報告
一世一代の交渉を終えて部屋を出ると、あたしはかなりクタクタで、このまま家に帰りたかった。が、
「ラディウス陛下にこの結果をお伝えしないと」
ヘルムートに言われ、ずん、と体が更に重くなった。
「えぇ……。あたしも行かないといけませんか?」
「当たり前です」
先ほどの満面の笑みはどこへやら。ヘルムートはツンと口を尖らせると、
「あなたが勝ち取った功績ですよ?本人が報告しなくてどうします」
「…………はい」
正論にぐうの音も出なかった。
疲労で重い足取りのまま、あたしはヘルムートと共にラディウスの執務室へ向かった。
ノックをするといつものように「入れ」と返事があり、重厚な扉を開ける。
ラディウスは残った仕事を片付けていたのか、机に向かいペンを走らせていた。
「無事に終わりました」
ヘルムートがそう言うと、手を止め珍しく目を見開いて、
「ほう?上手く取り入ったか?」
「私ではなく、ヒカリがやってのけました」
「ヒカリが?一人でか?」
さらに目を見開いたので、眼球が落ちそうだと思ってしまう。
「お前、どれだけ国王たらしなんだ?」
「何、その言い方……」
身体的疲労に加え精神疲労まで重なり、あたしはぐったりと肩の力が抜けた。
「結構大変だったんだから……」
言い返す気力もなくて、ダラダラとソファに向かう。
そんなあたしを見て、
「なんだ、いつもの威勢はどうした?」
思った反撃が返ってこないことに、不満そうな顔をしていた。
「そんな元気ないよ……。それにこんな時くらい、労いの言葉が欲しいんだけど?」
弱々しく言う様子を見たラディウスは、
「せっかく着飾ってめかし込んでいるのに、そんな姿じゃぁ雨に打たれた猿のようだぞ?」
と揶揄ってきた。
……はぁ?
あたしはあまりの言い草にカチンときて、
「エルマージ」
解除の呪文を唱えると、指輪を外して机に置いた。
それを見たラディウスは、
「待て待て待てっ!!城ではやめろ!ただでさえ客人がいるんだぞ!」
あたしから逃げた。
「今のはラディウス様が悪いです……」
ヘルムートが静かに激昂するあたしを見て、居た堪れない表情をした。
「これだけの大仕事をしたと言うのに、その暴言はありませんね……。さすがにヒカリが気の毒です」
「お前がヒカリにつくのか?!」
「当然です」
かなり大きな後ろ盾を得たあたしは、ラディウスににじり寄った。すでに力のバリアは発動済みだ。
孤立無援のラディウスはすぐに観念して、
「悪かった!前言った借りは帳消しでいい!指輪の魔力補給の借りだ!」
執務室の机を挟んだあたし達は、対峙しあって視線をぶつけた。
「帳消し?どう考えても今回のあたしの働きの方が上回ってるでしょ?」
「それはそうですね。長年秘匿していた毒と薬の情報開示を勝ち取ったんです。グラータに大きな借りを作った事になりますが、それを踏まえても情報を得られたのはかなりの手柄です。指輪への魔力補給ごときでは等価交換にならない」
冷静に分析するヘルムートの言葉を聞いて、
「分かった!!今回は俺への貸しでいい!」
言質を取ったので、あたしはバリアを解除して意気揚々とソファに座る。指輪を装着すると、
「何で貸しを返してもらうかは、じっくり考えさせてもらうわね」
平然とそう言った。
ラディウスはシャツの首のボタンを外すと、大きくため息をつく。
「全く……アリウェに対しても実力行使したんじゃないだろうな?」
どっと疲れた顔になっていた。
「そんなわけないでしょ?」
あたしの剣のある声に重ねて、ヘルムートが、
「ヒカリはきちんと交渉していましたよ」
と援護してくれた。
「なかなかに心打たれる説明でした。最終的にグラータの面々もかなりヒカリに惹かれていましたが、最初は相当険悪な空気になりましたからね」
「それはそうだろうな……」
ラディウスは簡単に想像できたのだろ。眉をひそめた。
「実際、ヒカリは泣かされました」
「いやいやいや!」
かなり語弊がある言い方だ。
それに、そこは泣かされたんじゃなくて、勝手にあたしが泣いた、が正しい。
ラディウスはあたしの顔をじっと見た。
まだ瞼が腫れっぽい事に気がつくと、表情を変えスタスタ歩み寄ってきて、
「……アリウェには明日、たっぷりと仕置きだな」
なんて呟いている。
「いや、今のヘルムートさんの言い方はかなり語弊があるから!」
「それでもヒカリが泣いたのは事実でしょう?」
すかさずヘルムートの言葉が飛んでくる。
「そうだけど……」
ラディウスは頬に絡みついた細い髪の毛を払ってくれる。その目が熱を帯びている気がして、あたしは少しドキッとした。
「あと、アリウェ陛下からハンカチも渡されていましたよ」
その言葉にラディウスは目の色を変えると、
「そのハンカチはどこだ?」
あたしに詰め寄った。
手に持っていたラベンダー色の綺麗なハンカチを見せると、サッとかすめ取って広げる。
中からはらり、と紙切れが1枚落ちてきた。
え?なにそれ?
床に落ちた紙を掴み書かれた文字を読むと、ラディウスはブスッとした顔で、
「ヒカリ、お前誘われているぞ?」
突き出してきた。
受け取った紙には、
『明日、特別な時間を過ごしたい』
と美しい文字で綴られていた。
えええええぇっ?!!
驚きすぎて声も出ないあたしに、
「おい。口が開いているぞ。間抜け面を早く解け」
見ていられない、とばかりにラディウスが呆れた。
「どどどっ、どうしよう?!これ、どうしたらいいの?!」
「ヒカリが嫌でなければ、誘いを受ければいいんです」
「さ、誘いを受ける?!」
「一緒に踊って、会食して、話をすればいい。2人きりで夜景が見える露台に移ってもいいですよ?あぁ、部屋に誘われても入らないように。ソルセリルで既成事実を作られても困るので」
「き、既成事実……」
それはアレなナニの事を言ってるの?
「ちなみに、アリウェ陛下は独身です。婚約者もおられません」
「………………」
あたしは急な事に呆気にとられた。
先程まで大仕事を終えた疲労感が体を満たしていたのに、今は緊張と恥じらいでいっぱいいっぱいになった。
「おい。顔が真っ赤だぞ?」
「えっ!?」
あたしはぱっと両手を頬に当てた。
確かに熱い……。
あたしも26歳、告られた事もあるし、2年前まで彼氏もいた。
でも、さすがに一国の王に求愛されたことはない。
今は仕事のこととか、毒薬事件の事で頭が一杯で、恋愛なんて考えても見なかった。
…………どうやってお断りするば――。
相手は一国の王。平民と付き合うのとは訳が違う。
下手をすると国際問題になるのか?
やっぱり情報開示は無かった事に……なんて言われたらどうしよう…………。
そう思うと肝が冷えた。
「顔を赤くしたり青くしたり、忙しい奴だな……」
ラディウスは冷めた目であたしを見ている。
「いや……色々と考えちゃって……」
「明日の夜会までに、アリウェ陛下の誘いを受けるのか断るのか、決めておいて下さいね?」
ヘルムートはよくあること、と言うように簡単に言った。
そりゃ、美形のヘルムートならお誘いなんて山のように断ってきたんだろうけど……。
恋愛レベル3くらいのあたしにはかなりハードルが高い。ちなみに、10がマックスだ。
「うぅ…………。夜会、行きたくない……」
「無理ですね」「ムリだぞ」




