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デフォルトネームの恋人  作者: 遠野 文弓
第3章:FALL

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47.満たされるデート

 新しくできたというイタリアンは昼の(かき)()れ時を迎え、ランチタイムらしいサラリーマンたちで賑わっていた。食器の触れ合う音やオーダーの声が飛び交う活気に満ちた空間は、まさしく()()()()()()()()()()にふさわしい。

 席に着いたわたしは、にっこりと微笑んだ。


「すてきなお店ですね!」


「ええ。いい店を教えてもらいました」


 向かいの席では、(さが)()さんが早速メニューを開いている。


 逢瀬にしても、平日の昼からロマンチックな隠れ家レストランなんて予約していたら、わたしは眉をひそめただろう。噂になったらどうするのか、リスク管理がなってない、なんて思ってしまうに違いない。そういう可愛げのない女だ。

 だが、彼は息をするようにそういう〈管理〉をこなす。(くだん)の監禁エンドとの親和性が高いからだろう。そうだとしても、彼のこの性分には好感を覚える。


「日替わりのパスタがあるようで。今日は海鮮のトマトクリームパスタだそうです。形桐(かたぎり)さん、海鮮系のクリームパスタがお好きでしたよね」


「覚えていてくれたんですね! 主任が……(さが)()さんが苦手でなければ頼みたいです」


「僕が?」


「海鮮はあまり食べないんでしょう。匂いも苦手だって方もいらっしゃいますから」


 (さが)()さんは少し照れたように苦笑した。


形桐(かたぎり)さんのほうが、よっぽど覚えてくれている」


「わたしは営業だったんですよ? 食事の好みくらい一度で覚えます」


「頼もしいな」


 会話は思いのほか弾んだ。パスタが運ばれてきて話をいったん切り上げたときに、少しやきもきしてしまったくらいだった。仕事の話でも、雑談でも、彼は決して自分の意見を押し付けず、わたしの共有も、分析も、愚痴でさえも、楽しそうに聞いてくれる。


 慰安旅行でバーベキューをしたとき、(さが)()さんは自分のことを「口下手な上司」と評した。そのことについて聞いてみたら、必要なとき咄嗟に言葉が出ないのだと言う。

 だが、対するわたしはどうだろう? こんなに気持ちよく話してしまっている。ビアガーデンのときも、ビールで油断していたとはいえ、隠そうとした本心を彼に漏らしてしまった。彼は根掘り葉掘り聞きだそうとしなかったし、わかりやすい傾聴のテクニックさえ使わなかった。

 他人に口を開かせることも、延々と話を聞き続けることも、もとより苦にも感じていない。

 そして何より、彼自身が本当に美味しそうに、穏やかな顔で食事をしている。

 恨めしいくらいにうらやましい才能だった。


 パスタの皿が下げられ、アイスコーヒーが置かれたタイミングで、(さが)()さんが口を開いた。


「午後は全体会議でしょうから、早めに出ましょうか」


 彼は何事もないようにそう言って、わたしは面食らった。確かに、午後は全体会議がある。会議前に準備や身だしなみを整える時間があるとありがたかった。


「ええ。助かります」


 微笑む彼は、とてつもなく爽やかだ。

 居心地がよかった。不覚にも。


 店を出て、冬めいてきた風に当たりながら、二人で並んで歩く。すがすがしい満腹感。甘さはないが気安くて、会話が途絶えなかった。ただの楽しいランチだった。自然と口角が上がってしまっている自分に気が付いて、気恥ずかしくなる。


 少しだけ彼に対する罪悪感を覚えながら、それでも、胸の奥にはじんわりとした温かさが広がっていた。(さが)()さんは、わたしの仕事のやり方も、好みも知っている。恋人として踏み入っても、こんなに楽しいなんて思わなかった。


 わたしは、自分の状況をやや悲観しすぎていたのかもしれない。



 ***


 タイムカードを切ってオフィスを出たところで、(さが)()さんに声をかけられた。オフィスの中で声をかけてこなかったあたり、本当に徹底している。


「もしよければ、駅まで送らせてもらえませんか」


「ありがとうございます。でも、今日は友人と会う予定があるので……」


 申し訳なさを覚えつつ、やんわりと断りを入れる。しかし、彼はさらりと言ってのけた。


「では、お友達のところまで送ります」


 断れるはずがなかった。二人で待ち合わせ場所のカフェに向かうと、約束の時間より少し早かったにもかかわらず、すでに(みお)の姿があった。わたしと隣に並ぶ彼を見て、(みお)が目を丸くして駆け寄ってくる。


(あお)()~! ……あれ、えっと、その人は……」


 彼は(みお)に対して、丁寧に挨拶を交わした。


「初めまして。(さが)()と申します」


「初めまして、()(ぐし)です!」


 (みお)は初対面の彼を前にしてもまったく物怖じしなかった。(さが)()さんはわたしとの関係を明かさなかったが、(みお)にしてみれば大した問題ではなかったのだろう。すべてを察したような面持ちになったと思ったら、途端に花が咲いたような笑顔になる。そして、前のめりに話し出した。


(あお)()って、すごく仕事ができるんですけど、その分いっつも一人で無理して抱え込んじゃうところがあって。わたし、ずっと心配だったんです。(さが)()さん、(あお)()をよろしくお願いしますね! ぜひ!」


 (みお)はもちろん、(さが)()さんをわたしの彼氏と決めつけて、親友としての心からの純粋な願いを伝えた。間違ってはいないのだが、なんとなく釈然としない。

 (さが)()さんは目を細め、慈しむような微笑みを浮かべた。


「ええ。少しでも彼女の力になれたらいいのですが。こちらこそ、よろしくお願いします、()(ぐし)さん」


「わお……!」


 (みお)はしばらく感動したように目を輝かせていたが、次の瞬間、とんでもない爆弾発言をした。


「あっ、よければ! (さが)()さんも一緒にどうぞ!」


(何言ってんの、(みお)!?)


 いや、別に悪くはない。むしろ、(みお)は「親友の彼氏」をうっとうしがる立場ではないのか。そっちが乗り気だっていうなら別にやぶさかではない、けど……。

 (さが)()さんは少し困ったように微笑んで、小さく首を振った。


「お二人の邪魔をしたくないので。僕がいるとやりづらいでしょう」


 (みお)はますます感動したようだった。わたしの腕にぎゅっとしがみついてくる。

 彼は「それでは、楽しんで」と微笑み、去っていった。わたしは曖昧に頷くことしかできなかった。


 そして、(みお)と向かい合う。


(あお)()! どういうこと!? 話聞かせてもらうからね!!」


「う、うん……」


 どうも逃げられそうになかった。

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