舞踊 二
あれからたっぷり30分程、オレと嬢々朗殿は姫君から宮内恋愛禁止と説教を受けた。
いや、そんな気は無いと……そもそも始まる前提条件が揃っていないとオレは説明をしようとしたのだが、白藤様はオレに言葉を挟ませず、最後には『この件については以上で終わりです。何も聞きたくない、分かりましたか!?』と、強い口調で締められ、オレは何も言う事が出来なくなってしまったのだった。
「さぁそれでは嬢々朗師、早く稽古を始めましょう。妾はこの後、妾の蒼狼と飲茶をするのですからっ! よろしくお願いいたしますっ!」
説教の後に姫君がビシッとそう言うと、嬢々朗殿はクスクスと笑いながら頷いた。
「なる程、姫君の物には手を出す訳にはいきませんわね。それでは本日はよろしくお願いします」
そして嬢々朗殿はすっと立ち上がり、姫君を座敷の舞台に導いた。
「それでは、前回の続き“蝶欄の鼓舞第3幕”から。よろしゅございますか?」
姫君はコクリと頷くと、こちらに振り向いてオレに言った。
「今日は蒼狼は、舞踊のお客人役です。頼めますか?」
「は、はいっ」
姫君が舞台に上がられた後、オレは、落ち着かず、とりあえず部屋の端に移動しようとした。
だがそんなオレに、ニヤニヤと笑う嬢々朗殿がストップを掛けた。
「お待ちになって蒼狼。お客人はそのような場所でご覧になりませんよ」
そう言って嬢々朗殿は舞台の正面に座椅子を置き、オレを見ながらポンポンと叩いた。
オレは笑顔で返す。
「……お戯れは……」
「本気です」
「嬢々朗師の言う通りですよ、蒼狼」
「……」
マジかー……。
そしてオレは、まるで引き立てられる様に、舞台の正面に出たのだった。
◇
―――リン……トン、トン、シャンッ……
笛の音に合わせ、鈴や太鼓が鳴らされる。
そしてそのリズムに合わせ、姫君は舞っていた。
まるで蝶が空を舞うように、草木の隙間を戯れるように……只ひたすらに美しかった。
「ふふ、美しいでしょう?」
「っ!?」
突然、オレの隣に座っていた嬢々朗殿に耳に息を吹きかけながら話し掛けられ、オレは背をビクリと跳ね上げさせた。
「え、えぇ。本当に」
「先程、“舞踊”は“武”から派生したと言いましたわね」
「はい」
「古の舞とは、武術の型を音に乗せて披露するものでした。それが独立し、いつしか美しさを追求した物として確立する様になったのです」
「そうなのですか」
「だからこの動きには、蒼狼の披露した様な守りや攻撃性といったものはありません。ですが、決して簡単ではない」
オレは頷いた。
「そうでしょうとも。私にはあのように美しくなどとても舞えません」
「勿論よ。貴男程才能溢れた者でも、一朝一夕にここまでは出来ないわ。―――とは言っても、白藤様にはハッキリ言って舞踊の才能は無かったのだけどね」
「……え?」
オレは耳を疑い、顔をしかめた。
何故なら目の前で舞う姫君は美しい。誰が見ても達人の域だ。
「本当よ? この意味、分かるかしら?」
「……はい」
「姫君は3歳からこの舞踊を始めたの。その体つきや動きを見た瞬間、私はまぁせいぜいそれなりが限界でしょうと思っていたわ。―――だけど、違った」
嬢々朗殿はそこで言葉を区切ると、過去に思いを馳せでもするかのように沈黙した。
そして一拍の後、また優しげな口調で話し始めた。
「私の予想を裏切ったのは才能じゃなく、その集中力。3歳にあるまじき真剣さを持って取り組み、そのまるで成人した者のような集中力に、かつての私は慄いたわ」
「―――流石、皇家の姫君ですね」
「そう。……貴男もそう思うのね」
オレの言葉に頷きながらそう言った嬢々朗殿の声は、何故か寂しげだった。
―――トントントントントン……
その時、連続する太鼓に合わせて裾を翻しながら回転していた白藤様が、一瞬ふらりとバランスを崩した。
「あっ」
姫君は小さな悲鳴を上げ、そのまま足をもつれさせると、背中から床に吸い込まれるように倒れていく。
「姫君っ!」
オレは反射的に姫君を受け止めようと跳躍した。
―――カラン……
しかしオレが姫君に腕を伸ばそうとした瞬間、白藤様から鐘の様な小さな響きが聞こえ、オレの隣を一陣の風が吹き抜ける。
そしてオレは、姫君に手を届かせる前に自分の足を止めた。
「―――大丈夫でしょうか、白藤様」
何故ならそこには、姫君を受け止める唱鶏殿がいたからだった。




