打ち明け合い
アラシャとグラータ以外の国の来訪予定はなく、至って平穏な日々が続いた。
麻酔・麻薬に関しての資料は、グラータがある程度選別して持ってきてくれる手筈になっていたから、しばらくはゆっくり出来る。だから、ラディウスのことを考えることができた。
初めて会った時からラディウスは、あたしの力を「面白い!」と言っていた。
単に珍しい力だから興味があるんだと思った。
「力の発動を見たい」
「効果範囲と威力を確かめたい」
「なぜ人を殺したくないんだ?」
そう言われた時も、武器としての力を欲しがっているんだと思ってた。楽に戦争や諍いを終わらせる手段として、あたしが欲しいんだと。
だから「抑止力になる」と言ったのは辻褄が合う。
『他国への牽制になる』って意味に聞こえるから。
でも、
「お前は俺を殺せる。それこそ触れることなく、一瞬で」
あの言葉と「自分を殺せる人を探してたの?」と質問した時のラディウスの顔……。
あれは『他国への牽制』とは大きく矛盾していた。
戦場で活躍すればするほど、期待に応えれば応えるほど、誰も『自分』を見てくれない。
求められるのは『魔力と魔法』であって、『自分』じゃない。そうなれば、自分の価値は魔力や魔法しかないと思うだろう。
唯一の取り柄で存在価値。自信が持てるもの。
あたしはそれを否定した。
「あなた、余程つならない人なのね」
「ラディウスの力なんていらない!」
そう言ってしまった。
だから謝罪の謁見の席であんなにも暗い顔をしていたんだろうか?「ラディウスに存在価値はない」と同義の事を言ってしまったから?
自信があった魔力も魔法も一切通じなかったから、自尊心の根底が揺らいで立ち直れなかったの?
本人に尋ねたところで、ハッキリと答えないだろう……。でも、大筋は間違っていない気がした。
「自分を殺せる人を探してたの?」
その問いかけに「さぁな」と答えた顔も、孤独を感じた背中も、忘れられない。
知らず知らずのうちにラディウスを深く傷つけていたかもしれない。そう思うと酷く心が痛んだ。
それに武器としての自分が嫌で、退屈な人生が嫌で、自分を終わらせられる人を探していたのかと思うと、ショックだった。
ラディウスは強いから誰も頼れない。それが孤独で、死が頭をよぎったんだろうか……。
あたしは頭も気持ちも手一杯になって、何とか気持ちを紛らわせようと鍛錬に打ち込んだ。お菓子を作ったり散歩したり、庭いじりもした。でも塞ぎ込んだ気持ちは切り替わらず、どうしても助けが欲しくなって、田岸さんに手紙を書いた。
毒物混入事件以来、手紙は日本語で書くようにした。仮に誰かに見られたとしても、これなら内容を知られる事はない。
しかし夜会の事を少し書くと、手が止まった。2カ国との謁見、グラータとの交渉、アリウェ陛下の事、ラディウスの一件……。
それらの出来事を文章にしたためられる自信がない。
仕方なく、
『沢山話したいことがあるので、近いうちに会いたいです』
とだけ書いた。
「数日のうちに返事が来るから待っていよう……」
そんな時、城から呼び出しがあった。
珍しい事だったから、また他国がやってくるのかと思ったら、
「実戦訓練?」
「ああ。ヒカリが弓や剣に力を付与して特訓していただろう?あれが実戦で使えるの検証したい」
予想外の提案だった。
でも実戦って……。
「……あたし、戦場に送られるの?」
俯いて尋ねるとすぐにヘルムートが、
「違います」
きっぱりと否定した。
「最近、魔獣や魔物被害の報告が増えているのです。夏になり繁殖期に入ったので、活発なようで。普段は森から出てきませんが、村や畑を荒らす被害報告が出ています」
「害獣駆除も国の仕事だ。今度、エッダとグスタフの部隊を任務に当たらせる。ヒカリはそこに参加するんだ。日頃の訓練の成果を発揮してこい」
いつもの軽い口調でラディウスは指示を出した。
魔物と魔獣の討伐任務か……。
確かに訓練になりそうだ。
「あとは、風魔法で声を届けてもらいます。城から討伐対象区域までは距離がありますから、普段とは勝手が違うでしょう。その経験も積んで欲しいのです。遠距離のやり方も知っておいて損はありませんから」
なるほど……。
そうなると、指輪を外したり装着したりの手間が増えるわけか。確かに実戦的だ。
「分かった。いつ行けばいいの?」
あっさりと返事をすると、ラディウスは以外そうな顔であたしを見た。
「なんだ?もう少し反論するかと思ったぞ?」
「だって理にかなった説明だったし……。練習ばっかりで現場経験がないのは、確かに意味ないから」
「いい心がけです」
ヘルムートはあたしに1枚の紙切れを渡してきた。
「これがヒカリの参加する部隊です。とはいっても、顔ぶれはいつものエッダとグスタフ、ヘナンです。ヒカリの力の事を知ってる者でなければ、発動できませんからね」
紙によると出立は1週間後。
2日に分かれていて、1日目が弓部隊のエッダ、2日目がグスタフとヘナンの部隊だ。
「討伐用の衣類はこちらから支給します。数日のうちに家に届けますから、確認してください」
「分かりました」
「話は以上だ。せいぜい訓練に励めよ」
「うん」
簡単に返事をすると、あたしは手に持っていた籠を差し出す。ラッピングなんてないから、布で包んだだけの簡単な包装だ。中身はマドレーヌ。
「なんだ?」
「今朝焼いたやつ。毒が入ってないのは確認済みだから、安心して」
「また作ったのか?」
「まぁ、いろいろと邪念を祓いたくて……。田岸さんとも近々会うから、練習も兼ねて作ったの」
「……俺たちは試食者か?」
ラディウスはちょっと不快そうに目を細めた。
「そう言う意味で持ってきたわけじゃ……。嫌なら持って帰るよ――」
「――別にそこまで言ってない」
ラディウスは籠を受け取ると手を止め、あたしを見た。
「なんだ、浮かない顔だな?いつもの威勢もないぞ?」
「体調でも悪いのですか?」
「いや、別に……」
自分では何が心の重しになっているのか分かっている。あたしがごちゃごちゃと考えているのは全部予想だ。ラディウス本人に確認したわけじゃない。勝手にラディウスの心境を推し量って、勝手に反省して、落ち込んでいるだけだ。
本人に聞くにしても随分とセンシティブな内容だし、2人きりの状況でないといけないと思う。
まぁ、そこまで信頼関係もないから、素直に打ち明けてくれるとは思えないけど。
「話が終わったならもう行くね」
あたしはさっさと執務室を後にした。
城に来たついでに、図書館にも寄った。たまには仕事以外の本でも読もうかと思って、ソルセリルの文化について書かれた本を手にしてみる。
まだ歴史浅い国だから、これといった観光イベントは無さそうだ。
ただ、戦で犠牲になった人たちの慰霊祭は毎年やっているらしい。4大戦がすべて終結した日が、その記念日に制定されていた。奇しくも明日だ。
書物によると、日本でいう燈籠流しのようなもので、魔法で空や川に光を灯すらしい。戦があったそれぞれの地で行われ、地域によって多少特性が違うようだ。
王都は戦の地ではないが、広場で似たような行事を行うと書かれていた。
明日は田岸さんと会う日でもないから、参加できそうにない。家から少し見えるといいな。
辻車で家に帰ると、田岸さんからの返事が届いていた。
会えるのは4日後。良かった。実施訓練の前に会えそうだ。前日にマドレーヌを作ろう。他の日は訓練のため、自主練に励もうと決めた。
◆
翌日、日課のストレッチと素振りのトレーニングをしていると来客があった。
突然の訪問で、たまたま庭にいたから気がついた。門を入って来る人影が視界の隅に映ったので振り返ると、庶民的なロングスカートに華奢な体つき、腰まである青い髪、細長の目、そして銀の虹彩。
「何してるの?」
女性の変身は初めて見た。男女関係なく姿を変えられるんだ。
あたしは手を止めて汗を拭うと、彼女に近づいた。
「また何か緊急の用件?」
「そういうわけじゃない」
女性なのに男性の声。違和感しかない。
「少し話をしに来た」
「話?」
あたしは家に戻ると、お茶を準備した。
「もう屋内に入ったから変身を解いたら?」
指摘され、ラディウスは自身の姿に戻る。いつもながら溶けて変わる様は一瞬で、目を見張るものがある。
「話って何?」
椅子に腰掛け対面に座ると、さっそく切り出した。
「いや……改まった話じゃない」
「うん」
「………………ヒカリ、元気か?」
「――は?」
昨日会ったばかりなのに何を言い出すのかと、あたしは頭にハテナが浮かんだ。
「いや……少し様子がおかしかったろう?実戦訓練が嫌か?それともアリウェの事か?タハルカから何か言われた事か?」
「えっ?なに?どうしたの?」
あやふやで質問の意図が分からず、何度も瞬きしてまった。
「どうしたと聞いているのは俺だ」
「だから、何が?言ってる意味が分からない。今日のラディウス、なんかヘン」
そう言うと、ラディウスは珍しく言葉に詰まった。こんな事は初めてだ。
口先を尖らせると、少しあたしを見た後、
「変なのはヒカリだろう?」
「どこが?」
「やけに大人しい。実戦訓練の話をしても歯向かいもせず、素直に受けた」
「何も疑問がなかったからよ」
「何一つか?いつもなら場所はどこだの、どんな魔獣や魔物がいるかだの、聞いてくるはずだろう。それが何の質問もない。訓練に励め、と言われても不貞腐れもせず、素直に返事をしただけだっただろう?」
「ちょっと、そこまで聞き分け悪くないよ」
「いや、いつものヒカリなら絶対に何か聞いてきたはずだ。それに菓子の件も……。少しでも小言を言えば、すかさず言い返すのもを……。反論どころか引き下がったじゃないか」
「それは――」
あたしは返答に困って口ごもってしまった。
本人に話すつもりなんてなかったから、急にこんな事を言われても説明出来なかった。
「どうした?実戦が不安なのか?」
「いや、あれは良い提案だと思ってる……」
「なら、タハルカから不快なことを言われたか?」
「なんで夜会の時まで話が遡るの?」
「訓練の話じゃないなら、思い当たるデカい出来事はそこしかないだろう?アリウェから口説かれた事か?何かされたのか?」
「いや、そんなことないよ!」
「婚姻したらソルセリルを出ていくと言ったことか?」
「いや、そもそも結婚なんて考えてもないし……」
「ならなんだ?」
「…………別にラディウスに話す事じゃない」
価値観に関わるデリケートな問題だ。気安く聞くのは憚られる。だから聞けない。
そう考えたのに――。
「駄目だ。イライラするから教えろ」
譲らずラディウスはあたしに詰め寄った。
「はぁ?」
なに?イライラする?
「ヒカリの調子が狂っているとイライラする。俺まで平常じゃいられなくなるのが不愉快だ。だから話せ」
「なに、その理由。ラディウスが勝手にカッカしてるだげじゃない」
どこまで自分勝手なの?
「だから、それはお前のせいだと言ってるだろう?」
もう、埒が明かないな。
「あたしが勝手に色々と考え込んでるだけよ。だから気にしないで」
「その色々を話せと言ってるんだ」
「だから、話せないって!」
「なぜだ?このままだと俺の仕事に支障が出るぞ?ヘルムートから苦言が出る程度ならいいが、長引くと国益に影響する。かなり非効率だ。だから話せ」
あたしは開いた口が塞がらなかった。
なんて横暴……。
いや、ラディウスらしくはあるけど……。
「そんな説得の仕方ある?」
「事実だからしかたない。こうしている間も、ヘルムートはかなり怒っているからな」
「ヘルムートさんが気の毒になってきた……」
「だったら話せ」
全く引き下がらない……。
「はぁ…………」
――仕方ない。
身勝手な憶測だけど話そう。笑い飛ばされても、考えすぎだと言われてもいいや……。
「全部ラディウスのせいだからね……」
あたしは観念して、ここ数日の憂いを全て打ち明けることにした。
「この間の夜会で2人きりで話したでしょ?」
「夜会の最後か?」
「そう。屋外に出た時。あたしをソルセリルに受け入れた理由を聞いたら『俺を殺せるからだ』って言ったじゃない。なんで?ラディウスはずっと自分を殺せる人を探してたの?」
まさか自分の事を言い出されるとは思ってもいなかったのだろう。かなり驚いた顔をしていた。
「――あの時も同じ事を聞いてきたな」
「でも答えてくれなかったじゃない……」
「まぁな……」
「あたしならいつでもラディウスを殺せるから、傍に置いておこうって思ったの?」
「……そこまで卑屈的じゃない」
「全くないわけじゃなかった?」
「…………ヒカリが悶々と考えていたのはそんなことなのか?」
「そんなことじゃないよ……。あたし、知らず知らずのうちにラディウスを傷つけたのかなって心配になって――」
「なんだ?それは?」
分からない、と顔をしかめている。
「ずっと戦場で活躍してきたでしょう……?強い魔力と魔法を求められてきた。それって辛いことじゃない……」
「辛い?」
「だって誰も『自分』を見てくれないじゃない。自分の存在価値は魔力や魔法しかないのか、ってあたしなら思ってしまう。もしラディウスがそう思ってたなら、あたしは酷い事を言ったから――」
「……酷い事?」
「『ラディウスの力なんていらない』って言った……。ずっと自分の価値と思って、自信があった魔力と魔法を完全に否定した……。それって『ラディウスに存在価値はない』って言うのと同義でしょ……?酷いこと言ったのかもしれないって考えると、申し訳なくて……」
「――そんな事を考えていたのか?」
「何をしてもすぐ終わって、世界は退屈なんでしょ?生きてるのがつまらないから、全てを終わらせられる人を探していたのかなって思うと――酷く心が痛んだ。ラディウスは死にないのかなって――」
「いや、話が飛躍しすぎだろう?」
「そんなことないよ。ねぇ、ラディウスはなんであたしを引き取ったの?」
一気に話してしまうと、喉につっかえていたものが取れた。通りが良くなったけど、気持ちは晴れない。
尋ねてしまって、良かったのかな……。
ラディウスは思いの他、真剣な表情で黙ってあたしを見ている。勝手に人の気持ちを想像するなとか、考えすぎだと揶揄することもしなかった。
沈黙の時間が長く感じる。外の鳥や風の音だけが響いて耳を打つ。緊張する静寂だ。
「ヒカリは変わっているな――」
ラディウスは謝罪謁見の時と同じセリフをこぼした。
あの時と同様に、あたしから目を逸らさない。
「謝罪の謁見の時も、同じ事を言ったよね?」
「そうだな……。ヒカリは変わり者だ」
「どこが?」
「俺なんかに興味を持つところだ」
――どういうこと?
「みんなラディウスには関心を持ってるじゃない?」
「いや。俺の機嫌を伺っているだけだろう?」
ハッとして思わず言葉がなくなった。
「周りの奴が見ているのは俺の快、不快の感情だ。不機嫌でないか、自分の言動が怒りを買わないか気にしているに過ぎん。誰も俺の内面など気にしない。ヘルムートやエッダ、グスタフは少し違うがな」
表面的な部分しか見られてないってこと?
誰もラディウスの心も感情も知らないってこと?
「俺の気持ちを知ろうとする者はいない。俺に興味を持たない。だからヒカリは変わっている」
淡々と言う様は、すごく悲しく思えた。
今まで誰も寄り添ってくれなかったの?
頼られることはあっても、誰かを頼った事はないの?
我慢してきたの?
「ラディウスはずっと耐えていたの?」
「耐えていたわけじゃない。それがいつもの事だ」
「そんな普通の事みたいに……」
「これが俺の普通だ。ヒカリが変わっているんだ」
「――そんなわけないじゃん……」
胸が熱くなった。
これまで見てきたラディウスの姿が悲しく思えた。威圧感があって高慢で自信過剰な態度。そうせざる負えなかったんだろうか?
「もっと人を頼らないと駄目よ……」
「――なぜヒカリがそんな顔をする?」
どんな顔かは分からないけど、またぐちゃっとした酷い表情になってるんだろうな……。
「だって……自分の考えも感情も心も知らないなんて……。誰からも理解されないなんてしんどいじゃない……」
「そんな事はない。俺は王だ。おいそれと内面を見せられるか」
「でもラディウスも人でしょ?何も感じてないわけない。誰とも心が通じていなくて、寂しく思わないはずない……」
「寂しい?」
「頼られるばかりで、誰にも頼れないのは寂しいし孤独じゃない」
意外な事を言われたとラディウスは目を見開いた。
「寂しとも孤独とも感じたことが無い」
なんでそんなにも平然とした顔してるの?
「それが悲しいんじゃない!」
声を張り上げると、ラディウスはギョッとして体を仰け反らせた。
なんであたしの方が悲しくなって怒ってるんだろう?
「もっと内面を出さないと!国王って身分がそれを許さないなら、誰か一部の人でもいいから話しなさい!」
「……なぜ俺は怒られているんだ?」
「何も言わないからじゃない!ヘルムートさんでもグスタフさんでもエッダでも、とにかく誰かに話して!そうやって気持を閉じ込めないでよ!だから自分を殺せる人なんて探しちゃうのよ!」
「…………それは関係しないだろう?」
「するわよ、馬鹿!」
「ば、馬鹿?」
ここまで罵倒してもラディウスは怒らなかった。怒るどころか困惑して目を泳がせている。こんな表情も見たことがない。
「――なんでヒカリが泣くんだ……?」
あたしはボロボロ泣いていた。
怒鳴ってラディウスを叱っていたら昂りが容量を超えてしまって、涙になっていた。
「勝手に出てくるんだから仕方ないでしょ!」
何という逆ギレ……。
怒りと悔しさと悲しみで口が曲がり、しょっぱい涙が流れ落ちる。
鏡を見なくても分かる。かなり醜い泣きべそ顔だろう。
またラディウスに猿って言われる……。
顔を隠そうと、近くにあった適当な布で視界を覆った。嗚咽で乱れた呼吸を整えようと、目を閉じてなんとか深呼吸する。
早く泣き止もう……。
あたし自身、ここまで心乱させるとは思ってなかった。不意打ちにも程がある……。
しばらくあたしの嗚咽だけが響くと、
「ヒカリ…………その――すまない」
随分と弱気な声に、あたしは思わず布をずらして目だけ覗かせた。
ラディウスは弱りきったように眉を寄せている。
「………………なんで謝るの?」
「いや…………俺が泣かせたんだろう……?分からないが……」
いつもの自信しか感じない声と打って変わり、張りのない弱々しい声はなかなか聞けるものじゃない。随分とパニックになっているようだ。
「……理由も分かんないなら謝らないでよ……」
「だが、明らかに俺が泣かせたんだろう……」
「…………そうだけど……」
おかしな沈黙が流れる。どうにも居た堪れない空気になり、2人して目を逸らし続けた。
沈黙が続けは続くほど収拾がつかなくなり、空気が重くなる。
どうしよう……。
その時、突然に遠くでドォン、ドォンと音が響いた。同時に光が爆ぜて、まだ昼間の空に閃光が走る。数秒遅れて、耳に轟音が反響した。より迫力を増した響きが家の空気を震わせる。
「な、何?」
大砲の音のように聞こえ、あたしは急に怖くなった。アザルスにいた頃の前線が頭をよぎる。
「心配するな。慰霊祭が始まっただけだ」
恐怖を滲ませた顔になっていたのだろう、ラディウスがすかさず教えてくれた。
「慰霊祭……?」
「今日は王都でもやるからな。昼の部が始まったんだろう」
「そ、そうなんだ……」
そういえば、またまた見た本に書いてあったな……。
自分は参加できないから、すっかり忘れていた。
「俺も少し顔を出さないといけない。本来は会場にいる時間なんだが……」
「ええぇっ?!」
幸か不幸か、おかしな重苦しい空気は一掃されて、今度は緊張が走った。
「ちょっと、なんでここに来たの?!」
「こんなに長話になるとは思わなかったんだ!」
「普通はもっと時間に余裕がある時に来るもんでしょ?」
「俺は忙しいんだ!こういう隙間じゃないと、時間が取れるか!」
「と、とにかくもう行ってよ!仕事なんでしょ?会場にいなきゃいけないなんて、スケジュール押し押しじゃない!」
「おしおし?」
「とにかく急げってこと!」
あたしは立ち上がると、家のドアをガバっと開けた。夏のぬるい風がふぁ、と室内に入ってくる。
「ほら、行って!」
促したが、ラディウスは足が縫い留められたように動かなかった。何かを迷うようにじっとあたしを見て、怖い顔をしている。
「ちょっと、何してるの?ヘルムートさんが激怒してるよ、きっと!」
「分かってる」
返事とは裏腹に、ラディウスはまだ動かない。
表情からしてジリジリ焦っているのは分かるけど……。
何?トイレとか?
「どうしたの?お手洗い?」
「違う!馬鹿!!」
急に大声で反論すると、ラディウスは「ああっ!もういい!!」といきなりあたしの手を掴んだ。
「えっ?なに?」
そのまま外に出ると、有無を言わさずあたしを横抱きにして翼を広げた。漆黒の羽は青空に見事に映える。
そしてグッと重力を感じたかと思うと、空に飛び上がった。
読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。
誤字・脱字報告もありがとうございます。助かっております。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!




