【17】離婚弁護士(3/3)
烏丸の提案とは?
美和の意外な提案に、英美は言葉を失った。
「一億五千万円あれば、じゅうぶんに暮らしていけるかと存じます。例えば、月の生活費が三十万円とすると、年間三百六十万円です。九千万円あれば二十五年間は暮らしていけます。残り六千万を、お嬢様の資産、お嬢様の学費、奥様の資産で二千万ずつ分けるということも可能です」
「え、それは……確かにそうなんですけど……」
「ご主人がすでに退職されているなら、定期的な収入はすぐには見込めません。お金を重要視されるなら、現在の条件を受け入れた方が、奥様とお嬢様にはメリットが大きいように思います」
「で、でも、日々の家事とかはしてもらわないと」
「家事については確かにそうですが、家事のためだけに、この条件を受け入れないのはデメリットが大きすぎます。私としては、受け入れることをお勧めします」
あまりにも正論で返す言葉が見つからないところに、更に烏丸が追い打ちをかける。
「どうしてもというなら訴訟を引き受けますが、報酬は現在の取り分である一億五千万の一割、千五百万円頂戴します。これは、訴訟の結果、取り分が減る場合でも同じです」
「え、そんなにですか? 減ることもあるんですか?」
「はい。精一杯のことはさせていただきますが、負けるとわかっていますので、事前に報酬を決めさせていただきます。訴訟の場合、ご主人は二億円全額を要求してくる可能性が高いと思います」
「ぜ、全額、二億円全額、ですか?」
「はい。ちなみに、もしわたしがご主人の側について原告として奥様お嬢様と争うなら、おふたりの分与をご自宅も含め完全にゼロにして、さらに賠償も請求し、お二人を追い出せる自信があります。それはさすがに可哀想ですので、自宅を賃貸で住まわせるくらいはいいかもしれませんが」
「そ、そんな無茶な。それに、負けることが前提だなんて」
「この資料は実によくできています。おそらく、お嬢様が読まれても多くを理解できることでしょう。USBは拝見していませんが、動画や画像があるのですよね。これでは勝てる見込みがありません。取り分を減らした上での和解でもまだいいほうです」
「じょ、冗談じゃないわ! こんな一方的に取り分を減らされ……」
「では!」
美和が大きな声で英美の発言を遮る。
「ご主人のこの証拠を上回るだけの材料が、あなたがたにあるのですか?」
「は、材料?」
「そうです。ご主人が受けた仕打ちと同等かそれ以上の仕打ちをあなた方が受けたという証拠です。ちなみに、先ほどのご主人に対する不満はマイナス材料ですので意味がありません。ほかにあるんですか?」
「そ、そんな。私たちに尽くしてくれないのがどうしてマイナスになるんですか」
「十分すぎるほど尽くしておられると認識できるからです。裁判所はいわゆるDVと捉えるでしょうし、ご主人の弁護士もその方向で仕掛けてくるでしょう」
「冗談じゃない。DVだなんて。むしろ私たちが傷ついているのに」
「なんと言われましても結論は変わりません。どうです?訴訟を依頼されますか? わたしはかまいませんよ」
「そんな無茶な条件を受けられるわけがないでしょう」
英美が明らかに不満そうな顔で烏丸に訴える。
「では、今回の依頼は無し、でよろしいでしょうか?」
「え、それも困るんですけど。どうして引き受けてくれないんですか」
「条件が合わないからです。わたしが提示した条件を受け入れてくださらないからです」
「で、でも……。そうだ、あなた有名な弁護士なんだから、ここで引き受けないと経歴に傷がつくんじゃないですか」
「傷?」
「ずっと勝ち続けてきたという経歴があるらしいじゃないですか」
「そんなものは結果論だし、いつかは終わります。連戦連勝なんて無理ですから」
「ここで話したことをSNSに載せますよ? いいんですか?」
「よろしいですよ。こちらは撮影していることをお忘れ無く。先ほど同意いただいたはずですが。それに、ここで話したことを他言しないことも同意書に書いてあります」
「あっ……。そ、それは」
「もしいわれのない誹謗中傷や営業妨害を受けたのなら、容赦なく法的措置をとります。そうなったら損をするのは、中原さん、あなたの方ですよ」
英美は美和の迫力に言葉が出ない。
これが、百戦錬磨の彼女の実力だと気づくことなく。
「……少し強く言ってしまいましたね。失礼いたしました。で、どうされますか。私に裁判を依頼されますか?」
検討する余地はなかった。首を縦には振れない。
お金もらえるんだしいいか、という美香の言葉が、英美の心に重くのしかかる。
資料を読んだときよりも時よりも絶望的な気持ちになる。
もう、選択肢がない。
結局、美和には何も頼むことなく、相談を終えた。
特定のジャンルで有名な弁護士さんは、おそらくこんな感じで仕事を取捨選択してる(依頼人に選択させている)んだろうなって思いました。
リアルの弁護士さんがそうだというわけではないのであしからず。
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