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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
ヒカリの力

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18/70

ラディウスとの問答


 翌朝の早朝、まだ日が昇りきる前にあたしはお屋敷の正面玄関に立っていた。

 魔獣車が3台並び、そのうち1台は豪華で、きっとラディウスが乗るんだろうと思った。

 あたしは髪を一つにまとめ、持っている服の中でも一番動きやすい物を選んだ。昨晩はほとんど眠れなかったが、ここに来ても眠気は感じず、逆に遠くまで見渡せるんじゃないかというほどに冴えていた。


「準備はいいですか?」

 ヘルムートがエッダ、グスタフを引き連れて姿を現すと、あたしの緊張は一段階上がった。

 ヘルムートとは何度も会って仕事も一緒にしたから、その視線も語り口調にも慣れた。

 


 一方で、接点が再鑑定の場面しかないエッダとグスタフの目は厳しい。

 あたしも2人の事は何も知らない。

 向こうも同じだから、あたしの印象が定まらなくてああいう視線になるんだろうな。この視線はアザルスで浴びていたものに比べると、マシな方だ。あの人たちの方がよほど憎悪があったもの。エッダとグスタフからはまだ疑念と叱責しか感じない。こちらの方がよほど優しい。


 あたしは冷ややかに見つめてくる2人に会釈した。

 どうせこの国に永住するのだ。監視が続くなら今後も接点が多くなるだろう。2人の人となりや性格は知っておきたい。それが本音だった。

  

  

「ラディウス様は間もなく来られます。そのままそこで待機していて下さい」

 ヘルムートはそう言うと、2人を伴って後方の魔獣車に行ってしまう。

 到着後の打ち合わせでもするのだろうか。

 回復魔法師は一番後ろの魔獣車の横に、1人静かに立っていた。

 きっと今日はお世話になるから、

(どうか、危ない時はすぐに助けてください!)

 と熱い視線を送っておいた。


 

 朝日がお屋敷全体を明るく照らす時間になると、ラディウスが正門からゆっくり歩いてやってくる。

「ヒカリ、今日は楽しみにしているぞ」

 無邪気に笑っているのが憎らしい。

 ラディウスのお陰で助かった命だが、ラディウスのせいでまた危機に陥っている。

 本人はそこまで考えが及んでいないようだが、それがすごく気に食わない。


 あたしは魔獣の森に行く原因になったラディウスに、冷ややかな視線を向けた。

 あなたのせいで、あたしは今日痛めに遭うんだぞ。

 そう思いを込めた。

 彼はちゃんとその意を汲んだようで、僅かに口角を上げると、 

「ヒカリは俺と一緒に乗れ」

 そう言って、一番豪華な魔獣車の扉を開けた。


 は?なんでそうなるの?


 これに驚いたのはあたしだけでなく、腹心3人も同じだった。

「ラディウス様、ヒカリはエッダと同乗しますからっ」

 慌てたヘルムートなんて見もせずに、

「いいだろう?せっかくの機会だ。異世界の話も聞きたい」

 ラディウスはそう言ってあたしをじっと見ると、中に入るよう視線で促した。

 あたしはチラッとヘルムートを見たが、ものすごく渋い顔をして頷いている。

 でもその顔より、エッダの燃えるような嫉妬の視線の方が怖かった。

 

 あたしはなんとかそれを無視して魔獣車に乗り込む。

 ラディウスが目の前に座ると扉はバタンと閉まり、あたし達は対面して座ることになった。

 

 翼が見えないラディウスはこうして見ると、威圧感があって高慢で自信過剰で自己優越感をもっている細身の男性に見える。

 飾り言葉を色々つけたのは、それだけあたしが不快な印象を持っているからだ。

「再鑑定の時以来だな。元気にしていたか?」

「……お陰様で」

「ヘルムートと色々やっているようだな?楽しいか?」

「ええ、まぁ……」

「力の発動方法は分かったのか?」

「分かったのは分かりましたけど……曖昧すぎて掴めてません」

「そうか。本番でできるといいな」

 そんな「テスト上手くいくかな?」「できるといいね」くらいの軽いノリで言わないでほしい。

 こっちは命がかかってるんだが?

 あたしは魔獣の森へ強制連行という重圧感と恐怖心に押しつぶらされないよう自分を奮い立たせながら、ラディウスに恨みをぶつけるため強く睨みつけた。

 でもそんな視線を羽虫を払うかのように受け流し、

「何だ?気に食わない、という顔だな?」

 ニヤついている。 

 目は口ほどに物を言う。 

 これは異世界でも共通で、ラディウスに文句があるとすぐバレてしまった。

 ここで本音を言えば後が怖い。腹心3人がやいのやいのと言ってくるだろう。死ぬかもしれない恐怖と、力の発動ができるかというプレッシャーに加えて、小言まで聞く余裕はない。

 

 だからあたしは何も言わず、黙って視線を窓の外に移すが、ラディウスは見逃してはくれなかった。

「遠慮しなくていいぞ?俺に直接文句を言ってくるやつは少ないからな。少ない、というかヘルムートしかいない。たまには別の奴から不平不満を聞くのもいい。言いたいことがあるなら言ってみろ」


 あたしはラディウスをチラッと見た。

 ふ~ん……そう言うなら――。


 あたしは再鑑定の時から溜まった不満を遠慮なしにぶちまけた。

「なら遠慮なく言いますけど、なんでそんなにもあたしの力にこだわるんですか?!せっかくアザルスで助かった命なのに、あなたのせいでまた危機に瀕してるじゃない!あたしはこの力を使いたくないって、最初に言いましたよね?あなたは面白いかもしれないけど、あたしにとっては迷惑以外の何ものでもないんです!こんな力、欲しいならあげたいくらいですよ!

 今日だって、確実に大怪我する場所に連れて行くし!回復魔法師がいるからいいだろう、なんて考えないで!痛いものは痛いし、痛いのはイヤです!嫌いです!!

せっかくいい魔王だと思ってたのに、ラディウスの評価はあたしの中でガタ落ちよ!言っておくけど、アザルス王国の国王と同じくらいの位置にいるからね!」

 恐怖とプレッシャーで不安が極限まで高まっていたあたしは、隠していた不満や本音を洗いざらいぶちまけた。

 

 ラディウスはかなり驚いてあたしの文句を聞いていた。こんな顔は初めて見て、やっとほくそ笑み以外の表情を拝めたと、あたしは小さく満足する。

「……思っていた10倍は言われたな。そんなにもその力が嫌か?」

「当たり前でしょ?!」

「俺の評価がガタ落ちか……。なかなか言われない言葉だな」

 何が嬉しいのか、口元をゆがませている。

 なに?マゾなの?

「何で嬉しそうなのよ…………」

 本音を見せてしまえば、敬語なんて飛んでしまう。

 2人きりという空間であることに油断して、あたしはタメ口になっていた。

 ラディウスは気にする風もなく、

「嬉しいわけじゃない。俺はそういう嗜好は持ち合わせていない」

 きっぱりと否定された。 

「なに、俺にはっきりと意見する奴は限られているからな。特に否定や消極的な意見は聞かない。俺の評価なんてものも、初めて言われたぞ」

「あら、そう。残念に思った?そうなら嬉しいんだけど」

「いや、残念ではないな。特になんとも思わない」

 悔しい……。

「ヒカリは自分の力が嫌いか?」

「当たり前でしょ?」

「なぜだ?」

「なぜって……。人を殺すなんてしたくないし、こうやって監視をつけられて警戒されて、自由がない生活になるのはイヤだからよ」

「前にも人を殺しなくないと言っていたな……。なぜだ?」

「なぜって、殺しなんてしたくないでしょ?」

「だから、なぜだ?」

 

 あたしはそもそも、何に疑問を持っているのか理解できなかった。 

 なぜ人を殺したくないのか?

 そんなこと、改めて考えたこともない。

 だって当たり前じゃない。

 

「殺すなんて、恐ろしいからよ」

「恐ろしい?」

「命は尊いから、奪いたくない。そんな悪いことをして、人から恨みを買いたくない」

「命が尊い……」

「無くなれば2度と戻ってこないし、同じ人も生まれてこない。その人はこの世界で唯一無二の命で、唯一の存在だから」

「変わりがいない、ということか?」

「そうよ。その人じゃないと満足できない人がいる。家族とか恋人とか友人とか。命を奪えばその人達がみんな悲しむし、寂しい思いも悔しい思いもする」

「俺は両親が死んだ時も、悲しくも悔しくもなかったがな」

「…………なぜ?」

「聞かれてもな……。なんとも思わなかっただけだ」

 

 あたしは言葉がなかった。

 人を殺すことに躊躇がないんだろうな……。

 普通の感覚じゃない。魔族だから、というよりラディウスだから、なんだろう。

 

「誰かを失って悲しいと思ったことはないの?」

「ないな、きっと」

 

 ――なら、あなたは温かさを知らない寂しい人だ。

 あたしは心の中でそう思った。

 魔法量が多くてスキルも魔法も沢山持っているけど、大事な物を持ってない。

 

「異世界でも同じ考えか?殺人は禁止か?」

「当然。捕まって罪に問われる」

「確か、魔法も特殊な力もないと言っていたな?なら何がある?」

「えーっと、科学技術?」

「かがく技術……?」

「……………………まぁ、色々と便利になる方法を考えることかな」

「……説明を省いただろう」

 だって、面倒だ……。


 大体、あたしは今から魔獣の森に行くんだぞ?

 こんな悠長に話している心理状態だじゃないんだけど。 


 しかしお構いなしにラディウスは質問を続けてきた。

「便利、ねぇ。創意工夫して最善を見つけていく感じか?」

「まぁ…………そんな感じで」

「適当だな………。努力というやつだろ?失敗を繰り返して重ねて……実に難儀だ」

「でも、それが楽しい人も多いじゃない。職人さんとか」

 あたしは容器製造や革製品の職人を思い出してそう言った。

「苦労して考えて、やっと理想にたどり着けるのは嬉しいし楽しい」

「……お前は何をしてもそう思いそうだな。そんな顔をしてる」


 なに?どういう意味?

 決して良い意味で言ってないことは分かるぞ。


「俺は何をしてもつまらん。すぐに終わってしまうからな」 

 ……そんなことある?

 何をしてもすぐに解決して終わるなんて……


 一国を動かすなんて、仕事としては究極に大変そうだし終わらないことばかりじゃないの?

「国を動かるのは、すぐに終わる簡単なことじゃないでしょ?次々に問題が舞い込んでくるじゃない」 

「まぁそうだな。だからそれだけは唯一飽きない」

 

 飽きない、か。

 より良い暮らしのためとか、国民のためじゃなくて、飽きないから国主をやってるってこと?

 

 それってかなり不純な動機な気がするけど……。国民にとっては自分達の生活がつつがなく平穏になれば、何でもいいか……。

 ラディウスの問題点はそこじゃないと思うし。

 

「………何をしてもつまらないなんて――あなた、余程つまらない人なのね」

 

 これに初めて表情を変え、顔がこわばるほど驚くと、

「…………なに?」

 ラディウスは戸惑った目をあたしに向けた。


「だって、世界には楽しいことも知らないことにも溢れてる。見たことないもの、食べたことない物、聞いたことない物……。それを知るのが楽しくないの?」

 ラディウスは本気で分からない、という顔をしていた。

「知らないことが楽しいのか?」

「ワクワクしないの?」

「わくわく?」

 首を傾げそうなほど、怪訝な顔をしていた。

「知らないことを知れるのは、面白いことでしょ?」

「…………意味がわからん」

 あたしはしかめ面をした。

「知らないことを知る。出来なかった事が出来るようになる。それは楽しくてワクワクするし、嬉しいことよ?」

「俺は何でもできるぞ?力もあるし、出来ないことの方が少ないくらいだ」

「出来ない事が『多い』ほうが、人生楽しいのよ?それにあなたは自分が思ってるよりも、出来ない事が多いと思う」

「待て待て待て待て……。頭がゴチャゴチャしてきた……」

 頭痛がするのか、ラディウスはこめかみを押さえて眉根を寄せた。

「出来ない事が『多い』方が楽しい?不便じゃないか」


 そうだけど……。

 努力を重ねる楽しさもあるでしょ?


「不便かもしれないけど、出来ないことに挑戦して、努力を重ねて、出来るようになる事が達成感よ?楽しじゃない」 

「なら、出来ないこと全て、出来るようになればいい」

「うーん……それはイヤ」

「はぁ?なぜだ?」

「全部出来るようになったら、退屈すぎて死んじゃうから。そんなの全然楽しくない」

「……………………いよいよ、全く分からん」


 ここまで困惑したラディウスは珍しいのかもしれない。それくらい困惑して歪んだ顔をしていた。


「ヒカリと話していると頭が痛くなる……」

「あたしはラディウスと話してると虚しくなってくる…」

 その言葉に、この日一番の困惑した表情を見せた。

「む、虚しい?初めて言われたぞ、そんな事!」

 あたしは苦り切った顔をした。長くしかめ面をしすぎて、普通の顔に戻るのが難しくなってきた。

「だって………掴みどころがなくて、話してても気持ちが繋がってる感じが全然しない」

「――そこだけは理解できる」


 あたし達はなんだか疲れて、黙り込んでしまった。

 

 魔獣車に乗り込んだ時はラディウスへの怒りをぶちまけたのに、今は空虚な気持ちしかない。ここまで共感と賛同を感じないと疲れるのか、と初めて知った。


 

 あたしは魔獣の森到着まで、ずっと外の景色を見ていた。

 ラディウスと問答しているうちにとっくに王都を抜け、山道を走っていた。

 事前にヘルムートから2時間ほどで到着すると言われている。魔法による速度アップや道の補助魔法がなければ6時間はかかる道のりらしい。


 まだ30分も経ってないのにこの空気……。

 やだなぁ…………。


 あたしは空虚になった気分を再び奮い立たせることに集中した。今は出来るだけ怪我をしないように、死にないように、自分の身の安全のことを第一に考えよう。

 回復魔法は怪我に有効な魔法だ。つまり、死ねば効果を発揮しない。死者蘇生の魔法はない。

 魔獣という野生の生き物に情けも容赦も通じないから、力を発動させて逃げ切り、生き残るしかない。

 

 あたしは森に入った後のシュミレーションをした。力を発動させるイメトレもして、萎えた心をなんとか膨らませる。

 残りの道中はずっとそれに集中した。


 結局、森に到着するまであたしもラディウスも、それ以上喋らなかった。


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