62.顔を出せど帰れず
二〇〇三年 十二月三十一日 大晦日
窓の外の空気は、静かで慌ただしい年越しの色へと塗り替わっていた。
わたしは実家にいた。
畳の匂いがうっすら残る客間。押し入れから出された来客用の布団。廊下の向こうから聞こえてくるテレビの賑やかな音。台所では、母が何かを煮る匂いがしている。帰省のたびに見慣れていたはずのものばかりなのに、どれもよそよそしい。
ここへ来たのは一昨日だ。
正確にいえば、相果さんの家から出てきたのが一昨日だった。
「年末ですし、ご実家には顔を出されるんでしょう」
そう言ったのは、わたしではなく相果さんだった。もともと決まっていた予定を確認するような口調だった。
わたしは曖昧に頷き、のろのろと荷造りをして、そのまま実家まで来てしまった。
年末年始という外側の都合にそっと乗せられて、そのままここまで運ばれてきたようだった。望まないのに身体が動いた。扇衣としても、わたしとしても、そうするべきだった。
だからだろうか。実家の布団の上にいても、帰ってきた、という感じがまるでしない。
そもそも、ここは〈形桐扇衣〉の実家であって、わたしの実家ではない。わたしの本当の実家を思い出そうとしても、もうひどく曖昧だった。
すっと襖が開き、母が盆を持って顔を出す。
「扇衣、お茶淹れたわよ。みかんも食べる?」
「うん、ありがと」
盆を受け取ろうと身を起こしたわたしに、母はごく自然な、何の疑いもない笑顔で言った。
「螢は夕方には帰ってくるって」
そう言われて、わたしは首をかしげる。螢は大学の休みに入るなり、一足先に戻っていたはずだ。
「あれ、先に帰ってたんじゃなかったっけ?」
「ええ、お友達と遊んでくるって。あの子、昔からお正月のお節だけはしっかり食べるじゃない? ほんと、現金な子よねえ」
――昔から。
わたしの記憶にあるのは、十二歳上の姉だけだ。五歳下の妹なんていなかった。だが、目の前の母は、存在しないはずの妹の昔話を、さも当然の真実として語っている。この世界のシステムが用意した家族の設定が、わたしの記憶というエラーを塗り潰そうと、平然と押し寄せてくる。
「……。お姉ちゃんは?」
わざと、この世界には存在しないはずの単語を口にしてみる。その瞬間、母の笑顔がスッ、と消えた。まばたき一つせず、能面のような顔で数秒間わたしを見つめ――やがて、テープを巻き戻したように全く同じ笑顔と声色で「螢も帰ってくるって。現金な子よねえ」と繰り返した。
テレビの音が、急に遠くなった。
「……そうだね」
それ以上言葉を返せば、この捏造された温かい家族の空気に、自分ごと飲み込まれてしまいそうだった。
母が満足げに襖を閉めて出て行った直後、枕元の携帯が短く震えた。
画面には、未読の通知がいくつか溜まっている。年末年始という区切りの季節は、あらゆる方向から「あなたはどうするのか」と問いかけてくる。
澪からのメッセージは、相変わらず気安い。
『年明けどうする? こっち顔出しなよ』
螢からの連絡は、家族らしい淡白さだ。
『そっちはいつ帰るの。食べるなら数に入れるから、早めに返事して』
すでに実家にいるのに「いつ帰るの?」と問われるのは、なんだかおかしな感じだ。
そのあとは、同期や知人から続々と『今年もお疲れ』『また来年』といった定型的な挨拶が届いた。この時期らしいごく自然な連絡だ。わたしには顔を出せる場所がいくつかあって、気にかけてくれる人がいる。
本来ならその多さを、ありがたいとおもうべきなのだろう。だが、自分にそう言い聞かせてみても、返信を打つ指は重たかった。「行く」「帰る」「こっちにいる」――どの言葉を選んでも、自分の居場所をどこか一つに固定してしまうような息苦しさを覚える。ただ定型文で軽く返事をするだけでいいのに。たったそれだけのことが、今のわたしにはひどく体力のいる作業に思えた。
ここがわたしの帰る場所だとは、どうしても思えなかった。
夕方になり、玄関が騒がしくなった。螢が帰ってきたのだ。
「お母さん、お節作りすぎじゃない? うち何人家族の想定なの」
リビングに顔を出すなり、螢は呆れたように言った。母は「お正月くらいパーッとしないと」と無邪気に笑って受け流している。そのやり取りは、どこにでもある帰省の風景だった。
夜になり、食卓に年越しそばが並んだ。テレビの特番の笑い声、父や母の世話焼き、螢の淡々とした相槌。わたしはそこから浮かないように、形桐 扇衣を演じた。自分の内側にはないはずなのに思い出せてしまう文脈を使って正しい反応を出力し続ける。その作業は、ただひたすらに神経をすり減らした。
日付が変わって新年を祝ってから、逃げるように自室へ戻る。
布団を被り、目を閉じたとき、また新着メールを知らせる通知が鳴った。
差出人は、相果さんだった。
『五日の確認事項を整理しておきます。休業明けの対応もまとめますので、必要でしたら目を通しておいてください』
業務連絡だった。余計な感情が一切乗っていないその整った文面に触れた瞬間、ささくれ立っていた心がすっと凪いだ。
扉の向こうでは、まだ家族の笑い声が聞こえる。帰省らしい、明るい年の瀬だ。実家にいるはずのわたしが、彼からの業務連絡にだけ帰属の感覚を抱いている。暗闇の中で浮かぶ画面の明かりだけが、今のわたしを照らしている。
帰る、という言葉の意味が、今のわたしには多すぎた。
実家へ。あのマンションへ。本来の時代へ。
そして、相果さんのところへ。
帰る場所がたくさんあるのは、普通なら幸せなことのはずだった。だが、今のわたしは、どこにも根を下ろせないまま宙吊りにされている。
当たり前に帰る場所が定まっている人々の行き交うこの季節が、たまらなく息苦しかった。




