夜会③
「随分と長く消えていたな?」
ラディウスの元へ戻ると、ニヤッ笑われた。ずっとグラータの要人と話をしていたみたいで、全員グラスが空になっている。
「ラディウス陛下、お待たせしましたか?」
アリウェ陛下があたしをラディウスの隣に立たせそう言うと、「まぁ多少な」と肩をすくめる。
視線をこちらに向け、
「ヒカリも楽しめたか?」
あたしは「そうね……」と軽くあしらった。どう見ても探るような目だったからだ。
グラータの人たちに挨拶してその場を離れると、さっそくラディウスが、
「アリウェに迫られたか?」
「……言いたくない」
彼の真剣な思いを茶化されたくなかったので、あえて深く言わなかった。
「顔が赤いぞ。口説き文句でも言われたんだろう?」
顔を覗き込んでそう言うので、
「ラディウスには関係ないでしょ?」
ツン、とした態度で返す。
「顔を見れば分かる。つっけんどんに言っているが、まんざらでもなかったんだろう?」
「違うよ。人の真剣の気持ちを面白がってるから、それが嫌なの」
ハッキリそう伝えると、ラディウスは意外にも、
「別に面白がってはないぞ?」
しれっと言った。
「ヒカリは今や、ソルセリルにとって重要な仕事をしているからな。婚姻が絡んでくるなら知っておく必要がある」
「婚姻って……」
「相手は他国の王だ。こちらとしても考えねばならん事がある」
「政治的意味で?」
「もちろん、それもある」
「それ以外は?」
「ヒカリが抱えている仕事の引き継ぎだの、後継だのだ」
随分と事務的な考え方……。
「あたしが他国に行ってもいいってこと?」
「良くはないが、婚姻となれば致し方ないだろう?それに、以前はソルセリルを出たがっていたじゃないか」
お屋敷破壊の時の自身の言葉を思い出し、あたしはちょっと眉間にシワを寄せた。あの時の苦い気持ちも蘇ってくる。
「あの時は感情的になってたから……。今はそこまで思ってないよ。仕事あるし……」
「なんだ?俺を打ち負かして心が晴れたという事か?」
外れてはいないけど、少し違う。
「関係なくはないけど……あれもスッキリしたとは思ってない」
「この俺に勝てたのにか?」
「勝負するためにあんなことしたわけじゃないから」
言質を取ってやる、とは思ったけど、勝とうと思ったわけじゃない。
「魔力がほとんどない人間が俺を打ち負かしたというのに……。自慢出来ることだぞ?」
「したくないの」
ラディウスは難解な問題を解くような顔になった。
「どうにもヒカリの考えは分からん………。誇れることがあるなら、もっと自信を持てばいいだろう」
「ラディウスを負かしたことを誇るなんて、したくないの」
「なら何を名誉と思う?グラータの交渉に成功したことは?それも誇りには思わないのか?」
「あれは……。誇るのとは少し違う……。嬉しくは思うけど、志し半ばの成果だから。目標のための一歩だもの……」
そう。一歩程度なのだ。
麻酔が出来れば事態は好転するが、回復魔法師たちを説得して外科的処置を広めるのは先の話。そして、その体制を確立するのはさらに先の話。
かなり長い道のりだ――。
「アリウェ陛下にも言われた……。これからが大変だって」
「俺もヘルムートもそう言っただろう」
「そうだけど……具体的に何が困難か、教えてくれなかったじゃない。アリウェ陛下に聞いて、これから色んな人と対立したりぶつかったりするんだ、と思って……。
だから、薬の知識や資料が説得に必要なら、いつでも来ていいって言ってくれた。お隣だし、そこまで時間はかからないからって」
「まぁ、グラータは隣国だからな。魔法で車を飛ばせば数時間で着く」
そんなに近いんだ……。地図を見ても距離がいまいち分からないから、移動時間の計算ができないんだよね。
「しかし、迂闊にグラータには行かないほうがいいぞ?」
「なんで?」
「色々と理由をつけて、グラータから出してもらえなくなる」
ん?なんで?
「何かソルセリルと取り決めでもあるの?最低滞在日数が決まってるとか?」
「……なんだ、それは?」
余程トンチンカンな事を言ったのか、ラディウスはかなり怪訝な顔をした。
「違うの?」
「……ヒカリ、お前は案外頭が回らないんだな」
「どういう意味よ?」
ムッとして言うと、
「お前はアリウェから言い寄られているんだぞ?結婚適齢期の国王が想いを寄せる相手を、さっさと帰らせると思うのか?」
「……………………え?」
はぁ……と深々とため息をつくと、ラディウスは「ちょっと来い」と呆然とするあたしを露台に引っ張っていった。
先程と同様、誰もいない屋外は人目がなくて、込み入った話をするにはうってつけだ。
「それで?さっきのはどういう意味?」
「もっと政治的な話だ。本当に政には頭が回らないんだな、ヒカリは」
「庶民だって言ってるでしょ?」
「庶民であろうと、少し考えればわかるだろ?アリウェはまだ20代だ。人間でいえば伴侶を得る年齢だろう」
「それは分かるよ!」
「ならその先も見えるだろうが?婚約者がいない王が、想いを寄せる女ができ、言い寄っていたらどうだ?臣下が興味を持つに決まってるだろう?」
「……それも分かるよ」
「しかもその女は数々の功績を上げている。国の根本を変えるような提案をして動く奴だぞ?王妃として申し分ないと考えるのが普通だ」
「う、うん……」
「その想い人は他国にいて、普段会えない。しかし上手い話に乗ってのこのこ自国に入ってきてみろ。その気にさせるか、既成事実を作るまで帰らせないに決まってるだろうが」
「き、決まってるの?」
「アリウェはそんな事をする性格ではないが、周囲が放っておかないと言うことだ。
他にも色々とあるぞ。ヒカリの召喚者としての力も理由として大きい。ヒカリが手に入れば、ソルセリルに対してかなりの牽制になる。長年、目の上のたんこぶだった俺に意趣返しができるからな」
「意趣返しって……。報復を考えられるような事をしたの?!」
先王からの付き合いだし、アリウェとのやり取りを見ていてもあり得ない話じゃない気がした。
「細々とな。一番は、一度手にしたヒカリという戦利品を、俺の元からかすめ取ったという優越感を得ることだろう」
「な、なにそれ……」
「ヒカリが手がけた物も全て国内で独占するだろうな。国外に出したとしても、かなりの税を要求するはずだ。特にソルセリルには」
黒い……。政治って嫌だ……。
多方面の画策が見えて、かなり辟易した。
アリウェは純粋に恋愛結婚を望んでいるだけなのに、バックについている人達は腹黒すぎる……。
げんなりしていると、
「国とはそう言うものだ。慣れろ」
あっさりと言われた。
「多分、ムリ……」
はたと、ならソルセリルは?と思ってしまった。
あたしの引き取り先を各国と話しあった時、ラディウスは何と言って説き伏せたんだろう……。
それを聞いたことはなかった。
「――ソルセリルにも何かあるの?あたしを引き取った理由が」
ラディウスは静かにあたしを見ると、
「まぁな」
とだけ言った。
少し待ってみたけど、それ以上の言葉が続きそうになかったから、あたしも追求しなかった。
表向きな理由と、本音――。
そのどちらも、あたしは知らない。
知らない方がいい……。
当時のラディウスは、おもちゃを手にしたい子供のような心境だったのだろうとは思う。
アザルスの戦場で「面白い!」って目を輝かせていたし……。
この機会を逃したら二度と手にはいらないレア物……。
「あたしは人間の形をした武器だもんね……」
動いて考えて反抗する厄介な武器。
駄目だ……。
自分で言っていて虚しくなってきた……。
風が吹いて体が震えた。
夏とはいえ、ここまで露出した服を着ていればさすがに冷える。
両腕をさすっていると、ラディウスが外套をかけてくれた。
「そろそろ中に入るぞ。主催者が長く会場を空けるわけにはいかない」
歩き出したラディウスの後ろをついていく。
慣れない靴で踵もつま先も痛い。
あと一曲くらいは我慢できるけど、それ以上は勘弁してほしいな。
「ヒカリ」
会場に戻ろうと大きなガラス扉に手をかけたところで、ラディウスが振り返った。
「お前を武器と思った事は一度もないからな」
突然の宣言に目を瞬かせる。
「……何、急に?」
「さっき言っていただろう?『人間の形をした武器』だと。お前の力は確かに兵器並みだが、戦に使おうと思った事は一度もない」
いつもの茶化した顔でも、おちょくる口調でもなかった。
ラディウスは淡々と自分の心根を話しているに過ぎないようだった。
「――なら、なんであたしを受け入れたの?」
「……抑止力になると思ったからだ」
「抑止力……」
「お前は俺を殺せる。それこそ触れることなく、一瞬で。――だからだ」
その言葉にドキリとした。
暗い瞳、その奥には静かで穏やかな輝きがあるだけだった。
――それはどういうこと?
負けなしで、長年戦場で活躍しつづけたラディウス。
魔力もスキルも魔法も、敵う人はほとんどいない。
それこそ、出来ない事がないくらいに。
――俺は何をしてもつまらん。すぐに終わってしまうからな。
魔獣の森に使う車の中での会話が思い起こされた。
あの言葉に集約されていたのかも知れない。
何をしても、簡単に片付いて終わってしまう。だから世界はつまらない。
ラディウスはずっと、生きているのが退屈だったの?
だから――
「ラディウスは自分を殺せる人を探してたの?」
あたしの問いかけに、ラディウスは顔色を変えることなく「さぁな」とだけ言った。
「早く入るぞ。そろそろヘルムートが血相を変えそうだ」
あたしはどこか孤独を感じる背中を見て、初めてラディウスの心境について考えた。
世界は退屈で、力と魔力とスキルばかりを求められ、「敵無し」と言われ続けた人生。
戦場での活躍が期待され、応えるたびに高まる兵器としての自分の価値……。
人として見られない。
力そのものしか見てもらえない。
それが嫌だった?
「――――あたしと同じだ」




