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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
紛争と敵意

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戦場での治療

治療場面が出てきます。

激しくはありせんが、少しでもグロが苦手な方はスキップして下さい。


 翌朝、空が白む頃に起こされた。

 ラディウスはちゃんとベッドで寝ていて――初めて彼から起こされたことも、寝顔を見られたのも、一緒に寝ていたことも――なんだか気恥ずかしかった。こんな状況でなければいい思い出だったかもしれない。

 


 朝食は一緒に食べ、着替え終わる頃にヒルスナイト領主カルシスがやってきた。

「わざわざのご足労、痛み入ります、ラディウス陛下」

「久しいな、カルシス」

 

 女性領主のカルシスは凛々しい顔立ちの翼人の女騎士で、ハキハキと喋る様は自信に溢れていた。

「夫と子息はどうしている?」

「はっ。怪我人の救助が終わり、残った村民の避難も終了したため、周辺警護と片付けに入っております」

「怪我はないのか?」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「昨日の様子は到着時に聞いている。後ほど本陣の天幕で本日の作戦を伝える」

「かしこまりました。陛下、ご報告なのですが、昨日知らせのあった似顔絵の者ですが、目撃したものはおりませんでした」

「……そうか」

「引き続き警戒はいたします」

「頼む」

 深く一礼すると、今度はあたしに向き直り、

「ヒカリ様。お初に御目にかかります。この地方を治めております、カルシスと申します」

 彼女はあたしに笑みを向けると、

「昨晩は到着早々に領民の治療をしていただいたと、ミドルから報告を受けております。大変ありがとうございました」

 カルシスは再び深い礼をした。

 彼女は言葉一つ一つ丁寧かつ明瞭に発音し、表情も豊かで、話していて安心感があった。

「いえ。あたしにできることをしただけですから。今日もお役に立てるよう、尽力します」

「ありがたき御言葉、感謝いたします」

 ニコリと微笑むと、

「では、また後ほど。失礼いたします」

 頭を下げると天幕を後にした。


 

「ねぇ、カルシスが言っていた似顔絵、あたしにも見せて」

 彼女の姿が見えなくなったところで、昨晩と同じ要望を伝えると、ラディウスは机の上に5枚の似顔絵を並べてくれた。

「全員が関わっているとは限らない。このうちの何人かが首謀だろうが、掴めてはいない」 

 女が2人、男が3人。当然だけど、見覚えはなかった。

「こいつらはヒカリと同じで、顔を変えているかもしれん。知らない相手との会話にはくれぐれも注意しろ」 

「田岸さんを襲った2人は?大柄な男と、目つきの鋭い女」

「未だに逃亡中だ。この2人は裏の者だか、姑息な真似はせず、堂々と接近してくるはずだ。姿を見かけたらとにかく逃げろ。すぐに俺に知らせるんだ」

「分かってる。『助けて』って風話で言うから」

 コクリと頷くと、

「ヘルムートに報告をしておこう。あいつにもこまめに連絡しておかないと怒るからな」

 


 短い風話を終えると、指輪への魔力供給、変貌魔法をかけてくれた後、ラディウスはいよいよ本陣へと向かっていった。

 定期連絡を怠らないよう何度も言われ、

「分かってる。ちゃんとやるから」

 繰り返して返事した。



 私用の天幕を出ると治療場に向かった。

 外は霜が降りていて、雪の上に重なって歩く度にざくざくと音が鳴る。吐く息は白く、手がかじかむ。

 夜の間にまた少し雪が降ったようで、積雪が増えている。

 こんな中で村を焼かれた人はどうしているんだろう……。

 落ち着いたら様子を見に行かないとね。


 治療場へと歩いていると、知った顔を見かけた。

 キールとヘナン師匠だ。

 顔を変えているからあたしとは気が付かなかったようで、自身の仕事に打ち込んでいた。


 そっか……。2人も参戦しているんだ。


 他にも、お屋敷で塗り薬の実験台にされていた騎士、兵士を見かけた。彼等は名前まで知らないけど、やはりドキリとする。

 死傷者ゼロというのは……流石に難しいんだろうけど、出来るだけ無事でいて欲しい――。

 

 

 

 治療場の天幕の外では、簡単な朝の引き継ぎが行われている最中だった。後ろに控えて申し送りを聞いたあと、

「おはようございます」

 と彼らに挨拶をしたら全員が固まった。

 数秒の沈黙の後、あたしの一番近くにいた馬獣人の男性が、

「お、おはようございます」

 緊張した不自然な笑顔で、ぎこちなく挨拶を返してくれる。

 それを見てすぐに、あたしの素性はもうバレていると分かった。ラディウスの目論見通り、というわけだ。

 あたしはさして気にせず、 

「本日もよろしくお願いしますね」

「は、はいっ!」

 全員して直立の敬礼をしている。やはり軍属。上官や身分が上の者に対する礼儀は流石だ。

「あまり畏まらなくていいですから……」

 苦笑いしたが、直立姿勢から直ってはくれなかった。

 


 笑う余裕があったのはここまで。

 戦闘が始まると途端に忙しくなった。


 

 搬送されてくるのは戦闘員ばかりで、空いていた天幕内はすぐに一杯になった。

「非戦闘員の天幕を少し空けられませんか?これでは容量以上の人で、溢れかえってしまいます」

「帰宅させれば可能ですが……。別の天幕はありません」

 ミドルが苦々しく言うので、

「独歩で移動できる方は退避してもらいましょう。どうしても帰宅困難な人には、別の天幕を準備してもらえないか、確認します」

 あたしは言うやいなや、ラディウスに風を飛ばして近くの小さな天幕を一つ確保すると、そちらに非戦闘員の患者を移してもらい、戦闘員用の病床確保をした。


  

 新たなスペースができたことで、患者は次々に搬送されてきて、鎮痛剤はどんどん減り、麻酔が必要となる重症者も出てき始めた。

 そちらの対応をしてきたらラディウスへの定期連絡が空くようになったり、『変わりないか?』の声で時間の経過を知る状態で、

「うん。手一杯なだけ」

 と短く返事するのが精一杯だった。

 

 そんな状況でも周囲の警戒は怠らなかった。天幕内に目を走らせ似顔絵の人物を確認したが見かけず、純粋に患者だと思える人ばかりだ。

「こっちにも痛み止めをくれ!」

「こいつを見てやってくれ!」

「お姉さん!水を!早く!」

 遠慮なく仕事が入る。

 中には「助けてくれぇ!」と縋ってくる人もいて、あたしの素性を知る回復魔法師たちが青い顔をしていた。

「私が代わりに行きます!」

「患者といえども、女性に触れてはいけません!」

 戦々恐々としていた。

 周りに二重の苦労を強いている気がして、申しわけなさも感じたが、止めるわけにもいかず、彼らの善意に甘えるしかなかった。

 


 度重なる空間浄化魔法や生活魔法の使用で、昼を過ぎる頃には指輪の魔力は半分までになり、ラディウスと一度合流して補給してもらわないと……と思っていた時だった。

 

「誰か外に来てくれっ!」

 大慌てで入ってきた兵士がいた。

 

 服装から旧アザルスの兵と分かったが、切羽詰まった顔から救命が必要なんだろうと分かる。

「血が止まらない奴がいるんだ!なんとかしてやってくれ!もうすぐ子供が生まれる奴なんだよ!」

 半泣きになりながらの訴えを無視するわけにもいかず、あたしは誰が行けるか確認した。

 

 生憎と全員が対応中で、手の空いている者はあたしくらいだった。

「あたし、行きます」

 すたっと立ち上がると、

「お、恩に着る!こっちだ!」

 言われるがまま付いて行こうとしたら、

「ヒッ……マリ様!私も参ります!!」

 一人で行かせるわけにはいかないと思ったのだろう――咄嗟に『ヒカリ様』と呼ぼうとした名前を何とか呑み込み――朝ぎこちない挨拶を返してくれた馬獣人の男性が名乗りを上げてくれた。

「2人も名乗り出てくれるなんて……!ありがたい!」

 言うやいなや、旧アザルス兵は天幕を出ていった。


  

 彼本人は無傷なのか軽症なのか、本陣とは逆方向、林の方へと駆けていく。

 

 そちらには行ったことがない。

 何しろ敵陣営だ。

 

 ……このまま走れば旧アザルス領内に入るな――。

 

 そう思っていると、隣を走る魔法師の彼も同じことを考えたようで、かなり怪訝な顔をしていた。

 

 誘導役の男は、似顔絵のどの人物も似ていなかったが、ラディウスには報告しようと小声で風を飛ばす。

「今、治療用天幕の外に出た」

『どこへ行く?』

「怪我人がいるとかで、敵陣営の方に誘導されてるんだけど……」

『なに?』

 ぐっと切迫感を増したラディウスの声に、すかさず、

「一人じゃないよ。回復魔法師の人と一緒にいる」

 告げた。

『方向は?』

「本陣を背にして走ってる」

『念のため向かう。力の発動も視野に入れろ』

 そこで風話は切れた。

 

 隣を走る回復魔法師の彼は、あたしが誰に報告したのか分かったのだろう。なんとも形容しがたい顔をしていた。


 

 誘導役の彼は敵陣営に入ったとはいえ、前線に向っているわけではないようで、人気のない方向に駆けている。

「もうすぐだ。あの木の幹に寄りかかっている」

 示された先に目を向けると、確かに寄りかかっている男性が一人、付き添っているのか男性が一人、横に立っていた。

 

「おい!来てくれたぞ!!」

 喜びを滲ませた声で叫ぶと、付き添いの男性は安心したような顔をして、

「ああ!良かった!」

 

 木に近づくと、確かに顔面蒼白の兵らしい服装をした男性がぐったりとしている。止血に使った鳥の刺繍入りのハンカチが真っ赤に染まっていた。

「大丈夫ですか?」

 屈んで声をかけると、  

「ひいっ!?魔族ぅ!!」

 貧血を起こしている男性は馬獣人の彼を見ると、途端に動き出した。

「寄るなっ!」

 動かない右腕をブランとさせ、健側を必死に動かして獣人の彼を威嚇している。腕からはポタポタと鮮血が滴った。

「動かないで下さい!出血が酷いんですよ!」

「痛いっ!痛いっ!怖いっ!」

 

 怪我と貧血でパニックになっているのか、両足と健側も大きく動かして抵抗し、ジタバタと喚いて全然じっとしてくれない。

「魔族の世話になんかなるかぁ!」

 とにかく安静にさせないと、と麻酔を頭からぶっかけた。

「ひぃ~!!」

 何をされるのかと酷く怯えた声を出したが、みるみる痛みが引いたのだろう。不思議そうにあたしと自軍の兵仲間をみている。

「おい、少しは落ち着いたか?」

 誘導役の男性が、怪我人の男性にたずねる。


「ち、ちったぁマシになった……」

「まだ油断はできません。痛みを取り除いただけです」

 あたしが鋭く言うと、

「腕を見てください。今も失血し続けています。処置をしなければ命に関わります」

 自身の腕を見た怪我人はぎょっとして、

「あわわ……うぅぅぅぅ…………」

 また顔色が悪くなった。

「とりあえず止血をさせて下さい。いいですね?」

 蒼白な顔で何も言わないので、馬獣人と顔を見合わせる。

 意識が飛ぶ前に応急処置をしたい。そう考え「触りますよ」と手を伸ばした。しかし、

「あぁぁぁぁ!触るなぁ!」

 強く払い除けられ、彼の手が顔面に当たり、衝撃で尻もちをついた。

「マリ様っ」

 馬獣人の彼が慌てて体を起こしてくれたが、冷たい地面がじんわりと手とお尻に冷気を運んでくる。

 

「だめだぁ……!魔族は……魔族は……。俺の……の…………命だ…………。俺の……す、す……好きにさせ…………てくれ……」

 拒否しながらも、貧血と興奮した反動でハァハァと呼吸は乱れ、過呼吸を起こしそうだった。

 

 麻薬を使おうか悩んだが、麻薬のせいで枷が外れて暴れられては意味がない。

 かといってこれ以上の麻酔は呼吸停止の恐れがあり、使用できなかった。

 

 残るは口頭での説得だが、失血量をみても時間はなさそうだ。

 考えている間にも、怪我人の彼はみるみる顔色が悪くなる。

「だめ…だぁ……。魔族は…………魔族……………魔族……」

 しきりにそれだけを呟いている。


 

 こんな戦に挑んでくるくらいだ。きっと深い遺恨があるのだろう。

 しかしこちらとて時間が惜しい。

 ここに2人も治療師が来てしまった。本陣の治療場では人手が足りていないだろう。

 

「申しわけないですが、こんな状況です。救命を望まないのであれば、このまま引き返します」

 あたしは怪我人にきっぱりとそう告げた。

 ここに居る全員が驚いてあたしを見た。

 一番意識が朦朧としてるはずの怪我人は、その言葉に口を歪めて、

「そら……見たことか!ソルセリルは……人…間を助け……ない!期待……させ…て…………見殺しにす…………するんだ!」

 冷たい笑みを浮かべてそう言った。

 

「お言葉ですが、そうさせているのはあなた自身ですよ?!」

 あたしは大声で反論した。


 怪我人はビクッと体を震わせ、動きを止める。初めて彼と目が合った。

「そこの彼はあなたを助けたいがために、わざわざ敵陣営まで走ってきました!そんな必死な様子を見て、今度はあたし達がここまでやってきたんです!彼の心も、私たち回復魔法が使える人材の時間も無駄にするのなら、ここで引き返します!患者はあなただけじゃないんです!」

 

 もちろん、胸の内では見捨てるつもりはなかったが、時間が惜しいのは本当だ。

 彼の命の灯火はどんどんと小さくなっている。

 

「幸いにも貴方には意識があります。今ここで治療をするか、失血するか選んで下さい」

「なっ……なっ……」

「あなたが選ぶんです。先ほど言われていた通り、あなたの命です。いつ捨てるのか、死に際を選んでください。それは貴方しか持たない権利です」

 男はただ口をパクパクさせ、あたしを凝視するだけだった。

 視線は合っているがその焦点は定まらず、意識が朦朧としてることが分かる。

 

「痛いのは…………嫌だ…………。何でお、俺が……こんな目……に…………」

「おい、しっかりしろ!もうすぐ子供が生まれるから、平穏な生活ができるようにするんだって、言っていたじゃないか!」

 付き添っていた男性が片ひざを折り、怪我人に言った。

「そのために剣を持つ覚悟をしたと……昨日話してただろう?」

「そうだぞ!互いのことなんてろくに知らないが……お前がこんな所で命を落とすのは違うことくらいわかるぞ!」

 

 彼らの会話から、どうやら戦場で出会ったらしいと推察できた。そんな相手にここまで情けをかけられるなんて、情が深い人達だ。

 

「こ……こんなに…………痛い…お、思い……をするなんて…………思わなかった…………んだぁ……。魔族……は…いなくな……ればいい……。あいつらはし……死んでも…………俺は…………死にたく…………ない……」 

 あたしはその言葉にイライラした。

 

 魔族は死んでもいい?

 魔族が極悪非道な集団とでも思っているの?

 

 あたしは彼の腰にある剣に目を留めると、さっと手を伸ばして抜き、怪我人の目の前にかざした。 

 彼は急に自身の武器を目の前に突きつけられ、驚いて目を見開き、黙った。

 3人の男性も目を見張ってあたしを注視している。

 

「あなたはこの剣で何人を斬った?」

 ぽかんとだらしなく口を開けて、全員が不安そうにあたしを見ている。

「何人の血を浴びたの?斬った人達から命乞いをされなかった?助けてくれと言われなかったの?」

「あっ……いや……」

「その人達の痛みは、今のあなたの痛みの比じゃない!傷つけられる覚悟も死ぬ覚悟もないのに、剣を振るうな!!」

 怒号を飛ばすと怪我人は黙り込んだ。 

 あたしは彼の汗まみれで蒼白な顔を睨みつけ、

「この剣で斬った人達の事を思い出しながら治療を受けなさい!」

 怪我人はゴクリと喉を鳴らすと、なにも言わなくなった。

 

 あたしは問答無用で血だらけのチュニックをその剣で引きちぎると、編み上げシャツの紐を緩めて強引に脱がせた。

 上半身裸にさせると脱がせたシャツを腕に巻き止血をして、患部を確かめる。

 

 動脈が傷ついているのか、どくどくと鮮血が流れ出ている。感染防止のため空間浄化魔法で腕の周囲に結界を張り、

「腕を持ち上げて。心臓より低くしないように」

 すぐ隣に立っていた付き添いをしていた男性に指示する。先ほどのあたしの迫力に押されたのか、彼は素直に言う通りにした。

 

 あたしはさらに隣に棒立ちする誘導役だった男性にも声をかけ、

「あなたは彼の脇の下を押さえてて」

 あてがって欲しい場所に手を導いた。

「あなたは脈の確認をお願いします」

 馬獣人の彼に頼むと、黙って頷いた。

「かなり弱いです。不整もあります」 

 あたしは改めて患部を見る。


 付着した泥や汚れを生成した水で綺麗に洗い流した。

そして「これから患部を焼きます。激痛ですが、麻酔を使ったので多少はマシなはずです」

 そう伝えた。

「ま、麻酔?……や………焼く?」

 負傷兵は顔をさらに青くしたが、あたしは遠慮なく「死にたくなければ必要な処置です」言い切った。

「そ、……そうし…………ないと……し……し……死ぬのか……?」

「ええ。動脈が損傷しているので、このままでは失血死しますよ」

「か、回復魔法師は……」

「彼らはもっと重症者を診ています。腕や足が欠損したり、心臓が止まりかけている人です。あなたはそこまでの重症じゃない」

「でも、このま……まじゃ死ぬ………んだろ?なら回復……魔法師を呼ん……でくれ………よ!」 

「緊急性と重症度の問題です。彼らはあなたの元には来ません。来てはいけない。それに到着を待っている猶予はあなたにない。このままだと、どんどん止血が遅れて意識がなくなりますよ?」

 より顔色が青くなった彼は、助けを求めるように周囲を見たが、誰も何も言わなかった。

「決めるのは貴方です。そのまま失血死するか、傷を焼いて助かるか。どうしますか?」

 彼ははぁはぁと不安そうな荒い息をすると、小さく「お、お願い……します……。た…………助けて……ください……」懇願した。

「分かりました」

 

 あたしは「火魔法を使える方はいませんか?」ここにいる3人に話しかけた。 

 馬獣人が「使えます」と声を挙げてくれたので、「これに熱を加えてください」と鞄から取り出した金属を差し出した。

 タバンが作ってくれたあのコテだ。

 浄化魔法で先端を綺麗にすると圧迫止血役を交代し、彼はコテに熱を加え始める。

 

 どんどん金属は赤くなって、やがて灼熱の色になったことを確認すると、あたしは改めて浄化魔法の結界を張る。

「いいですね?焼きますよ」

 確認の一言に、負傷兵は無言で頷いた。

「声は抑えなくていいですから。舌を決して噛まないように」

 そう言うと、灼熱の金属をあてがった。

「ぐあぁぁぁぁっ!!!」

 男の野太い悲鳴、肉が焼ける匂いが立ち込める。

 あたしは目を逸らさないように患部を凝視した。

 

 予め金属に加工を施してあるから、すんなりとコテは皮膚から剥がれ止血はできた。

 すぐに上級ポーションを取り出し「かけます」と言うやいなや、ぶっかけた。

 あたしは患部を洗うと回復魔法で出来るだけ火傷の跡を治療する。


 圧迫していた動脈を解放し、しばらく患部を観察したけど再出血はしてこない。

 患部である右手首の動脈、指の色を確認し、血液循環に問題がなさそうと判断した。

 

 なんとか成功したらしい。

 安堵して息を吐くと、体の力が抜けた。


  

「このまま安静にして下さい。必要なら体力回復ポーションも使って下さい。置いていきます。患部は清潔な包帯で保護しておくので、むやみに触らないように」

 治療の影響ですぐったりとした負傷兵に代わり、ずっと見守ってくれていた兵士2人にそう言った。

「こ、こいつ、助かるんですか?」

「ええ。なんとか止血はできました。清潔操作もしたので感染はしてないと思いますが……数日は発熱するはずです。患部の観察はまだ必要ですが、とりあえず応急処置はしました」

「あ、ありがとうございました」


 あたしは負傷兵の腕を縛っていたハンカチを外す。

 血で汚れているが、鮮やかな青い羽根に、目の周りに黄色い縁取りがある顔、特徴的な胸の白いミカヅキ模様の鳥が、とても丁寧に刺繍されていた。


 生成した水で出来るだけ血を洗い流すと固く絞り、畳んで仲間兵士に預ける。

「本当にありがとうございました……。このハンカチも、嫁さんが贈ってくれたものらしくて……」

「あんなに魔族…の方々を悪しざまに言っていたのに……助けていただけるなんて――」

「種族なんて関係ありません。医療に国境も人種もありませんから」

 あたしは立ち上がると、

「ちゃんとそちらの医療者に診てもらってくださいね」

言い残してソルセリルの陣営に向けてその場を後にした。 

 

読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。

誤字・脱字報告もありがとうございます。助かっております。

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