セフィラ
「セフィラ・・・?」
俺は聞いたことのない名前をつぶやく。周りを見ると、俺以外の全員が固まっていた。緊張による硬直ではなく、本当に時が止まっているかのように。
「・・・ルゥナ? ルビー?」
「話しかけても無駄だ。今は時を止めておる」
「俺は動けるけど・・・?」
「それはこの器と契約しておるせいだろう。全く、端末が勝手に契約を結ぶなど前代未聞じゃ」
「端末・・・? どういう事だ? シルフィは精霊じゃないのか?」
「お主だな? 勝手にエーテルを持ち出したのは。そのせいで端末がエラーを起こしたではないか」
「え・・・シルフィが記憶を失ったのは俺のせいなのか?」
「そうじゃ。こうなっては再起動をかけるしかないかの」
「再起動・・・? それをしたらシルフィはどうなるんだ?」
「元通りの世界を管理する端末の仕事に戻るだけよ。この本は、端末が何かしらエラーを起こした時に修復するソフトみたいなものじゃ」
女神セフィラの会話は、俺にとって分かりやすいようにパソコン用語に翻訳されているようだ。
「ほっ、それならシルフィをもとに戻してやってほしい」
「それが目的じゃから構わぬが。さて、どこまでの修復が必要かの」
セフィラは目をつぶる。恐らく、今のシルフィの状態をチェックしているのだろう。
「これは・・・重大なエラーがあるの。完全初期化する方が手っ取りばやいかの」
「初期化・・・? 待ってくれ、それだとシルフィはどうなるんだ?」
「なに、単純にプログラムをインストールするだけじゃ。まあ、今までの記憶は失うが管理には何の問題も無かろう」
「それは・・・ダメだ!」
「駄目とは奇異な事をいう。端末はすべからく世界樹の物。もとに戻すだけじゃぞ?」
「今は、シルフィは俺と契約を結んだ大切な仲間だ。記憶を消すのはやめてくれ」
「おぬし個人の問題と、この世界の問題。どちらが重要か分かるであろう?」
「それは・・・」
俺のわがままでこの世界の管理が出来なくなる。それはつまり、俺のせいでこの世界が滅ぶかもしれないという事だ。それじゃあ、本末転倒だ。
「ふむ。おぬしはこの世界に召喚された人間であるな。であれば、送還してやろう。まあ、この世界に来た時からの記憶は失うがな」
元の世界へ、日本へ帰れる。いきなり大きすぎる餌をぶら下げられて俺は動揺する。しかし、シルフィの事は放っておけない。
「シルフィの意志はどうなるんだ?」
「私が記憶を読んだ限り、それほど重要な事は無かったぞ。プログラム通りに世界を管理していただけじゃ。まあ、その中で些細なもので、人を観察したり精霊と触れ合ったりしたようじゃが。記憶を失ってからは、過去に仲の良かったシルフ族のシルフィエットというものの愛称であるシルフィと名乗ったようだ」
「やっぱり、記憶を失ったのは俺のせいなのか」
「エーテルはいわば端末の外部バッテリーじゃ。それを急に外されたせいでエラーを起こしたのだろう。まあ、近くにはあったようでエネルギー供給はされていたから消滅は免れたようじゃが。・・・エーテルは神以外の目には見えぬはずなんじゃがのぅ。触れられるのも精霊の様に魔力で出来た生物くらいなものなのにな。おぬしという特異なものが現れるとは、想定外じゃ」
「・・・セフィラ様はこの世界の神様なんですか?」
「この世界の一柱じゃの。私以外にも複数の神が管理しておる。その補助をしておるのがこの端末じゃ。といっても、端末も複数あるから別に一つが初期化に数十年かかっても問題は無いがの」
「初期化に数十年かかるんですか?!」
「プログラムは莫大な量じゃぞ。だから本当は修復だけにしたいのじゃが、またエラーを起こされても困るしの」
「初期化以外の方法は無いんですか?」
「あるにはあるが、巻き戻せる先がおぬしと契約した時に固定されてしまっておる。これでは意味があるまい」
「エラーを修復する方法は?」
「普通はやらぬが、手動でのデバッグが可能じゃ。ただ、デバッグにはユグドラシルの元でないと出来ぬ」
「俺達、ユグドラシルを目指しています。そこで俺がデバッグするので、シルフィを初期化せずに戻してください」
「私に命令するのか?」
「命令ではなく、お願いです。俺にできる事は何でもやります。元の世界に戻るよりも、シルフィと一緒に居たいんです」
俺は土下座して女神さまにお願いする。神に対して土下座が意味あるかどうかは分からないが、俺の誠意の見せ方がこれだ。
「たかが人間にお願いされたものを私がわざわざ聞く必要は無いが・・・。そうじゃのぅ、こういう特異なデータもあったほうが今後に役立つかもしれんか。よいぞ。この端末を復元してやろう」
「!! ありがとうございます!!」
「修復にはこの本が必要じゃ。これを持って必ずユグドラシルの元を訪れよ」
「はい!!」
「あと、エーテルはお主に預ける。今まで通り、端末にエネルギー供給する事が必須じゃぞ」
「分かりました」
「手を出すのじゃ」
俺が手を出すと、そこにエーテルが置かれたと感じた。俺はいつもどおり、それを纏う。すると、シルフィの体がひかり、光が収まると、シルフィが目をパチパチした。
「アキラー? ぼく、何してたんだっけ?」
「ん? シルフィ殿? 元に戻ったのか?」
どうやらみんなの時も動き出したようだ。みんなの目には、本をシルフィが読み終わったら元に戻ってた感じに見える事だろう。
「みんな、重要な話がある」
俺はルゥナ達に時が止まっていた時の事を話した。ルゥナは半信半疑っぽいが、ルビーは真剣にくいついてきたし、ライラは感動していた。
「ぼくの記憶が無くなってたのは、アキラのせいだったんですねー」
「ああ。それは悪かった」
「まあ、ぼくはこれからが楽しければいいですよー」
シルフィはお気楽にそう答えてくれた。それに俺の気持ちは救われたが、俺はシルフィを救うために動かなければならない。
「ユグドラシルを目指す理由が大きくなったな」
「どちらにしろ、拙者は精霊魔法使いになるために目指す必要があったから構わん」
「お父様に持ち出しの許可を貰わないといけませんわね」
「ああ、それは頼む」
目的地は変わらないが、俺には新たな目的が出来た。




