2人の時間
翌朝、快晴の眩しい太陽の光で目が覚めた。朝夕はまだ冷えるけど、昼間は上着を1枚脱げる気候となったソルセリルの冬はだんだんと終わりを迎えようとしていた。
春には庭の畑に何を植えようかなと考えながら、暖炉に火をつけて水を生成してポットに入れ、お湯を沸かす。
久々に立つ台所にはパンとジャム、魔道冷蔵庫の中の卵くらいしかなくて、庭に出て野菜を取ってきた。しばらく手入れをサボっていた畑には根性のある雑草が目につく。リハビリがてら草取りしよう、なんて思って家に戻ると、ラディウスが起きていた。
「おはよう。早いね」
「起きて平気なのか?」
寝起きだというのに、それを感じさせない精悍な顔つきはちょっと羨ましい。
「熱もないし、少しでも動かなきゃなまっちゃうよ」
野菜の水洗いしながら口だけ動かして、日常が戻ってきたんだな、と実感した。冷たい水には手が震えたけど、そんなこと気にならないくらい今の時間が嬉しい。
「何か手伝うか?」
そんな事言われたことないから、
「え?出来るの?」
思わず顔を見てしまった。
「これでも庶民の出だぞ」
「…………そうだっけ」
「そうだ」
いつも豪華な服着てふんぞり返ってるから信じられない。あんなお屋敷に住んでるし、家事できるラディウスとか……全く想像できなかった。
「もともと貴族なんてものはソルセリル建国前はなかったんだからな。今の重役についている者達も全員が平民だ。民をまとめるような仕事をしていた奴も中にはいるが、明確な身分があったわけじゃない」
「村の村長みたいに勝手に名乗ってた、ってこと?」
「そんなもんだ」
ラディウスはあたしの横に立つとお皿にパンを乗せてジャムをテーブルに置き、カップを出してくれる。決して手際は悪くなくて、
「小さい頃家の手伝いとかしてた?」
思わず尋ねた。
「少しだけだ。母が高齢になってからはやらざる負えなかったんだ」
「お父さんは?やらないの?」
「あの人は食べ物を家に入れるだけだった」
「あぁ、なるほど」
大黒柱あるある。
2人で朝食準備をするのは凄く新鮮て、卵を焼くラディウスは写真に残したかった。ポットに茶葉を入れてカップに注いでいると、
「いつも思うが、ヒカリはなんで腕を高く上げ下げして茶を淹れるんだ?」
「え?」
「最後は回して注ぐし、侍女達はそんな事しないから不思議だったんだ」
あたしの手元を凝視している。全く意識しなかったことを指摘され、
「さぁ……?初めて言われたから無意識かな」
「クセか?」
「そんな感じ」
お茶を置くと、
「ちょっと侘びしいけど、こんなものかな」
席についた。ラディウスも目の前に掛けると、
「果物ならあるぞ」
と空間収納からブドウとバナナもどきを出してくれた。
あたしはまだ胃が元気じゃなくて、全種類を少量ずつ食べた。ラディウスはいつも通り大盛りで、先に食べ終わったあたしは熱々のお茶を啜りながらそれを眺める。
「この後は仕事だよね?」
「城に行くが、その前に着替えだな。屋敷に戻る」
「そっか」
「ノボルが直に来るから、交代したら出る」
「もう一人で動けるから平気よ?」
その言葉に鋭い目が光って、
「こんな軽作業で顔色が悪くなっている自覚がないのか?」
倦怠感は感じていたから、「んん?」誤魔化した返事しかできなかった。
「ヒカリは嘘が下手だな。片付けはするから、少し横になっていろ」
「食べ終わるまではここにいるよ」
「ならせめて長椅子に横になれ」
ラディウスが軽く手を振って何かの魔法をかけると、リビングにソファが現れた。
見覚えのない花柄のソファが目に入る。1人くらいなら横になれる大きさだ。
「寝室にあった長椅子を移動させたぞ。あそこで休め」
「寝室?あんな家具なかったよね……」
首を傾げると、
「ヒカリを運び込んだ後、新しく入れたんだ。付き添うにしても同じ寝室で横になるわけにはいかないと、ノボルが言い張ってな。せめて体を横にする場所が必要だったから置いた」
「なるほど」
掛け物もあったから素直に移動して、彼に顔を向けたまま横になる。
さすが城の人が準備したソファとあって、安物とは比べ物にならない寝心地のよさ。
その快適さのせいか、体は疲れで重く沈み込んだ。
「そういえば前から気になっていたんだが、あの硝子カップはなんだ?」
退屈しのぎに会話をしてくれるラディウスが、食器棚にある一つのカップを指した。
「一つだけえらく歪で目につく」
「あれは硝子職人の人と仕事した時に、作らせてもらったやつ。自分で硝子を拭いて作ったの」
「ヒカリが自分で作ったのか?」
まさか自作と思わなかったのか、目を見開いていた。
「そうだよ。色と柄になる硝子を選んで、溶かした硝子を竿の先につけてふっー!って吹くの。簡単にできるカップを作ったんだ。綺麗でしょ?革職人と作った小物入れもあるよ。扉の横の棚に置いてあるやつ」
「知らない間に色々な事をしてたんだな……」
「そういう体験って好きだから、楽しかったよ」
「……そうか」
ラディウスはもそもそパンを食べながら、
「ここにゆっくりいると、ヒカリの生活がよく分かる」
リビング兼キッチンの部屋を眺める。
「狭い部屋を機能的に使おうと工夫してる。あるべき物があるべき場所に収められて、使い勝手もいい。こじんまりとした間取りなのに窮屈感がないし、落ち着く」
「狭いのはしかたないよ。お城とかお屋敷みたいな豪華な場所じゃないし」
「それが良いんじゃないか」
お茶を啜りながら笑うと、
「昔住んでた家を思い出す」
「……家族で暮らしてた家?」
「ああ。ちょうどこんな雰囲気だった」
そうなんだ……。こんな平屋に住んでるラディウスは想像できなかったけど、小さい男の子と両親、という絵柄なら浮かんで、
「3人で一緒に寝てたの?」
「ごく小さい頃はな」
微笑ましくてふふっ、声を出して笑ってしまった。
「小さい頃のラディウスは可愛いだろうな」
「……そうか?」
「可愛いよ。睨まなければね」
「エーナンテイトみたいなことを言うんだな……」
「この世でラディウスを可愛いっていうのは、あたしとエーナンテイトだけらしいから」
「それはそうだろう」
苦笑いした顔がまた可愛くて、ふふっとまた声が漏れる。
「ラディウスはたまに可愛いよ?笑った時とか、寝顔とか」
照れ隠しなのか、
「……臣下の前でそういうことは言うなよ」
釘を刺された。
「言うわけないじゃん」
ラディウスはそのまま朝食を続けた。眺めていたはずのあたしはいつの間にかうたた寝していて、
「ヒカリ」
肩を揺らされて目を覚ました。
目の前にはラディウスと田岸さんがいて、
「おはようございます。しんどいようなら寝室で寝ててください」
いつもの柔和な笑顔で挨拶された。
「俺はもう出るからな」
出かけ支度を済ませたらしいラディウスを、せめて玄関まで送ろうと起き上がり、扉の前まで付き添った。
「今夜も来るの?」
「そのつもりだ。せめて半日くらい、寝ることなく過ごせるようになるまでは傍にいる」
「そっか」
「次は着替えも持ってくるとしよう。直接城までいけたほうが便利だしな」
「うん。夕飯は作っておくね」
「分かった」
新婚みたいなやりとだな、ふにゃふにゃし顔をしていると、いきなりキスされた。
「行ってくる」
突然のことに固まっていると、笑いながら次元魔法で消えてしまう。
不意打ちにも程があり、しかも別れ際のトドメの笑顔がクリティカルヒットだった。
「あぁぁぁ……!」
朝から何という時間を過ごしてるだろう、と悶えていると、
「ヒカリ?」
おかしなうめき声に、奥で作業していた田岸さんが顔をのぞかせる。
「どうかしました?」
「いえっ!なんでもないです!」
流石に説明する気にはなれず、さっさと家の中に引き返した。
「昨日、ヘルムートと少し話をしまして。ヒカリの体調が回復したら、一度例の廃屋に行ってみようということになりました」
本調子でないあたしを何とか説得して寝台に横にさせた田岸さんが、昨夜の出来事を語ってくれた。
「ナビ魔法と『追憶の足跡』という魔法を使えば、テオドールの居場所をつかめるかもとヘルムートは予測しています」
「『追憶の足跡』?」
コクリと頷くと、魔法の説明をしてくれた。
『追憶の足跡』は古い魔法で、テオドールと対峙した事があるあたしの記憶を頼りに、彼の足跡を辿る魔法らしい。今主流とされる魔力感知、生命感知、敵意感知、気配探知より原始的なやり方で、人の捜索によく使われていた方法とのことだ。
「使われいたってことは、今は使われてないんですか?」
「ええ。感知魔法の数々と違い、万人が使えるわけではないので効率が悪いと倦厭されているらしいです。直接対峙した者同士の縁を辿って追跡ができるので精度が高く、捜索者のみに対象を絞って探せるのが最大のメリットとか」
「テオドール1人を探すのに向いてるんですね」
「はい。ただし魔力消費が激しく……その……」
言いくそうに口籠る田岸さんは珍しい。
「なんですか?」
チラリ、とあたしを見て、
「捜索者と追跡者の精神に多少なりとも関与する方法で……身体的繋がりの縁を利用するとか」
「身体的……?」
言われたが、テオドールとそんな関係を結んだ覚えはない。
「あたしテオドールとそんな接触はありませんよ!」
「いえ、いかがわしい意味ではなくて、血の接触です。ヒカリはテオドールに怪我を負わされているでしょう?そしてヒカリも逃げる時、テオドールに怪我を負わせた。互いに互いを傷つけている。それが身体的繋がりになるらしいです」
それなら十分に覚えがある。
「血は魔法において強い繋がりを生む。強い分、多少の反動もあって、ヒカリの精神的、肉体的負担が大きい。ひどく疲れるし魔力消費も激しい上に、ヒカリ自身が捜索に参加しなくてはいけません。負担が相当に大きいので、俺もヘルムートもそこを懸念しています」
「そういう事ですか……。なら心配いりません。頑張りますから」
あっさりと言ってのけるあたしに、田岸さんは困惑した目つきをした。
「頑張るとは言っても……。俺が補助できるのはナビ魔法で不可侵の森を避けて道案内するくらいです。ヘルムートは次元魔法での移動を補佐したり、ラディウスへの言い逃れを考えるくらいなもので……。大した力にはなれない、と言っていましたよ?」
「十分ですよ。一人でやるわけじゃないから、心強いです」
言い切ると、弱りきった表情をしていた。
「あまり悠長に構えてもいられませんから、3日以内には一度廃屋に行く予定にしています。それまでに『追憶の足跡』を発動させて、足跡を出現させるまでの体力が回復できますか?」
「できますよ」
「朝食を作っただけで疲れてしまうのに?」
「…………できます!」
疑わしい、と言わんばかりの露骨な表情をされた。
「これから庭の草むしりして、休憩したら部屋の掃除もしますよ」
「さらに夕飯の準備までするんですか?」
「そうです」
「……また熱を出しますよ?」
むむっ、とへの字に口を歪めるあたしを見て、
「寝込んでいたので知らないでしょうが、ヒカリが解熱したのは昨日の午前です。それまで発熱と解熱を繰り返していました。そんな人の体力がわずか数日で戻るとは思えません」
「でも――」
「さらに、ろくに食べてもいなかったんですよ?いきなり動いて食べると、体が悲鳴をあげます」
「でも――」
「テオドールを早く見つけたい気持ちは分かりますが、資本の体をまずは大事にして下さい」
全くの正論だ。医療者として、患者が同じ訴えをしたらナースとしては同じことを言うだろう。
でも昨夜誓った決意は消えることなく燃えていた。
ラディウスとの平穏な生活のためなら多少の無理をすると決めたんだ。
唇を噛むと、きっと田岸さんを見つめた。
「分かってますけど……行かせてください。あたしはどうしてもラディウスとの未来を掴みたい。誰かに甘えて待つのだけは嫌です。自分の幸せは自分で勝ち取りたい」
真剣な表情で言うあたしに、田岸さんは眉間に皺を寄せて困ったように唸った。考えあぐねるように視線を彷徨わせたが、目を逸らさず見つめ続けるあたしに、最後にはこちらを見て、
「分かりました」
観念して折れてくれた。
「まだしばらくは世話をします。無茶をしないよう監視する見張り、と言う意味でね」
「お願いします」
田岸さんは困った顔のまま愛想笑いを浮かべ、
「手のかかる妹だ……」
ポンポンと頭を叩いた。
この日は宣言通り、庭の草むしりをして部屋の掃除もした。夕食も作るとぐったりしてしまい、ラディウスが田岸さんと交代した時にはぐっすりと寝入っていた。
「ヒカリ……ヒカリ……」
何度か肩をゆすられやっと重い瞼を開けると、田岸さんは帰宅済みで、暗くなった寝室にはラディウスが一人立っていた。
「あれ……ラディウス、もう帰ったの……?」
「もうって……すっかり夜だぞ?」
「そうなの……?」
外を見ると確かに日は落ち、星が瞬いている。
何時間眠っていたのだろうと起き上がると、随分と遅い時間ようで、室内はだいぶ寒くなっていた。時間を飛び越えたような気分になっていると、
「初日から無茶をしたんだって?」
子供を叱る父親のような口調で、ラディウスが腰に手を当てて、あたしを見下ろした。
「いきなり動いてどうする!熱が出なかったからいいものの……。しかも明日は登城するって?」
田岸さんとの話し合いの末、一度ヘルムートと会って計画を練ろう、との結論に至っていた。ラディウスに怪しまれないよう、出来るだけ真実を伝える事にしていたが、
「た、田岸さんから聞いたの……?」
「他に誰がいるっ」
素直に伝えすぎたかもしれない、と思う。
「もっと養生しろ!ヘルムートを叱りつけていたヒカリとは思えないぞ?」
「あそこまでは疲弊してないよ……」
「してたんだ。俺が何度魔力補給したと思ってるっ」
まさかラディウスから説教を受ける日が来ようとは……。
「もう大丈夫だから……。一緒に夕食食べようよ……」
布団から這い出たところで、ラディウスは深いため息をついて隣に腰掛けてきた。
「何を焦っているのか知らんが、とにかく無理はするな。ノボルも心底呆れていたが、『言っても聞かないからヒカリの好きなようにさせろ』と言うし……。しばらく監視として通ってくれるらしいが、兄にあまり心配をかけるな」
ラディウスは一通りの説教を終えると肩を引き寄せ、
「俺も四六時中はいられない……。明日の登城はノボルも付き添うから、耐えられなくなる前に言え」
コツン、とおでこを重ねてきた。
行くな、と決して言わないところが優しい……。
飽くまで好きにさせてくれる事にキュンとして、
「うん……」
体を預ける。
「昼には俺の執務室に顔を見せろ。必要なら城の自室で休めよ」
「分かった」
しばらく抱き合うと、
「ほら、夕食にしよう」
手を引かれてリビングに向かうため、立ち上がった。
「朝は起こしてくれ。また食事の準備を一緒にしよう」
繋がった手を握り返し、やっぱり多少の無理はしようと決意を改めた。




