も王都も見渡せる。天気がいいから青々とした山も、雲も、遠くを飛ぶ鳥もよく分かる。
かなりの絶景に思わず、
「うわぁ……。綺麗な眺め」
感動してしまった。
「そうか?なんてことない景色だろう」
「そんなわけないじゃん。絶景だよ!」
笑って言うと、空に幾つもの光の柱が立っているのが見えた。ちょうど王都の広場の真上だ。
「あの柱って何?自然現象?」
「魔法だ。慰霊祭開催中に打ち上げる。鎮魂の意味合いだな」
「へぇ。やっぱり魔法って綺麗」
「――綺麗、か……」
魅入っていると、今度は小さな光の粒がキラキラと雨のように振り注いだ。宝石を散りばめたように美しく、写真や動画で残せないのが悔やまれる光景だった。
「すっごく綺麗!ダイヤモンドみたい!スマホあればなぁ。動画残せたのに!」
「すまほ……どうが……?そんなもの残してどうする?」
「もう1回見たい時に見返すんだよ」
「来年も見ればいいだろう?」
「今、これを観てない人にも見せてあげられるのがいいんじゃん!」
「なぜだ?そいつも来年くればいいだけだろう?」
「そうだけど……感動したものは一緒に見て、共有したいでしょ?凄いとか、綺麗とか、今度は一緒に見ようねって気持ちになる」
「…………そうか?」
「そうなのっ」
納得できない顔をしていたが、馬鹿にはされなかった。
その変わり、
「ヒカリはこんな事で泣き止むのか……」
呟いた。
「ん?」
「いや……。気にしなくていい。それより、このまま会場に行くぞ」
「え?あたしも行くの?」
「その方が早い」
羽を羽ばたかせると、一気に空を駆け抜けた。風圧で目を開けていられなくて「速いって!」と文句を言ったら、
「急いでいるから仕方ないだろう?怖いなら目を閉じていろ」
さらに加速された。
上空は寒くて半袖の肌に鳥肌が立つ。涙で濡れた頬に風が冷たく吹き付ける。
怖さと寒さでギュッと掴まっていると、あっという間に到着した。髪をなびかせる風が止むと、
「着いたぞ」
言われて目を開ける。
確かに王都の路地裏だ。目の先には群衆が見える。
「もう着いたの?」
「遅刻だがな」
もう始まってるんだもんね……。大遅刻なのかな?
「ラディウス様!」
見ると、駆けてくるヘルムートが見えた。かなり焦った顔をしている。
あたしがくっついているのを見ると、
「なぜヒカリもいるのです?」
めちゃくちゃ怪訝な顔をされた。久々に見る深い眉間のシワ。
「何かあったのですか?」
「いや、成り行きだ」
あたしを下ろすと、乱れた服を整え、
「すまんな、遅れた」
「ええ。大遅刻です」
叱られている。
「ラディウス様は急いで会場に。ヒカリも近くまで来なさい。誰か付けます」
「えっ、でも……」
このまま歩いて帰ろうと思っていたので、驚いてヘルムートを見ると、
「祭り会場に一人置くわけにいかないでしょう」
睨まれた。
やっぱり監視はいるのか……。
大人しくついて行くと、大群衆が目に入る。様々な魔族の容姿があり、やっぱり人間の国じゃないんだなと改めて思った。
関係者入り口みたいな所までついて行くと、
「ヒカリはここで待機を」
と通せんぼされる。
大人しく待っていると、キールを連れたヘルムートが戻ってきた。
「彼と家まで帰ってください。祭りは……少しなら楽しんでも構いませんが――。ノボルと合流した方がいいでしょう。キール」
顔を騎士に向けると、
「このままヒカリの護衛任務に当たりなさい」
指示を出した。
「了解しました」
「ヒカリは買い食いを控えるように」
何、そのお母さんみたいなセリフ……。まるであたしが大食らいみたいじゃない……。
「財布持ってないから何も買えませんよ」
「なら良かったです」
ヘルムートはさっさと仕事に戻ってしまった。
遅刻してから怒ってるのかな……。そりゃ怒るか……。
あたしは気を取り直して、入国以来のキールを見上げた。
「お久しぶりです、キールさん」
「はい。お変わりないようですね、ヒカリ様」
「様、なんていりませんよ!そんな大層な身分じゃないので」
「いいえ。ヘルムート様から直々に言いつかった任務です。その被護衛者なんですから当然です」
そういうもの?
まぁ、呼び方でいちいち言い合っても仕方ないか……。
とりあえず移動しようと周囲を見渡すが、どこも人垣しか見えず全く道が分からない。街には何度か来ているけど、ここまでの人混みを見るのは初めてだ。
「凄い人ですね……。全然前に進めそうにない……」
「年に一度の祭りですから。国民も楽しみたいのでしょう」
「慰霊祭って聞いてますけど、結構賑やかな催しなんですね」
「ええ。開国祭のようなものですから」
「なるほど」
「露店も旅芸人も来ますから、皆にとっての貴重な娯楽なんです」
旅芸人?そんなものもあんだ。
日本の夏祭りを思わせる人混みは、かき分けて歩く、と言った方が正しいほどに詰んでいる。
「少し待ったら通りやすくなりますかね……」
「陛下の演説が終われば、多少は散ると思います」
「えっ!演説を待ってるんですか?」
「ええ。陛下が国民に向けて言葉を送られる機会は、滅多にありませんから」
天皇の一般参賀みたいなものか。
逆に言えば、ここを抜けさえすれば混んでいない、と。
「なんとかして抜けれませんかね?」
「裏路地なら抜け道がありますが……」
「なら、そこをいきましょう。案内していていただけますか?」
「はい、承知しました」
キールの背中について進み、暗い路地をいくつか抜けて進む。途中かなりの歓声が聞こえたから、演説が始まったのだろう。
15分ほど歩くと人通りが少ない大通りに出た。多少の通行人がいる他は、露店の準備に勤しむお店の人しかいない。本当にガラガラだ。
あたしは田岸さんに風を送った。
そんなことをしたのは初めてだったから、凄い勢いで来てくれた。
「ヒカリ……一体……どう…………したんです?」
切れた息の合間に言葉を入れて、なんとか文章にしている。
「すいません、焦らせちゃいましたか?」
「ええ……。風話は知人に一度しかされたことがないので……かなり驚きました……」
「風話?」
「ヒカリがやった魔法です。みんなそう呼んでますよ」
電話ならぬ風話か……。
確かに念話のように無言で声を届けるわけじゃないもんな……。自分の肉声を相手の耳に直接届ける魔法だから、糸のない糸電話みたいな魔法なのだ。
「なんの前触れもなしに声が聞こえるので、職場でかなり不審がられました……」
「すいません……。着信とかできないから……」
「それはそうなんですけど、心臓に悪い……」
あたしも最初は幽霊に話しかけられている気分になったもんね……。
「それより、仕事中でした?」
「いや、午後からは休みでした。今日は祭りだから、どこも閉めるみたいですよ」
異世界でも地球と同じく、みんなお祭りは好きなんだな。
「それで?ヒカリはどうして街に?」
「実は色々とあって……。来ちゃいました……」
田岸さんはチラッとキールを見た。いつもと違う付き添い、突然の風話と呼び出し。
緊急ではないにしろ、何か突発的な事があったと分かったのだろう。
「とりあえず、俺の家にいきましょう」
◆
田岸さんの家に着くと、キールは外で待機してくれた。
あたしは明後日に話すはずだった内容を伝える。
かなりのボリュームだし、各国の王も出てくるし、仕事の話に恋愛話、実戦訓練、ラディウスの重い心境話……。
田岸さんはかなりの百面相になりつつ聞いてくれた。
「――それで、さっきラディウスに連れられてここに来たんです」
「なるほど……」
全て聞き終わる頃には、お茶は4杯目に突入していた。茶菓子として出してくれた焼菓子はかなり減っている。
「いや……かなりの長編映画を観た、聞いた?気分だ――」
「一気に色々話したから……。すいません。お祭りもいく予定でしたよね?かなり時間をかけちゃって……。誰かと約束とかしてませんか?」
「いや、そういう予定は無かったので大丈夫です」
だいぶぬるくなったお茶を飲むと、田岸さんは少し遠い目をした。
「それにしても、ヒカリは随分と顔が広くなった。到底庶民とは言えない人になりましたね」
「いや、そんなわけないです……」
「国王3人と知り合いの時点で、庶民ではないですよ?」
「それは……まぁ……。でも田岸さんもラディウスだけは知ってるじゃないですか。会ったことあるし」
「それはそうですけど……。とにかく、今後も大物と知り会うでしょうから、言動には注意してくださいね」
「はい……」
「仕事が大きく進みそうなのは良かったです。グラータ国王の求愛は……ヒカリの気持ち次第でしょうし。ラディウスは気が気でないと思いますが……」
「あたしの力が手元から無くなるのは、抑止力を失うのと同じだから落ち着かないですかね……」
「は?」
「ん?」
素っ頓狂な声をお互いに出して、顔を見合わせた。
「ヒカリ……そういう意味じゃないんですが……」
「どういう意味ですか?」
「……いや、なんでもないです、忘れて下さい」
「はぁ……」
「ところで実戦訓練ですが、ヒカリはそこまで恐怖していないんですね?」
「ええ……。魔獣の森を経験したせいか、まだ冷静でいられます」
「一人で乗り込むわけでもないし、ある程度の魔法も使えますからね……。心持ちがかなり違うのでしょうか」
「そうですね。いざとなったらバリアで対処できますから」
「ヒカリに不安がないのなら良かった。これから動きやすい靴でも探しに行きますか?いつもの靴ではすぐにすり減ってしまいますよ」
それもそうか……。
そこまで考えて無かったので、アドバイスに感謝して、街に繰り出した。
露店には日用品を売っている店も多く、程なくしてサバイバル向きの靴を購入した。
田岸さんが。
「すいません……。財布持たずに出てきたので……」
「いいえ。妹に買うのは気分がいいですよ」
「また何かプレゼントします」
「なら、その時は遠慮なくもらいます」
祭りの装いをされた街は華やかで、様々な色のフラッグ、花が飾り付けられている。夜にはランタンのようなものが空に打ち上げられるらしい。
「とても綺麗な光景で、皆外に出て見物します」
キールがそう教えてくれた。
「ベトナムのランタンフェスティバルみたいなものですかね?」
「あぁ、あの綺麗な?」
「ヒカリの家からも見られるといいですね」
「ええ。ちょっとのぞいてみます」
買い物を済ませ、今回は徒歩で帰路につく。歩きなんて珍しいから、田岸さんもついて来てくれた。
道中、いろいろな話をした。
田岸さんはアイデアマンで、実戦訓練で使えそうな風魔法、空間魔法を次々と提案してくれる。
「もともと漫画とかゲーム好きなので……。ほとんどその知識ですよ?」
「それでも助かります!」
「魔法は呪文よりもイメージの世界のようなので、どれだけ具体的にイメージ出来るかが大切らしいです。さらに言葉にすると、よりイメージを固定できるので、おすすめです」
「詳しいですね」
「全部身の回りの人の受け売りです。俺の個人的な見解としては、呪文は日本語でもオッケーでした」
「へぇ」
「使い慣れた言葉の方が、よりイメージを具体的に形作りやすい、ということでしょう。参考までに覚えておいてください」
「参考にしかなってませんよ!」
それから、2人で意見を出し合って弓や剣術で使えそうな魔法を好き勝手に話した。到底実現できそうにない事まで話したが、楽しかった。
「ヒカリの家は初めて来ましたね。魔法のせいか見えないけど……」
隠匿魔法の生で、田岸さんにはただの鬱蒼とした林にしか見えないらしい。ちゃんと効果あるんだ……。
「では、また。訓練の成果を聞くのを楽しみにしています」




