夜会①
夜会①
翌日の夜会当日。
あまり寝付けなかったあたしは、昼すぎまで寝ていた。夜会の準備があるから、あと数時間後には城に行かなくてはいけない。
起床後のぼーっとした頭でそう考えて、また気持ちが沈んだ。
どうにも落ち着かず、日課のストレッチ、走り込み、素振りを一通り行って雑念を晴らそうとした。いつもより念入りに体を動かして、汗をかいて弓を射る事にも集中できた。
お陰で少しは平常心になったけど、ダンスや会食での会話、何よりアリウェ陛下からのお誘いを考えると、胃のあたりがずずん、と重くなってため息しか出なかった。
城から迎えが来てドレスアップする時になっても気持ちは固まらず、支度が完成してからもぐだぐだと言い訳して、部屋から出なかった。
あぁ……どうしよう――。
夜会とあって、この日の衣装はこれまでと違い肌の露出が高い。
靴のつま先が隠れるロング丈であるのは同じだけど、ノースリーブ、背中、胸元が大きく開いた華やかなドレスは、映画に出てくる衣装のようだ。生地も光沢ある高級素材で、日本で一般生活を送っていればまず着用する縁はない一着だ。
絶対に衣装に着られている……。
鏡を見たあたしの感想はそれだった。
そんな姿で人様の前に出る気恥ずかしさもあり、部屋に居座った。
外はすっかり暗くなった。会場からは人々が集まって談笑する声が聞こえる。
……本当にそろそろ行かないと――。
そうは思っても、足は動かなかった。
このままあたしの存在を忘れてくれないかなぁ……。なんて遠い目で考えてると、部屋のドアがノックされた。
「……はい」
テンション低く返事をすると、
「入るぞ」
ラディウスだった。
彼は濃紺の上着、黒のズボン、金色の見事な刺繍が入った立派な外套をまとっていた。夜会の主催国の国王だからだろう、かなり目を引く衣装だ。しかし悔しいかな、整った顔立ちには凄く似合っている。
………これだからイケメンは――。
「そろそろ移動しないと遅れるぞ?」
「…………分かってるよ」
不貞腐れて返事をすると、いつもの呆れたため息をついたラディウスは、
「参加したくないのは分かっているがな、お前も主賓だ。出席しないと色々と面倒だぞ?」
「…………分かってるよ」
同じ返事を繰り返し、大きく深呼吸すると意を決して立ち上がった。
「そんなにも夜会が嫌か?ちょっと踊って食事すれば終わるだろう?」
「あたしは生粋の庶民なの。お偉いさんばっかりの中、慣れないヒールに似合わないドレス着て、愛想笑い振りまくなんて出来ないの」
開き直ってふてぶてしく言うと、
「似合わない?」
サッとあたしの全身を見たラディウスは、
「よく似合っているぞ?濃い鮮やかな青はヒカリの黒目黒髪によく映える」
当然のようにそう言った。
急な褒め言葉に、あたしは固まった。
「ヒカリは肌が白い。鮮やかな色は洗練された華やかさがあっていいぞ」
あたしは一気に体温が上がるのを感じた。
「き、昨日は雨に打たれた猿って言ったじゃない!!」
「あれはぐったりと締まりのない顔をしていたからだ」
何、それ?
あたしは酷く照れくさくて、どうしていいのか分からなくて、顔中から湯気が出ているじゃないかと思った。
「何だ?恥じらっているのか?」
ラディウスは可笑しそうに笑うと、
「そういう顔も見ものだな」
ラディウスは左腕を曲げて差し出してきた。
「ほら行くぞ」
「……一緒に会場に入るの?」
「当然だろう。ヒカリはソルセリルの人間だ」
ん、と肘を掴むように促される。
あたしは恐る恐る手を添えた。
そのままエスコートされて会場の大扉の前に立つ。
立派な外套を着たヘルムートが控えていて、あたし達を見て小さく微笑むと、恭しく《うやうや》頭を下げた。
それを合図に扉が開く。
会場の中は人々であふれていた。
貴族、貴族、貴族、王族……。
全員が拍手してあたし達の登場を笑顔で見ている。
あたしは貼り付けられた笑顔を何とか保って、たまに左右を見て、それとなく愛想を振りまいた。緊張回避のため全員をじゃがいもと思うようにした。
玉座まで来るとラディウスは階段を登り、あたしは台座の下で棒立ちになり、出来るだけ柱や天井を見る。
そのうちダンスと会食が始まり、あたりはガヤガヤと賑やかになった。
やっと注目の視線から解放され、ふぅ……と胸を撫でろす。
こんなに煩かったら、あたし一人いなくなったところで気づかれないのでは……。
こそ、こそと一歩ずつ横にずれて壁際に逃げようとしたら、満面の笑みのヘルムートに捕まった。
定位置まで引き戻されると、
「ここに居てください」
と笑顔の圧力をかけられる。
「………………はい」
観念して大人しくしていると、
「ヒカリ様ですか?」
知らない男性が声をかけてきた。
ここにいるって事は、そこそこな地位の人だよね?
「はい、そうです」
返事をすると、胸に手を当ててお辞儀をされた。
「私、オスカナ商会の者です。いつも商品を入荷させて頂いています」
「は、はぁ……」
商会の人……?
あたしは販路に関わってないから、そもそも面識がない。
「あの……」
どういったご要件でしょう?と聞こうとしたけど、
「わたくしはレットナ商会です」
「わたくしはミカサ製薬の者です」
次々と人が寄ってきた。
「あたくしは商会ギルドの会長をしております」
「領主のエイリック家の当主です」
「あたくしはネルブース家の者です。ヒカリ様がご贔屓にされている革職人には、我が家もお世話になっておりまして……」
――最後の方は関係なくないか?
あたしはあっという間に自称商会の人、貴族、製薬関連の人々に囲まれた。
しかも全員男。
…………んんー。これは……逃げたほうがいいヤツかな?
どうにか人垣の間を抜けようとしたけど、人壁は厚くてにっちもさっちもいかなかった。玉座に続く階段を上がれば逃げられるけど……。さすがにそれは駄目だよね。それぐらいはあたしにも分かる。
頼みのヘルムートはいつの間にかいないし、こういう時の対処方法を聞いておけばよかった……。
各々が好き勝手に喋っている中、
「あの、飲み物を取りにいきたいのですが……」
苦し紛れにそう言うと、今度はあっちこっちからグラスが差し出された。
どれを取れって言うんだよ……。
しかも、これは誰のグラスもとっちゃダメなやつだ。ヘルムートの「知らない人からは食べ物をもらっちゃいけません」の注意事項に該当する。
いよいよ外のバルコニーに逃げようと、夜風に当たりたいので、と言おうとした。すると、
「ヒカリ、少しあちらで挨拶をしよう」
ラディウスの声が後ろから振ってくる。
玉座の下でわちゃわちゃしているのが気に食わなかったのかな?
でも助かった……。
そう思って振り返ろうとしたら、腰のあたりを持たれてヒョイと体を持ち上げられた。
まるで重さがないものを持つみたいに、軽々とした動作だった。呆気に取られて驚いているうちにストン、とラディウスの横に降ろされ、クイと腰を掴まれて引き寄せられる。
「主賓の方々と挨拶をしてくる。通してもらえるか?」
ラディウスが一段高い台座の上から男性陣を見下ろしてそう言うと、人垣はモーゼの海割りの如くサッと開け、道が出来た。
「協力感謝する」
ラディウスはそう言うとあたしを引き連れて、道を優雅に進む。
「ありがと……助かった………」
小声でお礼を言うと、
「群衆から掻っ攫うのはなかなか気分がいいな」
また悪い笑みを浮かべていた。
あたし達はまず、アラシャのタハルカ陛下の元へ行った。クレールさんは薄ピンクのドレル姿で、とても可愛らしい。
「こんばんは、ラディウス陛下、ヒカリ殿」
タハルカ陛下の周りは女性しかいなかった。なぜって、従者が全員女性だから。
「こんばんは、タハルカ陛下」
何とか苦笑いにならないよう、しっかりと口角を上げることに意識を集中させる。
「ヒカリ殿は今宵、一段とお美しいですな。白い肌と黒目黒髪によく似合った青だ。花もかすんでしまう」
今日も絶好調に賛美が飛び交う。
「あ、ありがとうございます……」
「是非ともお相手をお願いしたい。私と一曲よろしいですかな?」
タハルカ陛下はすっ、と手を伸ばしてきた。
目上の人からの誘いは断ってはいけない。
ヘルムートからそう聞いていたので、あたしはその手をとった。
手を引かれダンスのただ中に入っていくと、管楽器の優雅な演奏が耳に入ってくる。
あたしはタハルカ陛下と向き合って、ダンスを始めた。
ちゃんと踊る前に伝えとかないと……。
「あの……タハルカ陛下。実はわたし、踊りの経験はなくて……。かなり不格好になると思います……」
「気になさるな。踊りは楽しんだ者勝ちですぞ?」
颯爽とリードしくれるのはさすがだ。あたしとタハルカ陛下は結構身長差があるから、どうにも踊りにくい。
あたしが振り回されているように見えないかな……。
「ヒカリ殿はアラシャへの移住の件、考えて下さったかな?」
「えっ?」
その話、本気だったの?
「えーと……今はソルセリルでやりたい仕事があるので……」
「我が国では出来ないことですかな?」
「ええ。私が主導で進んでいる話なので……」
「薬の開発とは別に?」
「――はい」
「最近は城で会議を何度もされているようですな?回復魔法師や診療所の者を交えて……。それがヒカリ殿が主導しているお仕事か?」
やっぱり各国はある程度、あたしの情報や仕事の事を知ってるんだな……。
「そうですね」
「実に興味深い。差し支えなければ、内容を伺っても?」
「まだまだ他国に披露出来る内容ではございませんから」
「…………ふむ。ならば、我が国の事で聞きたいことはありますか?」
「……アラシャの事ですか?」
「ええ。ソルセリルとはかなり離れた距離にある国ですからな。こことは景色も食べ物も全く違いますぞ?」
「砂漠の国と伺っておりますが、昼夜の気温差は激しいのですか?」
「ええ。昼は暑く、夜は凍えるように寒い。皆で肩を寄せ合って寝ています」
「…………そうですか」
セクハラでは?
「水の確保はやはり困難なのでしょうか?」
「いいえ。クレールが来てからは落ち着きました」
…………クレールさん?
なんで急にクレールさんの名前が出てくるの?
彼女の力と何か関係があるのかな?
「――そうですか。皆さま、服装は日よけを意識した外套などを羽織られるのですか?」
「ええ。昼間の屋外ではそうですな。室内では色とりどりの服が見られて目の保養ですぞ?ヒカリ殿にも一着差し上げよう。我が国に来ることがあれば、是非とも着用していただきたい」
「あ、ありがとうございます……」
「貴方の来訪はいつでも歓迎いたします。ヒカリ殿がソルセリルに見切りを付ける事があれば、真っ先にアラシャの事を思い出されよ」
見切り……。
随分と荒々しい言葉に、少し顔が引きつった。
「――でしたら、今のところ心配はないかと」
「そうですかな?ラディウス陛下は冷徹なお方。女性であろうと容赦ない。ヒカリ殿も心当たりがあるのでは?」
――この人はラディウスを毛嫌いしてるんだ。
あたしは何も返さなかった。無言は肯定になるが、下手に言葉を出さないほうがいい。
「これ以上歩み寄る努力しても無駄と思われたなら、是非とも積極的に決断することをお勧めする」
「…………心に留め置きます」
そこで曲は終わった。
あたしは手を引かれたまま、ラディウスが待つ場所まで帰ってくる。
「ヒカリ殿、楽しい一時であった。くれぐれも、私の言葉をお忘れなきよう」
笑いジワの顔を向けられたが、どうしても目が笑っていない気がして背筋が冷えた。
あたしの怯えを読み取ったのだろう、タハルカ陛下は意味ありげな笑みになり、
「またお会いできる日を楽しみにしております」
そう言って手の甲に口づけを落として去っていった。
「タハルカ陛下に何を言われた?」
ラディウスが再びあたしを引き連れて移動している最中、コソッと尋ねてきた。
「明らかにおどおどしているが?」
「――いや、別に……。話をしただけ。アラシャの風土とか、寒暖差のこととか……」
「それだけではないだろう?気候の話でヒカリがそんなにたじろぐものか」
だいぶあたしの性格を理解し始めたラディウスは、顔を覗き込んでくる。
「タハルカは以前から俺の事を疎ん《うと》じているからな。ソルセリル建国の折にも大層な反対をされた。今でこそ国交があるが、あのタヌキオヤジのことだ。隙あらば俺の首を狙って来るぞ?」
「ち、ちょっと!そんなこと衆目がある前で言わないでよ!」
あたしは思わず小声で窘めたけど「気にするな」と軽く流された。
「盗聴防止魔法を張ってある。誰にも聞かれん」
「……そう言う事は先に教えて……」
ラディウスはふっと笑うと、
「ほら、グラータの連中が見えたぞ?」




