会敵
敵陣営から自陣に向けてトボトボと歩いていると、
「お見事でした……」
馬獣人の彼がポツリと呟いた。
「あそこまで魔族を拒否していた人間を説得されるとは……。それに……あれは焼灼止血…ですか?」
まさか知っているとは思わず、目を見開いた。
「そうです。よくご存知ですね」
「初めて見ました……。知識だけはありましたが……」
必要ないからと調べもしない人が多い中、外科的治療方法を知っているとは、彼はなかなか勉強熱心だと感心した。
「侵襲が強い治療方法ですが、道具を作っていて良かったです。ちゃんと役に立てた」
疲れ切った中にも満足感があり、あたしは薄く微笑んだ。これを作ってくれたタバンの思いが少し報われた気がした。
「あなた様は、やはり凄いお人です……」
馬獣人の彼は感嘆の吐息を洩らす。
「ヨセハイド地方で新しく何かをしていらっしゃるとは聞いていましたが……。こういった外科的治療方法を広めようとなさっているのですか?」
好奇の目があたしに向けられる。強い関心があるのだろう、その眼差しはひどく真剣なものだった。
あたしは仮の名前を名乗っていることも、身分を隠していることも忘れ、「ヒカリ」として答えていた。
「ええ。外科的治療はあたしの目的の一部でしかありませんが……。少しでも興味を持っていただけたなら、嬉しいです」
「ヨセハイド地方での講義に、私も参加したかったですね……。もう少し耳に入るのが早ければと、悔やまれます」
素直な彼の言葉はかなり嬉しくて、
「ありがとうございます。賛同を得るのがなかなか難しいことをしているので、そう言ってもらえると励みになります」
微笑み返した。
そして、この純粋な心意気を持つ彼の名前も知らないことに思い至る。
「あの……そういえばお名前も伺っていませんでしたね」
彼は足を止めると、胸に右手を当てて頭を下げた。
「回復魔法師3等級のヴィンスと申します、ヒカリ様」
「あなたのように、関心を寄せてくれる人が知識を得られる場を作りたいと思っていますが、なかなか手が足りません。もし共に東奔西走してくれるのであれば、城に声をかけてください。協力者は大歓迎します」
ヴィンスは頭を上げると微笑み、
「ありがたき御言葉です。今回の件が決着しましたら、是非とも」
思いもよらぬ所で味方を得られた。
良かった。苦労してきた甲斐があった。
「ありがとうございます、ヴィンス。城で待っていますね」
手を差し出すと、驚きながらも握手に応じてくれた。
こうやって地道に進んでいれば、仲間ができていく。 戦地に来たのは無駄じゃなかった。怖い思いをしてよかった。
早くヘルムートに吉報を届けたいと考えていると、
「防御魔法が発動してない」
頭をポン、と急に叩かれた。
声に驚いて振り返ると、ザンバラ髪の銀の虹彩の目をした男が立っていた。
「負傷兵の治療が終わってからずっと解除されていたぞ。気を抜きすぎだ」
叩かれた頭を擦りながらジロリと見返し、
「――ちょっと油断しただけよ」
「そのちょっとが命取りになると言ってるんだ。ここは戦地だぞ?常に気を張っていろ」
ヴィンスは急に現れた男に驚きつつも、あたしを庇うように前に立ち、
「――どちら様で?」
かなり警戒した声を出した。
「判断は遅いが、いい忠誠心だ」
そう言うと、ラディウスは変貌魔法を解除して軍服姿に戻った。
途端にヴィンスの顔色が変わり、
「申しわけありません、陛下!」
跪いた。
「気にするな。よくヒカリを守ってくれたな。防御魔法が消えてから、ずっと代わりに発動してくれていただろう?」
「とんでもございません」
え?そうなの?
目を瞬かせていると、
「ヒカリは気がついてもいなかったな」
笑われた。
「もう……。いつから見てたの?」
「負傷兵の元へ駆けつけたあたりだ」
思ったよりも序盤だ。
「威勢よく怒鳴りつけていたな。恐ろしい」
「……ラディウスに言われたくないよ」
腕を小突いたら、ヴィンスがハラハラした顔をしていた。
「その怒鳴りつけのおかげで、ヒカリはまた一人たらし込んだわけか」
ヴィンスをちらりと見た。
「そんなふしだらな事してないでしょ!?」
「すでにヘルムートが餌食だろうが」
「そこを数えるの?」
「当然だろう」
額をツンと突かれ、
「ソルセリル国内にどれだけ餌食になった者がいると思ってる?」
笑われた。
「全く、我が婚約者は末恐ろしい」
「なに?魔族たらしって言いたいの?」
「魔族だけじゃないだろ?人間も引き寄せるくせに。さっきの兵士は人間だぞ?」
「治療しただけよ」
「それでも説得させて感謝されていた」
「…………なに?仕事しただけよ」
「お前はそうだろうな」
含んだ物言いにじとり、と渋い顔をして見せたが、ラディウスはあたしを引き寄せると、
「とにかくソルセリル本陣へ戻るぞ。あまりモタモタしているとミドルが胃に穴を開ける」
止まっていた足を動かすよう促された。
◆
やっと本陣に戻ると、回復魔法師達が蒼白の顔で待っていた。
「あぁ!良かった!あまりにも帰りが遅いので心配いたしました!」
ミドルがあたし達を見て駆け寄り、ひどく安堵した顔をする。
ラディウスはあたしの肩を抱き、
「マリもヴィンスも大事ない」
そう返事した。
ミドルは続けてラディウスを見て、
「陛下もお怪我はされておられませんか?」
真剣に尋ねられた一言を意外に思ったのか、ゆっくりと瞬きをして、
「ああ」
「なら良うございました」
ミドルは満足気に笑っていた。
「このままマリは休憩させてもらう」
「はい、もちろんでございます。先ほどの負傷兵のことはヴィンスから聞きますので、ごゆっくりなさってください」
ラディウスと共に本陣の私用天幕に戻ると、
「エッダとグスタフが合流した。後で顔を見せに来るはずだ」
軍服の上着を脱ぎながら教えてくれた。
「そうなの?軍部のトップが2人も来て……そんなに戦は大変なの?」
ソファに座ると、ラディウスも隣に腰掛ける。
「いや、ここで徹底して潰しておきたいだけだ。いい加減、この茶番を終わらせたい。内通者の件も早めに片をつけたいからな」
疲れた声を出すのは珍しい。ずっと付き纏う内通者の影と旧アザルスに、うんざりしているらしい。
「やっとアザルスの新体制が整う。新たな国名も決まりそうだし、それを区切りにこっちも終わらせたいんだ。遅くとも婚約式までにはな」
「婚約式が関係あるの?」
あと半年は時間があるはずだけど、それまでに何とかしたいらしい。
行事として支障が出てくるとか?
警備の問題かな?
そんな事が浮かんだが、どれも違った。
「ヒカリが自由にできないだろう」
「……自由?」
「今もあの家に縛られている。常に盗聴や暗殺を警戒して防御魔法を張り、緊張を強いられる……。ノボルともろくに会えないじゃないか」
「……それは………そうだけど」
「正式な婚姻を結んだあとも対策は続くが、常に内通者を案じる今とは心持ちが違う。そう言う意味で自由ではない。それがずっと引っかかってるんだが……」
ラディウスはふっと笑うと、
「今まで、こんなにも誰かに手を貸してやりたいと思ったことはなかったから――思考がぐるぐるして分からなくなる。これが悩みというやつだな」
色々と考えてくれてたんだ……。
あたしが思っている以上にラディウスは悩んでくれているんだと、ちょっとジーンとしてしまった。
「ふふっ」
嬉しくなって寄りかかると、
「なんだ?おかしな笑い声を出して?」
変な顔をされた。
「別に。嬉しくなったから」
にんまり顔を向けると、
「呑気なやつだな。さっきも、もしかしたら騙されていたかも知れないんだぞ?のこのこついて行く奴があるか」
ぐっと鼻を摘まれた。
「そんな無防備にしてたわけじゃないよ!ちゃんと風を送ったじゃん!」
摘まれたまま喋るから、詰まった声になった。
その声にラディウスは笑いながらも、手を離してはくれない。おふざけするのも珍しい。
「天幕を出た後にな。普通は出る前に報告するものだ」
「うっ……そうだけど……。切羽詰まった感じだったし……実際にそうだったでしょ?」
「そうだが、もっとこまめに連絡を入れろ」
「だって忙しかったから……。次々と搬送されてくるし、重症者も増えていったし……」
「それでもだ。――心配するこっちの身にもなれ……」
ぎゅと抱きしめられると、もう反論できなかった。
「……ごめん」
あたしもラディウスを抱きしめ返すと、素直に言葉が出てきた。
「ラディウスがわざわざ来てくれたのは嬉しかったよ。ありがと」
「なら何か褒美をくれ」
「ほ、褒美?」
ギクリとして聞き返すと、
「ヒカリをもっと感じたい――」
低い声でささやかれた。
うっ、と体が硬直する。
戦場で変なことはしないって言ってたくせに……。
「それ………は……ちなみに………どのようなことをご所望で……?」
おずおずと尋ねると、
「ヒカリが出来そうなことで構わない」
なんとも曖昧な答えをくれた。
できること………できること………………。
すぐにできて、そこまで羞恥心がない事……。
「膝枕……とか――いかがでしょう……」
めっちゃ小声でそう言った。
口にしたら恥ずかしくなって、ラディウスの返事を待たずに彼の体を引き倒して、頭を膝に乗せた。
驚いた顔がすぐ真下にきて目が合うものだから、余計に緊張して、
「お腹すいたから、短時間ね……」
可愛げのないことを言ってしまった。
それでもラディウスは笑い、
「また照れているな」
あたしの頬に触れた。
指摘されると余計に顔が赤くなり、それでも喜んでいるラディウスの顔が見たくて、顔にかかる髪を耳にかけると、
「――その顔、凄くいいな……」
熱い視線で言われた。
「ど、どんな顔か分かんないかど……あまり見ないでほしい…………」
また可愛げのないセリフが出た。
ラディウスはまた笑うと目を閉じ、緊張を解いた顔でのんびりと、
「気持ちいいな……」
寝言に近い声で呟いた。
「気持ちいいの?」
「ああ……」
何が気持ちいいのか分からないが、満足そうだからいいか。
ラッシュブラウンの髪に触れ、頭の形に沿って手を動かす。
「気に入ったの?」
「ああ……。このまま寝れそうだ――」
「……そっか」
「他にも感想は色々あるが、ヒカリから『卑猥』と言われるから言わない」
「ふふっ。その方がいいかも……」
久々の2人の時間だった。
ここが戦地で、午後からも負傷者を手当てしなきゃいけないのに――。
でも今だけは……
この短い時間だけは、どうか穏やかに過ごさせてほしい……。
その時、
グゥ~
とあたしの腹の虫がなった。
………………。
さすがにタイミングが悪すぎる…………。
「腹の虫が聞こえなければなおいいな」
目を閉じたまま、ラディウスがぼやく。
「仕方ないじゃん!ずっと我慢してたんだからっ」
彼は目を開けると「昼にしよう」と声を出して笑った。
◆
2人で昼食をとって、ヘルムートに午前の報告をした。
田岸さんは現在城に滞在しているらしく、何かとヘルムートの手伝いをしているらしい。
本当はあたしも風を飛ばしたいけど、ここから城までが遠すぎて雑音が入りまくる。使用者の技術的な問題らしく、風話は不可能だった。仕方なくラディウスにあたしの分の報告もしてもらった。
「よし。これでやるべき事は終わったな。午後の仕事に行くか」
上着に袖を通すラディウスに、
「その前に指輪に――」
魔力供給をお願い、と言おうとした所で
ドン!!!
突然、地面を突き上げるような大揺れがした。
え?
その直後横揺れが続き、あたしは立っていられず地面に倒れ込んだ。
ラディウスも立っていられないようで、両膝を付いてあたしを抱えると、防御結界を張りじっと耐えた。
日本人ならすぐに分かる。
地震だ。それも相当に大きい。
ラディウスにしがみついて数分耐えると、揺れは静まった。
「じ、地震……。凄かったね……」
ふぅと息をつくあたしとは違い、ラディウスは厳しい顔をして、
「自然の地震じゃない」
「え?」
「魔法で強制的に地震を起こしたんだ。その余波をありありと感じる」
魔法で?そんな事までできるの?
「ここからが本番というわけか――」
悔しげに顔を歪ませると、すごい力であたしを引っ張り立たせた。
「油断するな。これから本格的な争いになるぞ」
真面目な目をして重々しい口調で言われ、あたしは冷や汗が出た。
「出来るだけ俺の傍を離れるな。治療には戻らなくていい。このまま本陣にいろ。いいな」
震える唇で返事をしようとしたら、
ドガン!
ドォォォォォン!!
猛烈な爆発音が耳になだれ込んできて、思わず「きゃぁー!!」叫んで身を縮めた。
そこから立て続けに地軸もろとも引き裂くような爆発音が響き、地面が揺れた。
ラディウスは舌打ちするとあたしの腕を引っ張り、外に飛び出した。
あちこちから黒い煙が上り、兵士も騎士もてんやわんや走り回っていた。
焦げた匂い、土の濃い匂いがする。
「陛下っ!!」
エッダとグスタフがこちらに駆けてくるところだった。
「ご無事ですか?!」
「当然だ。何が起こった?」
見たこともない怖い顔でグスタフが敵陣の方向に視線を送り、
「突然攻撃が始まった。兵士が攻め込んできたというより、魔法攻撃ばかりだ」
「人手が底をついたんだろう。魔法が使えるやつは残していたらしいな……」
吐き捨てるようにラディウスが言うと、
「第一と第二小隊を攻撃に向かわせています」
「それでいい」
会話をしつつも、あたしを引き寄せたままラディウスは指揮を執る本陣へと、大股でキビキビと歩き出す。
あたしは口を挟むこともできず、早い足取りにあわせて小走りになりながらついて行くしかない。
「防御魔法を三重にしています。しかし地面からの攻撃も視野に入れたほうがいいでしょう。敵の中に土魔法の手練れがいるようですし」
「ああ。足を捕まれないように注意しろ。ヒカリもだ。熟練の土魔法師は地面から直に足を捕らえて引きずり込んでくるぞ」
想像して背筋が冷えた。
ゾンビみたい……。
会話と移動を続ける最中も、鉄槌が振り下ろされたような爆音が響き続けている。耳が痛いくらいの轟音だが、それ以上に自分の心音がうるさく響いていた。
指揮をとる本陣天幕が見え、中に入ろうとした時、
「敵襲ーーーー!!!!」
大声が響いた。
ラディウス、グスタフ、エッダは素早く振り返り、それぞれが武器を構える。
あたしは慄然とした。
敵襲?本陣に?
騎士や兵士がラディウスを守るように円陣を組み、360度周囲を警戒する。
遠くではすでに交戦が始まっているのか、剣がぶつかる音、怒声が響いている。この間にも魔法攻撃は止まず、空から青い雨のような光が振り注ぎ、防御結界に触れてバチバチと火花を散らしていた。
あたしはラディウスにしがみつくように袖を握っていたが、ここにいては邪魔になると思い、どこにいけばいいか考えていた。ラディウスが見据える眼前に目を向けても、敵はまだ来ない。
ならば後ろの本陣天幕に入ろうかと振り返った瞬間、
天幕の中が光った。
閃光と共に天幕は弾け飛び、あたしもラディウスもエッダもグスタフも四方に吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、衝撃で息が詰まった。
起き上がる隙も息を吸う暇もなく、また閃光が雷のように飛んできて
バチッ!バチッ!!
あたしの防御結界に触れて霧散する。
余程強力な魔法攻撃なのか、あたしの防御魔法はみるみるヒビが入り、三層構造の第一層が突破されて粉砕した。
ヤバい……!
急いで立ち上がるとラディウスを探す。土煙で周りは見えず、視界が利かなかった。
「ラディウスッ!!」
不安と恐怖から叫び声を上げると、また雷と青い炎が飛んできた。しかも的確にあたしのいる位置に向かって。
攻撃は凄まじく、これまで対峙した魔獣達の攻撃なんて比じゃなかった。
明確な殺意が込められた一撃一撃は重く、貧弱な二層の防御魔法はいとも簡単に粉砕して消え失せる。
無防備に地面に転がるあたしの目に紫電の雷、青炎が見えた。
こちらに向けて飛んでくる……。
壊れたテレビ画面に映る映像のように、それはスローモーションに見え、確信した。
これは避けられない。
確実に当たる。
当たれば死ぬ――
瞬きもできず攻撃魔法を凝視していると、さっと目の前が暗くなった。
「ヒカリっ!!!」
それがラディウスで、あたしの前に立ち塞がってくれたと理解した時には、攻撃は跳ね返されていた。
「バカっ!防御魔法を解くなっ!!」
怒鳴られ、「張ってたけど壊されたの!」と反論する言葉も出ず、あたしは震えてその背中にしがみついた。
手も足も唇も、体の全てが震えていた。
また防御魔法を再発動させないと、と頭では考えていたけど、行使できなかった。
死ぬかと思った……
いや、死んだと思った…………
強い恐怖で荒く息をするばかりで、何も言えなかった。ただ震えるあたしにラディウスは、
「……よく声を出してくれた。おかげでお前の居場所が分かった」
優しく言ってくれた。でもそれは刹那のことで、
「そのまましがみついていろ」
すぐに張り詰めた声に変わる。
言われた通り、軍服にしがみついて背に庇われたまま、あたしは震えるしかなかった。
本陣が内側から爆発した。
しかもこんなに早く本陣が攻め込まれた。
やはり内通者がいる。
まさに、今この場所に――
「陛下っ!ヒカリ様っ!!」
エッダとグスタフが土まみれの顔で駆け寄ってきて、あたし達に背を向けて剣と弓を構える。
「この辺り一帯に魔力抑制がかけられています!」
「罠魔法も複数仕掛けられている!」
「……攻撃しても威力は半減だな。それに罠魔法……やはりいるな。この中に」
内通者が
土煙がだんだんと薄れ、本陣の被害状況が見えてきた。
大きな天幕は見るも無惨に倒れ、騎士や兵士も複数人が血だらけで倒れている。うめき声をあげる者もいたが、すでにピクリとも動かない人が大半だった。
あたしは一気に血の気が引く。
これが戦……。
ついさっきまで昼ごはんを食べ、膝枕なんてしてたのに――
彼らだって、5分……いや3分前には生きていた……。
氷水の中に全身が漬けられたような心地だった。
「突破ーーーー!!!」
また大声がした。
それと同時に多数の足音、剣を交える音、怒鳴り声が一気に増す。
崩れた天幕の周りを見ると、大勢の旧アザルス兵がソルセリル軍と戦闘をしていた。
斬りつけられ鮮血を散らす者、盾を構え必死に対抗する者……
その中に――
手配の似顔絵で見た顔があった。
大柄の男と目つきの鋭い女。
大勢の人達がいる中、何故かあたしはすぐに彼らに目が吸い寄せられた。目立つ服装でも目を引く容姿でもないのに、明らかに他の兵と違う雰囲気があった。
あれが……
凝視したとは言えない僅かな時間の注視だったのに、向こうもすぐにあたしに気がついた。
変貌魔法も髪色を変えていても関係ない。
目が合っただけで、あたしがラディウスの婚約者のヒカリとバレたと分かった。
2人は顔つきを変え、取り囲む兵や騎士には目もくれず、一直線にあたし目掛けて歩き出す。
その目は明らかに異様で冷たくギラついていて、田岸さんが言っていた『すぐに分かる』の意味をあたしは瞬時に理解する。
確かに分かる。
あの人達は危険だ。捕まっちゃいけない。
本能がそう言っていた。
ラディウスが目の前にいて、その服を掴んでいるにも関わらず、ただ一言、
「『たすけて』!」
日本語で叫んでいた。
ラディウスが息を呑む音がした。
彼のまとう空気がピリついて、痛いくらいの緊張が張り巡らされる。
でもそれを感じさせない声で、
「絶対に離れるな」
返事の代わりに、服を掴む力をぐっと強くした。




