マルタへの提案
翌朝も朝食を一緒に作ると、城まで次元魔法で移動した。本当は田岸さんと辻車で向かう予定だったけど、
「少しでも負担ない方法で移動しろ」
とラディウスが譲らなかった。
しかなく田岸さんの風を送ってもらい、集合場所をヘルムートの執務室に変更した。
登城すると手を繋ぎ、人目も気にせず保育園に初めて登園した親のように、ヘルムートの執務室まで付き添ってくれた。
「あ、あの……。ラディウス……ヘルムートの執務室は知ってるから……」
「どうせ同じ階層にあるんだ。おかしなことじゃないだろう」
「それは……そうなんだけど――」
その付き添い方が問題で……。
手だけじゃなくて腰に手を添えて歩いてる……。
しかもゆっくり歩き。
まるで臨月の妊婦みたいな……。
違う誤解をされるんじゃなかろうか、と邪推したけど、そうこうしているとヘルムートの執務室に到着した。ラディウスは無事に送り届けると、
「いいな。昼には俺の執務室だぞ?」
と散々釘を刺して扉を閉めた。
ラディウスはちょっと過保護な気がする……。
本当に妊娠した時はどうなるんだ、と危惧していると、
「ヒカリ様?」
困った顔で棒立ちになっているから、ヘルムートはきょとんとした。
「おはよう、ヘルムート……」
「おはようございます。どうかされましたか?」
「いや……ラディウスが過保護で……」
あぁ、と納得すると、ヘルムートは「仕方ありませんよ」と言いつつ、執務室の椅子に座るよう示してくれた。
「あんなにも衰弱していたのです。人間は我々と違って儚いと知っていますから、どうしても過敏になります。しかもヒカリ様はただでさえ魔力量が少ないですから」
示された椅子に腰掛けると、
「こんなにも早く動き回られては、ハラハラもします。私とノボルは事情を知っていますが、周りの者は案じるばかりでしょう」
苦笑いされた。
「そういうものですか……」
「当然です。ヒカリ様はラディウス様の婚約者ですから、余計に案じます」
魔族の人にとって人間は体力が弱く映るらしい。確かに同じ魔力量でも、人間と魔族では回復時間が違う。ただの風邪でもこじらせれば肺炎になる人間と違い、魔族はそんな事にならないのだ。
やはり根本は種族が違う、ということなんだろう。
だからヘルムート達が案じるのもわかるんだけど、あたしは登城したついでに他の懸念事項も片付けようと思っていたのに……。
「あのー……実を言えば、マルタとハレイドがいるなら少し話をしたいと思ってたんです。講義の挨拶の後、あんなことになったし……。予定してた新聞記者との取材もおじゃんになったじゃないですか?2人に何か不都合が起きてないか、心配で……」
あたしが行方不明となっている間、本来なら新聞記者との取材をするはずだった。互いのスケジュールが合わず、講義開始した翌日に設定されていたのだ。
「その件なら問題ありません。2人が変わりにやってくれました」
「記者にはなんて説明したんですか?」
「体調不良、としか。ヒカリ様の行方不明については、ほとんどの者が知りません。極秘事項です」
やっぱりか。
「なら旧アザルスとの紛争があったことは?」
「それは公開しています。死傷者が出ていますし、隠し通せるものではありません。追悼式も行いますし」
「式はいつなんですか?」
「明後日です。紛争の場となったヒルスナイトには追悼式後、多くの献花がされるでしょう。ですから、その前にテオドールの痕跡を見つける手掛かりが欲しくて、明日の出発を提案しました」
「そうだったんですね……」
「……ヒカリ様。本当に明日、共に行かれるのですか?まだ顔色が良くありませんよ?」
ヘルムートからも言われてしまい、
「そんなに良くないですか?」
思わず鏡を見たくなった。
自分としては化粧で誤魔化せていると思っていたのだ。
「痩せましたし、肌艶も良くない。髪の艶も違いますから、遠くで見ても違和感を感じます」
「ええ……」
「化粧で誤魔化そうとしているのが、余計に良くないです」
「うっ……」
「本日の打ち合わせも簡単に済ませる予定ですから、無理はなさらないで下さい。マルタとハレイドは偶然にも登城予定ですが……お会いになるのは短時間にして下さい」
「はい」
ヘルムートもラディウス同様、「止めろ」とは言わなかったからホッとした。
2人に迷惑をかけたのなら、早めにお礼を言いたかったからありがたい。
「流石に2人は真実を知ってるんですかね?」
「はい。マルタ、ハレイド、カルシス、エーナンテイトくらいしか事実は知りません。聡い領主から探りを入れられますが……話してはいません」
「ちなみに、その領主は?」
「ノルトです」
「やっぱり……」
頭切れそうなノルトらしい。詰め寄られたら、あたしもうっかりとボロが出そうだ。
その時、
トントン
ノックがして「入ります」との田岸さんの声がした。
あたしたちが揃っているのを見ると、
「遅れましたか?」
「いえ、ちょっと聞きたい事を聞いてただけです」
あたしの隣に腰かけた。
「ヒカリ、昨日より顔色が悪いですよ?大丈夫なんですか?」
座るなり、凄く渋い顔をされた。
「ええ?食べて寝ましたよ?」
「普段の量よりは少ないんでしょう?」
「それは……そうです」
「こまめに間食して下さい。量より回数で必要エネルギーを摂取して下さい」
「……はい」
抜け目ないところは本当に兄だ。
兄妹のやりとりが終わると、
「揃いましたね。ではさっそく始めましょう」
明日の出発は午前中。目的地は捕らえられていた廃屋だが、ラディウスへの言い訳のためヒルスナイト領主、カルシスにも会うことになった。
「名目上は追悼式前に顔を見せ、捜索に尽力してくれた兵士達を労う、とします。決して不自然でない理由ですからご安心を。それと、ヒカリ様にはこれをお返しします」
ヘルムートが取り出したのはソエイラの指輪。
魔力補給がされたグリーンの石が輝いている。
「ありがとうございます」
「傷もなく使用に支障はありません。『追憶の足跡』はかなりの魔力を消費しますから、一気に半分は減るでしょう」
「そんなに?」
「はい。あまりにも急速に魔力が減っては不自然なので、私も補助魔法で援護します。それでも半分に近い魔力は消費しますが」
あたしが使えるどの攻撃魔法よりも消費が大きい。
一体どんな魔法なの?と心配になった。
「そんなに消費魔力が大きいなんて……。危険な魔法なんですか?」
「いえ、決してそんなことはありません。精度が非常に高いので、負担が大きいというだけです。明日、実際に行使すれば分かると思いますが……無理をして『追う』必要はありませんから」
「『追う』?」
「はい。頃合いを見て私が制止します。心配しないで下さい」
意味は分からなかったが、やれば分かる、ということなんだろう。
他にも王都にいるダナン達に会う予定を組んだ。彼らは保護の目的があるので、テオドールの件が落着するまで王都にいるらしい。住む場所だけでなく仕事も斡旋してくれたようで、ヘルムートの仕事ぶりに心底感謝した。
「あの、ラディウスとも話し合ったんですけど、日陰者って言われている人達の救済処置が出来る仕組みを作れませんか?」
ヘルムートは笑うと、
「そう言い出されるのではないかと、考えていました」
シゴデキの彼はすでに先回りしており、
「それもあって、マルタと会っていただきたかったのです」
「……マルタ?」
彼女と救済処置が結びつかず、首を傾げた。
「マルタには身内に魔力が少ない者がいます。彼女が王都で仕事ができるまでに出世をしたのも、一重にその家族のためです。実の弟君だそうで、彼は今でこそ立派に働き口を見つけているのですが、同じ境遇にある者たちの事をマルタは今でも気にかけていまして。これまでもマルタからは処遇改善の案を出された事がありました。ですから、主軸となる人物は彼女が適任だと思ったのです」
なるほど!
確かに適任だ。
「その弟さんも参加してくれたら参考になる意見が聞けそうですね!」
「それなら福利を充実させた法案になるんじゃないですか?日本でいう生活保護に近い仕組みです」
話を聞いていた田岸さんが口添えしてくれたので、
「あぁ、そうですね。田岸さんも来てくださいね」
軽く言うと、
「は?」
見たこともない驚き顔をしていた。
「いやいや!なんで一介の市民でしかない俺が……」
大慌てで手をブンブン振っていたが、ヘルムート「マルタの弟君も一般市民ですよ?」の一言に、
「それはそうですけど……」
と困惑していた。
「弟さんも同じ一般市民の田岸さんがいれば安心できますよ!あたしも心強いですし、一緒にマルタに会いにいきましょうか!」
期待を込めた笑顔に、文字通り田岸さんは固まっていた。
突然貴族に会うことになりカチコチになった田岸さんを連れ、マルタとハレイドがいる会議室に移動した。彼らは前の会議が終わったまま待機してくれているらしい。
ノックをして入室すると、
「ヒカリ様!」
扉を開けるやいなや、歓喜にも近い声にビクッと震えた。
マルタは走り寄ってきて、白魚のような綺麗な手であたしの手を強く握りしめると、
「良かった……ご無事で…………!」
目を潤めていた。
抱きしめられそうな勢いだったが、そこは身分を考えたのだろう、手を握る程度に抑えてくれた。
ハレイドも虎の威厳ある顔つきを歪ませていた。
「ヒカリ様、本当に良かった……。トレニアードもそれはそれは心配して……酷く落ち込んでいたのですよ。吉報を受けてはいましたが、こうしてお会いできて本当に嬉しいです。息子をやっと安心させてあげられます!」
2人があまりにも喜んでくれているので、あたしも思わず涙腺が緩んだ。
「心配かけてすいません……。それに仕事も……たくさん迷惑をかけたんですよね……?」
「とんでもない!」「何をおっしゃいますか!」
タイミング同時に声が重なった。
「そんな些細なこと、労力とも思いません!」
「これまでの献身ぶりを見ていれば、この程度のことで謝罪など不要です」
力いっぱい言われると、これ以上ゴタゴタ言うのは野暮や気がして、
「ありがとうございます、二人とも……」
感謝に目を細めた。
あたし達のやり取りを見ていたヘルムートは、
「気持ちの受け取り合いは十分ですか?まだヒカリ様は万全ではないので、良ければ座って話をしたいのですが……」
その台詞に2人は慌てて椅子を勧めてくれた。
ひとしきりのお礼と感謝を伝え終えると、あたしはマルタに救済処置の法案について相談をしてみた。
彼女は大いに驚くと同時に喜んでもおり、
「そんなご提案をいただけるなんて……!」
椅子から立ち上がっていた。
「ラディウスも賛同してたので、意見を募って具体案を詰めたいんです。他にもマルタの弟さんと、あたしの兄である田岸……ノボルも参加してほしくて」
ヘルムートやラディウス以外の前では『ノボル』と呼び捨てるように言われていた。本当の兄妹なら名字で呼び合わないものね。
マルタは弟の参加要請に驚き、
「良いんですか?弟は法律の知識もなければ、礼儀作法にも疎いのですが……」
不安そうだった。
「なら俺と同じです。庶民の同志がいればかなり嬉しいので、是非声をかけてみてください」
不安そうな田岸さんに言われると、不思議そうに顔を見て、
「ヒカリ様のご令兄でいらっしゃいますか?」
目を丸くしていた。ハレイドも驚き、
「失礼いたしました」
右手を胸に添え、深々と頭を垂れた。
「マルタと申します」
「ヨセハイド地方領主のハレイドと申します。ヒカリ様のお身内とは知らず、大変失礼をいたしました」
突然のことに大いに慌てた田岸さんは、またしても目を白黒させていた。
「いやいや!やめてくださいさい!俺はただの庶民なのでっ!」
「しかし……」
「本当に、俺のことは敬ったりする必要はないのでっ」
「あの、兄は本当に堅苦しいのが苦手で……。できれば気楽な付き合いをしてほしいです」
助け舟を出すと、二人とも「ヒカリ様がそう仰るなら……」と態度を改めてくれた。
田岸さんがホッとしたところで、会議室の扉がノックされた。
全員の視線がそちらに向くと、顔を覗かせたのはノルトだった。
「おやおや……。ずいぶんと賑やかだったので何ごとかと思えば……」
入室許可を得ることもなく、当然のように入ってくると、ヘルムートが一気に眉をしかめた。
「ノルト、誰が入室を許可しましたか?」
冷気を感じるほどの冷ややかな目つきで睨まれたにも関わらず、それに怯むことなくノルトは、
「おや?雑談ではなかったので?」
どこ吹く風だ。
「ええ。重要な相談をしているところです。お引き取りを」
「相談、ですか。会議ならいざ知らず、しかも正式に会議室の使用許可を取ってもいないのなら、私も参加してよろしいですよね?」
よろしいですか、ではなく『よろしいですよね』ときた。しかも視線はあたしに向けられている。
このメンバーの中で身分が一番高いのがあたしだから、当然と言えば当然の問いかけなのだが、正直言えばよろしくなかった。
「いえ、ノルト。今は――」
言いかけた所に被せるように、
「おやヒカリ様。随分と顔色が悪くていらっしゃる。どうされたのですか?」
わざとらしく遮られた。
「ここ数週間、お姿をお見かけしませんでしたね?ご体調でも悪かったのですか?」
「……ええ」
「それは大事ですね。何か心労でもおありですか?このノルトでよろしければご相談にのりますが。ここにいる面子よりは、ましな回答ができかと」
明らかな上から目線の言い分に、全員の空気がピリついた。
あたしはどうするか思案した。短時間で答えを出さないと。
ノルトの耳にはいずれ入ることになるから、嘘をつく必要はない……。むしろ後々難癖をつけられるなら、今のうちに味方につけておいた方が得策な気がした。
「なら、ノルトの意見も聞かせていただけますか?実は――」
言いさしたところで、また会議室の扉が開いた。しかも今度はノックなし。
勢いよく扉を押し開けたのはラディウスで、全員が彼の顔を見て固まった。
酷く不機嫌だったのだ。
しかも第一声が、
「ヒカリ、何してる?」
だった。
えっ?あたし?
不機嫌にした覚えはなく、「なにが?」と尋ねたのだが、それがいけなかった。
「約束の時間は過ぎているぞ?」
一気にしかめっ面になると、ドスドス会議室に入ってきてむんずと手首を掴まれた。
「朝より顔色が悪いじゃないか」
「え?そんなことは――」
「ある」
ずい、と顔を近づけられ、
「今何時が分かっているか?」
「……分ってないです」
「昼はとうに過ぎた」
「ええ?」
咄嗟にヘルムートを見ると、
「昼を告げる鐘は確かに鳴りました……」
ちょっと困惑顔で返された。
「陛下、今昼になったところですよ?」
ノルトがのんびりと言うと、
「なら昼は過ぎている」
きっぱりと言い返し、そのまま会議室を出ていこうとする。
「ち、ちょっと!まだ話しの途中なんだけど!」
「なら時間切れだ。また明日にしろ」
「ええ?ならせめて、次に会う日くらい決めさせてよ」
「ヘルムートが話をつければいい」
「それは構いませんが……」
「そら、そう言っているぞ」
ラディウスがあまりにも室外に出ようとするので、
「ラディウス、あんまり引っ張らないでよっ」
手を引かれる勢いに、机に体をぶつけそうになる。ハッとしたラディウスは、
「悪い。体を打ったか?」
酷く心配そうに顔を歪めた。
「平気だけど……。ちょっとは落ち着いて。話し合いは終わるから、せめて挨拶くらいさせてよ」
「……それもそうだな」
冷静さを取り戻したラディウスはやっと力を緩めてくれた。
あたしは安心したため息をつくと全員に振り返り、
「すいません。話の途中ですが、また次回に相談させてください。ノルトにはあたしから直接話をしますので、待ってていただけますか?ヘルムートと日取りを詰めてください」
「はい、それは構いませんが……」
歯切れの悪いノルトは、先ほど違う表情をしていた。
何やら違うことに関心があるようで、あたしとラディウスをじっと見ている。探るような視線が気になり、
「何か?」
「いえ……陛下が随分とヒカリ様のご体調を気にされているので……」
そこまで言うと目をあたしに固定させ、
「ヒカリ様はご懐妊されているのですか?」
「……――は?」
「先ほどのやり取り……。そうではないかと……」
一連の会話内容を思い返すと、確かにそうと受け取られてもおかしくないと思えた。
「いえ、違います!」
多大な誤解に、あたしは全力で首を横に振った。
「ただの体調不良です!妊娠なんてしてませんからっ。熱が出て、数日寝込んでいただけです」
「…………そうですか」
そう言いつつも、今度はラディウスを見た。彼は挙動不審になることもなく、
「婚約式も終わっていないのに、そんな事になるはずないだろう」
と冷静に返していた。
「ヒカリはようやく床上げできたところなんだ。婚約者の体調を気づかうのは当然だ」
「……まぁ、そういうことにしておきます」
絶対に疑いは晴れていないと言うニュアンスの言い方にあたしはハラハラしたが、ラディウスは手を引いたまま、全員の視線を気にする風もなく会議室をあとにした。




