舞踊 一 ◇蒼狼視点◇
修正してたら遅くなりました(^_^;)
《蒼狼視点》
「お替りは如何ですか? 蒼狼殿」
「凌叛殿。はい、いただきます」
朝から嫌な汗をかきつつも、オレは朝の支度を済ませた姫君と共に、昨日の広間に朝食をいただきにきていた。
姫君はいつも朝の着替えやら朝食やらを、女官殿達に世話をして貰っているそうだが、手伝いが無くとも基本的な事は全てご自身でも出来るそうだ。
その時、支度を終えた姫君はこう言っていた。
『―――何時までも、あると思うな親と金。まさにその一言に尽きます』
何が尽きるのかはよく分からなかったが、姫君程の高貴な身分だからこそ、最悪の事態にも備えをされているという事だろう。
オレはそんな姫君の意識の高さに、また感服したのだった。
そして今、オレが目の前に出された山盛りの蒸し鶏をホクホクと食べていると、匙で青菜と卵の粥を啜っていた白藤様が顔を上げて微笑まれた。
「美味しいですか?」
「はい。凌叛殿の料理は本当に美味しいです」
「そう、凌叛とも仲が良くなったのですね。先程から凌叛が、それは嬉しそうに給仕しておりますから」
姫君の言葉にオレが凌叛殿の方へ首を回すと、凌叛殿は楽しそうに大きな皿に肉団子を積み上げていた。
昨日は皿のサイズを間違えていると思ったが、今日は妥当な量を盛り付けている。
そしてふと顔を上げた凌叛殿と目が合うと、オレと凌叛殿はどちらからともなく笑顔で会釈をした。
すると突然カチャンと匙を置く音が聞こえ、何処か強張った、姫君の業務的な声が聞こえてきた。
「唱鶏、妾の今日の予定は?」
「は、あまり予定を入れぬよう聞いておりますので、午前は執務、昼食を挟み舞踊の稽古だけです」
……どうしたのだろう?
突然、何故か気分に陰りがさされた様な白藤様を、オレは凌叛殿から目を逸らせてチラリと見た。
すると白藤様はまたお優しい笑顔を浮かべ、オレに指示を出した。
「蒼狼。食事の後、妾は執務室で少しなさねばならぬ事があります。その間蒼狼は少しお眠りなさい」
「え、姫君がお仕事をされている間に私に眠れと?」
「そうです。昨晩は眠っておらぬと言ってたではないですか。腹が満たされれば自ずと眠気もやってくるでしょう」
「いえ、そんなことは自業自得で……」
オレがあまりの気遣いに断りを入れようとすれば、唱鶏殿の低い声がそれを遮った。
「蒼狼、姫君が眠れと言っているのだから眠られよ。お前の意思や気遣いなどここでは不要だ」
「は、はい。それでは……」
背中に冷たい物を感じてオレが小さな声でそう頷くと、今度は白藤様が弾む声で唱鶏殿に声を掛けられた。
「唱鶏。……この場に於いて、お前の存在の方が不要なのですよ」
「はっ、仰る通りです」
それをもしオレが言われたなら、一週間は立ち直れないであろうその一言に唱鶏殿は「然り」と頷き、だからといって退出する訳でも無く、また何事も無かったかのようにそこに静かに佇んでいる。
そして白藤様もまた、変わらずにこやかに微笑まれていた。
―――……対話の温度感が全く読めなかった。
オレは内心で驚愕しつつ、そんな己の未熟さを噛み締めながら、今また目の前に置かれた肉団子を箸で突いたのだった。
◇◇◇
それからオレは姫君の執務中に少し眠った。
護衛獣の中でも【狼】の流れを汲むオレの体質は、眠りは必要だが長い時間は必要ない。浅い眠りを数度繰り返し、その間も鼻や耳で何かしらの気配を察知すれば、直ぐに戦闘可能な程に覚醒する。
しかしその時は、本当に静かな時間だった。
絶え間なく聞こえるのは姫君が木簡を紐解くカラカラと言う音と、筆を硯の墨に浸し、それを滑らせる筆の音だけ。
そして時たま聞こえるのが、満足げな姫君の息遣いや、悩まれているような深い溜息。
間違いなく側にいる。
オレはそれに喜びとも安心とも取れぬ、こそばゆい様な感覚を感じながら眠っていた。
姫君の仕事を邪魔しない様に。
そしてまた、姫君もとても静かに仕事をされていた。元々からの所作のせいなのかも知れないが、それは何となく……オレを起こさないように気を遣って下さっているような、そんな風に感じたのだった。
◇◇◇
穏やかな眠りを取った後、オレはまた昼食をいただいた。
……本当にこれで良いのだろうかと自身の行動に疑問を懐きつつ、次は舞踊の稽古だと言う白藤様に付いて本殿の方に向かった。
前を歩く、姫君の御着物は今朝のものとは違う。
朝、御自身で御召になっていた御着物は、白百合のような純白の華服だったが、昼食の後、白藤様は女官達を呼んで薄桃色の御着物に召しかえられたのだ。
オレはその御召替えの間、横引きの扉の前で待っていたのだが姫君が出てこられた瞬間、姫君のその御姿にオレはまた反射的に拝んでしまった。
薄桃色の前合わせの長い御着物は、光を受けると光沢を放つ程に滑らかな生地で出来ていて、それを留める帯は乳白色に金糸で菊の花の刺繍がされた上品な物。そしてその帯は、背中で羽根を広げた大きな蝶のように芸術的な飾り結びで締められている。
更に結上げられた髪には、虹色の宝石があしらわれた銀細工の蝶がとまっていた。
拝むオレに白藤様は小さなため息を吐き、うつむき気味に小さな声でこう仰った。
『ぶ……舞踊の為の衣装なのです。普段はこれほど着飾ることは無いのですが……蒼狼にこの姿を見られるのは恥ずかしいですね』
何が恥ずかしい物か。
オレはその時、生まれて初めて“花も恥じらう”というその意味をハッキリと理解したのだった。
―――まぁそんな経緯を経て、白藤様とオレはとうとう舞踊の為の一室にやってきた。
部屋に入り更に仕切りの簾を潜り通ると、広い畳の部屋に一人の宦官と、太鼓や笛などの楽器を手にした5人の官女達が床に手を突き、頭を下げていた。
白藤様は立ったままその宦官に声を掛ける。
「面をあげよ、嬢々朗」
「はい姫君。この度は、誠におめでとう申し上げまする」
「ええ。前回は突然休みにして迷惑を掛けましたね」
「とんでもない御言葉で御座います。姫君の御多忙は重々存じ上げておりますわ」
そう言ってまた頭を下げた嬢々朗殿。
……宦官達は去勢により、何処か女らしくなると聞いたことがあるが、この嬢々朗殿は群を抜いているように感じた。
顔つきこそ武官にもまさる雄々しさを感じるのに、その仕草一つ一つが優美というか女性らしいと言うか……とにかく、ちぐはぐなのだ。
そして再び嬢々朗殿が顔を上げた時、白藤様は嬢々朗殿にオレを紹介してくださった。
「嬢々朗、この者は蒼狼です」
「はい、存じ上げておりますわ。演武の方は全て拝見させて頂いておりました」
嬢々朗殿は姫君にそう頷くと、ふとオレの方に視線をめぐらしオレに話を振ってきた。
「“舞”はかつて“武”より派生したものと言われておりますわ。ならば舞踊の師範である私が、それを見ずにはおれませんもの。前半は随分ぎこちない動きでしたけれど、3日目からの動きには思わず目を見張ってしまいましたわ。機会があれば、貴男とお話ししたいと思っておりましたの」
「えっと……、あ、ありがとうございます。舞踊の先達に目を留めて頂き光栄です嬢々朗殿。……いえ、嬢々朗師」
突然の話の振りに、オレが慌てて答えると嬢々朗殿は手で自身の顔を挟み、嬉しそうに身をくねらせた。
「キャァンっ、あの時は可愛い女の子みたいと思ったけど、こうして見れば本当に初な男の子ねっ! 尚更好みだわっ」
「……」
反応に困る。
……いや、待てよ。今の『キャァン』に聞き覚えがあるぞ。どこだっけ? ……確かあれだ。そうだ、3日目の演武の後に聞こえてきた、あの黄色い声と同じ声だっ!
どう返せばよいか分からぬ目の前の事態に沈黙したまま、オレは自身の中で一つの謎が解けたと満足していた。すると突然、白藤様がすっとオレの前に手を差し出してきた。
何の手だろう? と首を傾げていると、白藤様は一生懸命抗議するかの様に、身を震わせながら嬢々朗殿に言った。
「だ、駄目ですっ! 蒼狼だけは手を出してはいけませんよっ! どうしてもと言うなら妾が相手です!」
何を言い出すんだ姫君は……。
「―――姫君は本当にお可愛らしいと思うのですが、私は可愛い男の子が好みなもので、そういう目では見られませんわ」
っ嬢々朗殿も何をおっしゃってるんだ!? 売り言葉に買い言葉の域を出ているぞ!?
男の子が好きって……―――いや待てよ? と言うか男色という事なら、別に女は普通に嬢々朗殿の射程圏外じゃないか。
それに気付いたオレは、尚も慌てる姫君を宥めようと落ち着いた声でその背中に声を掛けた。
「姫君、私なら大丈夫です」
「……え……えぇ!? っ大丈夫なのですか!?」
「はいっ!」
「は、なっ、駄目……そんなの絶対に駄目ですから!!」
「聞いてください姫君、私は……」
「き、聞きたくありませんっ! ええい、二人ともっ……黙ってそこに直りなさいっっ!!」
―――それからオレと嬢々朗殿は共に並んで正座をさせられ、何故か姫君から長々と説教を受けたのだった。




