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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
予言と裏切り

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テオドールの捜索


 ラディウスの過保護は続いて、この日の労働は許してくれなかった。

 昼食中も「顔色が良くない」としきりに言われ、帰宅も「ヘルムートに送ってもらえ」「ノボルに付き添ってもらえ」といって聞かなかった。

 田岸さんは「言われるまでもない」とラディウスが帰宅するまで残ってくれ、待つ間家事をしてくれた。あたしはと言うと、疲れで爆睡していた。


  

 とっぷりと日が暮れた夜、帰宅したラディウスに、

「明日はヒルスナイトに行くらしいな」

 険しい顔を向けられる。

「追悼式の前に訪問するのは分かるが……本当に大丈夫なのか?明後日の式典にも参加するつもりなんだろう?」

 しっかり心配性になった彼を見上げた。

 追悼式にはどうしても参加したかった。現場にいた者としては心の整理をつけるためにも参列したい。

 

「だって……流石にそれは出席したいよ。亡くなった兵士や騎士を見てるし――」

 彼らの姿は今でも鮮明に覚えている。亡骸となる数分前まで一緒にいたのだ。倒れた姿を見ても、柔らかい人形のようにしか見えなかった。

 

「あの本陣で起こった戦闘と爆発……夢に見るし……知ってる顔も……あるはずだから――」

 沈んだ声を出すあたしの隣に座ると、肩をくっつけて寄り添ってくれる。

「式典に出るなどは言わん。ヒカリも最後の別れが必要だろう……。そのためにも、明日は無理をするな……」

「――分かってる」

 

 お互い同じ紛争で傷ついた者同士、分かり合える気持ちがある。 

 ラディウスの肩にそっと頭を乗せて目を閉じ、

「……もし――夜中に夢を見たら起こしてもいい……?」

「ああ……」

「ラディウスも、あたしを起こしていいからね……」

「分かった……」

 暗く重い夜がきても、乗り越えられる。前と違って一人じゃやないから。 


 

 気持ちが静まるまでくっついた後、遅めの夕食にした。

 田岸さんが作ってくれたハンバーグは小さめだけど厚みがあって美味しかった。肉嫌いのラディウスだけど、お代わりして食べていたから気に入ったんだろう。



            ◆

 

 

 翌朝、定刻にヘルムートと田岸さんと落ち合うと、早速次元魔法でヒルスナイトに飛んだ。辻車を使わなかったのは、少しでもテオドール捜索に時間をあてたかったからだ。

 

 領主のカルシスを訪れる前に、先に廃屋へと向かう。

 次元魔法で到着したのは、まさしく本陣があったその場所だった。天幕がないと知らない場所に見えたが、焚き火の跡、爆発と罠魔法の痕跡が明確に残っていて、えぐられた地面は当時のことをありありと思い起こさせた。

 負傷者の血の匂い、飛びった土の奇妙な臭気、閃光の眩しさ……。まだ剣のぶつかる音と怒号が聞こえて身震いした。もちろん幻聴なのだが、体が冷えて思わず両腕を擦ると、

「お辛いでしょう……」

 ヘルムートが肩掛けを巻いてくれる。

「戦場に舞い戻ると誰もが震えます。忘れたくても忘れられない記憶ですから――」

 多くの戦を経験したヘルムートの言葉には強い共感があった。

 紛争の現場に取り残されたような孤独感から、聞こえる音や声、見える光景をありのままに話した。

「まだ……音が聞こえてくる気がして――。爆発の音も怒号も、剣の音も……。閃光が……眩しくて視界が揺れてる…………血の匂いが…………する……――」

 

 思わず呼吸が乱れ、固く目を閉じた。田岸さんが背中を擦ってくれながら、

「ヒカリ、無理はしなくていいですよ……。そう感じても当然なんですから……。辛ければそのまま目を閉じていて下さい。俺たちで誘導しますから」

 見えない者に監視されている圧迫感があり、目を開けると何かに襲われそうな恐怖があった。 

 どちらも息苦しいほど恐ろしく、目を閉じ、田岸さんに誘われるまま歩いた。

 瞼の裏の暗黒を見つめ続け、枝や葉を踏みしめる音、3人分の足音に意識を集中させた。

 

 15分ほどそうしただろうか、

「そろそろいいですよ」

 田岸さんの声で目を開けると、あたりは何の変哲もない森の中に変わっていた。これなら歩けそうだと思い、ホッと息をついて自分の足を進める。


 そこらからさらに歩き続け、

「あの場所です」

 ヘルムートが崩れかけた平屋の廃屋を指さした。

 外観は全く見覚えがなく、なんの感情も沸かなかったが、ひと度中に入るとまた震えた。

 

 屋根がなく、天井から空が見える。辛うじて繋がっているドアは今にも崩れそうで、ノブはおかしな方向に曲がっている。ベットはひしゃげ、原形を留めていない。

 もう何十年も誰も使っていないと分かる朽ちた小屋。


 巻かれた肩掛けをぎゅぅっと握りしめた。

「……――そう、ここです……」

 とうに癒えたはずの右肩の傷が疼いた。痺れまで蘇った気がして、指先がヒリヒリする。

「ヒカリ……顔色が――」

 また背中を擦りながら田岸さんが顔を覗き込んできた。

「……今日はやめますか?」

「ご無理はされなくていいですよ……」

 

 2人からそう言われたが、あたしは首を横に振った。

 テオドールの手がかりは一刻も早く掴みたい。

 ラディウスの命がかかっている。 

 心にへばりついている恐怖やテオドールの嫌悪感を踏み潰した。

 無理をしてでもやるって決めた。

 ラディウスのためならやれる。


  

「ヘルムート……『追憶の足跡』の発動方法を教えてください」

 ヘルムートはあたしの目に決意の色を見たのだろう、黙って頷くと、

「まずは補助魔法の陣を敷きます。ヒカリ様はそこから動かないでください」

 あたしの周囲に魔法陣を描いた。言葉と共に光の粉が舞って、文字と複雑な図形が完成する。

「ノボルは数歩下がってください。ヒカリ様、呪文は私が詠唱します。テオドールの姿を出来るだけ具体的に頭に浮かべてください。術が発動したら足跡が見えますから、それを追ってください」

「分かりました」

 はっきり返事をすると、ヘルムートも頷いた。

「では始めます」


 

 あたしが目を閉じると、ヘルムートが長い詠唱を始めた。魔法の行使に詠唱が必要など、これが初めてだ。古い魔法らしいし、開発されたのが古ければ古いほど、作法のようなものが必要なのかもしれない……。 


 余計なことを考えていると、瞼の裏に映像が見え始めた。

 まさに今立っている廃屋の中だ。

 床が白く光っている。眩しいくらいで、これは何だろうと見回すと、ドアに続いていた。外に出るようイメージすると、歩くほどのスピードで景色が変わる。

 ドアの外に出ると白い光は森の奥へと続いている。これがテオドールの足跡らしいと分かり、それを追っていった。

 

 点々と森へ伸びる足跡は大きな岩の横を通り過ぎ、獣道に沿って進んだ。迷った形跡はなく、ひたすらに真っすぐ続く。

 だんだんと獣道が道と呼んでもおかしくない形状になると、やがて三叉に分かれた。白い足跡はそこで二手に分かれ、一つは森に、一つは森から離れている。

 どちらに行こうか迷ったが、より白が濃い方に進んでみた。

 

 森から離れた道は舗装こそされてないけど、よく使われるんだと分かるくらいに踏み固められている。

 1本道を進むと林の奥に突然屋根が見えた。

 結構立派な建物だ。3階建てに見える。敷地も広い。

 

 足跡は門の中へと続き、屋敷の中に入っていくようだった。このまま入ろうか悩んで、とりあえず敷地の周りを1周しみたいと思った。

 足跡がない方向にも進めるのかな……。

 視線を右に振ってみると、足跡から逸れて思う方向に移動できた。

 屋敷をぐるりと回って玄関の反対側に来ると、裏口なのか扉からまた足跡が伸びていた。

 屋敷を離れている。

 今度はそれを追っていった。


  

 目印もない林の中を進む。辛うじて獣道らしきものが見えるけど……到底日常的に使うとは思えない場所に伸びている。

 こんなにも迷いなく進めるなんて――よほど慣れているんだな。

 この先に何があるんだろう?別邸?それとも隠れ家?

 まだ建物らしきものは見えない。

 お屋敷の屋根もとうに見えなくなってしまった……。

 もしテオドールが根城にしている場所なら……特定できればかなりの手がかりになる――

 

 あとどれくらいだろう……。

 だんだん足跡が薄らいできた……。この白い足跡の濃淡はなんなのだろう?ヘルムートに聞いておけばよかった。

 濃いほうがテオドールとの繋がりが深いなら、二手に分かれた道はこちらで正解だったけど……森に続いてた方も探ってみたほうがいいよね。

 後戻りしても残ってるのかな……。

 

 

「ヒカリ様っ!」

 ヘルムートの声が突然に耳に入ってきて、思わず目を開けた。

「これ以上は無理です!戻ってきて下さい!」

 

 何を言ってるのかと、ヘルムートを見た。

 彼は珍しく青ざめてあたしを見下ろし、すぐ隣には田岸さんが緊張した面持ちで座っていた。

 

「ヒカリ?俺が分かりますか?」

「は?ええ……田岸さんです……」

「ここが何処か分かりますか?」

「ここ……?……ここって…………林の中……」

 言いかけて、天井を見上げた。

 

 あれ?

 天井…………?

 なんでヘルムートと田岸さんはあたしを見下ろしてるの?

 確か立ってて…………。

 ずっと歩いてたはずなのに……。


 自分の状況が分からなくなり、混乱した。迷宮に入ったように混沌として、入り口も出口もごちゃごちゃになったような気分だった。

 

 返答できないあたしにさらに顔色を変えたヘルムートは、有無を言わさずポーションをぶっかけた。

「うぷっ」

 予告ない行動に思い切り顔をしかめた。

「ち、ちょっと………せめてひと言くらい――」

「ここが、何処か、分かりますか?」

 さっきよりゆっくりと、耳が遠い人に話しかけるような問いかけ方でヘルムートは尋ねる。

 おばあちゃんじゃないんだから聞こえてるよ、とい言いたくなったけど、真面目な顔だったので軽口は叩けず、あたしは改めて辺りを見回した。


 屋根がなく、天井から空が見える。辛うじて繋がっているドアは今にも崩れそうで、ノブはおかしな方向に曲がっている。ベットはひしゃげ、原形を留めていない。


「廃屋です……ね。あたしがテオドールに連れてこられた廃屋……」

「そう、そうです」

 2人揃って大きく太いため息をついた。

 顔から緊張が抜けている。


「ヒカリ様……遠くまで行き過ぎです。制した声も聞こえていなかったですし……。帰ってこれないのではと肝が冷えました」

 わけがわからず、ポカンとした。

「ヘルムートが何度も呼んだんですよ?聞こえてましたか?」

「い、いいえ……」

「倒れたことは覚えてますか?」

「倒れた……?」

「思い切り頭を打ってました。後頭部が痛むでしょう?」

 尋ねられて初めて頭の痛みを自覚する。触ってみると、たん瘤こそないがジンジンと疼いていた。

「え?……ん…………?どういう……こと――ですか?」

 状況が1ミリも理解できず、田岸さんに尋ねると、順を追って説明してくれた。

 

「術が発動して、ヒカリは足跡を辿っているようでした。10分ほどでキョロキョロしたかと思うと、右を向いて『森の外……』と呟いてました。その時点でヘルムートが声をかけましたが、返事はありませんでした。このまま続けるか悩みましたが、しばらく様子を見ることになって観察してました。

 さらに10分程すると『お屋敷……』『玄関じゃない』『裏口……』と色々呟いて、いよいよ怪しいとなり、何度も名前をよびましたが全く反応しませんでした。

 独り言は増えて『獣道』『隠れ家』『根城にしている場所』『二手に分かれた道……』と、ブツブツ怖いくらいに囁いて……。俺もヘルムートも肩を揺すったりしたんですよ?それでも返事がなくて、とうとう中止しよう、と強制解呪しようとしたら、糸が切れた人形のようにバタリと倒れてしまって……。大慌てでヘルムートが術を終了させましたが、10分は意識が戻らず――。今は術を発動して、30分後というわけです」

 

 30分?

 そんなに時間が経ったの?まだ10分も過ぎてない感覚なのに? 

  

「本来であれば、現実の世界から一定の距離が空いたら解呪されるはずなんですが……ヒカリ様は深く潜り過ぎです……」

 弱りきって、まだ青い顔をしたヘルムートがあたしを見下ろしながら言った。 

「追跡の気持ちが強すぎて、戻ってこれなくなる所でした……。テオドールを追いたい気持ちは分かりますが、生きた心地がしませんでしたよ……」

「も、戻って来れなくなるって……。危険な魔法じゃない、って言ってましたよね?」

 今更になって恐怖を感じ、思わずヘルムートに詰め寄った視線を向ける。

「本来はそうです。声をかけることで解呪されるのが普通であり、こんなにも相手に同調して足跡を追うことはできません。しかしヒカリ様は思念が強すぎて、テオドールの記憶深くに入ってしまわれた……。私も考えが浅はかだったと反省している所です……」


 いつもの見目麗しい雰囲気はなく、萎れた花のように元気がなくなっていた。

 美形のうなだれる姿は罪悪感が5割増しになる。その上、 

「ご気分はいかがですか?体力回復ポーションを使いましたが……顔色が白くていらっしゃる――。体を起こせますか?めまいは?吐き気はありませんか?」

 立て続けに心配されると、責めると言葉も引っ込んでしまった。

 

 あたしはまずめまいがしないか頭を振ってみた。

 うん、平気。

 次に一人で座ってみる。これも平気。

 吐き気も――ない。

 ゆっくりと立ち上がると膝がカクン、と折れてしまい、尻もちをつきそうになった。田岸さんが慌てて支えてくれたけど、かなり危なかった。

 

 ヘルムートは「これを」と500円玉くらいの包装紙を渡してきた。

「直ぐに食べてください」

 床に腰掛けてなんだろう、と開けてみると……

「え?チ、チョコレート?!」

 

 こっちの世界で初めて見るカカオの甘い香り漂うチョコレートだった。

 砂糖が貴重な世界で、チョコレートなんて超がつく高級品だ。夜会で2回だけ見たことがあったが、どの王族も目を見開いて驚いていたからかなり印象に残っている。

 

 そんな超貴重なチョコが、ヘルムートが手にしている巾着袋の中にゴロゴロと入っていた。

「ど、どうしたんですか、コレ?!」

「今日のために取り寄せました。万が一のため、としか考えていませんでしたが――初めて自分で自分を褒めたい気分です」

 あたしは半分をかじると、遠い昔に親しんだ甘みが口いっぱいに広がった。ミルクチョコらしい。

「……チョコってこんなに甘かったかな……」

 残りの半分も口に入れると、

「もう一度立ってみてください」

 促された。

 

 言われるがまま立ち上がると、今度は難なく立位がとれる。

「良かった……。魔力消費が激しい時は甘い物が効くんです。本来ならラディウス様に魔力補給していただきたいところですが……流石に無理なので応急処置です」

 そんな血糖値上げるみたいなやり方でいいんだ……。

「飽くまで一時的な回復にしかなりません。家に帰るまで、何度かコレをお渡ししますから、口にしてください。帰宅後は速やかにラディウス様から魔力補給を受けていだきます。お叱りは私が一人で受けますので、ご心配なく」

「ええ?!それは危険では……」

 

 今の過保護ラディウスなら、そんなにも弱ったあたしを見たら相当に険しい顔をするだろう。ヘルムートへのあたりもキツイものになる気がした。

 

「なんて説明するんですか?」

「上手い言い分は考えます。ご心配は無用です。これも同行した臣下としての務めですから、ヒカリ様が御心を病む必要はありません。それより『追憶の足跡』で見た場所を教えてください。テオドールを影の者に探させます」

「もちろん、ヒカリは自分の足て歩いてはいけますからね」

「え?」

「俺のおんぶで我慢して移動してください」

「ええ……」

「これ以上体力、魔力を消費したら、それこそラディウス様から折檻を受けてしまいます。私のためだと思って、ノボルに背負ってもらって下さい」 

 

 

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