シルフィの頭痛5
世界樹ユグドラシル。地球には実在しない巨大な木でありながら、日本じゃほぼすべてのファンタジー小説好きな人が知っている存在。それがこの世界には実際に存在していて、俺が持っている枝からユラが生まれたことからも確定している。
「何が書いてあるんだ?」
「少々お待ちください。え・・・開くことが出来ませんわ」
ライラが本を開こうとしているが、まるで接着剤か何かでくっついたように開かない。
「何をしてるの? 私が開くわ」
見かねたルゥナがライラから本を受け取り、表紙に手をかける。そして、そのまま開こうとして硬直する。
「・・・破れるかもしれないけど、仕方ないわね」
「ちょっ!? それはお待ちを!」
ライラの制止を無視し、ルゥナが本気で力を籠める。ルゥナは見た目は小さいが、筋力だけで言えば人間の大人よりも強い。普通の本であれば、いや、例え木で出来ていようが粉砕するほどの力を籠めて開こうとしたようだが、開かない。
「駄目ね。どうやら何かしらの魔法的な封印がかかっているみたい」
「ほっ・・・破れなくてよかったですわ」
それからルビーや、一応職員もやってみたが開かない。何なら、途中でルゥナが万力の様な魔道具を持ち出して開けようとしてみんな慌てていた。
「なあ、俺も開けてみていいか?」
「いいけれど、どうせ開かないわよ」
「俺への期待が低い!?」
だめもとで俺も本を手に取る。重さは普通の本で、見た感じは全然魔法的な何かも感じない、ただの紙に見える。俺はゆっくりと本を開こうとして―――うん、普通に開かないわ。まるで本の見た目に彫られた彫刻みたいにぴっちりと1ミリも開かない。
「駄目か」
「でしょうね」
ルゥナが当たり前にそう言うが、異世界人の俺なら何かしら起きると思ってたのに。
「これで全員試したけどダメか」
「あたしはまだ試してないでちゅよ」
「いや、ユラはそもそも本に触れないだろ」
ユラが本に触れようとすると、ほんのりと淡く本が光った。
「な、なにが・・・」
ユラが見えていない職員たちは急に本が光って驚いている。
「精霊なら開けるという事かしら・・・」
みんなが見守る中で、ユラがゆっくりと本を開く・・・開・・・ひらかないな。
「うーん、開かないでちゅ」
「光ったけどダメだったのか。やっぱり、何か条件があるのか?」
「もしかして、精霊の格か何かが関係するのかしら。最後に、シルフィにもやってもらいましょう」
「あいつは今、ぼーっとしてて無理だろ」
「いいじゃない。ダメなら他の方法を探すだけよ」
ルゥナはそう言ってぴょんとシルフィの近くへとジャンプする。それだけで、本はユラが触った時よりも光が強くなった。
「まさか、本当に関係があったのか?」
ルゥナが本をシルフィに当てると、目を開けていられないくらい眩しい光が辺りを照らした。
「うっ!!」
光が収まった後も、シルフィはぼぅっとしたままで、変化は無い。
「・・・・・・本が、開けるようになっているわ」
ルゥナがそういうと、みんなの視線が本へと集まる。
「開けるわよ」
ルゥナがそういうと、ゆっくりと本が開く。さっきまでどれだけ力を入れても開かなかったそれが、この瞬間を待ち望んでいたかのように開いていった。
「・・・・・・・・・読めないわね」
本の中は、まるでレンガの様な長方形が迷路のように並んでいる様な、文字というか図柄の様なものが描かれていた。
「・・・ああ、読めないな。もしかして、エルフなら読めるとか?」
「これはエルフ文字でもないな。古代エルフ文字に似ている気もするが、だとしたら拙者には読めない。それを読めるのは、エルフの長老クラスだろう」
「これを借りていくことは?」
「重要なものなのでわたくしの判断では何とも・・・。お父様に聞いてみないとわかりませんわ」
「借りなくても、中身を写して行けばいいんじゃないか?」
「アキラが写してくれるのかしら?」
「・・・俺には無理だが。コピー機とかカメラとかは無いのか?」
「こぴーき? というのは聞いたことは無いけれど、姿写しの魔道具ならあるわ」
ルゥナはストレージからまんまカメラみたいなものを取り出して本を撮る。すぐにインスタントカメラの様に一枚の写真が吐き出された。
「写ってないわね。やはり、魔法的な何かで守られているのよ」
俺たちがなんとかして本を持ち出すか写せないかといろいろやっているうちに、いつの間にかシルフィが本の前に立っていた。
「暗闇すら存在しない、ただ果てのない混沌がうねる世界。そこに、どこからか一粒の「輝く種」が落ちてきた」
シルフィは、本の内容であろうものを読み上げる。その声音はシルフィとは全然違うものに聞こえた。
「シルフィ・・・なのか?」
「種は混沌のエネルギーを貪欲に吸い上げ、硬い殻を破った。鋭い根が虚無の底へと突き刺さり、荒れ狂う混沌を一本の「幹」が貫く。それが、すべての始まりたる世界樹の誕生だった」
「大樹は天に向かって猛然と枝を伸ばし、空間を押し広げていく。それまで混ざり合っていた境界が、大樹の存在によって明確に分かたれた。根が張る場所は、揺るぎなき大地となった。幹が支える上空は、どこまでも高い蒼天となった。広がる枝葉は、世界の器そのものとなった」
「大樹の成長は、停滞していた世界に初めての「動き」をもたらした」
俺たちは少しずつ読み上げるシルフィの声を黙って聞くことしかできなかった。
「幹を吸い上がる莫大な樹液の一部が、樹皮から溢れて地上へ降り注ぐ。それが世界を潤す最初の海と川になった。大樹の頂に茂る黄金の葉が、目も眩むような光を放ち、世界を照らす太陽となる。葉が夜風に裏返ると、その影から静謐な月が顔を出した。世界樹が大きく揺れるたび、葉と葉が擦れ合い、心地よい音が響く。その音は風となり、それまで止まっていた時間の針を動かし始めた」
「やがて、世界樹の枝に瑞々しい「果実」が実った。それはあらゆる命の原型であり、可能性の塊だった。熟しきった最初の果実が、重力に引かれて地上へと落ちる。パチン、と皮が弾けた瞬間、中から溢れ出た光の滴が、意思を持つ神々や精霊へと姿を変えた。続いて落ちた無数の小さな果実からは、人間や獣、地を這う虫たちが次々と這い出し、動き始めた。こうして世界は完成した」
そこまで読み上げ、シルフィは顔を上げた。その両目はひかり、雰囲気が神々しくなっていた。
「私は―――根源の女神、セフィラである」
そうシルフィが名乗ると、俺が身にまとってたエーテルがすべてシルフィへと吸い込まれていった。




