葛藤
予定通りカルシスと会い、紛争での活躍とあたしの捜索に助力してくれたことへの礼を述べると、帰路についた。
昼を少し過ぎた早めの帰宅だったけど、ヘルムートから報告を受けていたラディウスはすでに家で待機していた。
顔を見るなり口をへの字に曲げたので、説教されるかとハラハラしたけど、そうはならず安堵した。代わりに問答無用で魔力補給され、この日の仕事は禁止された。ソエイラの指輪にも魔力を補給してくれ、
「明日のために早めに休め」
と言われただけだった。
あたしが十分に反省していると判断して、多くを言わないでくれたらしい。
翌日、ラディウスと共に追悼式に参列した。こちらではグレーが葬儀に参加する定番カラーで、灰色に埋め尽くされた会場は、鳥の声が響き渡るほど静謐な雰囲気だった。
犠牲者は120人。
その中にキールの名前を見つけた時は衝撃で、視界が白く染まった。追悼名簿を穴が開くほど見つめ、それ以上の情報がそこに書き込まれているかのように目を凝らした。
彼の死に様も死に顔も見ていないあたしには、名簿に記されている事が訃報の全てだった。彼の死の事実を受け入れるのは少し覚悟がいって、固く唇を噛みしめた。
参列者が多くいる中、身内でもなく特別親しいわけでもない一兵士のために、国王の婚約者が声を上げて泣くわけにはいかない。
変わりにラディウスの手をぐっと握る。衆目がある中、彼も大っぴらに慰めるわけにはいかず、頭を軽く撫でるに留めた。
式典後、城の控室で涙ぐみ肩を震わせるあたしに、ラディウスも田岸さんも黙って寄り添ってくれた。キールのことをすぐに忘れて自分の仕事に向き合うのは困難だったが、翌日あらためて彼の墓を訪れ、綺麗な花を揃えて手を合わせることで気持ちに区切りをつけた。
キールが何のために死んだのか。
彼が守ったものは何だったのか。
その答えをあたしは知っている。
ラディウスを――延いてはソルセリルを守ることが、それに通じる。テオドールを止めることがそれと同等の意味を持つことであると分かる。
全部が終わったらまた報告に来ようと、真新しい墓前に勝手に誓った。
キールは「ヒカリ様自らなんて畏れ多い」と慌てるだろうが、生者の身勝手な自己満足だと思って許して欲しい、と淋しく笑ってみせた。
テオドールの手がかりは少なく、影の人達は捜索に難航していると報告を受けた。アザレイン家の周囲には使用人が住むような家、納屋、馬屋、今にも崩れそうなあばら家があっただけらしい。
「比較的綺麗な家を調べましたが、床は埃まみれで人が踏み入った痕跡はありませんでした」
「隠れ住んでいる可能性は低い、と?」
「はい。三叉に分かれた道の、不可侵の森へ続く先も捜索しています。ただこちらは奥まで入るのが困難で、適任者を捜している所です」
田岸さんは「ゲナンさんは?」と、あたしの知らない人名を口にした。
「彼は最有力候補です。交渉をしていますが、1人ではどうしても入りたくないと主張していますから、最低でももう1人候補者を見つけなくてはいけません。数日以内には完了しますから、お待ちください」
「分かりました」
こればかりは仕方ない。場所が場所だけに、適任者が絞り込まれる。
「私の方ではテオドールの『心臓縛り』について情報を集めてみました」
ヘルムートは机の上に一冊の薄い本を置いた。随分と傷みが激しい本で、外装はいたる所が剥げている。
「やはり秘匿された魔法で、書物は頼りになりません。この本にも今知っている以上の事は載っていませんでした。そこで、アザレイン家に仕えていた元使用人や侍女に話を聞いたのですが……幾つか興味深い話を聞けました」
あたしも田岸さんも自然と身を乗り出した。
「指が光っている所を見た、アザレインの夫婦と付き合いのあった知人が突然死したと、数人が証言しています。突然死した者は自宅で死亡したらしいのですが、持病もないのに胸を掴んで苦しみだし、そのまま亡くなったようです。ただ家長――テオドールの父ですが――指は10本全てあったらしいのです」
「え?なら病死ということですか?『心臓縛り』は使っていなかった……?」
「いえ。旧アザルス――国名が正式にアルステインと決定しましたのでそう呼称しますが――アルステインの国王スプランド陛下によると、テオドールの父の遺体の足指は、何本か欠けているとのことです」
テオドールの父が死んでいる事にも震えたが、
「足の指………」
「手の指じゃなくてもいい、ってことですか?」
新たな事実にドキリとした。
「テオドールは『指を1本犠牲にする』としか、言っていなかったんですよね?」
ヘルムートがあたしを見て尋ねる。
確かに手と足、どちらの指とは言及していなかった。
「はい……。指、としか言ってませんでした……」
「手の指はどこが欠けても目立ちます。ですから意図的に足の指を使っていたのでしょう。知人が亡くなった直後、よく足の包帯を交換していたと使用人が証言しています。うっかり足をぶつけたと言っていたらしいですが、潰れた指の手当てをしていたのでしょう」
「手と足、両方が術に使用できるなら、最大で20人は殺せるってことですか?」
「そうですね。手と足、犠牲にする指によって効力や威力が違うのかもしれません。父親の足指は左右合わせて3本が無かったらしいです。いずれも握り潰されたようにへしゃげていたようです」
想像して身震いした。
田岸さんは、
「どうして回復魔法で治さないんでしょう……」
疑問を口にしたが、これには即座に回答が返ってきた。
「『心臓縛り』はいわば呪いです。呪いで失った身体的欠損は回復魔法が効きません。呪いを発動させた代償として、呪った本人もそれ相応の報いがある、というわけです」
人を呪えば穴二つ。
これは世界問わず共通して当てはまる諺らしい。
「代償という点で、一つ気になることがあります。この本によると」
机の古びた本をトントンと叩き、
「『心臓縛り』に限ったことではないのですが、呪いと呼ばれる魔法の多くは、同程度の報いが本人に返ってくるものなんです。例えば衰弱死させる魔法であれば本人も同時に衰弱する、一族離散の呪いをかければ本人の家族も離散する……といった具合です。しかしテオドールの話によれば、『心臓縛り』は指1本の代償で済む。等価交換になっていません」
あたしと田岸さんは顔を見合わせた。
「……つまり、実は指以外にも何か代償を支払っているのでは、と言いたいんですか?」
ヘルムートは頷く。
「スプランド陛下に頼んで、アザレイン家の家系図、それぞれの死因、性格、家族背景などを調べてもらっています。連絡があれば、またお知らせします。
最後に、ラディウス様にもテオドールの捜索報告だけはしていますので、何か話を振られたら話を合わせてくださいね」
テオドールの話はここで終わった。
ヘルムートの執務室から城の自室に戻ると、窓際にある事務机に足を向ける。テオドールについて考える時は、いつもここに籠るようにしていた。
家でもなく仕事部屋でもないこの場所が、一番思考の海に潜れるからだ。唯一この部屋にいるイリサは何も聞かず、必要なこと以外は声に出さないから、都合が良かった。
椅子に腰掛けると、窓ガラスの向こうに広がる雲を眺めつつ、しばらく考えに耽った。
大きな進展はなかったけど、アザレイン家と『心臓縛り』について少し分かった。
術には手だけじゃなく、足の指も使える。
テオドールを見つけたら両手を落とすと決めていたあたしの心に、この事実は影を落とす。
――足の指も含むなら、四肢を落とさなくてはいけない……。
気弱なあたしが下を向く。
――剣が苦手だから水刃か風刃ですっぱりと切断するのが確実だと思ってた。でも足もだなんて……。もう歩けなくなるし、何も持てなくなる……。
そう思うと心を掻きむしられた。
『テオドールは説得に応じる相手じゃない』
気丈なあたしはそう言う。
『ヘルムートが「殺す以外では、指の切断しか術の発動を止める術がない」と言ったんだ。ラディウスを人質にとられ言いなりになるか。人質にされる前に術の発動を止めるか。このどちらかしかないのなら、断然、後者を選ぶと結論づけたじゃない』
だから四肢を切断する――。
『最悪の場合、力を使うことも厭わないって思ってるじゃない。良心も道徳心も、命を奪う責任も背負った上で覚悟を決めたでしょ?』
――そうだよ……。ラディウスを失うことだけは嫌だ……。でも……でも……本当はやりたくない。
自分の中で何度も何度も繰り返しされた会話がまた聞こえる。気弱な自分と気丈な自分がせめぎ合い、意見を戦わせる。
どちらも本当のあたしだ。一方が主張を述べればそちらに天秤が傾き、もう一方が喋ればまた傾く。決めかねた覚悟の重心が揺らいでは、最終的に気丈な自分が勝っていた。
そんな会議を繰り広げる中、家族たちは固い怖い顔でじっとあたしを見続けていた。何も言ってくれず、目だけが強く何かを訴えていて、火花よりも激しく冷たい視線が向けられる。
「こればかりは譲るわけにはいかないの」と主張を繰り返したが、きっと分かってくれないし、納得も賛成もしてくれないと理解していたから、真っ正面から受け止め続けていた。
田岸さんにもこの覚悟については話していない。
いずれは打ち明けたほうがいい、そう思っていたが口が開き喋ろうとすると、言葉が喉につっかえてしまう。彼もまた賛成も否定もしないだろうが、打ち明けてしまえば田岸さんもまた、家族と同じ視線を向けてくるだろうと思え、それが嫌で話せないでいた。
結局のところ、最後の一歩を踏み出す覚悟が足りないんだ。
なんて情けない……。情けなさすぎて笑えてくる。
そんな葛藤を抱いていても、やるべき仕事は舞い込んでくる。
追悼式が終わって3日を過ぎた頃、やっと1日仕事ができるようになると、回復魔法師の講義の進捗状況、読み書きできない受験希望者の勉強の進み具合など、滞っていた報告が一挙に入ってきた。
「講師を希望する者が増えています。紛争を受け、関心が高まったようです。特にヒルスナイトのヴィンスという回復魔法師が何度も訪れては、講師希望をしてくるのですが……」
「ヴィンスが?」
「お知り合いで?」
「はい!」
彼は約束通り尽力しようとしているんだと、胸が苦しくなるほど嬉しくなった。
「彼の身の保障は私がします。次に顔を見せたら、あたしに風話を送ってくれませんか?」
ハレイドは「今日も来ているはずですよ」と、現地にいる部下に確認してくれた。
案の定、ヴィンスはヨセハイドのアラール家を訪問中で、風話で彼と話すことが出来た。
「ヴィンス!良かった、紛争での怪我はありませんでしたか?」
『ヒカリ様?そんな……直々にお話できるなんて……思ってもいませんでした!怪我はしておりません。それにあの時約束しましたから、少しでも早くお力添えが出来ればと、ここまで来ました』
「無事なら何よりです」
『ヒカリ様は、お体の方はもうよろしいので?』
「はい。気遣って頂きありがとうございます。早速なんですが、助力を求めてもいいですか?」
『はい、もちろんです!』
それからヴィンスはハレイドと対面し、無事臨時講師として教鞭に立つことになった。
この他にも、マルタを正式に日陰者達の救済法案の中核人物として立たせ、魔力量が500を下回る者達を対象にした救済処置対策を練った。
仕事の斡旋、就職後の給与と賞与の払い義務を設ける以外にも、本人とその家族の生活•健康維持、生活の向上を目指せる仕組みを議論した。
日本での法や制度を頼りにしたため、田岸さんの知識も必須で、会議に参加してもらった。ノルト、ラディウス、ヘルムート、マルタ、マルタの弟もそこに加わるから議論は白熱し、あたしとラディウスが意見を戦わせる事もあった。
この頃になるとラディウスの過保護はだいぶ鳴りを潜めた。
とは言っても、内通者を警戒して一緒に帰宅するのは変わらず、寝食も共にする。お互いの家に寄って着替えや仕事に必要な物を取りに行くことはあるが、半同棲状態だった。
「いい加減、ヒカリの寝所を屋敷に移したいんだがな……」
ある夜、キングサイズの寝台で寝転がっている時、ラディウスがこぼした。
「仕方ないよ……単純に荷物を運び込めばいいってものじゃないんでしょ?」
国王の結婚となれば、妻のあたしの服や家具を移動させて終わり、とはならなず、それ相応の準備が必要らしい。婚約式までに揃えればよい決まりらしく、美的センスに優れたヘルムートが多方面に指示を出しているのだ。
「せっかくヘルムートが考えてくれてるから、急かすのも悪いよ。それにお屋敷と家を行き来するのも楽しいよ?今しか出来ないことだしね」
「まぁそれはそうなんだが……」
ラディウスはゴロンと転がりあたしに寄ってくると、抱きついてきた。肌と肌が気持ちよく重なる。
「城の部屋もあれこれといじっているからな……。イリサも忙しそうだろう?」
「うん。彼女以外にもあたしのお世話係が増えるんでしょ?」
自室にいると、たまにヘルムートに呼び出されているイリサを見かけていた。
「将来的に世継ぎが産まれた時を考慮しているんだろう……。乳母や教育係、世話係も視野に入れているだろうから時間がかかるぞ……」
「そ、そんな先まで考えて配置するつもりなの……?」
「あのヘルムートだぞ?考えるに決まっているだろうが」
「……それもそうだね」
「内通者が特定されないから、細心の注意をする必要がある。テオドールはまだ見つからんし……。心配事は残っているが、婚約式の準備を進めないわけにはいかないからな」
「……――うん」
ラディウスとそんな話をしている最中でも、テオドールの姿がよぎり、心から喜べない。嬉しいことのはずなのに、素直に喜べないのはしんどい。辛い。
『やっぱりやるしかないんだ』
気丈なあたしが言う。
ラディウスと歩む未来のために腹を括れ。覚悟を決めろ。もう迷うな。
「ヒカリの衣装決めもあるだろう。忙しくなるだろうが、無理はするなよ」
優しく気遣う彼を見て笑う。
「うん。分かってる」
ラディウスの前では笑う。
心配事なんて何もないかのように。




