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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
ヒカリの力

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イメトレ


 仕事で多忙な日々の中、また突然に、

「魔獣の森へ行く日が決まりました」

 ヘルムートから言われた。

 あたしは仕事ですっかり忘れていたのだが、そう言えば力のお試し発動の話があった。


  

 魔獣の森の話をされて再鑑定での出来事を色々と思い出し、あたしは青くなった。

 と言うか……

「えっ?その話、まだ生きてたんですか?」

「当たり前です。場所と方法を考えていたんです。ラディウス様はあなたの力を見ることを強く望まれています。当日はご自身も同行して検分されます」

 

 ………ですよね。

 

「もちろんエッダ、グスタフも同行します」

「……ヘルムートさんも?」

「当然です。念のため、回復魔法師も付き添いますが」

 同行するのはその5人のみらしい。あたしの力を秘匿するなら、少人数に越したことはない、という判断だ。

 

 田岸さんの言う通り、発動実験の話は水面下でずっと続いていたのだろう。

 そして、やはりラディウスはあたしの力を見る事を諦めていなかった。10キロ範囲の動植物が枯れ果てる事に関しては問題ないと言ってたしな…。

 田岸さんに早く魔獣の森の事を聞いておこう……。

 以前調べておくと言っていたので、怠惰にもあたしは自身でリサーチしていなかった。

 こうなると、早く田岸さんに報告して魔獣の森について聞きたくなる。

 

「ちなみに、ノボルは参加不可です」

「…………何も言ってませんよ?」

「おや?違いましたか?同行を希望されるかと思ったので」

 そんなにも仲がいいと思われているのか。

 まぁ、面会には彼しか来ないもんね。

「森に行くのは5日後です。上手く力を発動できるよう、ノボルに使い方を聞いておいて下さい。いざという時、発動できなくては意味がないので。なにより、私やラディウス様の貴重な時間をあなたのために割くのです。無駄にしないで頂きたい」

 ……………やっぱりこういうところはヘルムートだ。

「あの……ちなみに見殺しにはしませんよね?」

「…………努力します」

 何、その曖昧な返答は?

 それに最初の沈黙が怖い。

「森に行く準備を進めておいてください」


 


 翌日、面会に来てくれた田岸さんに魔獣の森の件を伝えた。

 彼は少し表情を引き締めると、身を乗り出して「心して聞いてください」と真剣に言った。

 滅多に見せない深刻な表情に、あたしは思わず肩に力が入る。

「魔獣の森には、様々な魔獣がいます。ほとんどが肉食です。熊、もとい犬はもちろん、猫、トラ。他にもサラマンダーに竜、オーク」

 ファンタジー映画などしか聞かない名前が出てきて、あたしは頭がクラクラした。

「基本的に足が速くて潜伏が得意なものばかりですから、走って逃げるのはお勧めしません。最善は木に登ることです」

「木登りですか……」

 正直、得意じゃない。幼少期もほとんどやったことがなかった。

「完全に安全とは言いませんが、地上よりは良いでしょう」

「はい」

「木に登った場合、気をつけなくてはいけないのがキリンです」

「き、キリン?」

「キリンは姿は同じですが、俺達の知っている気性とは全く違います。肉食な上、長い首で簡単に木の上から落とされます。その上、口から毒霧を吐いて体を麻痺させるので捕食される可能性が高いです」

「毒霧?!」

「キリンと遭遇したら魔法で首を落とすのが最善らしいですが、ヒカリにはできないので、早めに力を発動した方がいい」

 そう言われても……。

「他にも注意する魔獣は多々いるので、挙げているとキリがなくなります」

「はい……」

「ですから、力の発動方法をイメージするのが一番いいと思います」

「イメトレですか?」

「そうです」

 でも、全く分からない感覚をイメージ出来るかな……。

 以前田岸さんから聞いた時も全くピンと来なかった。今回は命がかかっているから、手は尽くしておきたいけど……。

 暗い顔をしていたのだろう、田岸さんは「他の召喚者達に色々と聞いてきました」と薄く笑った。

「俺だけの感覚的な言葉よりも、沢山の人の経験談があった方がいいと思ったので。ある程度の共通点は見つけましたよ」

 なんていい人なんだろう。

 あたしは心の底から感謝した。

「田岸さん、仕事もしてるのに……。ありがとうございます」

「いえ、そこはいいんです。日本にいる時より就業時間が短いので、自由時間は多いですから。それよりも召喚者達がソルセリルを出国しているので、早く動かないと聞ける人が減っていく事に焦りました」

「ええっ!?みんな他の国に行ってるんですか?」

「まだ一部の人だけですが……。やはり人間の国がいいと言う人や、いろんな国を見てみたいという理由で出国してます。ソルセリルに悪い所がある、というわけじゃないんです」

 そうか……。どんどん居なくなってしまうのか……。

 大半の人は顔見知りですらないが、それでも同郷の人が去っていくのは寂しかった。

「今のところ、日本人は誰も出ていってません」

「……そうですか」

「さて、気を取り直して、力発動のイメトレを始めましょうか」


 

 田岸さんはそれから2時間、イメトレに付き合ってくれた。

 コツは体の中にある少し異質な『モノ』を感じること。明らかに自分と違うので分かるらしい。が、これがさっぱり理解できない。

 みんなさん、さほど問題なく掴めたそうだが、あたしは全然、全く、何も感じなかった。

「ヒカリが心の奥底で、発動するのを躊躇っているからかもしれません」

 田岸さんにそう言われた。

「使いたい、と思ったら自然と分かるんですけどね……。どうしてもセーブがかかってしまうのかも……」

 下手をするとこのお屋敷にいる全員を殺してしまうのた。セーブがかかっても仕方ない。

 しかしぶっつけ本番というわけにはいかない。回復魔法師が同行するとはいえ、怪我をしないに越したことはない。


  

 あたしはそれから1人の時間になると、必ずイメトレをするようにした。

 ベッドの上、椅子に座った時、起床直後……。いろいろなタイミングで目を閉じ、自分の内側に意識を集中させ、自分とは違う『モノ』を探ろうとする。

 瞑想に近い心づもりで始めるのだけど、恐怖や不安の雑念が邪魔をしてどうしても長く続かなかった。


 毎日毎日繰り返すが、何も感じない。

 これといった進展はなかった。


 


 出発の日が近づくにつれ、焦りはどんどん大きくなった。

 田岸さんのアドバイスは全然活かせず、気持が逸る《はやる》ばかりで気分転換の薬作りにも集中できない。アザルスで地下牢に閉じ込められた時と同じ緊張感があたしの中に巣食いはじめていた。


 あの時は完全に1人で、死ぬことが確定していた。

 それと比べると今回は幾分かマシではあるが、死ぬかもしれないという恐怖はある。しかも魔獣に襲われるなど、相当に痛そうだ。怪我をしても回復魔法師は離れた場所にいるし、あたしの元に駆けつけるまでの間、ずっと痛みに耐えなくてはいけない。その合間も魔獣はあたしを狙い続けるだろうし、下手をすると回復魔法師が駆けつける前に死ぬかもしれない……。

 その嫌な考えが頭にこびりついて離れなかった。

 

 

「焦るのが一番良くないですよ」

 いよいよ出発まで12時間を切った夕方、田岸さんが面会に来てくれそう言った。

「一度も実感が沸かないまま出発するのは不安でしょうけど、大丈夫。深呼吸して気持ちを落ち着かせたら、魔獣に襲われない場所をとにかく探してください。木の上か、段差が大きい崖です。そこでイメトレした事をやってみて下さい。そこには魔獣しかいません。だから本気で力の発動を願ってください」

「…………はい」 

「一番は自分を信じることです。ヒカリの中に必ずある力なんですから、ヒカリが呼べば応えてくれます」

「――そうですかね……」

「そうですよ。そうだと信じてください」

 田岸さんは励ますように笑ってくれた。

「本当はお守りでもあればいいんでしょうけど、差し入れが禁止なので何も持ってこれませんでした。なので」

 田岸さんは手を差し出してきた。


「握手しましょう」 


 あたしはゆっくりと、何かを掴むように片手を差し伸べる。この手を握れば、何か大切な事を知れる気がした。

 大きくてゴツゴツした手は、しっかりとあたしの手のひらを握った。力まかせに握りこむのではなくそっと包みこんでくるのに、少しもゆるぎがない。思いがけないほど確かで優しい感覚だ。


「明日、夕方に来ます」


 田岸さんはぐっと力を入れて強く握ると、真っ直ぐにあたしを見た。まるで家族を戦地に送り出すかのような真剣な顔だった。


「無事に帰ってきてください」 

 

読んでいただきありがとうございます!

とても励みになっています。


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