舞踊 三
少し早めの時間の投稿です。
唱鶏殿は表情を変えぬまま、腕の中にふわりと白藤様を抱き止めていた。
白藤様は驚いた様に目を見開き、声を上げた。
「唱……鶏? なぜお前がここに?」
姫君の疑問に、唱鶏殿は腕の中の姫君を見つめたまま、低く優しげな声で答えた。
「鐘の音に呼ばれました」
……。
……流石姫君。あんな歯の浮くような台詞を前に違和感がない。
と、その時オレの背後からドスンドスンという足音と、嬢々朗殿の金切り声が上がった。
「もぅ唱殿っ! ―――蒼狼!! 何をボサッとしているの! このままでいいの!? これを見て何も思わないの!?」
嬢々朗殿は唱鶏殿の好プレーを褒めるかと思いきや、何故かオレに縋り付きながら訴えてこられた。
「何も思わない……とは? あー……えっと……ええ、そうですね。何とも見目麗しい美男美女だと思います」
「違うわよっ!」
「……」
オレから何を聞き出したかったのか分からないが、嬢々朗殿はオレを怒鳴りつけて姫君と唱鶏殿に歩み寄った。
「全くもうっ! 白藤様、なぜ今バランスを崩されたのか分かりますか? 回転時の勢いが弱すぎたので御座います。そして唱殿! 今は蒼狼が助けようとしていたではございませんか! いいところでしたのに、何を余計な事を!!」
嬢々朗殿は、もはや褒めるどころか唱鶏殿を責めながら、悔しげに拳を握り締める。
一方唱鶏殿は眉間にシワを寄せながら、若干不機嫌そうに言った。
「嬢々朗師、私は先日白藤様より【鶏】の文字を賜りました。何時までも古い名で呼ばないで頂きたい」
「あら、それは失礼しましたわっ、この鶏頭殿っ!」
「唱鶏です。そして毛髪はありません」
「分かってるわよっ。そんな事よりなぜ貴男がここに? 稽古中は基本部外者立入禁止の筈よ!」
「その件に関しては、今は平時ではありませんもので、白藤様に鐘を持つようお約束いただいていたのです。危急の際は鐘を鳴らし、私をお呼びいただくようにと」
嬢々朗殿が口元を歪め、唱鶏殿を睨んだ。
「あぁ、そう。分かったわ。白藤様があんな所でバランスを崩された原因が。白藤様がその鐘を鳴らさぬようにと自制されたせいね。つまりこの事故はあなたのせいなのよっ! ちょっと顔が良くて上帝様のお気に入りだからって、調子にお乗りじゃないわよ! 恥を知りなさい!」
「ほぅ? それは褒めていただいているのですか? 気にした事などありませんでしたが、そう言われれば調子に乗るには十分な理由を持っていたように感じますね。―――それに恥を知るのは嬢々朗師でしょう。宮に上がり間もない子供に言い寄ろうとするなど……。それに稽古の内容とて、煌武祭が終わって間もないお疲れの姫君に、平時通りの稽古は少し無茶でしょう。まぁ万が一このような場合でも、私がこうしてフォローをするつもりで鐘をお渡ししたのですが」
「キィーッ、黙らっしゃいっ! この若造がっ!!」
唱鶏殿は姫君を離さぬまま金切り声を上げる嬢々朗殿と言い合う。―――昨日オレは女社会は怖いと思ったが、今日オレは宦官社会も大概だと思った……。
オレはおふた方の遣り取りに引きつつ、その場で膝を突いて姫君に尋ねかけた。
「―――姫君、唱鶏殿の言った“平時ではない”とはどういう事でしょう? ……まさか何者かがその身を狙っているのでしょうか? 私ではまだお役に立てることは少ないかもしれませんが、もし必要とあらばこの命を差し出す覚悟くらいあります。どうか私にも話して頂けないでしょうか」
途端、放心していた白藤様が顔を真っ赤にして唱鶏殿を突き放した。……正確には姫君が押しても唱鶏殿は動かなかった為、姫君が後退った感じである。
「唱鶏! だから言ったではないですかっ、こんな物はいらないと!!」
白藤様はオレの質問には答えてくれず、代わりに唱鶏殿を怒り始める。
「蒼狼が妾に危害加える事などある筈がない! この2日を共にして、蒼狼はそれは紳士的かつ献身的な態度で妾と接してくれました。こんな鐘必要ないのです! それからもう一つ。転びかけたとは言え妾を抱き止めるなど、蒼狼の前で恥ずかしい事はしないでたもっ」
姫君はそう言うと、帯の隙間から掌ほどの鐘を抜き出すと、そっと畳の縁にそっと置いた。……怒ってても投げつけたりしない所に育ちの良さを感じた。
―――ではなくて。
「……危険な存在……私がですか?」
まさに寝耳に水だった。
オレが呆然と呟きながら姫君と唱鶏殿を交互に見れば、白藤様は申し訳なさそうに顔を伏せ、唱鶏殿は淡々とオレに言った。
「その通り。白藤様はああして必要ないと言い張っていらっしゃるが、上帝様のお考えはそうではない。上帝様は【印】を刻み、忠誠を誓った者しか信用されないのです。だから白藤様とお前を見張るように私に言い遣わされた」
「上帝……陛下が……?」
「そうです。蒼狼はまだ“正式な神獣”等ではない。神獣とは全てを知り、その上で忠誠を誓った者だけがなれるのです。―――思い上がらない事ですね。お前はまだ何も知らないのですから」
言葉が返せなかった。
入宮して分からないことだらけだったが、これはあまりにも理解に苦しむ。
確かに今はまだ、姫君の為に何か成せているという自覚はないし、認められるようなことは何一つ出来てはいない。……けれど害であると思われていた? ―――一体何故?
オレは困惑を極め、口籠るように唱鶏殿に尋ねようとした。
「私が知らない……? 一体何を……」
だけどその言葉を遮って、姫君の声が上がった。
「おやめなさい、唱鶏」
ハッとしてオレが姫君を見れば、そこには間違いなく次期皇帝としての威光を放つ姫君が唱鶏殿を睨んでいた。




