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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
予言と裏切り

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足跡


 田岸さんに背負われて廃屋の外に出る。

 つい先程見た光景と同じ獣道を辿っていく。ただ実際の道はもっと長くて、最初に見た目印――大きな岩に着くまで15分もかかった。横を通り過ぎさらに獣道に沿って進む。

「ひたすらに真っすぐです」

 背中から言ったけど、

「……真っすぐ、と言われても………」 

 辛うじて獣道と分かる森の中を見つめ、田岸さんもヘルムートも苦々しい顔をした。

 

「これは迷いますね……」

「先日教えてもらったナビ魔法を使ってみましょうか。ヒカリ様のいう三叉路を指定しましょう」

 ヘルムートは習いたてのナビ魔法を発動させた。

 さすが風のスキル持ち。ヘルムートのナビ魔法の竜巻はあたしの貧弱そうな竜巻と違い、太くてしっかりと渦を巻き、多少の風もものともしない頼もしさだった。

 

 それを追って獣道を進み、次第に道と呼んでもおかしくない形状になると、やがて三叉路に出た。

「ここです」

 頭のイメージで見た通り、三叉路は一つは森に、一つは森から離れ、もう一つは真っすぐに伸びていた。

「テオドールの足跡は一つは森に、もう一つは森の外に続いてました。森の外に向かう足跡が濃かったので、そっちに行ってみたんですけど……」

「なるほど……。影の者にはここで二手に分かれるよう指示しておきます。我々はヒカリ様が見た通り、森の外へ行ってみましょう」 


 

 森から離れた道は舗装こそされてないけど、踏み固められていた。

「この道は一本道で……進むと林の奥に結構立派な建物が見えてきます。3階建てで敷地も広いお屋敷です」


 あたしの言葉を受け、2人は足を進める。

 一本道は左右を森に挟まれ、木漏れ日が差し込んでいた。誰とも会わず、鳥の声と枝が揺れる音しか聞こえない。

「ここは旧アザルスの領地です。アザレイン家の領地だったと記憶しています。ヒカリ様が見たお屋敷とは、アザレイン家でしょう……。今は全ての財産が没収されていますから、誰も住んでいないはずです」

「あの……アザレイン家の人達……テオドール以外の家族はどうなったんですか?ヒカリから受けた報告を聞く限り、少なくとも妹がいたんですよね?」

 

 田岸さんが聞きづらそうに言葉を濁す。

 零落した貴族がどうなるかなんて、想像もつかない。


「両親は旧アザルス政権の裏金作りに大いに貢献しており、その責を受け処罰されています。息子のテオドール、妹のヘレスは加担こそしていなかったものの、諌めなかった責任がありますから地位と名誉を奪われました。没収された財産全ては国に返還されますから、ヘレスは嫁ぐことさえ出来なくなり、婚姻は白紙になったと聞いています。今は平民として暮らしているはずですが……生まれながらに豊かな生活をしてきた貴族令嬢が、侍女もなく自身の世話をするのは――相当困難でしょう」


 テオドールは妹のことを多くは語らなかった。亡くなったとは言って無かったけど……生死までは分からない。

 

 田岸さんは「そうですか……」と痛そうに顔を歪めていた。共感できる部分があるのだろうが、

「同情は無用ですよ」

 とヘルムートに鋭く嗜められていた。

「彼らは貴族としての責任を果たさなかった。生まれながらにあった地位に胡座をかき、両親の行いをただ見ていた。それは貴族の子息、令嬢の取るべき行動ではありません。なぜ他の者より裕福な生活が出来るのかを考えなかった2人が悪いのです」

 当事者の2人がいれば、さぞ耳が痛い正論だろう。

 

 庶民であるあたし達には分からない気持ちだ。不憫に思わなくはないが、他者を恨み復讐を計画するエネルギーがあるなら、他の方向にその力を注ぐべきとは思う。


 沈んだ気持ちで道を進むと、林の木々の間から屋根が見え始めた。

 好き勝手に伸び始めた雑草が門の周りに生えている。3階建てのお屋敷はかつての栄光が分かる威風堂々した佇まいだが、それがかえって虚しく、虚無に映った。


「テオドールの足跡は門から中に入っていってました。あたしは周りを見たので中は知らないんですけど……どうします?」

「ヒカリ様はどこを歩かれたのですか?」

「お屋敷の周りを1周しました。門の反対側に裏口があって、そこから足跡が出ていたので後を追ったんです」

 ヘルムートは手を口に添えて考えたのち、

「中に入ってみましょう」

あたし達を見た。

「でも鍵がかかってんじゃ……」

「不法侵入になりませんか?今は国のものなんですよね……」

 気弱そうに尋ねると、「ご心配なく」と王佐のヘルムートは言った。

「テオドールの件は新国王となる方にも報告しています。この家の探索許可を頂きますから、少々お待ちを」

 ヘルムートは風話を始めた。

 

 シゴデキヘルムートの邪魔をしないよう、

「田岸さん、おろして下さい」

 地面に下り周りを見渡してみる。

 

『追憶の足跡』の精度はすごくて、先ほど見た景色と寸分違わぬ光景が広がっていた。正夢なんてレべルではなく、さっき来た場所にまた戻ってきた感覚だった。

 

「裏口を出た足跡はこの林を進むんです。辛うじて獣道があるだけで、日常的に使うとは思えない道を歩きました。テオドールは迷いなく進んでいたから、よほど慣れているんでしょう。お屋敷の敷地が広大なら、この先に別邸か隠れ家があるのかな、と思って進んでたんですが……発見する前に呼び戻されたんです」

 田岸さんは首をひねり、

「ヒカリが見た光景の時間軸はどこにあたるんでしょうね……。ヒカリを襲った直後なら、もう2週間以上経過しています」

「『追憶の足跡』の中で見た足跡の濃さが違ったんです。それが何を意味するのか聞きたかったんですけど……」

「ヘルムートの話が終わったら聞いてみましょう。それにしても……ヒカリはこんな所にまで来たんですね。あの廃屋から30分は離れてますよ」

「こんなに遠いとは思いませんでした……。『追憶』の中で見た時はもっと近いと感じたんですけど」

「飽くまで頭の中で進んでいるだけ、ということなんでしょう。そう言えば、まだ体は重いですか?」

 

 自分の手足を動かしてみても、痛みや痺れといった症状はない。膝折れすることもなかったが、だる重さはあった。

「重くはあります……。膝が震えたりはしませんけど」

「カルシスに会うまでに、顔色が良くなればいいんですが……」

「そんなに白いですか?」

 頬に手を当てても何も分からないのだが、つい手が伸びた。

「行方不明になって自宅に帰ってきた直後くらい悪いです」

「ええっ?!」

 

 それは困る。またラディウスの心配性が加速して、明日の式典参加を取り下げられるかもしれない。

 

「ヘルムートが上手い言い訳を考えてくれればいいですけど……」 


「お待たせしました」

 風話を終えたヘルムートが戻ってきた。

「屋敷内に入れますよ。ほとんどの家財道具を回収しているので、中はもぬけの殻らしいですが。早速行きますか?」 

「その前にヘルムート、『追憶の足跡』の中で見える足跡について聞きたいんだけど……」

「なんでしょう」

「複数の足跡が見える時、濃淡が違うんです。何か意味がありますか?」

「濃さですか……。確かそんな記述があったような――」

 頭の中の書物のページをめくる音が聞こえてきそうな難しい顔をして、しばらく沈黙した後、

「本人の足跡の多さ……もしくは思いの強さ……かもしれません」

 彼の頭脳はそう結論づけた。

「ヒカリ様が深く潜った影響で濃淡がはっきりと見えたのかもしれませんね」

「なら、やっぱり屋敷に向かったこっちの方に手掛かりが多く残っているのかも……。ヘルムート、屋敷内を調べた後、向こうの林を捜索する時間はありますか?」

 指さした方向に顔を向けると、渋面を作って、

「いえ、流石にこれ以上の時間は取れません。あちらに何かあるのですか?」


 田岸さんに話した内容をヘルムートにも伝えると、

「分かりました。そちらは影の者に調べさせます。我々はアザレイン家を調べたら、一度本陣があった場所まで次元魔法で移動しましょう。少々やりたいことがありますから」

「やりたいこと?」

「詳細は現地で話します。とりあえず屋敷の方へ参りましょう」


 

 屋敷へ戻ると、魔法で施錠されていた門を解錠し敷地内へ入った。元はよく手入れされていたであろう庭は雑草が伸び放題で、花や低木を覆い尽くしていた。敗戦から1年と経っていないのに、人が住まなくなった屋敷は外壁が剥がれ窓が割れ、立派な廃屋となっていた。

「野盗でも侵入したのでしょう。戦後の混乱にはよくある事です」


 解錠された玄関扉を開くと、モワッと黴臭さが鼻を突く。床板は腐っていないけど、踏みしめると床板の音が大きく響いた。立派な階段、シャンデリアはクモの巣と埃まみれで、価値なしと判断された肖像画の人物があたし達を見下ろしていた。

 テオドールと分かる青年、妹だろう若い女性、そして威厳ある顔つきの両親。しかしその絵も所々破れ、額は錆びれている。

 今となっては戻らない栄華の日々は、見ているだけで虚しかった。

 

「念のため感知魔法を使います」

 ヘルムートは敵意感知、気配探知、魔力感知を発動させたが、なにも引っかからなかった。さらに暴露呪文を使い、隠れている人物を探したが、誰もいなかった。


 3人で全ての階を見て回り、分かれて各部屋を調べたけど、事前に言われていた通り家財道具は一切なく、花瓶や皿の一つも残っていなかった。生活感が欠片もない家は死んでいるようで、呑み込まれそうな不気味さがある。

 ここで『追憶の足跡』を使えばさらに情報が得られるんだろうけど、さすがに実行には移さなかった。

「後日ここへ来て、もう一度術を使ってみますか?」

 ヘルムートに尋ねたけど、この意見は突っぱねられた。

「多くの手掛かりがあると確証があれば試みますが、そうでないのなら許可出来ません。ヒカリ様の消耗具合がよく分かりましたから、余程のことがない限り今後も術の発動はしませんよ」

 


 大きな発見もなく、テオドールの捜索は終わった。後はソルセリルの影の皆さんに頼るしかない。

「また捜索状況は報告します。この3人が揃う機会に話をいたしましょう。さぁ、カルシスに会いに行かねばなりませんが、まずは本陣があった所まで移動します」

 言われるがまま魔法陣に入ると、またあの焚き火の跡が残る地に舞い戻る。

 田岸さんはあたしの視界から景色を遮るように立ってくれ、

「ヘルムート、ここで何をするのです?」

「大地の浄化と鎮魂です」

 

 そう言うとヘルムートはあたしを見て、

「これは風魔法の応用です。ヒカリ様でも発動できますから、よく見ておいて下さい。ラディウス様にはヒカリ様がこの術を施行したと説明します。それ相応の魔力を消耗しますから、指輪の魔力消費、ヒカリ様の疲労の理由には違和感がないかと」

「なるほど……」

「大地に立っている者の精神的回復にも繋がりますから、ヒカリ様の御心にも効果があります。目を逸らさず見ていてください」

 田岸さんはチラリとあたしを見ると、心配そうに目を合わせた。

「大丈夫です。あたしのためにもなるから、目は逸らしません」


 一歩下がってヘルムートが見える位置に移動してくれると、本陣があったちょうど同じ場所にヘルムートが立っていた。彼と視線がぶつかると、コクリと頷き、術の発動が始まった。

 うっすらとヘルムートの体が光り始めると、それが地面に広がり辺り一帯の大地を覆った。あたしの足元も、治療天幕があった場所も、焚き火があった炊事場も光の洪水になる――。

 紛争の地となった場所が光り輝き、強さを増すと今度は金色の粒が地面から浮き上がり舞い始める。春のような風が吹き木々を揺らす。

 

 重かった空気が変わり、大地が清められ、鬱々とした植物が息を吹き返すようだった。そのエネルギーは土地を生き返らせ、活力を与えた。地を流れるエネルギーが地面と接している足から入り込み、あたしにまで影響して心を透明にする。紛争で負ったダメージを浄化してくれる気がして、知らぬうちにあたしは泣いていた。

 理由は分からない。涙が流れる度、魂が安定していくような安心感が出てくる。今ならどんなことにも立ち向かえる気がした。


 金色の粒は緩やかに勢いをなくし、髪をなびかしていた風も引いていくと、ヘルムートの体を覆っていた光も消えた。

 術が終わった大地はすっかり元気を取り戻し、雑草でさえ生き生きしている。

 

「気持ちは軽くなりましたか?」

 涙をぬぐっているあたしに歩み寄ると、ヘルムートはおだやかに笑いながらそう言った。

「ええ。凄く良いものを見せてもらいました」

「これは()()()()()()()()んですからね?」

 軽く注意するように強調して言われ、あたしは苦笑いした。 

「そうでしたね……」

「術を使われてお疲れでしょう。顔色が良くありません。カルシスの元へ行き、少し休ませてもらいましょう」

 

 手抜かりない賢いヘルムートは再び魔法陣を発動させ、今度こそヒルスナイトの領主の元へと移動した。


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