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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
それぞれの思惑

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夜会②


 ラディウスに言われて視線を向けると、アリウェ陛下と側近が見えた。

 こちらは男性が多い。

「こんばんは、アリウェ陛下」

「ラディウス陛下、ヒカリ殿。今宵は盛大な夜会ですね。楽しんでおります」

「それはよかった」

 2人とも形式張った挨拶から始めたが、これが徐々に変わっていくんだよね……。

「到着して早々に会談に夜会と立て続けだが、疲労は溜まっておられないか?」

「ええ。お陰様でゆっくりと寝られました」

「それはなにより」

「ヒカリ殿という良い友を得られましたので、気持ちも高ぶると言うものです。誰かさんへの悪計を巡らすのが楽しみです」

「ほう?誰の事を言っているの分からないが、悪戯はほどほどにされた方が身のためですよ?」

 

 ……ほら、会話が怪しくなってきた。


 アリウェ陛下はラディウスいじりを終わらせると、あたしに軽く会釈をした。 

「ヒカリ殿は今宵も美しいですね。一際目を引く装いだ」

 彼はお酒を飲んでいるのか、頬が紅潮している。

 ……お酒のせいだよね?

「……ありがとうございます」

 何度か視線が熱い気がするのは……気のせいじゃないかも?

 

「ヒカリから話は聞いているぞ?随分と太っ腹な判断をしてくれたそうだな?グラータが薬の開示に応じるとは思わなかったぞ」

 社交辞令のやりとりが終わると、さっそくラディウスが先日の話題を出してきた。

「ええ、そうでしょうね。あの場にラディウス陛下がいらしたら、そんな結果にはならなかったでしょう」

「アリウェ陛下は随分とヒカリが気に入ったようだな?」

「場を明るくしてくれるヒカリ殿は、かなり魅力的ですから」

「こっそりと誘いの手紙を送るほどにご執心か?」

「おや、何のことですか?」

「おや、耄碌もうろくするには早すぎる歳ではないか、アリウェ陛下?」

「そう言うラディウス陛下も、随分と穏やかに微笑むようになられた。ヒカリ殿の影響ですか?」

「さて、何のことを言っているのか、さっぱりわからないんだが?」

「さすがに半世紀以上も生きれば、少々物忘れが始まるのですか?」

「…………アリウェ陛下、少し露台に出て2人きりで話をしないか?」

 

 な、何このやり取り……。

 2人ともニコニコしてるけど、決して心も空気も穏やかじゃない……。

 しかもラディウスは明らかにアリウェ陛下に何かしようと、外に誘い出そうとしている……。

 

 あたしは不穏な空気に慌てて、

「アリウェ陛下、一曲踊って頂けませんか?」

 誘ってしまった。

 女性からの申し込みはタブーと聞いていないから、大丈夫な……はず。

「ええ、是非」

 アリウェ陛下はパアと明るく笑ったので、きっとマナー違反じゃなかった。


 

 再びダンスのただ中に入ると、曲は先程と変わって優雅なリズムになっていた。みんなゆったりと横揺れしている。

「アリウェ陛下、あたし踊りをしたことがないので……不作法があったら申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらず。こうして他の誰でもないヒカリ殿と時間を過ごせるなら、喜んで共にいましょう」

 う、うわー!

 こんな歯の浮くようなセリフを言えるなんて……。 

「そ、そうですか?」

「はい」

 ニコニコしたアリウェ陛下は、まぶしい白い歯を見せて笑っている。

 心臓に悪い輝く笑顔だ……。

 

「先程ラディウス陛下とこの会場に入ってこられた時は、思わず見惚れてしまいました。横に立っているのが私でなかったのが、残念でなりません」

 これは……お礼の言葉でいいのかな?

「あ、ありがとうございます……?」

「困った顔もまた可愛らしい」

「い、いえ……。そんな事は……」

「謙遜なさるなんて……。この場にいる誰よりも輝いておられますよ?」

「アリウェ陛下も、今日の衣装はお似合いですよ……」

「ヒカリ殿の美しさには到底かないません」

 ひー!何を言っても口説き文句で返される!

 

 さっきのタハルカ陛下と言い、王族って女性賛美をしないと無礼にあたるとか、決まりでもあるの?

 

 あたしはいっぱいいっぱいで、何とか話題を変えようと仕事の事を切り出した。

「あ、あの……先日の謁見はありがとうございました。突然の申し出を受けて頂いて、とても助かりました」

「いいえ。ヒカリ殿が勝ち取った権利です。先程も言いましたが、あの場にラディウス陛下がいたら成功していませんでしたよ?」

「そ、そうですか……?」

「ええ。彼とやり合うばかりになって、ヒカリ殿の話は聞けなかったでしょう。ラディウス陛下は交渉に不向きな性格ですから。ソルセリルが頼み事をする立場であるなら、尚の事です」

「それは――確かにそうかもしれません……」 

 ラディウスが恭しく腰を低くして頼むとは思えない。想像つかないし……。

「ヒカリ殿はラディウス陛下の傍にいて、不自由な事はないのですか?手荒に扱われたりは?」

「いいえ。ありませんよ」

 今は、ね。

「そうでしょうか?あぁ、でも邸宅を木っ端微塵にできるのなら、十分抵抗はできそうですね」

「邸宅の一部です、一部!家丸ごと一軒じゃありません!」

 ちゃんとそこは訂正しておかないと。

 あたしの慌てぶりに声を上げて笑うと、

「慌てた顔もやはり可愛いですね」

 

 ただでさえ赤い顔がさらに赤くなる。

 もう茹でダコみたいになっているのではなかろうか……。 

 し、仕事のはなし!仕事の話をするんだ!

 話の方向を変えないと!

 

「アリウェ陛下は私の医療体制案、どう思われましたか?他国の方の意見を聞ける機会は滅多にないので、助言などあれば助かるのですが……」

 すごく真面目な質問で、どうにか顔の赤みを引かせる作戦だ。 

 アリウェ陛下は少し難しい顔をすると、

「わたしはその道の専門家ではないのですが……そうですね――。かなり無謀で先の長い挑戦になると思います」

「――具体的に、どういった障害がありますか?」

「やはり一番は、回復魔法師達でしょう。今は治療の仕事を一任されていますからね。かなりの権力を握っている。他にはポーションを作成している魔導師の製薬部隊、治療部隊でしょうか?」

「基本的に魔導師達からの反発が大きそう、ということですね?」

「ええ。庶民から見れば、ヒカリ殿の発想は画期的で受け入れられると思います。特に貧困層や僻地に住む者達からは」

「……はい」

 

 今後、今話し合いに来てくれている魔導師の人たちとも衝突することになるのか……。

 今のところ、回復魔法師ありきでの内容しか話し合っていないから、受け入れがいいんだろうな。

 人と衝突するのは苦手だ。どうしても相手の顔色窺いになりそう。変革をもたらしたいなら、弱腰ではいけないんだろうけど……。

  

「暗い顔をしないでください」

 俯くあたしに、アリウェ陛下は花のように笑う。心ほぐれるような柔らかい笑顔は、あたしにも温かさを届けた。

「心配されなくとも、ヒカリ殿ならできるでしょう。貴方はグラータ、ヘルムート殿、何よりあのラディウス陛下をも動かす力をお持ちだ」

「……あたしはそんな大層な事はしていません。この間も言った通り、身勝手な理由で突き進んでいるだけなんです……」

「全ての物事が、崇高な理由でなされるわけではない。案外、何かを始めるきっかけなど単純なものです。庶民だろうが貴族であろうが、関係ない。下を向いている暇があるのなら、前を向いて先を見据えたほうがずっといい。違いますか?」

「――そう、ですね」

  

 きっかけなんて、言ってしまえば何でもいいのだ。

 御大層な理由は要らない。直感的に感じたことが、一番の根底にある本音だ。

 

 あたしは随分と大義名分に拘って《こだわ》いたのだと気がついた。そこに大した理由がなくても、世界が少しいい方向に変われば成功なのだろう。

「自分の中に、揺るがない確固としたものがある。何をおいても譲れない気持ちが定まっていれば、大丈夫です。自信を持ってください、ヒカリ殿」

「――ありがとうございます」

 この夜会で始めて自然に微笑んでいた。

 かなり慰められ、アリウェ陛下に感謝の気持ちが湧き上がり、

「アリウェ陛下はよい王ですね」

素直にそう思った。

「気が付かれましたか?」

 面白そうにそう言うので、あたしも笑った。

「ご自身自慢ですか?」

「そうですね。ヒカリ殿の前であれは、すこしは見栄を張りたい」


 

 ここで曲が終わった。

 あたしはラディウスの元へ戻ろうとしたけど、

「ヒカリ殿、少し露台に出て話しをしませんか?」

 外を指さされ、誘われた。 

 あたしはヘルムートの言葉を色々と思い出し、固まった。

「えっと……」

「警戒なされるな。少し夜風に当たるだけです」

 外へと続く大きな窓を示され、あたしはチラッとラディウスがいる場所を見た。しかし人混みから探し出すのは困難で、短時間ならいいか……と仕方なくついて行く。


 

 夏の夜は風がぬるい。

 室内よりは涼しいが、雨のせいで湿気を帯びた風は少し鬱陶しいくらいだ。

「この所雨が多かったので、風が重いですね」

「ええ……」

「……ヒカリ殿、ハンカチは持っておられますか?」

「えっ?部屋に置いてあります。まだ洗っていないので、お返しできなくて」

「――いいえ、そのまま持っていて下さい。差し上げます」

「よろしいのですか?」

「はい」

「では……ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」

 微笑を浮かべると、アリウェ陛下は夜空に目を向けた。

 

 異世界の夜空は知っている星座が一つもない。

 あんまり詳しくはないけど、夏の大三角も天の川もない。街灯がないから星はすごく綺麗に見えるけど。

「わたしは明日、ソルセリルを発ちます。薬の件があるので、またヒカリ殿とはお会いできそうですね……」

「そうですね」

「我が国はソルセリルの隣、行き来はたやすい。グラータにある資料が気になれば、いつでもお越しください」

「ありがとうございます」 

 素直に感謝の言葉を述べると、

「――そのまま永住していたたいても構いませんよ?」

 意味ありげな視線を送られた。

「……それは」

 言葉を濁すと、アリウェ陛下はまたクスリと笑う。

「ヒカリ殿はソルセリルを離れがたいのですね……。無下に扱われていない証拠ですから、喜ばしいことなんでしょうが……。少し淋しいものがある」

「…………アリウェ陛下、お気遣い頂いてありがとうございます。お気持ちはとても嬉しいです。

 でも――今は恋愛事に割く余裕がありません……。わたしの周りでは色々な変化があります……。それにやっと気持ちが追いついて来たところなんです。アザルスからソルセリルに来て、着いたと思ったら家は3回も変わって……。今、ようやく腰を据えて休む場所を得られたところなんです」

「…………そうですか。居心地はよろしいか?」

「ええ。今の住処にも慣れてきたところです」

「そうですか……。貴方の心境は分かりました。

 わたしも結婚適齢期なので、周囲からは何かとやかましく言われるのです。自分の立場はわきまえているが……どうしても政治的な考えで伴侶は選べない。臣下達は相当に頭を悩ませているようだが……心が通じた人と結ばれたいと考えてしまう。両親がそうだったからでしょう」

「それは素敵ですね」

「ええ。――ですから、もう少し貴方を諦めずにいたい」

 

 アリウェ陛下は熱のこもった視線をあたしに向けた。真剣な表情は彼の心そのものを映していて、逸らすのは失礼だと思い、真正面から受け止める。

「引き際を誤るつもりはないが、あまりにも潔く退きたくはない。ヒカリ殿に想う相手がいないのなら尚の事」 

「…………はい」

「是非、またお会いしたい」

 

 アリウェ陛下はそう言うと、軽く膝を折り手の甲にキスした。

 タハルカ陛下とは明らかに違う優しい手の添え方、唇の落とし方だった。 

 顔を上げると心を鷲掴にするような笑みであたしを見て、

「さぁ、中に入りましょう。夜風は女性の体にあまり良くない」

 そっと腰に手を添えてホールへと誘ってくれた。

 

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