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デフォルトネームの恋人  作者: 遠野 文弓
第3章:FALL

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48.釈然としない幸せ

 カフェに入って席に着くや否や、(みお)はテーブルに身を乗り出してきた。


「ちょっと、(あお)()! さっきの一体どういうこと!? (さが)()さん、完全に彼氏の顔してたじゃない!!」


「……うん。付き合うことになったの」


「えーっ!! えっ、いつから!? 週末!?」


 目を輝かせて矢継ぎ早に質問してくる(みお)に観念して、わたしは小さく息を吐いた。あの金曜日、ホテルラウンジでの出来事をかいつまんで話すと、(みお)は「ひゃあ!」と小さな悲鳴を上げて、両手で口元を覆った。


「……居心地は、良かったけど」


「そんなレベルじゃなくない? めちゃくちゃ愛されてるじゃん!」


 (みお)は自分のことのようにうっとりしている。

 だが、わたしのほうは違った。話せば話すほど、心の奥でくすぶっていた違和感が頭をもたげてくる。


「でも、手回しが早いというか、わたしの予定とか先回りされていることも多くて、それはちょっと戸惑ってるのよね……」


 これはわたしの偽らざる本音だ。彼のエスコートに好感を覚えたのは事実だが、自分で決めることまで丸ごと消失しているような感覚もあった。このまま委ねてしまってもいいものだろうか、という不安がある。

 わたしの言葉を聞いた(みお)は、きょとんと目を瞬かせた後、ふふっと微笑んだ。


「もー、(あお)()ってば、ほんっとに不器用なんだから!」


「そうかなあ」


「予定を覚えていてくれるなんて、愛されてる証拠みたいなもんでしょ? (あお)()は一人でなんでも抱え込んじゃうし? 自分でさっさと決めちゃうし? そういう頑張り屋さんなところは大好きだけど、心配でもあるんだよ」


 いきなり「大好き」と言われて、わたしは言葉を失った。(みお)はことあるごとにこうやってポジティブな感情を伝えてくるが、わたしは何度食らっても慣れない。


「だからね! きっと(さが)()さんは、そんな(あお)()を休ませてあげたいんだよ」


「休ませる?」


「そう! たまには全部任せちゃえばいいじゃない。男の人に甘えてさ。今まで頑張ってきたご褒美だと思って!」


 悪意や含みなど一片もない。(みお)の言葉は、わたしへの思いやりが詰まっている。純粋な善意で出て来た言葉だったからこそ、わたしはそれ以上の反論ができなくなる。これを否定すれば、きっと(みお)は傷ついてしまうだろう。

 それに、第三者から見て(さが)()さんが完璧な彼氏だというのなら、わたしの直感のほうを疑うべきではあるのだ。


 ――わたしがただ、愛されることに慣れていないだけ?

 

 (みお)の純真な瞳を見つめながら、わたしは曖昧に微笑むしかなかった。



 ***


 帰宅すると、リビングで(けい)がテレビを観ながら携帯をいじっていた。


「おかえりー。遅かったね」


「……ちょっと(みお)とお茶してて」


 ソファにどさりと倒れ込むわたしを見て、(けい)は呆れたように片眉を上げた。


「ふうん。お悩み相談でもしてきたの」


「……わたし、彼氏ができたわけなんだけど」


「それはもう聞いたし。のろけたいの? それとも、なんか不満でもあるわけ?」


 情緒も何もない。だが、今のわたしにはそのドライさがありがたかった。(みお)とは違う角度から、わたしの考えを検証してほしかったからだ。

 わたしは、(みお)に話したのと同じ違和感を、より率直な言葉に直して(けい)に伝えた。


「優秀な秘書に、公私ともにスケジュールを握られてるみたいな息苦しさもあるのよね」


「はあ……?」


 (けい)は心底理解できないというように、携帯をパタンと閉じた。


「姉ちゃん、家じゃ愚痴ってビール飲んでるか寝てるだけでしょ。ご飯だってあたしに作らせてるし。そういうのを全部先回りしてくれる高スペックな男が、タダで手に入ったってことじゃないわけ?」


「タダって……まあ。そうね」


「意味のないルールを押し付けてくるような男なら即刻捨てればいいけど、姉ちゃん、楽なんでしょ? じゃあ、便利な家電だと思ってありがたく使っとけばいいんじゃないの」


 思いも寄らないことばに、目を瞬かせる。


「……家電」


「せいぜい有能な彼氏に甘やかされて、ダメ人間になっちゃえば」


 (けい)はそれだけ言うと、テレビに視線を戻した。


 わたしは、天井の照明をぼんやりと見つめた。

 (みお)は、「愛されている」といった。(けい)は、「手間が省ける」といった。両極端な二人から、まったく違う角度で、彼に身を委ねる正当性を突きつけられる。それなら……。


 そこまで考えた瞬間、鞄にしまってあった携帯電話が震えた。画面を開くと、メールが一通届いている。送信者は、(さが)()さんだった。


『お疲れ様です。今週末、もしご都合がつけば、どこかへ出かけませんか。行きたい場所や、気になっているお店などがあれば教えてください』


 どこまでもスマートで、こちらの意思を尊重する問いかけ。

 ……行きたい場所。

 わたしは熱くなる頬を誤魔化すように、精一杯の実務的な理由を返信した。


『日曜日なら空いています。駅前の大型書店に行きたいんです。各美容誌の年末タイアップの平台展開と、付録のパッケージングを視察しておきたくて』


 送信ボタンを押して、わたしは深く息を吐いた。

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