捜し物
平日の予定外投稿です!
蒼狼は外を見つめたまま頷いた。
「朝霧に沈んだ市街がまるで雲海の様です。そして庭園は、そこに浮かぶ空中庭園と言ったところでしょうか……。こんな美しい景色は見た事がありません」
「なる程。マチュピチュですか」
「……。……っ、ぴちゅ?」
今、蒼狼『ぴちゅ』って言ったか? ギャップ萌が半端ねぇな。
俺はそんな内心などお首にも出さず、スルーして蒼狼に笑いかけた。
「―――朝焼けの輝く刻限、窓からこの景色を見下ろす事が妾の日課なのです。だから今日は、先ず蒼狼が宮にいることが夢でないのを確かめてから、この景色を共に見ようと思ったのです」
そして俺はまた外に目を向け、広い庭の中からあるものを捜し始めた。この捜し物も、俺の日課の一つだった。
そして暫く無言で俺が外を見入っていると、ふと所在なさげに蒼狼が俺に声を掛けてきた。
「……何を見ているのですか?」
「捜しているのです」
「捜す? 何を?」
「庭師の翠月をですよ」
「……庭……え?」
蒼狼は不思議そうに言葉を詰まらせたが、俺は庭から視線を外すことなく説明をした。
「庭師の仕事は朝早い。翠月はいつも夜明けと共に一人の弟子と共に仕事を始め、この広い庭を造ってくれているのです」
「へぇ」
「―――知っていますか? 翠月は深緑色の髪をしている。日中ともなれば翠月は笠を被って仕事をしていますが、この時間帯は笠を被らず深緑色の髪を揺らし、仕事をしているのです。ただ完全に迷彩色なので、見付けるのは存外に難しいのですけどね」
「……。……へぇ。知りませんでした」
蒼狼は少しの沈黙を挟み、じっと俺を見つめながら頷いた。
庭師の翠月を探す……。それは簡単そうで中々見つからない。
翠月の髪が庭の緑と完全に同化してしまっていることに加え、この広さ。それはもう、サ○ゼリ○のお子様メニューの間違い探しよりハードモードなのだ。
しかし俺は毎日翠月を探す。きっとそこに翠月が居るのだから。
そしてうまく見つけられた日は、何となくいいことが起きそうな気がするのだった。
俺が尚もじっと庭を見つめいると、蒼狼もまたふいと外に視線を戻し、ピッと一点を指差した。
「あそこ、池に掛かる橋の手前の茂みの奥にチラリと見えるあれ……違いますか?」
俺は蒼狼の言った方向に目をやった。
―――っ居た!!
「おりました!! 確かにあれこそが庭師の翠月にございます!」
そこだったかぁ! ってか頭ちょっとしか見えてないじゃん! あれで見つけられるとか!!
俺は難易度マックスレベルの翠月を見つけた喜びから、手を打って蒼狼に笑いかけた。
「それで、見つけると何かあるのですか?」
「……」
結構冷静にそう尋ねてくる蒼狼に、俺は“何もないよ”とは言えず、また庭に視線を戻した。
ごめんね。何もないし、朝の占いで“貴方の星座が今日は超ラッキー☆”って言われる程度の意味しかないんだ。
俺は茂みの陰で黙々と作業する翠月を、優しい眼差しで見下ろしながら静かに言った。
「―――この庭を造り上げた翠月を称えたくて」
「庭師の翠月殿を?」
「そうです。―――庭を美しくするという事は、とても尊い行為なのです。外にあまり出ることのない妾にとって、庭とは即ち世界そのもの。つまり翠月は妾の世界を美しく保ち守ってくれているのです」
「なんと。壮大ですね」
そうだね。
「妾は思うのです。悲しみや苦しみに塗れたこの変わらぬ世界で、せめて夜という眠りから目覚めた時、初めて目にする物は愛しく美しいものであって欲しいと。つまり翠月の献身は、そこに間違いなく美しい世界を生み出し、浮世への希望を与えてくれておるのです」
「……」
俺の安易な答えを覆い隠す為の理由が、自分でも信じられないくらい大袈裟な物になってしまった。……いや、庭師の仕事が凄いと思うのは本心ではあるんだけどさ。
ただ相手からすれば、まぁ返答に困るわな。
続く沈黙の中、蒼狼にきっと呆れられたんだろうと俺はドキドキとしながら外を眺めていた。……が、とうとう沈黙に耐えきれず、チラリと横目で蒼狼を見た。
きっと蒼狼は冷ややかな視線でもくれてるんだろうと俺は身構えていたのだが、そこには予想外の表情の蒼狼が居た。
「―――っ」
「蒼狼? どうかされましたか?」
何故か顔を赤らめ、耳を伏せる蒼狼の姿。
「?」
俺なんか変なこと言ったか? いや、庭で世界を語り出すのは十分変かもしれんけど。
何も答えてくれない蒼狼に、俺は首を傾げながら自分の吐いた言葉を思い出していた。
“夜という眠りから目覚めた時、初めて目にする物は愛しく美しいものであって欲しいと”
“今日は、先ず蒼狼が宮にいることが夢でないのを確かめて”
“朝だ。元気だ。よし、蒼狼だ!”
……………………………っ!!?
―――っキャァアァァァァ!! アカン事言ってるうぅ!! ちょっと待て! 俺素で告ってるじゃん!? ガッツリ変なこと言ってたよ!!!!!
俺もまた、羞恥に顔を真っ赤にさせながら、勢い良く蒼狼に向き直った。
「あ、あのっ、蒼狼! “愛しく美しい”とは決してそういう訳ではなくっ!!!」
「わかっ、分かっております。姫君にそんな気がないことくらい、十分理解しておりますっ」
俺があたふたと蒼狼に言い訳をしようと口を開いたが、蒼狼はそれを遮って手をかざし、俺と目を合わせようとせず頑なに拒否してきた。
……ヤバイ。嫌われた? 言い訳の為とはいえ『そういう訳じゃなく』なんて言ったから……。
俺は目頭が熱くなるのを感じながら、ポツリと最後の言い訳を付け加えた。
「そういう訳でなくとも、蒼狼にまず会いたかったのはまごうことなき事実……っどうか嫌いにならないでたも」
そう切実に願い、俺が蒼狼をじっと見つめていると、蒼狼は突然膝から崩れ落ちて、蹲ったまま頭を搔きながらポツリと言った。
「なる筈がありませんっ」
「蒼狼……」
「それに私も、庭より姫君の方が美しいと思いますし」
「……。……あぁ、うん。ありがとうございます」
俺は蒼狼が最後にポツリと付け加えた言葉に、俺の昂ぶった感情がスンと落ち着くのを感じた。
―――嫌われた訳ではない。それが分かっただけで十分だったのだが、“姫”と思わせる相手ならまだしも、カミングアウトしようと思ってる男から“美しい”とか言われても、俺的に微妙だとしか言いようが無い。
お互いの為に聞かなかったことにしておこう。
俺は蹲ったままの蒼狼の隣に腰を下ろし、また外を見つめた。
それから俺達は、朝の6時を告げる鐘がなるまで、互い無言でじっと外を見つめていたのだった。




