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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
力と力

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19/68

魔獣の森

痛いお話です。


 魔獣の森に到着したのは太陽が高く昇った、恐らく昼くらい。

 

 森は鬱蒼と草木が生い茂って、昼なのに暗く陰鬱な雰囲気だった。イメージしていた通りの森で驚いたが、特に嬉しくもない。

 あたしは森の中からピリピリとした嫌な空気を感じた。まるで皮膚に細かく刺さる棘のような痛さが、空気に混ざっているようだった。

 

 思わず両腕をさすっていると、

「感じますか?」

 ヘルムートがいつもの眉間にシワを寄せた顔で近寄って来た。

「あなたは魔力量が少ないので、人並み以上に感じるでしょう?」

「感じる……?何をですか?」

「魔獣達の魔力の重圧です。あたなたと魔獣達の魔力に差がありすぎるので、痛みとなって刺さっています。本能的な危機を体が感じているという事です」


 ええっ?

 まだ森に入ってないのに、もうそんなことに?!


「本来なら、魔力量が平均以下なら侵入禁止です。平均以上ある者でも防護結界や防御魔法、魔道具の力を借りて入るような場所です」


 そんな場所に、あたしは単身で乗り込んでいくんですか?!

 あの時、腹心3人が顔を見合わせていたのが頷ける。

 どう考えても正気の沙汰じゃない提案をしたんだな、ラディウス……。

 あたしはもう1回文句を言いたくなった。


 そんな彼はと言うと、体を大きく伸ばしてほぐしていた。呑気なものだ……。

「やっと着いたな。はやはりここは遠い……。次元魔法で移動すれば良かった……」


 次元魔法……。瞬間移動的なヤツ?


「それではあまりにもすぐに到着できてしまい、ヒカリの心の準備ができません」


 ええっ?!そんな心配をしてくれていたの?


 驚いたけど、

「瞬時に死んで、せっかくの発動実験が失敗に終わりますよ」

 この一言で感謝はすぐに消えた。

「やはり、ラディウス様だけでも次元魔法で移動されればよろしかったのに。私はそう提案しましたよ?」

「ヒカリと会話するのもいいかと思ったんだが……。まぁ、面白くはなかったな……」


 なんだその残念そうな顔は……。


「考えていた以上につまらなかった。且つ《かつ》、なんとも言えない気分にさせられた」

 この一言に、

「ヒカリ!ラディウス様に何を言ったのですか?」

「異世界人!ラディウス様に何をした?!」

 ヘルムートとエッダが一緒に叫んだ。

 グスタフは呆然としている。


「何って……話をしただけですよ」

「まぁ怒鳴るな。少しだけ腹いせをするから、それで勘弁してやれ」

「腹いせ?」

 ラディウスはニヤけた顔になると、あたしに近づいてきた。

 その顔を見た瞬間、あたしはすごく嫌な予感がした。

 

 ラディウスの笑顔は良くない。

 絶対に良からぬ事を思いついたんだ。

 

 あたしは数歩後ずさったが、ラディウスはさっと寄ってきてあたしの腕を掴んだ。

「逃げても無駄だ」

 そして腰を掴むと黒い羽を広げ、予備動作なしに急に空に飛んだ。

 予期せぬことに、

「ぎゃーーー!」

 あたしは叫びながら、体が重く沈み込むような重力を感じる。

 数秒後には上空を飛んでいた。

 

 なになになになに?!

 大パニックになった。

 まだ魔獣の森について5分も経ってない。上空にいても魔獣の森からは刺すような痛みをひしひしと感じる。

  

 あたしは本能的にガシッとラディウスに掴まっていたが、足が宙ぶらりんで凄く怖い。しかもラディウスは全然しっかりとあたしを支えてくれなかった。持たれている腕と腰に全体重がのしかかり、ものすごく痛い。

「おっ、落ちる!!」

 混乱してラディウスに必死にしがみつきながらそう言ったが、意地悪く笑われた。そして、信じられないことを言われる。

 

「どうせ落とすから気にするな」

 

 は?

 

 その言葉に全身の血の気が引いた。

 青くなったあたしの顔に満足したのか、

「いい顔になったな、ヒカリ」

 

 ニヤリとして少し高度を下げる。

 いつの間にかヘルムート達は手のひらの大きさまで小さくなっていた。到着地点から随分と距離ができている。

 

「そろそろいいか?この辺りにしょう」

 なにが?という前に、ラディウスはあたしをパッと離した。

 あたしは声も出せないままふわっとした浮遊感を一瞬感じると、真っ逆さまに地上に落ちた。

 

 バキバキという音。足の激痛。あちこちにぶつけながら木々の枝を折ると、最後にダン!!

 全身への衝撃が走った。

 少し地面を転がると、やっと体は止まる。

 

 ぐわんぐわんと頭が回った。

 自分の身に起きたことが信じられれず、ドキドキする間もなかった。

 

 ラディウスがあたしを落とした。魔獣の森の中に。


 まさかこんな形で森の中に入るなんて、思ってもいなかった。本当に信じられない行動だ。

 あたしは痛みにうめいた。

 一番痛いのは足で、絶対に折れていると思った。だってこんな激痛、人生で感じたことない。

 下半身を見るのが恐ろしかったが、なんとか視界を滑らせる。

 両足がおかしな方向に曲がっていた。とても立てそうにない。

 痛みと恐怖で吐き気がしたが、そんな場合じゃない。

 ここは魔獣の森。

 こんな足じゃ逃げられない。

 木に登るとこも崖を探すことも、田岸さんのアドバイスはどれもこれもできそうにない。


 急激に恐怖が襲ってきた。

 あたしは湿った冷たい地面を掴んで、何とか匍匐ほふく前進で進んだ。

 じっとしていても仕方ない。

 助けは来ない。

 あたしが力を発動させるまでは。

 

 まだ魔獣に見つかっていないが、きっと時間の問題だろう。さっきの音で絶対に寄ってくる。

 どこか窪みがないか探そうとした。少しでも身を隠くせる所が欲しい。

 でも鬱蒼とした地面しかなく、どこまでも平坦な地面しかなかった。


 木や葉、地面の匂い。湿気を帯びたムンムンとする不快な熱気が体にまとわりつく。

 ガサッと奥で音がした。あたしはビクリと体を震わせる。

 またガサッ。

 上からもガサッ。

 後方からもカサッカサッ。

 いちいち音にビクつき、音の主を探そうとするが何も見えない。

 魔獣たちが息を殺してじっとあたしを見ている、そんな重苦しさが森の中に漂っていた。

 ゴクリと緊張で喉を鳴らす。

 すると後方から大きく動く音がした。音はどんどんと大きくなり、確実に近づいてくる。

 

 何かいる。


 草を掻き分けて出てきたのはイノシシのような魔獣だった。でもイノシシじゃないのは分かる。牙がとてつもなく大きい。そして目が紫だった。

 目が合うと、互いに一瞬固まったが、イノシシもどきはすぐに鼻を鳴らして毛を逆立てると、態勢を低くした。

 そして一気に突進してくる。

 麻痺した心に悪夢のような恐怖がふくれ上がる。

 なんとか力の発動方法を思い出そうとしたが、それどころじゃなかった。

 跳ね飛ばされて木の幹に激突する。

 衝撃で息が詰まって、呼吸が出来なくなった。

 その間にイノシシ魔獣は2回目の突進をしきて、牙が深々と腹部に食い込む。

 鋭い痛みが体の真中を貫いた。体が突き刺さったまま、魔獣は頭を大きく左右に振って、最後に顎を引くとぐん!と上に向いた。

 反動であたしの身体は宙を飛び、地面にべしゃっ、と落下する。

「ううぅ………」

 血の匂いがする……。いや、血というか鉄の匂い……。

 腹部からどくどくと温かいものが流れているのが感覚で分かる。すごいスピードで出血していた。

 濁った水たまりのように地面が赤くなっていく。

  

 あっ……これは死ぬ。

 あたしはそう思った。

 

 でも……力の発動―――。

 

 …………………。

 ………………………………。

 ……………………………………しなきゃいけないのかな? 

 

 回復魔法は死ねば使えない。それは死者の復活になるから、回復とは違う。 

 あたしはこの世界に来て3度も死にかけた。

 2回はアザルス王国で。残る1回は今、ここで。

 

 あんまりじゃない?

 そう思うと処刑台に登った時と同じ虚無の幕が心を覆う。

 目が陰って気持が閉じる。

 暗く冷たい孤独な世界があたしを包んだ。


 ――――いいんじゃないか?このままでも……。

 死ねば終わる…………。 

 このまま瞼を閉じてしまおうか……。

 

 そう思ったが、次の瞬間、田岸さんの顔が浮かんだ。


 ――明日、夕方に来ます。無事に帰ってきてください。


 昨日の手の温もり。

 力強い最後の握手。 

 思い出した途端、涙が出た。


  ――――帰りたい。

 

 そう願ったら、暗かった世界が明るくなって目に光が入ってきた。

 あたしは必死に自分の中に意識を集中して求めた。

 助けて。

 死にたくない!


 するとみぞおちのあたりに何かを感じた。

 それは明らに異質な感覚。何か『ある』と分かる。

 

 早く、早く、早く!

 助けて!!

 

 そこに向かって意識を集中させ願うと、どんどん熱くなって急に全身に広がり、隅々を駆け巡った。

 次の瞬間には空気の波動のようにブワッと風が駆け抜け、辺り一帯に広がった。

 目の前にいたイノシシ魔獣は「びぐっ」とおかしな声を上げるとその場にパタン、と倒れた。

 他の場所からもドサッ、ガザッと音がする。

 そして周囲の木や草がどんどん変色し始めた。カサカサと葉が落ち、目の前にどんどん降ってくる。

 秋の落葉とは違い、なんだか変な臭いがした。悪臭とまでは言わないが、湿り気を帯びた嫌な匂い。

 

 あたりは急に静かになり、風と葉音しか聞こえなくなる。 

 あとはあたし自身の呼吸音。気管が狭くなったのか、ヒューヒューと鳴っている。 

 まだ日は高いのに寒い……。

 ガタガタ震えそうなほどに冷えていた。

 出血が多くて体温保持ができないんだ……。

 ぼうっとする頭でそう思った。

 誰かがここから連れ出してくれない限り、このままでは助からない。

 精一杯やったんたけど、発動が遅すぎたのかな……。

 

 そう思っていると、

「やっとできたな、ヒカリ」

 嬉しそうなラディウスが上から降りてきた。

「なかなかいい殺気だったぞ。確かに辺り一帯の魔獣も魔物も死んでいるな」

 くぐもった声しか聞こえない。耳が正常に働いていないらしい……。

 それでも念願の力を見られて、ラディウスがひどくご満悦のようだと分かった。

 本当に憎らしい……。

 こんなやつ、大嫌いだ…………。

 

「おっと、そろそろ連れて行かないと死ぬな」

 ラディウスは周囲の観察をやめると、あたしの足を掴んでズルズルと引きずっていった。

「次に発動する時はもう少し早くしてみろ。連発が可能なんたから、渋ることもない」

 魔法が使われ歩くスピードは断然速いが、引きずられているあたしには関係なかった。

 髪が木や石に引っかかりブチブチ抜けた。土が服の中に入ってきて、ジャリジャリして気持ち悪い。 

 瀕死の重傷者をこんな形で移送する?

 重い瞼を辛うじて開けて、ラディウスの背中を見つめながらそう思った。

 今ならコイツに呪いをかけれそう……。


 

 5分ほど歩くと元の場所に戻ってきた。かなり遠くなった意識の中でもそれが分かったのは、息を呑む複数人の声がしたからだ。

 もう何も見えなくて、目を開けているのか閉じているのかも分からない。

「おい、ベルス。とっととコレを回復させろ」

 辛うじてそう聞こえた。

 覚えているのはそこまで。


 


 

 次に目が覚めたのは魔獣車の中だった。

 体がギュッと丸められ、身動きが取れない。何かに縛られていることが分かった。

 どうやら座席を魔法で広げ、簡易ベッドにしているようだ。

 あたしは座席から落ちないように簀巻き《すまき》にされ、魔獣車に固定されていた。出血で体が冷えたから、温める意味もあったのだろう。

 

 ガタガタ揺れる車内にはエッダが乗っている。 

「目が覚めたか?」

 エッダはあたしの目が開いていることに気がつくと、声をかけてくれた。

「―――気分はどうだ」

 そう言われても、分からなかった。

 体があちこち痛い。

 きっと助かったんだろうけど、だるくて重くて寒い。

 さっきの事は夢じゃなかったんだと分かる。

 

 あたしは自然と涙が出た。

 生還したという安堵の涙ではなく、辛くて苦しくて痛くて怖くて……そういう負の感情がごちゃ混ぜになった涙だった。

 エッダは何やら痛そうに顔を歪めると、

「…………さすがに気の毒とは思う」

 ボソリと言った。

「――ラディウス様は偉大な方だが……。手段を選ばない時がある………」

 いつもと違って目に光がないエッダは、窓の遠くを見るともなく眺めていた。

「――回復させたとはいえ、かなり強引な方法で治癒した状態だ。しばらくはろくに動けないだろう。せいぜい養生しろ」

 エッダの同情的な声はあたしの記憶に残った。


 そこからは記憶がない。

 

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