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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
予言と裏切り

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タヴァルタ


 そんな中、突如として隣国、タヴァルタからの訪問要請が舞い込んできた。

 

「随分と唐突だな……」

 ラディウスの執務室で2人揃って受けた報告に、彼も驚いていた。

 

「国主が変わり、この1年ばかり落ち着きがありませんでしたから。冬を挟んで雪の影響を受け、我が国に入国できず他国と時期がずれたんでしょう。新国主の挨拶も兼ねて、ヒカリ様を一目見たい、ということでしょう」


 国のトップが変わったのか……。

 でもタヴァルタの祝い事ならこちらが出向くのが普通では?地球では日本でも他国でもそうだったけど……。

 

 ヘルムートに尋ねると、

「タヴァルタは女神信仰の国です。信仰がない者の外遊は禁止されています。表敬訪問の形をとるにしても、仮入信しなくてはいけませんから面倒なんです」

「へ、へぇ……」

 なんて排他的な掟……。

「だからわざわざ国主がソルセリルに来るんですね……」

「はい。タヴァルタとはそこまで交易はありません。貿易関係はありますが、その程度です」

「……つまり、政治的にはあまり関与したくない、と?」

「魔族を嫌ってはいないのですが、あまり関係を深めすぎて入信を迫られても困りますので……適度な距離を置いています」

「なるほど……」

「婚約発表もしたし、ヒカリがどんな人物か確認したいんだろう。新国王の挨拶なんて建前でしかない」

 

 公文書をポイッと机に投げると、ラディウスはしかめっ面をした。

 

「断る理由もないから受けるが……タヴァルタの訪問は1日で終わらせる。ガラテアは苦手だ」

「ガラテア?」

「国王の名です。タヴァルタの国王は王位を継ぐと代々がガラテアと名乗る決まりなのです」

「へぇー。生まれ持った名前はなくなっちゃうの?」

「はい。女神に最も近い位置で使える者、という意味らしいです」


 随分と信仰心が篤そうだ。宗教には関わりたくないが、隣国の国王ともなると、そうはいかないか……。


「それで?ガラテア陛下はいつ来るんですか?」

「5日後です」



 

 医療改正の仕事に救済処置対策、婚約式の準備にテオドールの対策……。そこにタヴァルタの出迎えまで入り、どんどん多忙になり考える事が増えた。

 

 ラディウスはガラテア陛下の相手は1日で済ませると言ったから、謁見は到着当日に設定された。タヴァルタの風習として、ガラテア陛下は異性との直接接触は禁止されているから夜会はなし。変わりに晩餐会となり、ダンスが回避できたあたしは安堵のため息をもらした。



 

 ガラテア陛下到着の当日、ソルセリルは久々の冷たい雨が降っていた。春に向かう雨はしとしとと絹糸のように地面を濡らす。

 馬車の到着が屋根のある城の玄関扉の目の前に変更され、あたしとラディウスはそこで待機していた。

 

 タヴァルタは赤と金が国のカラーで、馬車も騎士も揃ってその2色だった。高級感と華やかさがどうにも落ち着かず、中国みたいだなぁと見ていると、馬車の扉が開いてガラテア陛下が下りてきた。

 

 顔は見えなかった。ベール付きの帽子を被っていたからだ。肌が見えないようハイネックにロングスカート、手の甲さえも薄い手袋をはめている。

 

「お初にお目にかかります、ラディウス陛下、ヒカリ様。第136代ガラテア様にございます」

 ガラテア陛下本人ではなく、隣に立つ側近の女性が挨拶してきた。

 

 これもタヴァルタの風習。ガラテア陛下本人の声は滅多な事では聞けないと、ヘルムートから聞いていた。

「足元が悪い中、よくぞ参られた、ガラテア陛下。どうぞ、こちらへ」

 ラディウスの形式ばった挨拶に合わせあたしも会釈する。

「はじめまして、ガラテア陛下。ラディウス陛下の婚約者イセ•ヒカリと申します」

 コクリと頷いたことだけが分かる。

 そのまま謁見室に移動し、少し会話した後、一度解散となった。


 

 再び晩餐会で会ったけど、政治的話も腹の探りあいもなく、これまで謁見したどの国よりも淡々とした話がされた。ガラテア陛下の口元が見えないよう、バラエティ番組で見るような衝立てがされて食事したせいもあるだろう。

 予定通りの会話内容、聞いていた通りの差し障りのない返答。デザートと食後のお茶も終わると、終了予定時刻通りに晩餐会は幕を閉じるはず……だった。

 

「それでは、また明朝に。ごゆるりと休まれよ」

 ラディウスの言葉で退席しようと腰を浮かせかけたところで、ガラテア陛下が側近に耳打ちした。

「えっ……は?」


 人形のように表情を変えなかった側近が、初めて人らしい反応を見せた。

 

「ガラテア様……突然なにを……?!」

 目を白黒させた側近は相当に焦っていた。

「しかし、そのようなことは前例がありません。私の一存では……。宰相殿に確認をしなくては……」

 

 衝立ての裏で何やら言い争っていて、あたしもラディウスも顔を見合わせた。訝しんだヘルムートも、傍に寄ってきて控える。

 

「そのような急な申し出……ソルセリルの方々のご迷惑になります…………いえ……ですから私の一存では――えっ!」

 一際驚嘆の声を上げると、側近の顔はみるみる青ざめた。余程衝撃的なことを言われたのだろうか。

 

「そ、それは……ガラテア様っ……。どうかお考え直しを!そのような事態になれば……私の首が撥ねられるだけではすみません!」

 あたふたと冷や汗をかいてガラテア陛下を説得している。

 

 それにしても他国の重鎮の目の前でそんなに動揺して……どんな内容を耳打ちされたのか凄く気になった。

 

「ねぇラディウス……。凄く困ってそうだけど……あたし達、このまま静観してればいい?」

 こっそり話しかけると、

「それしかないだろう」

 あたし達の会話を聞いたヘルムートが、

「どうされました?酷く狼狽されていますが……。不測の事態ですか?」

 助け舟を出すヘルムートに、タヴァルタの側近は困り顔で「いえ……その……」と言葉を濁すばかりだ。

 

「お前では話になりません」

 透明感のある冷ややかな声が降ってきた。

「私が直に伝えます」

 立ち上がったガラテア陛下を見て、初めて彼女が声を発したのだと気がついた。

「なっ……ガラテア様っ!お声を出されてはいけません!!!」

 

 行く道を遮りガラテア陛下の前に立つ側近をあしらって、彼女は気にする風もなくつかつかとこちらに歩み寄ってきた。

 

 ラディウスもヘルムートも、ガラテア陛下が声を出したことにかなり驚いていたが、はっと我に返ったヘルムートが庇うようにあたし達の前に立ち、

「……いかがなされました?ガラテア陛下」

 にこやかな顔に冷たい声で尋ねた。

 

「ご心配には及びません、ヘルムート殿。ラディウス陛下とヒカリ様に、お話とお願いがしたいだけです」

 

 さすが女神の代行者として選ばれただけのことはあり、その声はふっくら艶があり、透き通っていた。

 声が室内に美しく響き、日が落ちた食事会場が、途端にクラシック音楽の流れる上品な空間に変わったような心地になる。

 

「……お話…ですか。生憎と予定に組み込んでいないのですが、本日でなければなりませんか?」

 臆しないヘルムートは営業スマイルを崩さずにいる。

「はい。明日には帰国いたしますので、今夜しか機会はありません」

「一体どういったことでしょうか?」

 

 ラディウスが剣のある声でガラテア陛下に尋ねる。不機嫌そうな感情のない声に側近はビクリと体を震わせていたが、ガラテア陛下にそんな素振りはなかった。

 

「はい、ラディウス陛下。ヒカリ様とお話させていただきたいのです。2人きりで」

 にこやかに言っているであろう声に、ラディウスはあからさまに顔をしかめ、

「……なぜですか」

 あたしの一歩前に出た。

 ガラテア陛下は乙女のように胸の前で手を組み、にこやかな声で続ける。

「年が近い女性と話す機会は少ないのです。この機を逃せば、滅多な事で自国を出られない私は、ヒカリ様とはもうお目にかかれないでしょう。ガラテアとなってからの初めての我儘なのです。ラディウス陛下、お聞き入れくださりませんか?」

「なぜ2人きりなのですか?」

「女性同士、積もる話がしたいからですわ」

「夜通し語らうおつもりで?」

「いいえ。一刻でかまいません」

 ラディウスはチラリとあたしを見た。

 

 一刻って2時間くらいだよね……。夜の女子会くらいに考えていいのならお安い御用だけど――。


「ガラテア様っ、おやめください!ヒカリ様も困惑しておいでです!突然にこのような申し出……ソルセリルの方々のご迷惑です!」

 側近さんはあたしというよりラディウスを見ていた。不機嫌にさせたと焦っているのだろう。

 

「カシミ、私はラディウス陛下とお話をしているのです。お前は下がっていなさい」

 全く違う声色は冷え冷えとして、別人のようだった。触れてはいけない冷たさがあり、カシミと呼ばれた側近は思わず足を止めた。

 

「し、しかし……。予定外の申し出に加え、直にお話をなさるなど……前代未聞です!」

「掟など知るものですか。あれも駄目これも駄目と、何一つ自由にさせてくれないではありませんか。わずか一刻の語らいをしたいと言っているだけです」

「しかし――」

「この要望が通らないのであれば、私はガラテアの任を下ります」

「ガ、ガラテア様っ!何を言い出すのです!」

 青を通り越して白くなったカシミはもう倒れそうに見えた。


 新しく王になったばかりと聞いたし、ストレスが溜まってるのかな……。しかもガラテアの選定は全国民から行われ、この136代ガラテア陛下は庶民の出らしい。

 一般市民からいきなり国王になれば、そりゃストレスが溜まるだろう。

 あたしも庶民だけどラディウスの婚約者になった。似た境遇だから親近感を持たれてるのかも……。

 そう考えると、2時間くらいの話をするのは悪くない気がしてきた。


「ヒカリ様。私のささやかな願いを聞いては頂けませんか?聞き入れてくださるのであらば、どんな質問にも一つだけお答えいたします」

「どんな質問にも?」

「はい。例えば…――探し人の行方とか」

 

 あたしもラディウスもヘルムートも固まった。  

 テオドールのことを言っているとすぐに分かった。

 

 表情も雰囲気も変わったあたし達を見て、カシミはさらに慌てて、

「ガラテア様っ!滅多な事で遠見を使ってはなりませんっ!!!」

 怒鳴るように声を荒げた。

「申し訳ありません、ラディウス陛下っ!ソルセリルの皆様の御心を乱すことはいたしません!」

 ガラテア陛下を引き下げさせようと、肩を掴んで引っ張っていたが、彼女は動かなかった。

「いかがですか、ヒカリ様。一刻お付き合いいただければ、お礼として一つ質問にお答えいたします」

 ガラテア陛下はもう一度そう言った。

 

 あたしは急に心臓が痛いくらいに脈打ち出した。

 

 テオドールの居所が掴める。

 先手を打てれば……術の発動を阻止できる。

 

「あたしはかまいませんよ」

「ヒカリ」

 ラディウスが制するように声を尖らせた。ヘルムートも鋭くあたしを見ている。

「お話をするだけよ、ラディウス」

 ガラテア陛下はにっこりして、

「その通りです、ラディウス陛下。ヒカリ様を傷つけたり害そうなどと考えてはいません。ただ2人きりで、年の近い者同士、話をしたいだけです」


 ラディウスはじっとあたしを見つめた。

 様々な考えを浮かべた後、

「分かった」

 あたしの方を引き寄せ、

「部屋はヒカリの自室でかまいませんか?」

 ガラテア陛下に尋ねた。

「もちろんです」



 こうして、あたしはガラテア陛下と急遽2人きりの謁見をすることになった。

 

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