【14】撤収
受け取った二人はどうするのか。
「ただいまー」
明るい声で美香が帰ってくる。居間に進むと、うつむいている英美がいた。普段と違う雰囲気が見て取れる。
「ど、どうしたのお母さん。大丈夫?」
「……ああ、美香。おかえり」
「あ、うん。どうしたの? てかそれ、捨てたんじゃないの?」
「この書類、送られてきたの。あの人から」
「それって、本人なんとかってやつ?」
「そうよ。離婚は本気だって」
元気のない声で答える母の姿に、美香は理解が追いついていない。
「いやそれ、ドッキリなんでしょ。そんなの捨てちゃいなよ。そのうち帰ってくるんでしょ」
「中を読んだけど、本気だわ。たぶんあなたでもわかるようになってるけど、読む? いいえ。あなたも読んで。読みなさい」
「ええーめんどくさいよ」
「いいから読みなさい!」
急にヒステリックになった英美が恐ろしく映る。とりあえずソファに腰をおろして書類を読み始めた。
書類には、退職金、株の資産額、財産分与から税引き後の受取額が書かれていた。離婚の理由についても事細かに記載してあった。数々の暴言、家事の放棄、人権侵害、侮辱、それら履歴まで事細かに書いてあり、USBメモリに動画も音声も入っているという。
家は英美の名義として、現金は進に五千万、残りは英美と美香に分与される。株の利益による税金はすべて進が支払う。
高校生の美香にも、この内容がドッキリでないことがわかる。以前自分が仕掛けたドッキリとは訳が違う。疑う余地を消滅させられた。それでも、嘘と思いたい感情が先走る。
「な、なにこのオヤジ。冗談を真に受けちゃったから離婚するってバカじゃないの? あ、でもお金もらえるんだしいいか。億ってすごいお金だよね」
英美は何も言わない。沈黙が続くのが怖くなる。
「ねえ何悩んでんの、別にいいっしょ。億だよ億。あんなオヤジなんか縁切ればいいじゃん。家もこのままなんだし」
自分の娘はここまで頭が悪いのか。高い声もうっとうしい。英美はわけのわからない感情をあらわにする。
「あんたばか!? 収入がなくなるのよ。わかってんの?」
「だって、ローンもないんでしょ。私の学費とかでもじゅうぶんじゃないの? いざとなったら家売ってマンションにでも引っ越そうよ。それに株ってお母さんが教えたんでしょ? お母さんも株やればいいじゃん。あいつがいなくたって問題ないっしょ」
確かに進に株を教えたのは英美だ。ブランクはあるが、資金があれば、ある程度は楽に稼げる自信もあった。それより今は、進に出し抜かれたことで頭がいっぱいになっている。前向きに考えられる余裕がない。進は仕事でマニュアルを作っていたらしいことを思い出す。これほど見事な資料を作れるなら、たとえ中年でも重宝されるだろう。
今まで散々役立たずと罵倒してきた進に、完全に屈服させられていた。
「とりあえず、明日また落ち着いて内容を読んで対応するから、あなたはいつも通り学校行きなさい。それとお母さん忙しくなるかもしれないから。あと今日のお夕飯も自分で作って。それと掃除もね」
「え、よくわかんないけど、ごはんは自分で済ませてってことだね。わかったよ。掃除もするのか。かったるいな」
美香はあっけらかんと自分の部屋へ戻った。
英美は資料を封書に入れ戻して部屋へと戻る。
二階の書斎は進の部屋になっている。開けようとするが、鍵がかかっていて入れない。夫婦の部屋に入ると、部屋がとても広く感じられた。ベッドは二つあるが進のベッドは掛け布団はもちろんシーツもかかっていない。よく見ると部屋ががらんとしてとても広く感じる。いつものことなのに、この穴があいた感じがなんなのか理解できない。
考えている間に、いつの間にか眠りについた。
一週間後、SNSのダイレクトメールで連絡があった。三日後に荷物を取りに行く、不在でもいいが離婚届はサインしてほしいと。新しいアカウントを作ったらしい。返信したが、何も返信はなかった。
当日、進は便利屋の作業員とともに再度家を訪れた。
「邪魔するよ、って、誰もいないのか」
美香も英美も誰もいなかった。
リビングに行くと、署名の入った離婚届と、チラシの裏に書いたメッセージが置かれていた。
「あなたの言うとおりにします。お元気で」
進は離婚届を丁寧に封筒におさめ懐に入れ、気分を切り替える。
「よし。始めましょう。二階へどうぞ」
書斎や夫婦だった部屋から、衣服、スーツ、テレビ、パソコン、寝具、家具。一階も案内して、茶碗や箸にいたるまで、自分がいた痕跡を可能な限りこの家に残さないようにトラックに詰めた。
概ね搬出が終わると、予想通り散らかっていた部屋を掃除した。便利屋には清掃も含む旨を伝えてあった。
最後に、持ってきたノートをちぎる。メッセージをしたため、チラシの隣に置いた。
「離婚の同意ありがとう。離婚届はすぐ提出する。財産分与の金は二週間以内に口座に振り込む。荷物は全部引き取ったつもりだが、もし君らに不要なものがあれば、捨てるなり換金するなり好きにしていい。さようなら」
進は玄関のドアを閉め、鍵をかけた。
鍵は封筒に入れてポストに投函した。
もう、この家に戻ることはない。これで離婚届を出せばすべてが終わり、そして始まる。
そう思うと、自然と家に向き合い、一礼した。
業者のクラクションに気づき、車に乗り込んだ。
これが、慣れ親しんだ家をみた最後となった。
ついに離婚しました。
タイトルは少し悩みましたが、結局今のに落ち着きました。
次回から、経緯を書いていきます。
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